―魔王城 居住棟 遠出に必要な物をかばんに詰め込む。 そして、一瞬悩んだ末、苦労して手に入れたモノをかばんに放り込む。 思わずため息が出た。 諦めた恋。身分違いで、割り込めない縁があって、私ではどうにもならない。 分かっている。理解している。この世界の頂点たる魔王ですら自分を殺している。 なのに、あの男はどうしても私の心を掴んだまま放さなかった。 だから、二度と会わないと決めたのに。 そう、決めたのに―― 「何でアイスギルドとの協力任務が私の所へ来るのだ!?」 私は理不尽さに対する憤りを己の愛用する枕にたたきつけた。 二人の世界 外伝 再び二人は巡り会う 失礼、少し取り乱した。 私はバトルノート。女の子モンスターの一種。一応、上位種に分類される。 能力的には軍師として使われることが多い。だが、軍による戦闘行動が減った昨今、それ以外の用途が多くなってきている。情報管理、内政など魔王城での仕事だ。 その中でも私は色々ときわどい位置にいる。 自慢ではないが私はそれなりに優秀だった。それゆえ、早い時期から魔人であるサテラ様の補佐をするまでになった。そして、ある事件をきっかけに畏れ多くも魔王直属という立場になってしまった。魔人を除けばほぼ最上位。魔王に取り入ろうとしていた輩や、色々あってライバル視してくる一部の魔人に敵視され、瞬く間に敵が増えた。ただ、立場上、直接的な敵対行動は無い。それでも、子供の悪戯レベルの嫌がらせが増えた。 椅子に画鋲はどうかと思いますよ、サテラ様? ……ともかく、今回の任務もその一つだろう。 魔王、魔人のサポートをし魔王城で働いていた私に突然回されてきた遠征任務。 『最近力をつけてきた盗賊団がいる。それを近隣のギルドと連携し討伐せよ』 タイミングが悪く、魔王はJAPANの友人を訪ねていて、ほとんどの魔人も出払っていた。そして、私がアイス付近の任務に関わることを意図的に避けていた事実に気付いた誰かが根回ししたのだろう。そうでもなければ討伐などという戦闘メインの任務が私に回ってくることなど考えられない。戦闘任務なら他に適した者がごろごろしているというのに。 しかし、どれだけ愚痴っても下された辞令は本物。拒否は出来ない。 私は準備を終え自室を出る。 合同宿舎の小さな個室から魔王城の大きな個室に変更されたのも魔王直属に登用された時。 元々私物をあまり持たない主義の私には広すぎる気がしないでもない。 「レナさん、お出かけですか?」 部屋を出ると先々代魔王の使徒、エレナがいた。魔王直属という立場が近いせいか最近よく話すようになった人物の一人。 「ああ。何故か、アイスの方に行くことになってしまったよ」 「アイス……。王様、元気かな……?」 「殺しても死にそうにないと思う」 「ふふふ、それもそうですね」 彼女と私が思い浮かべるのは同一の人物。彼女もあの男に心を奪われた一人だ。 愛するがゆえに、人の身を捨てた。避けることを選んだ私よりも彼女は強い。 そうそう、名乗るのを忘れていた。バトルノートは種族名。 私自身をあらわす名はレナという。 魔王城地下にある転移ゲート。大陸中6箇所に通じるゲート同士を結ぶ瞬間移動装置。 3人のマッドサイエンティストの頭脳を合わせて稼動している最新鋭技術。まだ、完成には至っていないらしいが十分に実用に耐えうる。 と、そこへ行くと見知った顔がいた。 立場的には私と同じ魔王直属。だが、キャリアは彼の方が上。 先々代魔王の使徒、つまりはエレナ達は吸血鬼ゆえ昼間はその力を大きく制限される。その時の護衛として、先々代がたまたま選び出したのが彼だ。一介のワイトナイトはその時を境に名と力を得た。甲冑には魔王が自身の血で書いた呪印が施されていて、彼は魔王が存在する限り力の供給を受ける。 「スミスか。わざわざ見送りに来てくれたのか?」 「いや。私も行くことにした」 行くことにした。つまりは独断。もちろん、それも可能な権限を許されていたりもする。 「そうか、それは心強いな」 実際、彼の戦闘能力は魔人に引けを取らないという。一介の魔物では傷一つ付けられまい。 「まあ、貧乏くじを引いたということだ」 お互い、誰の根回しか気づいていたがあえて触れない。 乗り気でなくとも与えられた任務はこなすのみだ。 ―アイスギルド 「思ったより報酬がいいな」 「やばそうな任務だからな。とはいえ今回は近辺のギルドだけじゃなく魔王城からもサポートがつく。安全面ではかなり改善されているはずだ」 夜遅く、誰もいないエントランスで話す若い二人。 旅装の二人はランスとアクセルだ。 「なるほどな。ただの盗賊退治だと思って先行した3組がすでに全滅だからな……」 「親父も俺達にアイス代表を任せたって事は相当キケンな相手なんだろうさ」 「集合場所は……カスタムか。遠出だな」 「町の外に牛車を用意してある。集合時間までに時間もあるし、のんびり行こう」 「あ〜あ、何が悲しくて男と二人で旅しなくちゃならん」 「何を今さら……」 こうして、アイス代表の二人はいつものやり取りをやりながら町を出発した。 ―カスタム マリアの家 マリア・カスタード。先々代の魔王により魔人に抜擢された人間。大陸で唯一ヒララ鉱石の加工技術を持ちチューリップシリーズと呼ばれる兵器を自在に使う者。だが、今は兵器部門を縮小し、都市の発展に力を注ぐカスタムの都市長。本人はあまり乗り気で無いらしいが。 『ああ、派遣されてきたのはレナだったの。スミスさんもお久しぶり。とりあえず、はいって』 外から見ると小さな普通の一戸建て。しかし、それは真実の姿ではない。 誰もいないのに勝手に動く扉ををくぐると動く階段が地下へと伸びる。 ここへ来るのは2度目だ。隣にいるスミスは警戒しながら動く階段に足を乗せる。 この家の本体は地下に広がる。地上はほとんど張りぼてだとか。 動く階段に導かれた先はわりと雑然とした居間。そこかしこに理解不能はものが散乱している。少なくとも、生き物の住める環境ではないと思う。 「ちょっと、待ってて。片付けさせるから」 同じ部屋のどこかから聞こえる魔人マリアの声。続けてよく分からない駆動音と共に天井から機械の腕が伸びる。それから、掃除と呼ぶには程遠い作業が始まった。 「あはは、他の人が来るなんて久しぶりだから散らかっちゃってさ」 「確か魔想様と同居されていたのでは?」 「志津香ならちょっと旅立ってる。なんか研究材料に足りない物があるとか何とか」 「そうでしたか」 「そうなの。さてと、本題に入りましょうか。えっと、あの紙はどこに置いたっけ?」 本題に入るとかいっておいてこれだ。優れた技術を持ちながらも彼女はどこか抜けているような気がして仕方がない。 「後ろのファイルではないでしょうか?」 「後ろ? ああ、これこれ。ありがとう、スミスさん。えっと、私がすればいいことはカスタムのギルドに連絡して周辺のギルドから派遣されてくる人達の拠点を提供すればいいのね? って、ちょっと待って」 一気に彼女の表情が険しくなる。 おそらく、参加するギルドの一覧に目が行ったのだろう。 「どうされました、カスタード様?」 「え、いや、ちょっと気になっただけ。と、それよりも! マリアでいいって前にも言ったはずよ」 「しかし、それでは他の者に示しがつきません」 そう、魔人同士ならまだしも、私は魔王直属とはいえ一介の魔物に過ぎない。名前で呼べるほどの立場にはいない。 「じゃあ、命令ね」 「ぐっ……では、マリア様と」 精一杯、妥協してみた。ちなみに、心の師と仰いでいるあのお方も同じ反応を見せた。 「まあ、いいわ。スミスさんもね。何年も前から言ってるけど」 二人とも命令といわれれば従わざるえない。 「承知しました、マリア様」 「で、話を戻すわよ。盗賊団による被害なんだけど――」 カスタムで収集された情報は私が魔王城で見たものと比べ物にならないくらい緻密で正確なものだった。やはり、現地と後方では情報の信用度が違う。 「ただ……盗賊団の戦力は把握できていないの。おそらく200人程度の規模だと類推できるけど不確定要素が多いわ。拠点も大体の位置しか把握できていない。少なくともここから一日以上はかかる距離ね」 「その根拠は?」 「追尾部隊を派遣したけどどれも全滅したわ。どの部隊も追撃開始から翌日の朝を迎える前に。こんなことならPMの改良機でも回すべきだったわ」 「その盗賊団、もしかして人間だけではないのでは? 我々は人間以上に夜目がききます。夜、追撃に気付き、闇に紛れて奇襲すればいいのですから」 「かもしれないけど、推測の域を出ないわ。でも、今回は各ギルドからの選りすぐりに加えて魔王直属の二人までいるんだし大丈夫でしょう」 なりたくてなったわけではないが、今は口にすることでもない。 作戦に集中しないといけない。 「あと、ランスも来るだろうし」 集中、集中、集中……。 あの顔が頭から離れない。包帯を換えるという名目で脱がせて隅から隅まで観察しその情報を脳に刻み込んだ。理想的な筋肉の付き方をした身体、たまに見せる少し幼さの残る表情。そのギャップがなんともまた―― 「レナ、何をぼーっとしている?」 ……スミスに声をかけられて正気に戻る。マリア様は知ってかしらずかニコニコ笑いながらこっちを見ている。 「失礼、少し頭を冷やしてきます」 たまらず、戦術的撤退を選択した。 ―カスタム市街地 マリア様も言ったとおり、アイスからランスが来るのは確実。ついでに、アクセルも。 何とか顔を合わせずにすむ方法は無いものかと思案する。任務は遂行しなくてはならないが、ランスとは会いたくない。否、会いたいけれど会ったら抑制が効かなくなる。ランスを慕う他の者が自分達を抑えている限りは私もそうするべきだ。だから、会うべきではない。にも拘らず今回の任務は私単独でどうにかなるようなものでもない。でも、協力者たるランスに会ってしまうと私はきっとダメになる気がする。 ……いけない、堂々巡りだ。 せめて私だとばれないなら、何とか抑制できるかもしれない。 「そうだ、それだ!」 思わず声を上げる。と、しまった。ここは往来のど真ん中。道行く人々の視線が突き刺さる。落ち着け、取り乱すな。平常心。 軽く咳払いして、何事も無かったかのように路地へ。 深呼吸して、羞恥心に赤く火照った顔を冷ます。何をやっているのだか……。 しばしのクールダウンの後思考を再開する。 私とばれなければいい。ほとんどの女の子モンスターは同族でもない限りほとんど見分けが付かない。私は意図的に髪留めを他の同族と違う物を使用している。だが、それを本来の物にしてしまえば個体の識別など出来まい。……いや待て。あのランスが髪留めの些細な差異など気にするか? 答えはおそらく否だろう。そんな細かいことに気付くようなタイプではないとデータが証明している。なら、逆に明らかな違いを作ればいいのではないだろうか? たとえば髪型を変えるとか。 ……意外と名案かもしれない。私は思い付きを実行すべく、拠点となる宿へ急ぐ。 その途中、たまたま視界に入った店の看板。……これはこれでいいかもしれない。念には念を。 ―作戦拠点 まだ集合時刻には時間があるため他のギルドのメンバーは来ていないようだ。フロントに話は通っているらしく早速部屋を用意してもらう。 鏡台の前に座り髪型をいじる。一瞬切ろうかと思ったがさすがに躊躇した。 とりあえず部分的にしている編み込みを解き後ろでひっつめて適当に縛る。髪が傷みそうだがこの際目をつぶる。 よし。これだけでも雰囲気は変わるものだが、ダメ押しに秘密兵器を装備する。 ……もう少し考えて選ぶべきだったか? いや、これでいいはずだ。 ……でも、これはちょっと……。 まあ、四の五の言っても仕方が無い。 集合時間まであと3時間、今のうちに仮眠を取り作戦に備えることにする。 仮眠の後集合場所たる食堂へ向かう。 中からは十数人の人間と不死剣士の気配。資料で知らされた数より2人足りない。 時間は5分前。恐れをなして逃げたか、単なる遅刻か。 とりあえず、入って確認してみるとしよう。 中には武装したギルドメンバーがずらり。任務のランクが高いため各ギルドから選りすぐりを派遣するように指示が出ている。皆歴戦の兵のようだ。 その視線が扉を開けた私に集る。同時に会話もなくなった。 「……」 何故か、困惑する視線の数々。 よく分からないので無視することにする。 「スミス、遅くなった。……なんで彼方までそんな顔をする?」 「いや……レナだな? なんだそれは?」 「変装だ。あの者がくるだろうからな。しかし、この視線はなんだ? そんなに変なのか?」 確かに自分でも疑問を持ったが……もしや、万人共通か? 「変ではないと思うぞ? だが、少し個性的というかなんというか……」 歯切れが悪いスミスを問いただそうとした時、遅刻した二人が駆け込んできた。今回のメンバーで最も若い二人組。アイスギルドから派遣されたランスとアクセルだ。 「だ〜、疲れたっ! なんだってカスタムに入ってから迷う!?」 「ランスが女の子を引っ掛けて追いかけたからだろう! しかも、結局失敗して挙句の果てに迷って遅刻だ! そういうことは仕事でない時にしてくれ!」 騒がしいことこの上ない。 「そこの二人。遅れてきて詫び言の一つも言えないのか?」 いつまでも続きそうだった言い合いに割り込みをかける。 「ん……ああ、すまねぇ」 「よろしい。今回の盗賊団殲滅作戦の内容を説明する。きちんと聞くように」 用意されていたホワイトボードに作戦内容を表記していく。情報は最新の物で彼らが持っているものより詳しい。場所の特定もほぼすませてある。前回襲撃された村から1日程度で移動でき、集団で潜伏できる場所といえば限られていた。 「作戦開始は1時間後。班を二つに分け敵拠点候補地の哨戒に当たる。班はこちらで分けておいた。手元のレジュメで確認するように。詳細はこれで終わりだ。何か質問は?」 一通りの説明を終えて部屋を見回す。さすが歴戦の兵共といったところか。最初の奇妙な空気はもう無い。あるのは戦いを前に心躍らせているものと冷静に状況を読み取ろうとしているものくらい。 「ああ、そうだ。一つ質問がある」 手を上げたのはよりによってランス。今のところ気づいていないようで特に何も言ってこない。変装の効果はあるようだ。 「何が聞きたい?」 質問があるとかいいながらも何故か言いよどむランス。 「なんでもないのなら解散にするが?」 「……ああ、聞かせてもらう。なあ、レナ。そのビン底メガネ、はっきり言って似合わねーぞ? 何でそんなもんつけてるんだ?」 ……………………(思考停止、強制終了)。 ………………(状況把握能力の再起動)。 …………(言葉の意味を再吟味)。 「ん? もしかして、変装のつもりか? そういえば二度と会わないとか言ってたっけ? けどよ、気配そのものは変わってないし気にいった女は忘れない。ごまかしようなんか無いぞ?」 ……(行動選択)。 けらけらと笑うランス。あ〜あ、言っちゃったよ、とでも言いたげな他のメンバー。 スミスはスミスで視線をそらす。 私はビン底伊達メガネを外すと全力でランスの顔に投げつけた。 「がっ!?」 ヒット。追撃に入る。 メガネを目くらましに鉄扇を放つ。 「うぉわ!?」 ギリギリで回避。でもそれは予測済み。ランスの戦闘パターンは把握している。 接近。即座に反応してランスが剣に手をかける。だが、そこで停止。 私は遠慮せず足払いをかけて体勢を崩したランスの襟首を捕まえる。 そしてそのまま背負い投げで床にたたきつけた。 後は心臓の上辺りを踏みつけ動きを封じて真上からランスの顔を覗き込む。 「まったく、デリカシーの無い男だ。なぜ私はお前のような男に惚れたのだ?」 「痛ぇ……抵抗しないとわかってながらここまでやるか?」 「ふん、自業自得だ」 「分かったからもう一言言わせてくれ」 「辞世の句でも読む気か?」 「……白のひも結び」 にやりと笑うランス。 ランスの顔は私の真下に。 ……。 何のことか思い当たった私は即座にスカートを押さえる。 ついで、ランスを床が砕けるぐらいに踏みつけ戦術的撤退を選択した。 |
あとがき 読んでのとおり少年剣士の続きです。 後半に続きますが後半は未完成なためしばしお待ちを。 |