第9回 カミーラの心 ―??? 「ん……ここはどこだ?」 ランスが目を覚ましたのは薄暗い部屋。意図的に光を減らしてある部屋。本来は広いのだろうが壁のようにかけられた黒いカーテンが圧迫感を与える。 ランスはうず高く積まれたクッションの山から身体を起こした。 「……確かガルティアを倒して……マルチナの包丁を避けて……その後何が?」 一部記憶をなくしているらしい。いくら悩めどここにいる理由が思いつかない。 「まあ、動くか」 立ち上がり、手がカオスを探るがそこには何もない。 思わず舌打ちした。 「面倒だな……フェリスをつかって戻るか?」 そんな考えも浮かぶがカオスの行方も気になる。失くすと色々と面倒だ。 「しかし、ここには来たことがあるきがするな……え〜っと、どこだっけな〜」 「覚えてないのか? ここはカミーラ様のお城だ」 声と共にカーテンの奥から現れたのは青い髪の美少女……に見える少年、カミーラの使徒であるラインコックだ。 「ああ、なるほど」 「こっちへ。カミーラ様に会ってあげて」 「俺の記憶のことは?」 「ガルティアとの戦闘を見ていたから分かってる。今は人間のあんたに言うの癪だけど、カミーラ様を元気付けてあげて」 「アイツがどうかしたのか?」 「会えば、分かる」 どこか暗いラインコックの雰囲気にランスは何も言わずついていくことにした。 カーテンの森を抜け、一際広い、寒々しい空間にカミーラはいた。 積まれたクッションに身を預け、目はどこか遠いところを見つめている。 もともと、怠惰な性格のカミーラだが、ランスがこんな姿を見たのは初めてだった。 「カミーラ様、客を連れてまいりました」 ラインコックが声をかけるがカミーラは反応しない。あるいは彼が側にいることすら感じていないのかもしれない。 「あんたが死んで、娘が神を倒した後、カミーラ様はこうなってしまわれた。……最近はもう、私の声も届かない……」 「なるほどな……これはひどい」 ランスは2、3歩カミーラに近づく。 と、何かが空間を走りランスの首筋から一筋の血が流れ落ちた。 「……人間が何の用だ?」 ランスはかまわず近づいていく。 「ああ、今は人間だ。だが、カミーラ。俺様のことも気づかないほど病んでるのか?」 カミーラの目が見開かれる。 ランスは首の血をぬぐい、固まるカミーラを引き起こしその唇をぬぐった血でなぞる。 「お前にはやはり赤が似合うな。しかし、今のお前はどうだ? 無気力で、無色。生きた色を失っている。そんなに、俺様が恋しかったのか?」 「……お前が……なんでここにいる?」 「お前の使徒に拉致されたからな。どちらにせよ近々ここへ来る予定だったがから手間が省けたともいう」 「記憶が戻っているのか……?」 「それはお前が身体で確かめてくれ」 「……身体で、だと?」 「言葉など必要ないだろ? カミーラ、脱げ」 単純な命令。カミーラがそれを理解するまでには少し時間がかかった。 「今は人間のくせに! カミーラ様に命令するなん―」 その間にラインコックがランスに掴みかかろうとする。 が、 「ラインコック。自室に行きなさい」 カミーラがそれを止める。 その言葉はラインコックへの拒絶。ラインコックは何とか涙をこらえて走り去った。 「……後でフォローしてやれよ?」 「やはりそう思うか? ……だが、今ではない。今は……私に生きている実感を」 カミーラは立ち上がると自ら衣を脱ぎ落とす。 「お前を感じさせてくれればそれでいい……」 「最初からそのつもりだ。足腰立たなくなっても知らんぞ」 「人間のお前に遅れをとるつもりは無い」 ランスも服を脱ぎ落とす。どちらからでもなく、二人はクッションの山に倒れこんだ。 ―サクラ&パスタ 「行くの?」 「はい。目撃情報も得ましたし」 「……体調はもういいの?」 「なんとか。記憶と、気持ちの整理もつきました。転生する前も、した後も、今も『私』は『私』です」 サクラ&パスタの奥、従業員の休憩室。 シィルは旅支度を終え出発しようとしていた。プランナーにより、記憶が戻されたがシィルはそれをもてあますことなく受け入れた。ランスと繰り広げた冒険、リーザス城での暮らし。そして、自分の死の記憶。自分の死の瞬間を思い出すと言うのはなんとも奇妙な感覚だったが乗り切った。ランスの魔王時代についてもガルティアが覚えている限り話し、シィルはそれも受け入れた。過去は過去、と割り切ることで全てを受け入れる。 今はランスの妻であるシィル・プラインとして存在する。 「目撃情報、琥珀の城からさらに西だったっけ?」 「はい。たぶん……きっと魔王領に。なんとなく分かるんです」 「たぶん連れ去ったのはカミーラの使徒だな。あいつの居城はこっち側に近い。徒歩だったらしいからおそらくそこだろう。だがよ〜、人間1人で行き着ける場所じゃないぞ?」 「未だに本能に忠実な魔物は少なくないから」 『わしらも説得したんじゃが……』 『シィルちゃんの意思は固いのぅ』 シィルの荷物の中からチャカとカオスの声が。 シィルは1人で行こうとしていたが、マルチナとガルティアがそれを止めるように説得したがシィルの意思は変りそうにない。 止められないままシィルはサクラ&パスタを出てしまう。 このまま1人で行かせるわけには行かない。マルチナはしばし悩んだ挙句、1人のお菓子女を呼んだ。サクラ&パスタ本店のデザート主任・リンという。マルチナがいない間は店を切り盛りするマルチナの弟子の一人だ。 「リン、後三日はここにいる予定だったけど……後は任せるわ」 「そうですか……分かりました。お任せを」 「ありがとう。ガルティア、シィルさんを1人で行かせられないから―」 「わかってるぞ。ついていくんだろう? 俺はいつでも出れる」 「じゃあ、すぐに追いましょう」 「行ってらっしゃいませ〜」 リンや他の従業員達に見送られ二人はシィルのあとを追った。 ―カミーラの城 「だあ〜〜〜、ギブアップ。さすがのハイパー兵器もちょっと限界だな」 「ふん、所詮は人間なんだな……」 「なにをいう。お前も動けないくせに」 「違いない」 あれから約半日、さすがの二人も疲れ果て顔を見合わせるとどちらからとも無く苦笑がもれた。 カミーラは汗やらなんやらで汚れた身体を見下ろしラインコックを呼んだ。 「湯浴みの用意を」 「はい! すぐに!」 ラインコックはカミーラがかまってくれてことがよほどうれしいのかすぐさま風呂場へ向かおうとした。しかし、カミーラがその手をとる。戸惑うラインコックをよそにカミーラはラインコックの耳元に唇を寄せ囁いた。 「あいつの話を聴いた後はお前の番」 ラインコックは顔を真っ赤にして走り去り、カミーラは、苦笑する。 「フォローとはこれくらいでいいと思うか?」 「いいんじゃないか?」 ランスは呆れ顔。 「さて、どうなっている? お前が記憶を戻し動いていると言うことは『二人の世界』に何かしらの邪魔が入っているということなのだろう?」 「悪魔が地上に、反魔王派に介入しているらしい。強攻策に出た反魔王派にホーネットが何かしらの手を打つ前にあいつと会っておきたい」 「なるほどな。……魔人が何人か消えているようだがそれは?」 「フェリスの異空間に閉じ込めてある。切り札としてな。まあ、敵の戦力がはっきりしないうちは出さない」 「私にもそこへ加われと?」 「いや、お前が消える理由が無い。記憶の無い俺様とお前に接点が無いからな」 「カオスの主が倒したという建前が必要か」 「何でも日光さんはリセットが壊したらしいし、魔人が消える理由となるとあとは魔王に逆らったか。それもホーネットの性格を考えると無いだろう」 「だから会いに行くのか? 戦力の確保に?」 「それもあるが」 「が?」 「ホーネット達ともヤリたい」 言った途端にカミーラの炎がランスの耳の横を掠めた。 「今ここで、私を前に言う台詞でもなかろう?」 ランスは髪をちりちりと焦がしながら頷く。 「そうだな。だが、本音だぞ?」 「知っている。だからこそ性質が悪い」 「さて、カミーラ。この城にカオスくらいの剣無いか? 魔王城まで丸腰じゃさすがに辛いからな」 「地下の倉庫にあるのを好きに使え。手ごろな物もあるだろう」 「よし、じゃあ、そうさせてもらくおう。……しばらくしたらホーネットから召集がかかるだろう。……ちゃんと応じろよ?」 「ふふふ……どこの世に魔王に逆らえる魔人がいる?」 「ホーネットになら逆らいかねんだろう」 「本音を言えばアレを魔王とは認めていない。私が魔王と認め仕えようと思ったのは後にも先にも魔王ランス1人だけだ。……心に留めておけ」 カミーラは浴室に消え、一人残されたランスはなんともいえない複雑な表情。 「うれしいんだがな……それは二度とないわけで……。応えることは出来ないぞ……? 分かっていっているんだろうがな……」 ランスはたっていても仕方が無いのでさっさと後始末を済ませ、服を着込むと地下に向かい手ごろなアーマーと剣を身につける。 「カミーラはまだ風呂か……。また会うことになるだろうから……行くか」 ランスは黙ってカミーラの城を出て行く。 ラインコックはその様子を伺っていた。 「カミーラ様、やっぱり何も言わずに出て行きました」 「そう。……ちょうどいいわ。らしくないことを言ってしまった後だから」 「でも礼の一言くらい……」 「どうでもいいわ。それより―」 カミーラは窓の側にいたラインコックを引き寄せる。 「さっきも言ったとおり、次はお前の番」 「は、はい……カミーラ様……」 ラインコックは引き寄せられただけで恍惚の表情を浮かべた。 |
あとがき う〜ん、カミーラさんべた惚れ。……こんなキャラだっけ? |