第16章 炎とともに…

―カラーの森入り口
そこにいかにも怪しげな集団がいた。その数2千ほど。
「行こう、狙いは女王とその娘。他は好きにしていいから」
怪しげな集団はいっせいに森へ踏み込んだ。

―魔王軍陣営
「…………チェスに引き続きカードでも負けるとは……」
テーブルの上にあるチップは全てアールコートの前に積まれていた。
「あ〜あ、俺もすっからかん。何でそんなに強いんだ?」
レイ、ケッセルリンクそしてアールコートでカードゲームに興じていた訳だが結果はアールコートの一人勝ちという壮絶な事になっていた。
「……ただ、運がよかっただけです。あとは……金額を決める時に少し考えるくらいで」
実を言うとその駆け引きがうまい訳だが本人は自覚なし。
「少し休憩にしてもう一勝負と行きましょうか?」
「はい。すぐお茶を用意しますね」
「……ケッセルリンク、負けるとわかっていてまだやんのか?」
すでに時間は深夜である。
撤退後すぐ始まって今に至るまで誰も席を立たなかった。
「勝負は時の運ですよ。負けると思っていては勝てるゲームも勝てません」
「……そういうもんかね」
結局レイも参加する事にした。

事件はそのさなかに起きた。
三人が再びゲームに盛り上がり始めた頃、それは唐突にやってきた。
ヒューーーー……ビリッ、ガシャーン……
何かがテントを突き破りテーブルを砕いた。
魔人たちの反応はそれぞれで、床に座りこむ者、ティーカップとティーポットを救い出した者、悪かった手札をうやむやにした者。
落ちてきたそれがフラフラと立ち上がった。その正体は傷ついたラバーだった。
「……お前は確か森の護衛に配置したはず……なぜここにいる?」
アールコートやレイには見分けなどつかないがケッセルリンクにはわかるらしい。
そのラバーはケッセルリンクに何かを伝えようとしたがその前に崩れ落ちた。
いたるところにある刀傷。言葉にしないでもなにが起きたか明白だった。
「……なんて事だ……私のいない間にカラー達が……」
青白い顔がさらに蒼白になりケッセルリンクはあっというまに夜空へと消えた。
「せっかちだな」
「……王様に連絡しておいたほうがよさそうですね。私、ホルスの連絡官でこの事を伝えにいきます」
「何でそんなことする? お前なら念波で直接伝えたほうが早いんじゃないか?」
「……たぶん……今途中です」
アールコートはチラリと時計を見ていった。
「なんの?」
「そんなの……言わせないでください……」
アールコートが赤くなっているのを見てレイはようやく気がついた。
「…………ま、ケッセルリンクが行ったんだ。ちょっと遠回りでも問題ないだろ」
まだ赤いままのアールコートを見てレイは呟いた。
「いつまでも初々しいもんだ……」
無論アールコートに聞こえないほどの声で。

少し時間をさかのぼる。
―パステルの館
「いっただきま〜す!」
「はいどうぞ。しっかり食べなさい」
パステルは久しぶりに帰ってきた我が子に腕を振るって料理を作った。
なにしろ1週間も父の城に入り浸っていたのだ。母としてはやっぱり寂しいのだ。
「どう、おいしい?」
「うん! マルチナおねーちゃんのご飯もおいしいけど、リセットはママの料理のほうがもっと好き!」
「ふふ、ありがと」
パステルは微笑み、べとべとになった娘の口元をぬぐった。
だが幸せな家族の時間は長く続かなかった。
廊下から騒々しい足音が聞こえてくる。
そして勢いよくソミータが飛び込んできた。
「パステル、たいへんよ! 人間が約二千人侵入してきたの! 今ケッセルリンク様の部下が戦ってるけど持ちそうにないわ。私達も出るからあなたはここから出ないで」
「そう……ソミータ、死なないでね」
「うん、わかってる」
ソミータは弓を携え出て行った。
「ママ……」
「大丈夫よ。……あの方がすぐに助けに来てくれるわ」
「……パ〜パの事?」
「そうよ。あなたのお父様は私達のピンチには必ず助けに行くって約束してくれたから」
娘は恐いのを我慢するため母親のスカートを握り締めた。
時間が経つにつれ戦闘音は徐々に近づいてくる。
「お願いパ〜パ……早く来て……」

―で、そのパ〜パは……
「あっ……んっ……ランス様……」
男と女、二つの肉体が絡み合いぎしぎしとベッドがきしむ。
1人はランスでもう1人はホーネット。
そんな中ホーネットを激しく攻め立てていたランスが動きを止めた。
「あっあの……ランス様?」
もうすぐのところでやめられてホーネットは潤んだ目で続きをねだる。
「……んっ、悪い。今誰かに呼ばれた気がしたんだが……」
ランスの顔は真剣そのものだった。
「う〜む、わからん。……ま、気のせいだろ」
ランスは一人納得するとさらに激しくホーネットを攻め立てた。

―再びカラーの森
自分でも信じられないようなスピードでもって森へ戻ったケッセルリンクは苦戦するソミータ部隊のそばに降り立った。
「ソミータ、戦況は?」
「ケッセルリンク様! すぐパステルの所へ! 50人ほど逃がしました!」
「ちっ……初めからそれが狙いか……」
敵の錬度の高さから盗賊でない事がわかっていた。
そして今自由になる兵をもっているのはリーザスのみ。
「……魔王相手に人質をとるきかっ!」
パステルの館はいたるところから火の手が上がり、親子は二階のテラスに追い詰められていた。
ケッセルリンクはその二人の前に舞い下りる。
「パステル様、リセット様。たいへん遅くなって申し訳ありません。……この狼藉者どもは私が始末します」
相手は50人。すぐにでも跳びかかりたいところだが親子を守らなくてはいけないためそうもいかない。
とりあえず近づく者のみを殺す事にした。
親子を角に移動させ相手の攻撃人数を減らす。
「パステル様、リセット様の目を」
パステルはケッセルリンクの意図をを理解して娘を抱き寄せた。
これ以上娘に悲惨な場面を見せないために。
第1波10人ほどが切りかかってきた。それをその場から一歩も動かずに全て切り殺す。
「さあ、どうしたのです。もう終わりですか?」
ケッセルリンクは血に塗れた爪を兵士に向けた。
第2波今度は20人ほどがくる。一人一人的確に息の根を止めていく。
数が減るとケッセルリンクは攻勢に出た。
どんどん数を減らし残りは1人となる。
「お前が最後だ!」
立ち尽くす1人にケッセルリンクは切りかかった。
が、繰り出した抜き手はあっさりとかわされる。
「なにっ!?」
かわされることをまったく考えていなかったケッセルリンクは致命的な隙を見せていた。
「ランスアタック!」
隙をつかれまったく回避行動を取れず、聖刀日光による斬撃を受け重傷をおう。
「っ……日光使いが紛れ込んでいたのですか……」
なんとか立ち上がるが体中いたるところから血が滴り落ちていた。
そう長くもちそうにない。
「お前さえ倒せば人質が手にはいる! 死ねっ!」
休むまもなく健太郎は切りかかってくる。
「あっちいけ!」
パステルの腕を抜けたリセットが習いたての魔法炎の矢を放った。
それはへろへろと飛んで健太郎の服を焦がす。
「これ以上おじさんをいじめるなんてリセットが許さない!」
「リセット! 戻りなさい!」
パステルが叫ぶが怒りに我を忘れているリセットの耳には届かなかった。
リセットとしてはいつもお菓子をくれるおじさんがいじめられるのは見逃せなかった。
リセットはケッセルリンクの前で仁王立ちしたまま動かない。
「……人質は無傷で捕獲するよう言われてるんだ……どいてくれ」
健太郎はリセットをにらみつけるがリセットは平然とにらみ返す。
何をいっても無駄だとさとった健太郎はリセットを無視してケッセルリンクを倒す事にした。日光を構えて距離を詰める。
ここでリセットは誰も予想していなかった行動を取る。
近づいてくる健太郎の足に跳び付き……噛み付いた。
「つっ……邪魔だ!」
健太郎は半ば反射的にリセットを蹴り飛ばした。
リセットはころころ転がって手すりに頭をぶつける。
「ひんっ……いたいよぉ……パ〜パ……」
目に涙が浮かびリセットの泣き声がこだました。

―ランスの部屋
「むっ!」
ランスはまた途中で動きを止めた。
「……リセットが泣いている……?」
しばし目を閉じて状況を把握する。
「ホーネット、続きは帰ってからだ。すぐに服を着て治療部隊をカラーの森へ出せ」
そういうランスはもう服を着て鎧まで身に着けている。早い。
「カオス! どこだ!」
あっというまにランスは出て行き、なにが起きたかさっぱり理解できないホーネット一人が残される。
「……とにかく治療部隊を派遣しなくちゃ……」
状況把握は後回しにして命令を遂行する事に決めた。

―パステルの館
泣き叫ぶリセットに一瞬気を取られた健太郎だがすぐに日光を構えてケッセルリンクに向き直った。
「死ねっ! ランスアタック!」
確実に息の根を止めるため必殺技を使う。
ケッセルリンクは覚悟を決めて目を閉じた。
が、突然目の前に気配が現れこともあろうにランスアタックを素手で掴み取った。
「よく粘ったもんだな、ケッセルリンク。お前はもういい帰って寝てろ」
「……御意」
ランスはケッセルリンクの肩に手を置き強制的に転移させる。
けが人は邪魔なのである。
「ランス王……お久しぶりですね……」
「そんなのはどうでもいい。……今日ここでお前とやりあう気はない。リセットに謝ってから失せろ」
「あなたに戦う気がなくても僕にはある!」
「バカが、剣を握られた状態でどうする気だ? 土下座してさっさとリセットに謝れ」
「ふざけるな!」
徐々にランスの殺気が増していく。健太郎相手に手加減する気は微塵もない。その状態で戦えば森が消し飛びかねない。ここで戦う事はできないのだ。
「……しかたない」
ぼそっと呟いてランスが動く。健太郎の膝の裏を蹴り、膝をついた健太郎の後頭部を掴む。そのまま床にたたきつけた。
「フン……覚えておけ、それが土下座って奴だ」
ランスの言葉が気を失った健太郎に届く事はなかった。
「メガラス、この生ごみをマリスの部屋へ投げ込め」
呼び寄せておいたメガラスにそう告げるとランスはリセットを抱き上げた。
「パ〜パ……」
「わるかった遅くなって……」
「ううん、来てくれたからいいの」
「……そうか。パステル、脱出するぞ」
「はい」
ランスがパステルに手を伸ばした時爆発音とともにテラスが傾いた。
兵士の誰かがカラーの捕獲用に3D爆弾でも持ってきていたのだろう、炎に焼かれ脆くなったテラスを崩すには十分な威力だった。
割れた床から炎が吹き伸びランスとパステルの間に壁を作る。
炎の噴出でパステルは反射的に手を引っ込めた。
「パステル!」
片手に抱いたリセットを気遣いながらランスはパステルに向けて手を伸ばした。
パステルも手を炎に焼かれながら手を伸ばす。
指先が触れるが……それ以上距離は縮まらなかった。
パステルの足元が大きく陥没しパステルの姿は燃え盛る炎の中にゆっくりと落ち込んでいく。
全ての時間の流れが遅くなり、スローモーションで炎に飲まれるパステルの表情もランスにははっきり見えた。
そして巨大な火柱が上がる。
なにが起きたか頭の中が理解を拒絶する。体は動かなかった。
「……ばかなっ……何故だ……」
「ママが……ママが……」
呆然とするランスの腕でリセットが泣き始めた。
「何故……何故お前まで……何故だ!!!」
燃え盛る館の上で涙を流す魔王の叫びがカラーの森に響き渡った……


あとがき

投稿時のあとがきでも言いましたが、パステルファンの方ごめんなさい。
もう一度謝っておきます。
魔王列記の最後のほうではりセットファンの方に誤ることになるかも……

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