外伝 少年剣士の冒険 前編

HR歴14年

―魔王城 執務室

今そこにいるのはてきぱき書類を処理するアールコートと机に突っ伏しているサテラ。
「う〜、疲れた〜」
「サテラさん、あと少しですから頑張ってください」
「わかってる〜。でも、これはあと少しとは言わない」
サテラは天井まで積み上げられた書類の山を見てため息をつく。昔は良かった。好き勝手にやれていたから。少なくともデスクワークなんかとは無縁だった。
だが、人魔の共存を実現する上で、ルールという物が必要になってくる。山積みになっているのは全てそれ関係の書類。魔王が決めたルールで、魔人はそれを率先せよと命令が下りている。ついでにそれの処理も。
だいぶ減りはしたが人と魔物のいさかいは絶えない。魔人はそこへ介入し丸く治めるか、あるいは時には力に物を言わせて解消する。
そして、その判断を下すための書類がサテラの前に山と積まれている。
「さて、私の分は終りましたけど……その……お手伝いしましょうか?」
アールコートは書類の山から覗き込むようにしてサテラを見る。
「……いい。サテラは自分でやる。シルキィの二の舞にはなりたくない」
「そ、そうですね。では、お先に失礼します」
アールコートが部屋を出て行きサテラは一人に。
もう一度書類の山を見上げてため息を。シルキィはこれを他の二人の山に少しずつ混入させて自分の分を減らしていた。で、ばれて今は罰を受けている。
同時にホーネットから自分の分は自分でやるようにと念を押されてしまった。
見ているだけでは山は減らず、何度かの躊躇のあと書類を手に取るサテラ。
その横にはいつの間にか紅茶のカップが置かれている。入れたのはシーザー。
その巨体にもかかわらず、彼が入れるお茶はなかなかのものらしい。
「ん、ありがとう」
気合を入れなおしサテラは作業を再開した。

2時間後。
天井近くあった書類の山はようやく姿を消した。手元に残るのは介入が必要と判断した事件が一つ。とある街道で頻発している死傷事件。最寄の町のギルドから手に負えないと回されてきたものだった。
「シーザー、パイアールに転移装置を起動させるように言ってきて。行き先は自由都市だからカスタムのポイントに」
転移装置。今はまだ完成に至っていないが、パイアールがかねてから研究している装置。
世界中数箇所に配備されていてそれぞれのポイントへ転移が可能になっている。
現在では魔王城、ラング・バウ、サバサバ、サウス、カスタム、富士の癒し場の六ヶ所。
今回利用するのは魔王城からカスタムへ。
そして、目的地はアイスの町とレッドを繋ぐ街道である。

―転移ルーム
「じゃあ、行ってくる」
「イッテラッシャイマセ、サテラサマ」
出かけるのはサテラと女の子モンスターのバトルノート。シーザーの代わりにサテラをサポートする。シーザーは質量がありすぎるため現段階では転送できないのだ。シーザーはかなり不満そうだ。
サテラ達を見送った後シーザーは装置を操作していたパイアールに向き直る。
「なんだい?」
「イエ。タダ、ハヤクカイハツヲススメテホシイトオモッタダケデス」
「なるほど、サテラがいないから寂しいのかい。けど、今ちょっとスランプでね。これが中々進まないんだ。まあ、気長に待ってくれ」
「……ムノウ」
「なんか言った?」
「イイエ」
シーザーが出て行ったあと、一人残されたパイアールは装置の影で三角座りしていた。
「スランプなだけだい……無能じゃないやい」
シーザーの悪態はわりと聞こえていたようだった。

―アイス ギルド裏口
「何とかなりそうなのを見繕ってきたぜ」
「どれどれ」
二人の少年はギルド仕事の指示書を覗き込む。
「Eランク、商人の護衛……パス。Eランク、商品の運搬……パス。もう少し経験値が稼げそうなのはないのか?」
「無茶言うな。まだお前はギルドに登録されてもいないんだぜ? 俺とお前の仲だから少しは斡旋してやろうってのに。それに、俺もお前もまだまだレベルが低い。EランクかDランクくらいが関の山だ」
「俺は早く自立したいんだよ。院長が最近うざいんだ」
「あきらめろ、ギルドに登録できるのは15歳からだ。あと1年は無理なんだからな。この仕事だって俺が請けるって言って持ってきた奴だぜ?」
「たった1年の違いだってのに……ん?」
指示書の裏にもう一枚くっついているのがあった。少年はそれを引っぺがすと目を通した。
「……なんだ? おい、アクセル。これランクが指定されていないぞ?」
「そんなものもって来ていないつもりだったが……ホントだな。ランクが無い。内容は……街道のモンスター集団の撃破か。そうだな、ランクはC〜Bってとこか。相手の数も分からないしやめた方が無難だと思うぜ?」
「いや、これに決めた」
少年はアクセルと呼んだ少年の手から指示書をひったくる。
「待てよ、ランス。お前が強いのは知っているが今回は二人だぞ?」
「なら経験値も2等分だな。いや、俺の方が数多く倒すだろうから俺のほうが多くなるか」
「……その前に命の危険は顧みないのか?」
「ない。俺が負けることはありえないからな」
14歳の少年ランスは断言した。彼が伴侶に出会うのはまだ少し先であり、今はアイスの町で最も有名な悪がきの片割れだ。悪がきのもう一方で一つ年上の悪友アクセルもこれにはあきれる。つき合わされるのは彼なのだから。
だからといって、もう回避手段が無いことも分かってしまっている。伊達に付き合いは長くないのだ。
「……結局このパターンか。さてと、じゃあ準備して1時間後市門に集合」
「おう」
「世色癌多めに持てよ」
「おう」
「武器はちゃんと手入れしてこいよ」
「おう」
「院長にちゃんと話してこいよ」
「うるさい」
「話して来いって」
いつもの応酬を終えて一旦二人は別れる。そして、市門に集合して町を出たときから少年剣士達の冒険が始まるのだ。

―街道沿いの洞窟
ウゾウゾと蠢く赤い軟体生物。一つ目の魔物アカメの大集団。その数100体。
「……サテラ様、ここは撤退を進言いたします」
「……分かってる。サテラもこれだけの数は疲れる」
カスタムから移動してきて、問題のモンスター集団を見つけたのは良かった。
が、数が多すぎた。サテラは自身はどちらかというと戦闘が得意ではない。もちろん、魔人同士で比べたらの話だ。戦闘力自体は高いが、強力な技を持つわけでもなく、強力な魔法を行使できるわけでもない。サポートで来ているバトルノートも戦闘力が高いわけではない。さらにシーザーもこの場にいない。
最大の問題は、二人とも相手のテリトリーに踏み込みすぎていたということ。
ぎょろりと動く100近い数の目。
サテラはバトルノートの腕を掴み即座に反転、脱出を試みる。
洞窟の入り口に立ちふさがるのは3体。1体にバトルノートが放った鉄扇が刺さり、もう1体にサテラが放った氷の矢が突き刺さる。残りは上を飛びこしていくつもりだった。
だが、ギリギリのタイミングで伸びた触手がサテラの足を絡めとる。
「っ!?」
サテラはそのまま地面に叩きつけられた。
「げへげへ、女だ、女だ」
次々に洞窟内のアカメが追いつきいやらしい視線を這わせてくる。
バトルノートは考える。
どうするか、このピンチをどうやって切り抜けるか? いくらなんでも戦力が不足しすぎていた。なら補充しなくてはならない。補充できる場所はあるか? 近くにモンスターの集落はない。そこらへんを闊歩している者を戦力にするのは不安が残る。では、人間に助けを求める。ただし、相応の数が必要。これも却下。魔人に人間の軍隊を動かす権限は無い。最良は魔人サテラが魔王城に帰還、部隊を整えた上での再攻撃が妥当。
そのためにはサテラが脱出する機会を作らなくてはならない。
思考は一瞬、鉄扇を振るいサテラを絡めとる触手を切り裂く。
「サテラ様! 今の――」
言葉が続かなかった。
―エラー:想定外
強力な重力を感じて直後に自分が空中にいることに気づく。つかまれた手から強引に投げ飛ばされたため肩関節が悲鳴をあげる。
―エラー:現状把握を優先
なんとか着地に成功。目算で30mは投げ飛ばされた。
「アイスに行け! ランスを呼ぶんだ!」
言葉の後半は半ば聞き取れなかった。今やサテラの姿は赤い触手に飲み込まれ見えない。
「そんな! なんでご自分が逃げないのです!」
思わず叫んだが彼女は知るよしも無い。サテラは極度の過敏症。
触手に絡みつかれ少し体を触られただけで心臓が高鳴った。同時に蘇るランスとの記憶。
飛びそうな意識の中でバトルノートを投げ飛ばし、ランスに助けを求めろと叫んだ。
そうして、サテラは無理やり与えられる快楽から逃れるため、意識を過去の記憶に沈めていった。

思わず異を唱えたがすでに返事が出来る状態でないらしい。
こうなったらそのランスという人物に頼るしかない。追撃の5体をなんとか振り切りアイスの町を目指すしかない。
そうしてバトルノートは走り出す。

―魔王城 サロン
「ドウゾ」
「ありがとう、シーザー」
そこにいるのはホーネットとアールコート、そしてフリフリエプロン仕様のシーザー。
つい先ほど置いていかれてとぼとぼ歩いているシーザーを見かけたホーネット。彼の入れるお茶が美味しいと気に入っているホーネットはお茶の用意を頼んだ。
すぐさま承諾して給仕室に足を運んだシーザーはちょうどホーネットにお茶を持っていこうとしていたメイド長すずめと出くわす。

以下、問題のシーン回想。
「あら、シーザーさん。どうされたのですか?」
「マオウサマガオチャノジュンビヲ、ト」
「……む、お仕事とられちゃうのですか。仕方がありませんね。でも、その格好で給仕はいかがなものかと」
「ソウデショウカ?」
「そうです。とりあえずこれだけでもつけてくださいね?」
シーザーはフリフリエプロンを装備した!
回想終了。

仕事をとられたと感じたすずめの仕返しというか、嫌がらせというか、もしかしたら本気でそう思ったのかもしれないが……まあ、そういう理由でシーザーは得体の知れない存在にパワーアップしている。

閑話休題。
そんなシーザーが突然東の方を向く。
「どうしたのです?」
「……サテラサマガ!!」
次の瞬間、シーザーは壁をぶち抜いて走り出した。全力疾走で、道を阻む物をことごとく跳ね飛ばしながら。エプロンをはためかせて……。
残されたホーネットとアールコートは埃っぽくなったお茶を諦めてため息をついた。
「サテラに何かあったのでしょうか?」
「確か介入を必要とする事件が一つ二つあったような……」
「サテラが何かミスをしたのでしょうか? 調べを出しましょう。メガラス、いますか?」
「ここに」
埃が吹き飛ぶ疾風と共に最速の魔人が現れる。
「行き先はパイアールに転移装置のログを調べさせてサテラを探して、必要なら助けだし下さい。その場の判断は任せます」
「はっ」
またも疾風が巻き起こりせっかく収まった埃が再び舞い上がる。
二人の髪が白く染まった。
「……アールコートさん。お風呂にでも入りませんか?」
「そうですね。さすがにこれじゃ……けほっ」

―街道
「本当にこっちであってるんだろうな? さっきから人とすらすれ違わないが」
「モンスター集団がいるから人がいないんだろ? いたとしたらそれは強盗の類じゃないか?」
「だったら即座に捕獲して突き出せば金にもなるな」
「残念だがランスにその権利は無いぞ。犯罪者の捕獲して賞金が出るのはギルド登録をしている者だけだ。つまり、この場合15歳の俺だけ」
「年齢を一つよこせ!」
「できるか!」
馬鹿ないいあいをいつものように繰り広げ二人はのんびりと街道を行く。
「さて、そろそろ飯にするか」
「早いんじゃないか?」
「今から暴れるんだ、軽く腹ごなしも出来ていないと動きにくい」
そういいながら早々とパンにかじりつくランス。
アクセルの方は周囲を一応警戒しながら同じようにパンをかじる。
「ふう、食った食った。あの店のパン、味は今一だが量はあるな」
「なんだ知らなかったのか? 俺はよく買い食いするが」
「……院長は自由になる金を持たせてくれないんだよ」
「っと、そうだったな。すまん」
ふと、二人は動きを止める。気配を辿り周囲を見回すと遠くの方で人が魔物に追われている。
「あっちに行っても助からないな……む、スカート! 行くぞ、アクセル」
「お前な……男だったら無視する気満々だろう?」
ランスは何を当たり前なことを言っているんだとでもいいたげに首をかしげた。まあ、いつものことである。今さら言及しても意味は無い。ランス14歳、この歳にして自他共に認める手の早い男である。ついでにかなりもてるため性質が悪い。

「くっ!」
疲労は限界に来ている。鉄扇を振るう腕に力も無い。追手のアカメは後2体だが、このままでは町にたどり着けるかも怪しくなってきた。
「げへへへ」
獲物をいたぶるようにアカメが火爆破を唱えてくる。
直撃するようには狙っていない。全身いたるところに火傷はあるが致命傷になるようなものはない。
爆発。1歩踏み出した地面がない。足元は爆風で大きくえぐれている。
とっさに頭をかばい倒れこむ。すぐさま立ち上がろうとするが足に鈍い痛みが。そして、追っての触手がバトルノートに絡みつく。絶体絶命。
「っしゃぁ!!! いくぜ!!」
「ま、二匹なら軽いか」
岩陰から飛び出す二人。それぞれの得物はロングソードとボウガン。
矢が空気を切り裂き、アカメの一つ目を貫く。ひるんだ相手にもう一人がとどめを。
全力で振り下ろしたロングソードはほとんど抵抗無くアカメを両断し、返す刀でもう一匹を斬りつける。命中。ただでさえ大きい口がさらに裂ける。
「ぎゃーーー」
「うるさい、さっさと死んで経験値になりやがれ」
ランスはいっぺんの慈悲も無くもう一撃。抵抗する間も与えずアカメの息の根を止めた。
「はあ、相変わらず援護の意味があるのか微妙なところだな……さて、大丈―がっ!?」
呆然としているバトルノートを助けおこそうとしたアクセル。直後ランスに蹴り飛ばされた。ごろごろと転がり近くにあった岩にぶつかって悶絶している。
「……ったく、油断も隙もない。ほれ、立てるか」
「あ、ああ……」
バトルノートはぞんざいに差し出されるランスの手をとり立ち上がる。そして、気づかれないように、目立たないように深呼吸を繰り返す。疲労のせいもあるがバクバクと打つ心臓はなかなか元に戻らない。思考は緩慢。視線は目の前の少年の一挙手一投足を追う。
自分は魔物であり少年は人間である。だが、ソレを自覚してしまった。
ソレの到来は本当に突然だった。心臓がさらに高鳴り顔が高潮するのを感じる。
つり橋効果なんていう言葉が頭をよぎるが即座に否定した。
「怪我もないようだし……それよりあんたなんでこんなところにいるんだ?」
大事なことがあったはずだが、すぐに思い出せない。それより先にこの思いを言葉にしなくてはいけない。
バトルノートはまっすぐにランスの目を見る。
「な、なんだ?」
思わずたじろぐランス。女性といることに慣れてはいても精神はまだまだ歳相応。
そんな少年をほほえましく思いつつ、言葉をつむぐ。
「少年、助けてくれたことに礼を言う。それともう一ついうべきことがある」
高鳴る心臓を押さえつけ続ける。
「私は……君に惚れてしまったようだ」

後にアクセルは語る。
この時のランスは写真に残さなかったのが悔やまれるほど呆けた顔をしていたと。


あとがく

何気に前後編合わせて最長記録かもしれません。
というか、これ、二人の世界じゃなくても通じますよね。
いっそ、完全オリジナルとして書き直そうかしら……。


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