―宿 誰かが扉を叩く。 うるさい。 ノックはドンドン激しくなる。 ……うるさい。 私は愛用の枕に顔を埋め聞こえないフリ。 ノックが止んだ。 そろそろ諦めたか? 出撃の時間も近い。許してやるか……。 直後、蹴り破られる扉。入ってきた輩は何食わぬ顔で乙女の部屋に踏み込み、テーブルの上に立てておいたものを手に取りこちらを振り向く。 「一つ聞いていいか? この写真どこで手に入れた?」 ……前言撤回。許してなどやるものか。 外伝 再び二人は戦場へ 「おい、レナ!」 無視。 「レナってば!」 無視する。 「……まだ、怒ってるのか?」 無視といったら無視。 「部屋に飛び込んだのはあまりに反応が無いから心配になったからだ」 ……ああ、そうか。心配されたのか。 それは……悪い気はしない。 「しかしよ、あの写真いつ撮ったんだ?」 「秘密だ」 とある伝より手に入れたランスの寝顔写真。撮影した本人の名誉のためにも入手元は明かせない。 「いくら寝ているときでもあの距離に近づかれたら起きるぜ? それが、気付かせもせずに……よほど夜に適応する能力を持ったやつだな」 真剣に考え込むランス。いくら彼のポテンシャルが高かろうと、気配を抑える方向に全力を使った魔王に気付くことなど出来まい。 そもそも、魔王が自分の寝顔を写真に収めようとするなど夢にも思うまい。……普通誰も思わない。思いたくもない。 ……この事は墓場まで胸にしまわなければならない。 「それより、だ。反応が無いからといって女の部屋に踏み込むのはよろしくない。例えばシャワーを浴びていて気付かない場合もありうる。そんな時はどうするつもりだ?」 「……ちょうどいいし美味しく頂く――うっ!?」 ……。 思い切り脛を蹴っておいた。 ―カスタム北 今回の盗賊団による被害を受けた場所を地図上に記してくとある一点から一定距離で行われていることに気付く。それがカスタムから1日ほど北へ向かった先にある森だ。もう一つ興味深いこともあるがさし当って今からの戦闘には関係ないと思われる。 我々は隊を二つに分け東と西から森への侵入を試みる。少なくとも、今現在までに妨害は無い。 ……ハズレ、なのか? 「なあ、レナ。まったく敵さんの気配がしないんだが?」 ……。 「なんだよ、また無視か」 「命令違反を咎めてるんじゃないのか?」 「ならアクセルも一緒だろうが」 「お前を放置すると他のギルドに迷惑をかけかねん。アイスギルドの跡継ぎとして見過ごせるか」 「なんだ、やっぱり継ぐ気なのか?」 ……。 「仕方ないだろう。親父は病弱だ。兄妹もいないしじじいの後は継ぐさ」 「そうなったら収入の良い仕事は全部俺様に回せ」 「逆だな。お前には溝掃除とかを回すことにしようか」 ……。 いい加減頭にきた。 「お前達いい加減にしろ! ここをどこだと思っている!? 敵の懐だぞ! なぜそんなに和んでいられる! そもそもランス! お前達は2班に配属したぞ!!」 「わ、バカ、お前こそ声がでけぇ!」 「うるさい黙れ! どれだけ私の心をかき乱せば気が済む!! ああ、もう! だから、こっちに来たくなんてなかったんだ! シルキィ様の莫迦! せっかく諦めて納得できかけていたのに! なのに……なのに……ランス、お前は――」 抑えていたモノがあふれ出る。一旦出てきてしまえば止める事など不可能。 ぽろぽろと涙が出てきた。 そして、見せまいと座り込む。 周りからは戸惑いの視線。ランスは明らかに動揺。 私は抑えていたものが溢れ出て少女のように泣きじゃくる。 ……一番、場所をわきまえていないのは私だった。 何かの集団が我々の周囲に現れた。パニック状態の私は気づかず、その姿に戸惑っていた周囲の冒険者達も気付かなかった。熟練の冒険者達とはいえ、油断はするのだ。 そして、致命的だった。 「!!! しゃがめ!!」 ランスの怒鳴り声。 声に反応できたのはアクセルと他二人ほど。 何が起こったか理解する前に身体に生暖かい液体が降りかかる。 苦い鉄の匂い。掻き切られた首から噴水のように噴き出す赤い水。 5人分の赤い噴水は鈍っていた思考を更に鈍らせる。 ドサリと倒れる体。もう動かない。思考も停止する。 「あ……」 私の体は意識とは別にその死体と成り果てた者を起こそうと手を伸ばす。 「バカ! そんな暇なんてないぞ!」 横から伸びたランスの手が私を抱き上げる。 「引くぞ! 走れ!!」 作戦失敗。兵力は半減。大敗。 原因は指揮官の動揺……。 ……私は……何を……。 それからは散々だった。 降り注ぐ矢の雨。 木々の陰から襲い来る黒き襲撃者。 敵地からの撤退戦。 森から出て追撃を振り切った時には無傷の者などいなかった。 私は、ただ、ランスに守られるしかなかった。 ―夜 カスタムの拠点 結局のところ、もう一つの班も奇襲を受け3人が戦死した。最初に18人いた精鋭が一瞬で半減。私は真っ暗な部屋で天井を眺めていた。 抑制の効かなかった自分に腹が立つ。 そうなることを恐れて遠ざけたのに、近くに来たランスに腹が立つ。 そして、そのランスにかばわれるしかなかった自分に更に腹が立つ。 戦士達の死に様を思い出すと更に泣けてきた。 その死は乗り越えて、次の作戦の糧にしなくてはならない。 作戦立案は私の、バトルノートの仕事だ。 だが……心が、折れていた。 何も思いつかない。 何も考えられない。 存在意義が……失われた。 誰かが部屋の戸をノックする。 答える気力も無い。 破壊音がして扉が破られた。 入ってきたのは殺気を漲らせた戦士が二人。 それぞれ、相棒を先の奇襲で失った者だ。 私に責任を取らせに来たのだろう。 私には拒否する権利も抵抗する権利も無い。 「抵抗しないのか?」 「私のミスだ。抵抗も拒否もする権利など私には無い」 「そうか……。なら、死んでわびろ」 天井を見上げたままの私と、憎悪のこもった瞳で見下ろす二人。それぞれの得物を逆手に構え私の心臓と首にめがけて突き下ろす。ああ、一撃で殺してくれるらしい。 熱い。貫かれた部分が灼熱する。だが、体は熱を失わず……。 「っ……!」 二人の切っ先は飛来した何かに阻害され反れた。それぞれ、右の肺と左の肩に。 血がだくだくと流れていく。 だが、即死には至らない。 「邪魔を、するなぁ!!」 「お前らもう少し冷静になれ。一応、そいつは魔王城から派遣されてきた特使だぞ? それが戦死でなく、味方に殺されたなんてなってみろどうなることか」 肺の血管が引き裂かれ熱い液体に満たされる。 陸上にいるのに溺れるような感覚。 「知ったことか! 何が魔と人の共存か! こんなやつら信用なんぞ出来るか。魔と人は対立するのが本来の姿だろうが!」 「対立し、世界を二つに分けて戦争をしたいなら他所でやれ。俺は今の世の中が気に入っている。人間じゃなくても面白いやつはいる。わざわざ対立する必要なんて無いだろう」 即死はしなかったが致命傷だろう。 意識が遠のく。 「五月蝿い! 若造と問答する気は無い!」 「はっ、それはこっちのセリフだ。RS歴生まれの老いぼれと言い合う気は無いぜ?」 「ランス、煽ってどうする気なんだ!?」 「あん? 決まってるだろう? 俺の女に手を出したんだ、ぶっ潰す!」 ちょっと待て。いつからそうなった? そんな疑問が頭をよぎったが、痛みと出血で意識は暗転した。 気付いてみれば視界が薄緑色に染まっていた。 心地よい浮遊感と温度、ゆらりゆらりと水草のように漂う。 死んだわけではないらしいが私はなぜか液体の中にいる。 胎児のように体を丸め2mほどの球体の中に満たされた液体の中に漂っている。 呼吸は問題ない。水中にいるのに苦しくは無い。 傷の痛みも無い。肺に穴が開きそれなりに致命傷だと思ったのだが。 液体の向うに見える私の身体にはどこにも怪我の痕すらない。 球体の外に目を向けるとなにやら研究施設のような場所だ。 思い当たるのはマリア様の研究施設だが、医療系のものは全て浮遊城アースガルドにあると聞く。そこで思い当る。 つまりここはアースガルドの中。パイアール様とマリア様の共同研究施設。 「ご名答。さすが情報把握能力に長けた種族だね」 緑色の視界の奥で揺らぐ小さな影。丈の合わない白衣を引きずるように着たその姿は見間違いようもなく魔人パイアール様のものだ。 「小さいって言うな。こればかりはどうにもならないんだからさ」 ……何故か考えていることが悟られた。 「ああ、その状態じゃ喋れないだろう? 思考を読み取る装置を付けてみただけだ。脳内で起きる信号のやり取りを読み取って解析し文章化する。実際使ってみるのは初めてだがうまくいっているみたいだね」 なるほど。しかし、悪趣味だと思います。 「……。そうかい、参考にする。ところで体の調子はどうだい?」 明らかに致命傷かかなり楽観的に見ても瀕死の重傷だと思ったのですが? 「ふん、順調のようだね。悪いけど君には実験台になってもらっている。その装置はまだ研究段階でね。どんな副作用がでるかも分からない。そこのところは諦めてくれ。とりあえず、効果だけは実証できたようだが」 しかし、一介の魔物にこんな施設の使用までするなんて……。 確かに他の同族よりは秀でてはいたがそれだけのはず。 「……言うなって言われていたんだけどね。命令されたわけじゃないから言っちゃおう」 にやりと浮かべる笑みは見た目相応のモノ。 悪戯を思いついた子供のモノだ。 「死ぬ直前だった君の蘇生を命じたのは魔王だよ」 なっ……!? 「気付いていないのかい? 今君は例の男に一番近い位置にいるんだよ。魔王すら差し置いて、まだ彼が出会っていない運命の女性すら差し置いて」 笑ってしまいたかった。 なんで、そんなことに……。 「彼が応急処置してそれを知ったマリアがアースガルドに連絡して、たまたまJAPANからの帰りに立ち寄っていた魔王が最後の命令を下した。まあ、そういうことだ。ぎりぎり間に合ってしまったから、諦めて治療されてくれ。2日あれば完治する見通しだ」 そういうとパイアール様は白衣の裾を翻し部屋を後にした。 残された私は満足に動くことも出来ないままただただ、漂う。 最も近い位置。 でも、本当はそこにいるべきではない。 だが、彼が運命の女性と会うのはまだずいぶんと先。 それまでくらい、夢を見てもいいのかもしれない。 それに、あの言葉の真意を確かめなければならない。 2日後、パイアール様が装置をいじると薄緑の液体が排出される。 肺に空気が入る瞬間が苦しかったが何とか立ち直る。 「シャワーはあっち。服は着ずに戻ってきてくれ、診察もしてしまう」 言われたとおりに液体の残滓を流し、体を洗う。生物の体を最良の状態に復元する機能を持つというあの装置の効果か肌の張りも髪のつやも良い。 「うん、特に異常は無いみたいだね。ただし、今後月に一度は検診に来てくれ。使用後のデータも取りたい」 「はい」 診察の後与えられた個室でいつもの軍服に袖を通し、身なりを整える。 ちょうど終った頃にノックの音がした。 「入っていいかしら?」 そんな声と共に入ってきたのは魔王ホーネット様だった。 アースガルドにおられるとは聞いていたので予感はしていた。 「これから貴女がどうしたいのか聞きにきました。誰に左右されるでもなく、貴女は自分の選択をしなさい」 「少しの間だけ、彼と共に。彼が彼女と会うその前まで、私はランスと戦場に並び、共に立ちます」 「分かりました。では改めて命を下します。先の任務をあのお方と共に完遂なさい」 「仰せのままに」 やり取りは単純にして明快。手短に。 こうして私は再び戦地に立つ。あの男と共に。 ―カスタム 作戦拠点 扉の向うには先の討伐隊の生き残り。彼らはずっと待機を命じられてきた。 私を襲った二人の姿はない。元いたギルドに追い返されたのだろう。 「すまない、待たせたな」 部屋に入ったとたん静かになった。 視線が集まる。 私がこの短期間で復帰したことに対する驚愕の視線。 私を警戒する嫌疑の視線。 私に向けられる殺意の視線。 色々だ。だが、怯む必要など無い。 「遅いぞ、レナ。指揮官が長時間不在でどうする?」 「ふむ、ランスは私を指揮官として認めるのだな? なら、次は必ず命令通りに動いてもらおうか」 「ああ、いいぜ。お前の指示は戦いやすい」 私は頷く。 ランスが受け入れてくれるなら他は有象無象。気にすることもない。 「1度は私のミスで敗北を喫したが二度目は無い。では、作戦を説明する」 そう、2度目のミスは無い。 ―盗賊団の森 草木も眠る丑三つ時。 月の光すら届かない闇色の深い森の中。 一見無謀な進軍だ。だが、敵の裏を書くための作戦だ。 手元の懐中時計を開く。そこに文字盤はなく、代わりに青い点が9個表示されている。 マリア様特製の熱源探知機。ちょっと無理言って融通してもらい借り受けた。これがあれば夜でも昼でも関係ない。奇襲は受けない。 唯一、アンデットたるスミスだけには反応していないが相手は人間。どんなに優れた気配遮断の能力を持っていても体温は隠せない。 反応アリ。 全員に指示を出し準備をさせる。 敵はゆっくりと近づいてくる。 距離5m。 「今だ!」 味方は全員黒いレンズの入った眼鏡を装着。続いてマリア様謹製の閃光弾を投げプチ人工太陽を起動させる。 闇色の森が一瞬で昼間のように塗り替えられる。 目を押さえ苦悶する襲撃者達。 「攻撃開始!」 奇襲に対する応戦は前哨戦に過ぎない。今の私は指示を出すこともなく全員の戦い方を記憶する。次の敵拠点突入の時に生かせるように。わざわざ人工太陽まで持ち出して明るくしたのはそのため。そして、掃討はものの数分で終った。データも十分にそろう。 「しかし、これだけのアイテムをあっさりと用意してしまうなんて……どこに手を回したんだ?」 「なに、ちょっと交換条件でお願いしただけだ。それより怪我はないか?」 「掠り傷ひとつ無いぜ」 「ならばいい。負傷した者は応急処置を最優先、戦闘不能なら撤退を」 一応聞いてみたが誰も負傷はしてないようだ。 私は二度目の失敗はしない。 「よろしい。では、これから先皆には私の指示に従ってもらう。バトルノートの戦いをお目にかけよう」 これより10人の精鋭は私の指示の元一つの個となる。 「これより攻城戦を仕掛ける。全員、配置につけ!」 どうでも良いことだが、マリア様から借りたアイテムはもう一つある。髪を止めるバレッタ。そこには小型のカメラが入っている。リアルタイムでその映像を送信する機能も併せ持つ優れもの。それによる映像の送信が交換条件。 ……送信先に何人いるかは想像にお任せする。 何人もの魔人が魔法ビジョンの画面に噛り付いている光景など想像もしたくない。 ―魔王城 ホーネットの執務室 「レナ、スミス両名ただいま帰還しました」 「ご苦労様。報告を」 「盗賊団の制圧は完了、頭目以下189名は戦闘中に死亡、残りのうち幹部クラスの1人が生死不明、6名は捕獲し調書を取ってあります」 纏めた報告書を差し出す。作戦が終って半日のうちに纏め上げた。 夜の襲撃で帰還が明け方、事後処理と報告書のまとめで睡眠時間は零。 そのまま魔王城まで帰還したためかなり眠い。 「生死不明の一人については調査を続けていますが今のところ結果は出ていません。また、襲撃時に誘拐された女性8名は独断ですがアースガルドに保護しました。精神的にも、身体的にもケアが必要のようでしたので」 「結構です」 「後いくつか。被害状況のデータからの推測でしかありませんが興味深い点が」 「興味深い点、ですか?」 「はい」 まず、盗賊団の戦闘能力。大半は一般人に毛が生えたレベルだったが、最初の襲撃を行った一団、あれの戦闘能力は他を遥かに上回っていた。夜陰に紛れ一撃必殺を叩き込むあの技術、ただの盗賊団の三下がもちえる能力ではない。あれは完全に訓練されたものだった。 そして、もう一つ。被害を受けていたのは街道を行く商人や旅人、周辺に点在する村。特筆すべきは人間だけのグループからは被害報告が無いということ。襲われたのは魔物を護衛として雇っていた商人、魔物との共存が進んだ村、そして、魔物だけのグループ。人間だけのグループは襲われていない。 それを説明すると徐々にホーネット様の表情が厳しくなる。 私の出した結論は、再び世界を二つに分けようと画策する組織がいるのではないかということだ。 人は人、魔物は魔物。人と魔の対立の図式に。 盗賊団を利用したのもその足がかりに過ぎないのではないか。あるいはテストケース。 そんな気すらした。 「……後は報告書から読み取ります。休んでください」 「はっ」 一礼して部屋を辞す。とりあえず、今は早く寝たい。 「あ、レナは夜に私の部屋に来てください」 眠いのがバレバレだったようだ。後で、ではなく夜にと。 「え、あ、はい」 そして、部屋に呼ばれる理由もそれなりに色々と思い当たる。 「あのお方に関係することだろうな」 廊下に出るなりスミスが言う。 「おそらく。それよりも、だ。スミス、今回の作戦への協力感謝する」 正直なところ、敵拠点へ突入するには人間だけでは戦力不足だった。 それを補ったのが彼の力だ。 幻影の剣。魔力で生み出し彼の意思で動く遠隔攻撃システム。いうなればファ○ネルとかドラ○ーンのような物。魔人月乃のリングと同じような物だ。私の指示と幻影の剣による援護により味方の被害なほとんどなかった。 「何、私も事情を知るものとしてあのお方に死なれては困るのだよ」 「それもそうか。まあ、礼だけは言わせてくれ。ありがとう」 そこでスミスとは別れ自室に戻る。 戻るなりベッドに倒れこんだ。さすがにこれ以上起きていられる気がしなかった。 夜、目を覚ました後身支度を整え畏れ多くもホーネット様の私室へ。 扉の前に立つとノックをする前に扉が開き迎え入れられた。 「お呼びにより参りました」 「ごめんなさいね、こんな時間に。個人的なお願いがあったのです」 「お願い、ですか?」 命令ではないと言う。 「最近増えてきている盗賊の被害に呼応して各都市では自衛部隊の配置が行われています。けれど、どこも錬度が低く活動率は低い。そこで、こちらから優秀な者を派遣してくれないかととある都市長から打診がありました」 「なるほど、その都市に出向して部隊を鍛え上げろということですね」 左遷というにはどこか違う気がする。なにやら裏がありそうな。 「その通り。期間は最大で3年。任地はアイスです」 「……やはりアイス、ですか?」 「ええ。ランス様がシィルさんと出会うのは3年半後。だから、期限は3年です」 ……なるほど、大きな大きな裏があった。 「受けてくれますか?」 「はい、喜んで」 つまり3年間は自由にしろということ。 もとよりつりあわない恋だ。3年と限られていてもいい。 夢を、よい夢を見させてもらおう。 ―アイス 孤児院 院長に会い、以前借りていた部屋を借りられないかと相談してみたところ快諾してもらうことが出来た。 とりあえず、これで住居は確保した。本当は都市長の館の一室を借りることも出来たのだがあまり豪華なのは好まない。屋根があって最低限の家具があれば十分だ。 借りた部屋に少ない荷物だけ放り込むとその足でランスの部屋に向かう。 魔王のお墨付きまでもらったのだ。今を楽しまなくては損だ。 だから、早くランスの顔を見たい。 そう思い、ノックも無しに扉を開ける。 ……。 すぐに閉めた。 「ちょ……レナ!? お前帰ったんじゃなかったのか!?」 「色々あってな。しばらく以前借りた部屋をもう一度借りることになった。挨拶にきてやったが女の相手に忙しいようだな。またにしよう」 確かに、好色な人間だとは聞いていたが。 「いや、この女は別に――」 「ちょっと! 別にって何よ!? あの女こそ何よ!?」 「わ〜、馬鹿! ややこしくするな!」 非常に面白いやり取りが聞こえる。減点。 扉の反対側では慌てて服を着込んでいるのだろう。しばらくのどたばたの後、ランス飛び出してきてすぐに扉を閉めた。……ズボンのチャックが全開だった。減点。 「別に出てくれなくともかまわない。私とランスはそういう関係ではないからな。昼間から女を部屋に連れ込んで楽しくやっていたり、鍵すらかけてなかったりしても私には無関係だと思うのだが? それになんだその格好は? 女の前に立つときは急いでいても鏡で全身をチェックしろ。いや、しかし私は無関係だったな。別にだらしない格好であっても問題ないその程度の関係だということか」 「落ち着け、レナ! か、関係ないとか言いつつ笑顔で鉄扇を振りかぶるな――」 ちょっと引きつった笑顔を浮かべつつ、問答無用で鉄扇を振り下ろした。 少しだけ、こいつに惚れた女性の気苦労がわかった気がした。 ……非常に面白い3年間になりそうだった。 |
あとがき 週の半ばという中途半端な時に更新と相成りました。 とりあえず、外伝のこれはこの話で終わりにしようと思ったのですが、アイデアがちょこちょこ湧いてきているので更に続くかもしれません。 読み手的にはどうなのでしょう? あ、本編ね。 あははは……もうすぐ止まってから1年経つよ……orz |