第14章  きょ〜ふの鬼ごっこ

―魔王城 魔王の部屋
「暇だな。ホーネットなにかイベントでも思いつかんか?」
「イベント……ですか?」
ちなみに現在耳掃除中。ランスはホーネットの膝の上である。
「まぁ、なんもせんでいいのもいいんだが……たまにはな」
「そうでしょうか? 私には毎日が刺激的ですが」
「う〜む」
ランスは腕組みして考え込む。
「う〜〜む」
「あっ、大きいのが取れましたよランス様」
「……いかん。何も思いつかん」
その時突然扉が蹴り開けられお子様二人組みが飛び込んできた。ワーグとリセットだ。
この二人精神年齢が近いためかいつも二人で遊んでいる。
そのワンパクぶりはすさまじく、遊びにつきあったカイトが筋肉痛で苦しんだほどだ。
「パ〜パ〜!!」
「まお〜さま〜!」
「「鬼ごっこしよ!」」
あまりのワンパクぶりのため相手をできるのはランスしかいない。
ここんとこ毎日二人はランスの部屋へやってくる。
「……鬼ごっこか……それだ」
ランスはポンと手を打った。
「ほえ?」
「いいタイミングで来たな二人とも」
ランスは起き上がり娘とワーグの頭をなでなで。
リセットもワーグも何でかわからないけどほめられて笑顔をつくる。
「ホーネット、全員を集めろ。鬼ごっこをやるぞ」
「……鬼ごっこですか?」
「そうだ。強制じゃないがとりあえず全員に声をかけろ。いくぞ二人とも」
「「は〜い」」
なんだかわけのわからぬまま一人残されたホーネットは重大な事実に気がついた。
「あっ……まだ片耳しか終わってないのに……」

―玉座の間
「今から鬼ごっこをやるぞ」
喜んでいるのはお子様だけでほかはどう反応していいか困っているようだ。
「……無論ただの鬼ごっこではない。逃げるのは俺様だ。時間は5時間で範囲はJAPANを除く大陸全土。時間切れのときに一番俺様に近かった者が優勝だ」
あいかわらず喜んでいるのはお子様だけ。
「そしてもう1つ。優勝者には『参加メンバーに何でも命令できる権利』をやる」
女たちの目の色が変わり、期せずして同じことを考えた。
『これでランス様は私のもの』と。
「……権利についてだが効果は1ヶ月とする」
女たちの考えを見抜きランスは釘をさす。それでも部屋の雰囲気はガラッと変わっていた。
「質問のあるものは?」
「よろしいでしょうか?」
ホーネットがスッと手をあげた。
「なんだホーネット」
「誰が距離を測るのですか?」
「おっとそれだ。パイアール例の物を配れ」
「はい」
参加希望者全員に小さなブローチのような物が配られる。
「それは発信機だよ。この前打ち上げた衛星から大陸中どこにいようと居場所がわかるようになってる。これを使えばお互いの距離を測るなんて楽勝さ」
「そういうわけだ。ほかに質問はないな? なら10分後に追って来い」
そういい残してランスの姿は消えた。
お互い臨戦態勢に入った女たちの中でリセットとワーグだけはあいかわらずだ。
「やれやれ……魔王様も何を考えているのやら」
不参加組のケッセルリンクが呟く。
「本当だな。こんな事ならわざわざくることなかったぜ。早くメアリーのとこへ戻らなくちゃいけない」
「俺は緑の里へ行く時期だ」
「はらへった〜」
「……私も屋敷に帰るとしましょう。……巻き込まれるのは面倒ですしね」
不参加組はこそこそと広間を出て行った。なぜこそこそか? それは、ちょっとでも刺激を与えれば爆発しそうな雰囲気だったから。
そんな危険な空気の中10分が経つ。
女たちは我先に扉を目指した。

一方ランスはどこへ行ったかというと魔王城の自室にいた。
女達が城から出て行くのを見てここに戻ってきていた。
「……あいつらも単純だな。ま、楽できていいがな」
ごろりとベッドに寝転ぶ。
「しかしなんだ。あいつらがいないとこの城も静かだな」
ランスが魔王になってからというもの魔王城は徐々に雰囲気を変えていた。
堅固なる冷たい城からどこか温かみのある明るい雰囲気の城へ。
「ちと寝るか……」
ランスは大あくびをするとすぐにいびきをかき始めた。

―マリア、パイアール研究室
「マリア! 考え直してくれ! お願いだから!!」
「おとなしくしてなさい。これが最終段階の実験なんだか。魔人の体に影響はないか、それを調べないと使えないわ」
「だからって何で僕なんだ!」
「黙りなさい。操作ミスしても知らないわよ?」
いつのまにかパイアールはマリアに頭が上がらなくなっていて、過去を振り返ってみるがいつこうなったのかさっぱり見当がつかない。
パイアールは黙るしかなかった。
「さて、志津香。ランスの座標わかった?」
「それがいないのよ。おそらくはリーザス方面にいると思ったんだけど」
「じゃあ自動で探させましょ。その間に実験よ」
マリアの目はマッドサイエンティストになっていて、その視線の先には哀れなパイアールが縛られていた。
彼女たちの前にあるのは『物体転送装置』ようするにテレポート装置である。
小石での実験は成功。動物実験も成功。モンスターを使っての実験もちょっと問題があったが成功。残すところは魔人を使っての実験のみ。その生贄……もとい、実験台にパイアールが選ばれた。
無論本人の意思はまったく考慮されていない。
「これで問題なかったら、簡単に勝てるわ。時間切れ直前にランスの前に行けばいいんだもの。ふふふ……」
「確かに成功すれば勝てるでしょうけど……ほんとにうまくいくの?」
「さあ?」
あっさりとマリアは言ってのけた。
パイアールは顔面蒼白となる。
「それじゃ、行ってらっしゃい!」
「いやだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
マリアがスイッチを入れると一瞬でパイアールは消えうせた。
「さ、見に行きましょ」
「……そうね」
志津香はパイアールをちょっと哀れみつつマリアに従った。

―魔王城の屋根の上
「…………何も……こんな所に送らなくても……」
パイアールは尖塔の先にしがみつき震えていた。地上までかなりある。別に落ちても死にそうにないが痛いのは避けたい。
「やった! 成功よ! これで勝ちは私達のもの!!」
マリアはパイアールの姿を確認すると志津香の手をとり踊りながら去っていった。
「……やっぱり……ほってくんだ……」
今日に限って部下への通信機器ももっていない。
パイアールは泣きながらしがみつく手に力をこめた。

二時間ほどたってランスは目を覚ました。
そして大きくのびをするといきなり転移。
移動した先は岩山にある洞窟だ。
「でて来い。俺様に逆らって生きていられるとでも思っていたか?」
声に答えて奥から現れたのは土竜の魔人ノス。
「……何で今ごろ現れる?」
「夢のお告げだ。そろそろ消せとな。……いいぜ、かかってこい」
本来、魔人は魔王に逆らうどころか手をあげることすらできない。
しかし、ランスはその制約を開放した。
「全力で来いよ。少しぐらい俺様を楽しませろ」
戦う気満々のランスを前にノスは決意する。
「グレートファイヤーボール!!」
ノスが生み出した巨大な火の玉がランスへとひらめき飛びランスはニヤリと笑う。
「そうだ、それでいい……」
そして、カオスを抜いた。

ホーネットはぶつかり合うエネルギーに気がつきそちらへ向かっていた。
「この波動はランス様と……ノスかしら? いったいどういうこと?」
「あっ、ホーネットさん!」
同じく戦闘に気がついたアールコートがホーネットの横に並んだ。
「貴女も気になったの?」
「はい。もう1人のかたは知りませんが王様がいるのは間違いありません」
「そうね、そのまま近くにいられればこの鬼ごっこに勝てるわ」
「ホーネットさんが、ですか?」
「……」
「……」
二人の間に気まずい空気が漂う。
「アールコートさん、貴女ランス様が人間だった頃からお側にいるんでしょ? 少しくらい遠慮していただけるかしら?」
と、笑顔のホーネットを、
「イヤです」
アールコートはあっさりと切って捨てた。
ピンと空気が張り詰める。何かが二人の横を高速で過ぎ去っていった。
それが合図だった。
「ティーゲル!!」
「スノーレーザー!!」
こうして女同士の熾烈な戦いが始まった。

別の場所ではサテラとシルキィが取っ組み合いのけんかをしている。
「コノコノコノ! いいかげんあきらめろ! ランスはペチャパイに興味ないぞ!」
「何だと! 私の方こそあんな魔王に興味はない!!」
「あんなとはなんだ! ランスをバカにするな!」
「私はこの鬼ごっこに勝ってあの魔王とホーネット様を引き離すのだ! そうすればホーネット様も真実に気づくはずだ! あの魔王はただの色狂いだと!」
大喧嘩している二人の側でシーザーとリトルはお互いの主を止めようと必死になっていた。
だが、二人の努力は報われそうにない。
「サテラサマ! マオウサマヲサガスノデハナカッタノデスカ!」
シーザーの声に答える者もいない。

魔王城の上空でもにらみ合いが続いている。カミーラ、ハウゼル、サイゼルの三人。
この三人もうだいぶこのままだ。3という数が彼女たちの動きを封じていた。
ハウゼルもサイゼルも同時にカミーラを攻撃などとは考えていなかった。
優勝者といえば普通1人だから。

いたるところで女同士の決闘が繰り広げられる中リセットとワーグの二人は一直線にランスのところへ向かっていた。……メガラスの背に乗って。
「モウスグダ」
「わぁい、やっぱり早いね。パーパの言ったとおり」
「だってメガラスには誰もかなわないもんね。ホーネットだってカミーラだって無理だもん」
「……」
メガラスは途中で急停止した。
「どうしたの?」
とリセット。
「マオウサマガイドウシタ。……アソコハタシカ……」
「奈落ね?」
ワーグの問いにメガラスがうなずく。リセットだけは首をかしげた。
「最初はノスの所、次はアイゼルの所。今度はますぞえの住処……魔王様は粛清を進める気かしら?」
「ワーグちゃん?」
ワーグが一瞬見せた表情にリセットは戸惑った。
その表情はかなり大人びたものだったから。
「今、いつもと違ってなかった?」
「そう? そんなことなかったよね、メガラス?」
「……アア」
「そうかなぁ……すっごくお姉さんぽく見えたのに? おかしいな?」
ワーグはいつもの表情と変わりない。
悩んでいるリセットとそれを面白そうにみているワーグを乗せてメガラスは奈落へ向かった。

―奈落
そこは自ら王を名乗った魔人の国だった。
しかし、今は色とりどりの破片が大量に散らばっていて、生命の気配はまったくない。
そこにたたずむ男が1人。ランスである。
「ふぅ……つまんね。……暇つぶしにもなりゃしない。こんな弱い奴らなら別に消さなくても一緒だったな……」
ランスの手には3つの魔血魂がジャグリングされていた。
ノス、アイゼル、ますぞえだったもの。
お互いがぶつかってすんだ音が誰もいなくなった奈落に響き渡る。
「お前らに復活のチャンスはない」
『……』
あきらめきった3人は何の反応も見せない。
ランスが手を握りそして開いた時には魔血魂が全て消えていた。
「さてと……後5分ほどか。ちょうどいい時間帯か。そういう意味ではあの3人も少しは役に立ったといえるな」
ランスは転がっていた石に座り目を閉じた。
そうして魔人たちの居場所を探る。
距離2000にリセット、ワーグ、メガラス。距離1にマリアと志津香。
ランスは目を開けた。
「……なるほど。鬼ごっことはいったが追いかけてこいとは言ってないな」
「でしょ? これで私達の勝ちね」
「それでかまわんが、城に戻ったらパイアールを下に降ろしてやれ」
「あっ……忘れてた」
「……私は何度か言ったわよ?」
「あははは……そだっけ?」
照れ笑いするマリアに志津香はあきれきった視線を向けた。
「後2分……」

「メガラス、もっとスピードでないの?」
「コレイジョウアゲルトノッテイラレナイゾ」
「落ちるのはヤダ……」
リセットは時計を見る。もう1分を切る。悩んでいる暇もない。
「よし、ちょっと怖いけど……あのね、ワーグちゃん……ごにょごにょ」
「ホントにやるの?」
「うん!」
「そうだね、それしか勝つ方法ないもんね……本当に大胆な子……」
「???」
再びワーグがみせた表情にリセットはまた首をかしげた。

「ん? あれは……リセットとワーグか」
ランスの位置からもリセットたちの姿が見え始めた。
しかし、残り10秒を切っている。マリアと志津香は勝ちを確信しほくそえんでいた。
いくらメガラスでも人を乗せている状態では無理な距離だ。
……ランスが動かなければ。
メガラスの腕にぶら下がった二人はランスがこちらを見ていることを確認すると、こともあろうにメガラスの腕を離した。
「なにぃ!?」
慣性の法則により二人はメガラスと同等の速度を得てさながら魚雷のように突っ込んできた。ワーグはともかくリセットのほうはこのままでは地面に接触。即死はまぬがれない。
ランスは二人の前に転移して二人を受け止めた。
同時に終了を知らせるアラームが鳴り響く。
優勝は言うまでもなく距離ゼロの二人だ。
マリアと志津香は唖然としていた。
そして、優勝者二人に与えられたのは……ゲンコツだった。
「バカ! なんて無茶するんだ! もし、俺が受け止めるのに失敗でもしたら死んでいたんだぞ!」
珍しくランスは本気で怒っていた。
「ううっ……でもでも……」
「でもじゃない! 二度とこんなまねはするな! ワーグ、お前も止めんか!」
「でもねまお〜さま。リセットちゃんはね、まお〜さまが絶対受け止めてくれるって信じてたんだよ?」
「う、そうかも知れんが……」
「そうだもん。ね、リセットちゃん?」
涙目のリセットはやっとの事でうなずいた。
「……悪かった、怒鳴ったりして。そろそろ泣き止むんだ」
リセットは目元をごしごしとぬぐうとランスに抱きついた。
そんな光景の中、他の魔人たちも集まってきていた。
「ランス様、結局勝敗はどうなったのでしょうか?」
「この二人が優勝だな。リセット、ワーグなにを願う?」
リセットとワーグは二人で密談を開始した。女たちはどことなくそわそわしている。
「決まったか?」
「うん! あのね、リセットとワーグちゃん以外パーパに触るの禁止!!」
リセットの宣言とともに女達から悲鳴が上がり、ランスは額を押さえた。

それから一ヶ月リセットとワーグはランスから離れる事はなく甘えまくっていた。
一方で魔王のそばを離れると常に誰かのすすり泣く声が聞こえたとか。

「パーパ、また鬼ごっこやろうね?」
「……賞品はなしでな」
「ダメだよ。そんなことしたらママに言われた事が実行できなくなっちゃう」
怪訝そうに眉をしかめるランス。
「パステルが何を言ってたんだ?」
「えっとね、パーパに悪い虫が近づかないようにしなさいって」
「パステル……」
ランスは改めて女という生き物の恐ろしさを知った。


あとがき

名前しか知らないキャラに対するこの仕打ち。
……ま、いいや。

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