第18章 滅亡の夢 ―魔王軍ヘルマン侵攻部隊陣営 そこへランスがふらりと現れた。 「よう久しぶりだな。元気にしてたか?」 「はい王様。もう攻め落とすんですか?」 「ああ、そうだな。俺がJAPANへ行ってる間に陥落させろ。ヘルマン皇帝は生かしたまま捕らえろ。他はどうでもいいがな」 「はい、わかりました。あの、ところでなんでJAPANへ?」 ずっとヘルマンにいたせいでアールコートは五十六の出産の事を知らなかった。 「それはな―」 「パ〜パ。早く弟に会ってみたいの」 マントの影からリセットが顔を出しランスのズボンを引っ張った。 「……まあ、こう言うわけだ」 「五十六さん……ですか?」 「妬けるのか、アールコート?」 図星だったらしくアールコートはそっぽ向いた。 「……そんなことありません。……きっと」 「ガハハハ、かわいい奴だ。帰ってきたらかわいがってやる」 「パ〜パ〜」 「もうちょっと待て。……ところでワーグは?」 いつもならリセットを見つけるなり飛んでくるはずである。 「それが、一週間前からずっといないんです」 「……そうか。リセットがいるのに出てこないんでどうしたのかと思っていただけだ。さて、そろそろ行くか。2,3日で帰ってくる。陥落させるには十分だろ?」 「はい。十分すぎます」 「頼もしいな。よしリセット待たせたな、行くぞ」 ランスはリセットを抱き上げると姿を消した。 「魔王様もリセット様もようやく立ち直られたようですね」 「ケッセルリンクさん」 「何でも昨日までの魔王城はすさまじい状態のようでしたから。レイも魔王様の被害に会ったようですし」 「あのメアリーさんに作ってもらったマフラーを自室に持って帰られた時ですか?」 「あの時ランス様と出会ってしまい熱くなってしまったそうです」 陣営に戻ってきてもレイはずっとテントの隅で三角座りをしている。 あまりにも異様な雰囲気のためアールコートは声をかけられなかった。 だから真相は知らない。 「熱くなってどうなったんです?」 「うっかりマフラーを巻いたまま大量放電してしまったようです」 「……マフラー……燃えてしまったんですか?」 アールコートはチラリとレイに目をやった。 あいかわらずである。 「……悲惨ですね」 「本当に。ところで魔王様はなんと?」 「2、3日のうちにヘルマンを攻め落とせと。準備にかかりましょう」 「……レイはどうします?」 「一応声をかけてみてだめなら……そっとしておきましょう」 結局、レイはそっとしておかれた。 ―長崎城 「邪魔するぞ」 何の前触れもなくランスが襖を開けた。 「ランス様お静かに。今ちょうど寝ついた所です」 無敵を寝かしつけた五十六はランスの陰に隠れるリセットを見つけた。 「これがリセット。パステルの娘だ。まあ、無敵の姉だな」 ランスがリセットを前に出すがリセットはすぐにランスの後ろに隠れてしまう。 「どうしたんだいったい?」 リセットは答えずにランスの足にしがみつく。 「人見知りってやつか?」 「どうでしょう? ……もしかしたらランス様を弟に取られると思っておいでなのでは?」 リセットが五十六の言葉に反応を見せた。 「弟や妹が生まれると先に生まれた子供はそう感じるそうです」 「……それで、昨日あんな事を言っていったのか?」 「……わかんない……でも……なんとなくうらやましい」 どうも五十六の事が気になるらしい。自分には母がいないが、弟には五十六がいる。 「リセット、やっぱパステルがこいしいか? 別に五十六に甘えてもかまわないんだぞ、な?」 リセットは頷く五十六を見る。しばらくしてリセットは五十六の胸に飛び込んだ。 「ランス様、この方をしばらくお預かりしてよろしいでしょうか?」 「リセットはどうしたい?」 「リセットがここにいたら……パ〜パ毎日会いに来てくれる?」 「それどころか2、3日こっちに泊まるつもりできたんだぞ」 「ほんと?」 「城の中の事はホーネットに。ヘルマンのことはアールコートに任せてある」 「やったぁ!」 こうして魔王と娘は長崎城に滞在する事になった。 その頃アールコート達はラング・バウを包囲しようとしていた。 が、人間からの迎撃がまったくない。 「……おかしいですね……まったく迎撃がないなんて……罠?」 「どうも違う。この城壁の中には生き物の気配がまったくない。先ほど物見の兵を出しました。中の様子を伝えにくるでしょう」 本来なら戦闘に備えて準備する音くらい聞こえてきてもいいのだがそれどころかまったく音が聞こえない。まるでラング・バウから人がいなくなったようだ。 まもなくラバーが二人の前に降り立った。 「ジョウヘキノナカニイキモノハイマセン。スベテネムルヨウニシンデイマス」 「全滅という事か?」 「シタイニガイショウハアリマセンデシタ。シインハフメイデス」 「どうします、アールコート?」 「城を制圧できるだけの人数を連れて中へ入りましょう」 100体ほどの部下を連れてラング・バウ内に入ったまではよかったのだが…… 「アールコート……いいかげんに放してくれませんか?」 「そ、そんなこと言ったって……ここ、並みのお化け屋敷より恐いですよぉ……」 アールコートはケッセルリンクのマントを掴んだままこわごわ進んでいる。 「戦場で見慣れているのではないのですか?」 「死体なんて……見慣れたりできません……それに戦場とここは大違いです」 「そういうものですか。……ところでこうなった原因ですが見当がつきましたよ」 城壁内に入ってからというもの人間の死体から小鳥の死体まであらゆる生き物の死体が転がっている。全て眠ったように。 「死体の痛み具合から死んだのは一週間前。犯人はおそらくワーグです」 「ワーグさん?」 「ランス様が魔王になられる前カスケード・バウで同じような光景を見ましたよ」 「外傷のない死体ですか?」 「ええ。ところで彼女の力は何か知っていますか?」 アールコートはしばらく考え込んだ。そういえば詳しく聞いたことなどない。 「いいえ、知りません」 「ワーグは夢を自在に操り術中に落ちた者の魂を奪います。ワーグの横にいつもいるラッシーの中に保管されているそうですよ」 「魂……」 地面に転がっている死体は全てその結果なのだ。 「恐い力ですね……」 「おそらく彼女は城にいるでしょう。探しに行くとしましょう」 「そうですね」 そう言ったアールコートだがやっぱりケッセルリンクのマントを掴んだままだった。 ―長崎城 「パ〜パ〜」 リセットは半泣き顔でランスを見上げた。 「リセットにはまだちょっと難しかったか?」 「こんな棒でご飯なんて食べられないもん」 ランス、五十六、リセットの前には豪華なJAPAN料理が並んでいる。 見た目も綺麗な料理なのだがリセットのものだけはすさまじい事になっていた。 彼女が箸を使って食べようと悪戦苦闘した結果である。 「仕方ないな。五十六、ナイフとフォークあるか?」 「はい、ちょっとお待ちくださいね」 「……あ、やっぱりいいぞ。パーパが箸の使い方を特訓してやろう。やっぱりJAPAN料理は箸で食うに限るからな」 ランスは娘の手をとり持ち方から教え始める。 「うにゅ〜難しいよぉ」 「この指が違うな。こうだぞ」 なんとも微笑ましい光景だった。 ―ラング・バウ城内 そこは町の中よりひどい事になっていた。 「……どんな夢を見せられたのかわかりませんが……悪趣味な」 ケッセルリンクは嫌悪感をあらわにしていた。 廊下にあるのは血に染まった死体ばかり。女も男も関係なく切り殺されている。 「……味方同士殺しあったようですね。よほど恐ろしい夢を見せられたのでしょう」 「どんな夢だったんでしょう?」 「さあ、わかりません。……考えたくもないですが」 二人はワーグの気配がする皇帝の間を目指した。 ―長崎城 大浴場 そこはとてつもなく広かった。湯気にけむり端が見えない。 「うわぁ……広〜い」 「魔王城には小さい風呂しかないからな」 「満足していただけまいしたか?」 「うん大満足だよ! お風呂で泳げちゃう」 リセットはばちゃばちゃと泳ぎだし、ランスと五十六はゆっくりとつかっていた。 「元気ですね」 「それがとりえだろ。好きにさせてやればいい。ここんとこずっと落ち込んでいたからな」 「パ〜パ、体あらってよ」 「ん、そうだな。こっちへ来い、洗ってやろう」 長崎城はなんとも平和な空気に包まれていた。 ―ラング・バウ 皇帝の間 「申し訳ありません、シーラ様。この老いぼれがふがいないばかりに……」 「仕方ありません、レリューコフ。今回の侵略は前回のものとは明らかに違いました。……おそらく、誰が立ち向かった所で結果は変わらなかったでしょう」 皇帝の間にいるのはシーラ、レリューコフ、ロレックス、クリームの四人だけだ。 ステッセルは暗殺されパメラはその後を追って自殺した。 ほとんどの将軍が戦死し今ではこの三人しか残っていない。 「ラング・バウ内での市街戦を展開し対魔人部隊が到着するまで時間を稼ぎます。魔人の息の根さえとめることができれば我らにも勝利のチャンスができるはずです」 「到着の予定はいつなのですか?」 「カラーの森に向かった小川殿が到着するまでに2日ぐらいでしょう。ラング・バウの防衛力を持ってすれば何とかなるはずです」 「おじさん……楽観的ね。それでよく将軍なんて務まるわね」 突然、知らない人物の声が混ざる。 「だれだ!」 声のしたほうを見ると白いふわふわした生き物と少女がいた。 「な……なんだね君は? ここは立ち入り禁止になっているはずだが」 「敵にそれを言っても無駄だと思うんだけど? まだわからないの?」 敵というその言葉に反応して3人の将軍がシーラの前に立った。 「……もしや……魔人か!」 「私はワーグ。夢を紡ぎ死にいざなう者……彼方達はどんな夢がお好みかしら?」 見た目に似つかわしくない口調でしゃべるこの魔人からは冷徹な殺気しか感じられない。 「恐い夢? 楽しい夢? それとも短い人生の走馬灯? 望むならHな夢ってのもありよ? どんな夢も彼方たち次第……」 レリューコフ達は本能的に危機をさとった。 見た目にだまされてはいけない。この魔人の危険度は他と桁が違う。 「ここ数百年ほどおとなしくしてたからちょっと張り切りすぎたわ。……この町で起きているのは彼方達だけ。……どんな夢がいいかもう決めたかしら?」 「くっ……」 「決めてないの? でも別にいいわ、おやすみなさい。永遠に……」 将軍達の視界が急速に狭まっていく。抗う術はなかった。 「……貴女は彼らにどんな夢を見せたのです?」 一人残されたシーラが問う。 「知りたい? 彼らだけじゃなくこの城にいるもの全てに同じ夢を見せたの。発狂して敵味方の区別すらつかなくなるくらい恐怖のどん底に叩き込む夢。終わりまで見た者がそろそろ目覚めるわ。……殺し合いの始まりね」 ワーグはその幼い容姿に不釣合いな微笑を浮かべていた。 「では私にはなぜ夢を見せないのです?」 「貴女にはこの三人の殺し合いを見てもらおうって思って。しっかりその目に焼き付けなさい国が滅ぶ時を……勝者が貴女の命を奪うわ」 まもなく城内のいたるところから悲鳴とも叫び声とも言いがたい声が響いた。 続いて剣のぶつかる音と肉を裂く音が次々とこだましていく…… 「……ん? 夢……か」 「起きたケッセルリンク? 説明するのめんどくさかったから夢にして見せたけど」 ケッセルリンクは記憶をたどってみる。 皇帝の間に踏み込んだ所ですっぱり切れていた。 頭を軽く振って頭を覚醒させる。隣にはアールコートが倒れている。 「……ワーグ、貴女はいったい……?」 「実を言うとね、バカリスと大して変わらないの年齢が」 バカリスといえばケイブリスの事だ。つまりは4500年近く生きている事になる。 「日常はつくっていたという事ですか?」 「そう。だってこんな姿だもの。だまされる奴が多いから子供になりきってたわけ」 自分も完全にだまされていたと知ってケッセルリンクは苦笑した。 「ところでワーグ。ランス様は皇帝を生け捕れておっしゃられましたが?」 「私は聞いてないから知らないわよ」 その頃になってようやくアールコートが目を覚ます。 「あら、起きたの?」 「おはよう……ございます」 何気に敬語になっている。 「何が起きたか理解してくれた?」 「ええ、一応は……王様にはどうやって報告しましょう?」 アールコートの視線の先にはシーラの死体があり、その胸にはロレックスの剣が突き立てられていた。そのロレックスはワーグに魂を抜かれている。 「裏切られて死んじゃったでいいじゃない。細かい事は頼むわ。……ところで二人とも。まだしばらくは子供のままでいるつもりだから……バラしたら……承知しないわよ?」 目がマジだ。アールコートとケッセルリンクは頷くしかなかった。 「じゃ、よろしくね。ラッシー、リセットのところへ遊びにいこ!」 ワーグはお子様モードになるとさっさと出て行った。 事後処理を全て押し付けて。 「……魔人になって以来恐怖の対象は魔王のみだと思っていましたが……」 「私、ワーグさんのほうが恐いかも……」 二人とも冷や汗をかきまくっていた。 ―長崎城 五十六の寝室 ランスは汗をかきまくっていた。 「……なあ、二人とも離れてくれんか?」 「……」 「……」 反応がない。眠っているのだから当たり前だ。 「暑いんだがな……」 ランスと五十六とリセットはリセットのお願いで川の字になって寝ていた。 そこまでは問題ない。 問題は二人の寝相だった。 別に暴れる訳ではないのだが、二人ともランスにべったりと抱きついて離れないのだ。 胸には五十六が、背中にはリセットが張り付いている。 暑いからといって引き離せば起きてしまうだろう。 「う〜む、参ったな……」 結局、ランスはサウナに入ったような汗をかきつつ眠れぬ夜をすごした。 あとがき 前回はランス。今回は猫かぶりヴァージョンワーグでお送りしました。 しかも、かなりのお歳でその能力はとんでもなく危険です。 |