第17章 絆 パステルが焼死してからすでに1週間。 ランスとリセットはいまだに暗い空気を背負っていた。 リセットはずっと部屋で泣きっぱなしなだけだが、ランスのほうはかなり危険だった。 被害例@ 魔物将軍Aの場合 魔物将軍Aは廊下の十字路でたまたまランスの前を横切った。 ちなみにランスの位置は十字路の10メートルほど手前。 「俺様の前を横切るな」 ざく。あとにはAの死体が転がっていた。 被害例A 魔王城門番のデカントの場合 ランスは珍しく歩いて門をくぐった。 それに気がついた門番があわてて膝をつき姿勢を低くした。 「でかい」 さく。あとにはデカントの死体のみが残った。 被害例B 魔人レイの場合 レイは上機嫌だった。メアリーが手編みのマフラーをくれたのだ。 「レイ、上機嫌だな?」 「げっ……」 よりによって一番会いたくない人物と会ってしまった。思わず嫌な顔をしてしまう。 「ほほう……俺様の下僕のくせに主に対する態度がなってないな?」 ランスが首をゴキゴキと鳴らす。やる気十分だった。 10分後、三角座りをしているレイだけがそこにいた。 ランスの挑発に乗り大出力で放電した結果マフラーは燃え尽きてしまったのだ。 ―ホーネットの私室 以外に簡素なその部屋に数人の女たちが集まり会議を開いていた。 魔王対策会議、そう呼ばれている。 「はぁ……今日も死者が10人を越えたわ……」 「あのバカが不機嫌な状態でそれですんでるのだからマシよ、きっと」 「けどね志津香さん、とうとう魔人にまで被害が出始めたのです。そろそろ何か手を打たないと」 「そういうけど、何か案は出る?」 それを考えるためにこうして集まっている訳だがまともな案は出てこない。 「……出てない……ですね……」 「でしょ? 落ち着くまで放っておくしかないわよ。ね、マリア?」 いきなり話を振られたマリアは目をぱちくりさせた。 「……シィルちゃんの時も酷かったから……そっとしておいたほうがいいと思うわ」 「サテラ思ったんだけど……恐いからってランスを避けてるけどそれは余計にランスを傷つけないか?」 「そう? 逆に1人になりたいんじゃない?」 「じゃぁ、何でわざわざ出歩く? 1人になりたいんなら部屋にいたらいい」 部屋にいたもの全てがサテラのまともな意見に一瞬あっけにとられた。 「……そうね、私達だけで話し合いしても仕方がないわね……ランス様に会いに行きましょう」 「……サテラはいかない。恐いもん」 さっき言った事とおもいっきり矛盾している。 「言い出した貴女が来なくてどうするんです?」 ホーネットは笑顔をのままサテラの首根っこを捉えた。 「皆さん行きましょう」 誰もホーネットに逆らえる雰囲気ではなかった。 同時刻ランスの部屋の扉をノックする者がいた。 「なんだ? ……メガラスか珍しいな」 「ゴホウコクガアリマス」 「くだらん事だったら殺す」 「JAPANノトウシュヤマモトイソロクガシュッサンスルソウデス」 ランスにその言葉が浸透するまで10秒、ランスはピクリとも動かなかった。 メガラスも平静を装っているがランスの反応が気になって仕方がない。 「……どこでそれを聞いた?」 「ニンムノトチュウデシロノモノノハナシヲキキマシタ」 メガラスの任務はJAPANの見回りと五十六の影の身辺警護である。 「相手は?」 「ソレハイマダニワカラナイソウデ、カロウタチモコンワクシテイマシタ」 それを聞きランスは何かを数え始めた。 「……まさかな……」 そう呟いてもう一度数えなおす。心当たりのある日から10ヶ月と2週間経っていた。 何度数えなおしても間違いなかった。 「メガラス、このことはできる限り黙っていろ。女たちに俺の居場所を聞かれても黙っておけ。……俺はJAPANへ行く」 さっきまでの不機嫌そうな顔はもうどこにもない。かわりに緊張しているように見える。 ランスの姿が消えるとメガラスは胸をなでおろした。 役目を終えてランスの部屋を出たメガラスは不運にもホーネット、サテラ、志津香、マリアの4人と鉢合わせた。4人の手には紅茶のセットがあった。 ランスの気晴らしになればと用意した物だ。 「何でメガラスがランスの部屋から出てくる?」 「……」 メガラスはギクシャクしながら4人の横をすり抜けようとした。 隠し事はできないタイプのようだ。 メガラスに疑惑の視線を向けつつホーネットが扉をノックする。 答えはない。いないのだから。 「……ランスいないのか」 サテラの呟きにメガラスはわずかな動揺を見せ、ホーネットの目がきらりと光った。 「メガラス、貴方何か知っていますね?」 「……」 窮地に立たされたメガラスは黙って羽を広げた。 「ハイスピード」 メガラスは必殺技まで使ってその場を脱出しようとした。 壁をぶち抜いてでも逃げる気でいた。 「させません! スノーレーザー!」 「!!!!」 超音速より光のほうが無論速い。 メガラスは全身凍りづけとなりそのスピードのまま壁に激突した。 「あっ……ちょっとやりすぎたかしら……」 「……ホーネット……」 サテラはメガラスの冥福を祈った。 ―JAPAN長崎城五十六の部屋の前 なにやら神経質そうに歩き回っている5人の老人がいる。 彼らは山本家に仕える家老たちだ。 「うーむ、男児が生まれるか女児が生まれるかそれにより国政も変わっていく。……少しでも早く知りたいのじゃがの」 「こればっかりは殿次第じゃからしかたあるまい」 「しかし、結局誰の子かわらずじまいじゃ……」 「時期はわかるんじゃがリーザスにいた頃じゃからな。こちらへ戻る準備で忙しかった頃じゃ」 「……少なくてもあの時のリーザスに殿が恋仲になったものはおらん」 「と、なると無理矢理……」 「それはありませんわ」 襖が開き、香姫が顔を出した。 「は?」 「五十六が力で犯そうとする男に自由にされる訳がありません。……もしそうなら舌を噛み切り自ら果てているでしょう。……そんな事よりほら、耳を澄ましてみてください」 部屋の奥からか細い泣き声が聞こえた。 「御父上とそっくりの元気な男の子ですわ」 「なっ!? 父君がわかったのですか?」 「その事で五十六から話があるそうです。さ、お入りになってください」 そ〜っと動きつつも我先に入ろうとする家老たち。 そんな彼らを見て香は苦笑をもらす。彼らは入ったとたん腰を抜かす事になるだろうから。 「殿失礼いたしますぞ」 5人が中に入ると少しやつれた五十六と男がいた。 黒でほぼ統一された服の上にある顔は見覚えのある顔だった。 「やっと話す決心がついた。心して聞いて欲しい。……この御方が父親だ」 五十六がリーザスへ行くときこの5人もついてきていた。故に面識がある。 「そ、それでは……魔王の子だというのですか?」 「俺様もかなり予想外だったぞ」 「私もです。……? なにを固まっている?」 家老達は理解を超えた事態に固まっていた。しばらく解けそうにない。 「ほっとけ。それより名前を付けないとな……う〜む」 固まった5人をよそにランスは腕組みして考えた。 「よし、決めた。無敵、山本無敵だ」 「無敵……」 「俺様の子だから強くなって当たり前だ。人間なんか目じゃなくなるだろう。名前のとおりにな」 「素敵な名前……」 この頃になり家老たちがようやく解凍された。 「そうだ、そこのヨボヨボファイブ」 「な、なんでしょう?」 「一応、魔王の子だというのは伏せておけ。いじめられたらいかんからな。その辺のややこしい事はお前らでなんとかしろ」 「承知しました。……殿、遅くなりましたが御世継ぎのご誕生心よりお祝い申し上げます」 5人の家老たちは早速偽装工作をするため部屋を辞していった。 「しかし、何度見ても生まれたての赤ん坊は猿にしか見えん」 「……何度でもという事は正妻がおられるのですか?」 「正妻というかなんというか……。俺様が人間だった頃カラーの森に行ったっきりしばらく帰ってこなくなったことがあったろ?」 五十六は少し考え込んでから頷いた。 「たしか、カラーの一族と友好関係を結んだのでしたね」 「……その女王との間に娘がいる」 「……そうですか……」 「……だが、1週間前に母親は死んだ」 「えっ……なぜです?」 「……リーザスのバカどもが!」 感情を抑さえられなくなったランスから五十六でもつらいほどの殺気が吹き付ける。 「奴らのせいで……!」 さらに殺気が増そうとした時無敵が脅えて泣き始めた。 その声でランスは冷静さを取り戻す。 「……なにをやってんだ俺は……大丈夫か、五十六?」 「はい。あの……ランス様、これから先時々で結構ですからこの子の会いに来ていただけませんか?」 「ああ……もちろんだ。時間は余るほどある」 「ありがとうございます」 「五十六、疲れてるだろ? もう今日はゆっくり休め」 「……はい」 「じゃあまた近いうちにくる」 そういい残してランスは姿を消した。 ―魔王城 魔王の寝室前 そこには不気味な物が置いてあった。 「……新種の嫌がらせか?」 それは凍り付けのメガラスだ。首だけ出ててさらに不気味さをかもし出す。 「で、何でこんな物を置いておく?」 ランスは氷の横にいたホーネット達に視線を向けた。 「ランス様、どこへお出かけになられていたのですか?」 「散歩だ」 「JAPANまで?」 ランスの視線がメガラスを射抜き、メガラスは目をそらした。 「……まあ、いいか。JAPANへ行ってたのは五十六に子供が生まれたからそれを見に行ってただけだ」 「ランスの子供?」 「かなり予想外だったがな。……お前たちしばらくこのことはリセットに黙っておけ。立ち直るまでさらにショックを与えるのっうぷ……」 急にサテラが跳び付きランスの口を塞いだ。ランスはすぐさまサテラを引き剥がす。 「なんだいきなり? わかったな黙っとけよ」 「……パ〜パ……ホント?」 空気が凍りついた。ホーネットの後ろに涙目のリセットがいた。 「いやその……リセット今のはナシだ」 「……ママが死んじゃったばかりなのに? ……弟なんていらない……パ〜パのバカ!!!」 リセットはそのまま走り去ってしまった。 「……なんてこった」 「その……申し訳ありません」 「何がだ?」 「気をおきかせしたつもりなのですが……」 「ああ、かまわん。……ちょっとリセットと話してくる。誰も近づけるな」 「はい」 ランスはわざわざ歩いてリセットの部屋へ向かう。 何をどうやって話そうか考えながら。 「まいったな、こういう事は慣れてないからなぁ……う〜む」 だが、考えがまとまらぬうちにリセットの部屋についてしまう。 「……ま、何とかなるだろ」 一応ノックしてみるが答えはない。ただ泣き声だけが聞こえてくる。 「入るぞリセット」 部屋の中は真っ暗で明かりは全て消されている。リセットはベッドの上で泣いていた。 ランスが近づくとリセットは背中を向ける。 「……こっちを向かなくてもいい。聞くだけでいい。……パーパのパステルに対する気持ちに変わりはない。もちろんお前に対してもだ。だが……それと同じくらい五十六とお前の弟の事を思っているんだ」 「……ホントに同じくらい? ……ママがいなくなったから条件が同じじゃなくなってるよ?」 「大丈夫だ。問題ない」 「……リセットより弟のほうが気になってリセットの事無視したりしない?」 「なぜ無視しなければいけない。お前も俺様のかわいい娘だぞ?」 「ほんとにほんと?」 「ああ、もちろんだ」 リセットは振り返るとランスの背中にしがみついた。ランスはその頭をやさしく撫でる。 「……不安だったの……パ〜パが取られちゃうんじゃないかって」 「……」 リセットはしばらく泣きつづけ、泣き疲れそのまま眠ってしまった。 1時間ほどたってリセットは目を開けた。 そしてゆっくりとランスから体を離す。 「よく眠れたか?」 「うん。ちょっとすっきりした」 「そうか」 「ねえ……パ〜パ……今度、弟に会わせて」 「いつでもかまわんが、会ってどうするんだ?」 「……リセット……お姉さんなんでしょ?」 「ん? なんだ、結局お前もうれしいのか?」 「ち、ちがうもん! そんなんじゃないもん!」 図星だったらしくリセットはシーツをかぶりそっぽ向く。 「……ほんとはうれしい……けど今はどんな顔をしたらいいのかわかんない」 ランスはシーツごと娘を抱き寄せた。 「……今日にでもパステルにこの事を報告に行く。一緒に行くか?」 「うん。……パ〜パ大好き」 リセットはシーツから這い出すとランスに抱きつき頬をついばんだ。 ―リセットの寝室前 「ああ……あんなにべたべたしてる……」 「あのね、サテラ。わかっているとは思うけど、リセット様はランス様の娘よ?」 鍵穴に取り付き中を覗いているサテラと引き止めるのに失敗して結局ついてきてしまったホーネットがいる。 「リセット様に嫉妬するのは間違いな気がするけど?」 「してない! サテラは嫉妬なんかしてない!」 サテラは言い切るが誰がどう見ても嫉妬心丸出しである。 まだ大人になりきれていないサテラであった。 あとがき ランス良いお父さんヴァージョン。 鬼畜鬼畜と言われる彼ですがこういう一面もあっていいんじゃないでしょうか? |