第10章  放浪魔王V

―リーザス城 元ランスの寝室
ベッドの上では志津香がもだえ苦しんでいる。人から魔への変化に伴い志津香は苦しみ続けていた。
その傍らにはランスが座っている。
ランスには、こうなるであろう事がわかっていた。うまくいく確率は4割ほどしかなかったのだ。魔王の血に適応できなければ死が待っている。
ランスはチラリと時計を見た。すでに志津香がこうなり始めて3時間。体力の切れ目は即死につうじる。とはいえランスにできることはなく、なんともいえないもどかしさがあった。
ランスはぐったりする志津香の胸元を広げタオルで汗をぬぐう。
―ガチャ
突然の扉が開く音にランスはかなり驚いた。まさか主のいない部屋に人が入ってくるとは思わなかったからだ。そう思ったからこそこの部屋に志津香を連れ込んだのだ。
部屋に入ってきたのは大量の掃除道具……ではなくそれを抱えた加藤すずめだった。
ふとランスと目があった。
「えっ?! 王様! ごっごめんなさい!」
バタンドタン……どうも今から始まると勘違いしたらしい。
だが見られたには変わりない。
すぐに遠慮がちにノックする者がいた。
「入れ」
「……失礼します」
恐る恐るすずめが入ってきた。
「王様……」
「悪いが帰ってきたわけじゃない」
先を制されすずめは黙り込んだ。
「どこかでこいつを休ませる必要があったからな。立ち寄っただけだ」
「もう……戻ってはこられないのですか?」
「ああ―」
そうだという直前ふたたびドアが開いた。今度はノックもなしに。
「すずめさん、廊下終わりました」
入ってきたのはエレナだった。
「あっ……」
そして、ランスの姿を見つけてしまう。
「……」
何か言おうとして口をパクパクさせるエレナ。そのまま唐突に倒れた。
「おい、ちょっと待て!」
慌てたランスは何とかエレナを抱きとめるのに成功する。
「……王様? ほんものですよね? これって現実ですよね?」
「別人に見えるか? 夢だと思うか?」
「いいえ」
エレナを立たせるとランスはおもむろにドアを開けた。
「あわっ」
「きゃっ」
悲鳴をあげてシャリエラとレベッカが転がり込んできた。
「隠れる必要はないだろう。いくら俺様が魔王でもとって喰いやせん」
「ううっ、ごめんなさい」
ぺこりとシャリエラが頭を下げ、レベッカもそれをまねた。
「別に謝らなくてもいいが……。その格好は何だ?」
それはランスがさっきから気になっていたことだ。すずめは当然だが他の3人もメイド服を着ている。
「これですか? これはですね、制服です。私たちお城に勤めていますから」
エレナの答えを聞きランスはポンと手を打った。
「そういえば、マリスのやつハーレムを解体したんだったな」
「はい。だけど、私たち帰る場所がないから、お城で王様が帰ってくるのを待つことにしたんです」
シャリエラのいたシャングリラは道を閉ざされている。エレナは継母のところには帰れない。レベッカはブルーペットのところには戻る気はなかった。
3人ともここから出ても生きていく場所がなかったのだ。
「そうか。しかし、ここからはなれたほうがいい。JAPANへ行って五十六に匿ってもらえ。ここにいるよりは安全だ」
「王様、やっぱり人間を滅ぼすの?」
「……ああ」
ランスはレベッカの問いに短く答えた。
「私たちは?」
「JAPANにいれば安全だ」
だれもが口を閉ざし部屋には志津香の苦しそうなうめき声だけが響く。
「あの、私JAPANより安全な場所思いついた」
五分ほどの沈黙の後レベッカが口を開いた。
「どこだ?」
「王様のおそば……」
「人のままでは、長生きできない。もって、4、5年だ」
魔物の徘徊する西の土地に漂う瘴気は抵抗力のない人間にとって毒となる。普通の人間が魔王領に住むのは無謀すぎる。だが、人より強い生命力を持つ者はその限りではない。
「4、5年……」
シャリエラ達が息を飲んだ。
「お前たちは魔王の血には勝てない。よって魔人になるのは無理だ。手段がないわけではないのだが……」
一瞬ランスは迷った。その方法はある意味魔人になるよりも酷な運命だった。
「……あまり勧められん。生きるために他人の血液がいるからな」
魔王はいずれも吸血鬼の特性を持つ。ゆえにその牙を受ければ吸血鬼に堕ちる。
「血を吸い続けたらずっと王様のそばにいられるの?」
そういったエレナの目は本気だった。
「吸血鬼は基本的に寿命を持たない。だが太陽にも当たれんぞ?」
「私……それでもかまいません。……王様のそばにいられるならそれで」
エレナの言葉にシャリエラとレベッカもうなずく。
『愛されとるの、ランス。わしに一人くらい分けてくれんか?』
ランスは無言でカオスを壁にたたきつけた。
「……もう一度だけ聞く。あともどりはできんぞ?」
3人の決意は変わらない。
「すずめ、部屋を出ろ。最初の犠牲者になりかねん」
しかし、すずめは動こうとしなかった。
「お願いです……私も連れて行ってくだっさい。私も、王様のおそばにいたい……」
「……バカばかりだな。……こっちへ来い。全員だ」
そして、ランスは一人一人の首筋に牙を立て、変化が完了するまで血をすすった。

あとがき
ランスの吸血時、ランスが望まない相手は吸血鬼になりません。
魔王だから。(かなりこじつけっぽいが)
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