第19章 奇襲 RC2年8月 ランスはのんびりと本を読んでいた。とっても珍しい光景である。 しかも読んでいるのは人間界で売り出されベストセラーになった本だ。 そこへ遠くから足音が聞こえてきた。数は二つ。 「ランス!!」 「魔王様!!」 部屋の扉が轟音とともにけり破られる。 「完成よ!!」 「完成しました!!」 「うるさい」 ランスから放たれた不可視の力が二人―マリアとパイアールを部屋の外へ弾き飛ばした。 「そんな大声出さなくとも聞こえている」 「もう……せっかく報告に来たのに……」 くらくらする頭を押さえマリアは頬を膨らます。 「ようやくあれが完成したんだな。……久しぶりのイベントだな。盛大にやるぞ。全員を呼び集めろ」 こうして巨大戦艦完成式典が一週間後に行われる事になり、魔人達は準備に追われる事になった。 ―前日 「ああ……忙しい……」 飾り付けの準備で忙しい大広間の片隅でホーネットは壁にもたれていた。 この1週間ホーネットは寝ずに動き回っている。 魔人は別に1ヶ月眠らずとも行動できるが、ホーネットの場合、人間の頃の習慣で睡眠は生活の一部になっている。 「ホーネット様、少しお休みになられたほうがよろしいのでは?」 心配そうにシルキィがホーネットに声をかける。 「……大丈夫です。さぁ、続きをしてしまいましょう」 笑顔でそう返すホーネットだがかなり無理しているのが見て取れた。 ―調理室 「マルチナぁ〜」 「ダ〜メ。そこにあるのは明日の分だから」 ガルティアにとって目の前においてある物を食べるなといわれるのは拷問に近い。 「少し待ってて。ラーメン作ってあげるから、ね?」 ガルティアはこれに弱い。自分でもわかっている。マルチナにこう言われると思わず従ってしまうのだ。 「うっ……わかった」 よだれがダラダラとあふれる。そのままほうっておけば海になるかもしれない。 「はい」 数分してガルティアの前に湯気を立てるラーメンの鉢が置かれる。 「これを食べてもう少し我慢してね。明日の仕込みが終わったら何でも作ってあげるから」 「おう、いっただっきまっす!!」 ズルズルズル〜。ラーメンをすするガルティアはとても幸せそうだった。 ―魔王城北の塔 「……結局俺は何なのだろうな……」 屋根の上に1人たたずむランス。 そこには誰も近づきがたい雰囲気があった。 「シィル……俺もお前も……何が間違っていたんだろうな……お前さえいてくれれば……俺は……」 月の光の中にたたずむ黒衣の影。 サテラの部屋から見えたランスの姿はどこかせつなげで神秘的だった。 「いつまでも……どうして……死んだ女に勝てないんだろう……」 ぽたぽたと涙があふれてきた。 「サテラサマ……」 「ごめん、シーザー……少し一人にして……」 心配そうにシーザーは部屋を出た。 その夜、サテラは泣きつづけた。 ―当日 「はぁ……はぁ……どこにいらっしゃるの……」 ホーネットが足早に歩いている。 「ホーネット様、リセット様の部屋にもいませんでした」 「そう。……シルキィ、捜索範囲をもう少し広げて。私は他の者に連絡しにいきます」 「はい。……でもあまり無理をなさらずに……」 シルキィはホーネットを止めても無駄なのを知っている。それゆえに心配なのだ。 「ありがとう。でもまだ大丈夫」 シルキィと別れたホーネットは手近なサテラの部屋に向かう。 部屋の前にはシーザーが座り込んでいた。 「どうしたの、シーザー?」 「サテラサマアサマデナイテイタ。イマハネテル。モウスコシネカセテオイテホシイ」 サテラ思いのシーザーはホーネットにそう告げた。 「……何があったの?」 「ワカリマセン。マドノソトヲミテトツゼン」 「そう、……あと1時間したら始まるからその前に起こしに来るわ」 「待ってホーネット」 いつ起きたのかサテラが扉から顔を出した。 「ランスがいないんじゃないか?」 「ええ。……なぜそれを?」 サテラはホーネットを部屋に招き入れると窓の外を指差した。 「ランスならあそこで寝てる」 ランスはあのまま屋根の上で寝ていた。 「……夜からずっとあそこにいた。……きっとまたあいつのことを考えてたんだ……」 「あいつ? シィルさんという方のこと?」 「あいつにさんなんてつけなくていい。死人なのにいつまでも―」 「サテラ」 「うっ……」 ホーネットの目がそれ以上言うなと言っていた。 「貴女も早く準備なさい。私はランス様を呼びにいきます」 そういってホーネットは浮遊魔法を唱えると窓から一歩踏み出した。 いかなる魔法使いでも魔法には一定レベルの精神集中を必要とする。 この時のホーネットはそれすらできないほど疲れきっていた。 一歩踏み出したとたんに上下逆さまになってしまった。 慌てて魔法を再構成するがパニックになった頭ではそれすらまともにできない。 落ちるしかなかった。 ちなみにここは4階。いくら魔人でもそれなりのダメージは覚悟せねばならない。 ホーネットは来るべき衝撃に身を硬くした。 がいつまでたっても衝撃は来ない。 恐る恐る目を開けるとランスの腕の中にいた。 「どうした、お前らしくない」 「少し疲れていましたので……」 「そっか、サテラ。他の者に伝えて来い。式典の開始時間を2時間遅らせるとな」 「わかった。いっとく」 「あの……ランス様、私は大丈夫ですから」 ランスは黙ってホーネットの部屋に転移した。 「2時間でもいい。寝てろ」 ホーネットをベッドの上に降ろすと少し強引にシーツをかぶせた。 「しかし……」 「命令」 「……ありがとうございます……」 「時間になったら誰か呼びにやる」 ホーネットの返事はなかった。気が抜けたからかあっというまに眠ったようだ。 「まったく、無理しやがって。もう少し自分を気遣うということを覚えろ」 ランスはホーネットの寝顔を覗き込み呟いた。 ―格納庫 ランスは『それ』を見上げていた。 「マリア……お前何を造ったんだ?」 「何って巨大戦艦よ」 「……普通これは戦艦といわん」 「別に外観なんてどうでもいいじゃない。中身で勝負よ」 「……まあ、そうだな。注文どおりのモノがあればそれでいい。後々必要になるからな」 二人は会場となる大広間へ向かった。 ―大広間 「ようやくこれが完成した。別にこんなもん造らないでも人の国を消すことはできるんだがな。二度と逆らう気の起こらぬよう力を見せつける必要がある。まぁ、さすがにこれを見せつければ無駄をさとるだろう。マリア、ライトアップだ」 ランスの合図で『それ』が全貌を現した。 「……どっちかっていうと要塞といった感じだがな」 「もう、それはいわないの。それはいいから名前。ランスがつけて」 「ん? 俺様か?」 しばらくランスは考え込んだ。 「……よし、決めた。グレートランス号だ」 大広間に静寂が訪れた。 魔人達はどう反応していいものか戸惑っていた。 もっとまともな名前は付けられないのかと言いたいが相手は魔王だ。 「パ〜パ」 魔人達が困りきっていると娘が口を開いた。 「そんな名前絶対ヤダ!」 娘はストレートだった。 「……そうか? いい名前だと思うんだが」 「ヘンだよ。もっと綺麗な名前がいいの」 「どんなのがいいんだ?」 「ええっと……『アースガルド』なんてどう?」 「なんだそりゃ?」 「ママが読んでくれたご本に出てきた神様の国」 「リセットがそれでいいなら決まりだな」 魔人達はそろって胸をなでおろした。 「なんかお前たちの反応が気に食わんが……まあいいだろう。マルチナ、運び込め」 「はい」 豪華な料理が次々に運び込まれる。 「明日にはリーザスを攻める。今日ぐらい気楽に過ごせ」 城にいる一般のモンスター達も招き入れられその夜はパーティーとなった。 ―パラパラ砦 「ふぁ〜、暇だな……」 「まったくだ。けどよ暇なほうがいいさ。いざ戦闘になればいつ死ぬかわからんのだからよ」 パラパラ砦の上で兵士たちは空を見上げて話していた。 一日の訓練も終わり今はゆっくりできる時間なのだ。 「このまま魔王の侵攻が止まったりせんかな?」 「そうなってくれたらいいんだが……」 二人がのんびりしていると伝令兵が大慌てで走ってきた。 「大変だ! ヘルマンが陥落したぞ!」 「……のんびりしたこの時間も終わりか。次の戦場はここになるからな」 「できれば戦争に参加したくないな」 「まったくだ。……ん? なんだあれ?」 兵士の1人が空を指差す。 「……城が……飛んでる!?」 「冗談言ってる場合……じゃ……」 その場にいた兵士全てが目をこすってもう一度それを見た。 雲の間から顔を出したそれはまぎれもなく城で、ラピ○タと同じように下部が半球になっている。 「まさか……魔王の兵器……」 城の下部から色とりどりの魔法文字が螺旋を描き吹き伸びた。 「なんだ?」 その螺旋は城と同じくらいの長さで止まる。そして、それはパラパラ砦を指していた。 「……なあ、あれこっち向いてないか?」 「……俺もすごく嫌な予感がする……」 「俺も……総員脱出! できる限り砦から―」 螺旋の先端から光が走り、パラパラ砦をなでた。 通常のファイヤーレーザーの、数万倍の威力を持つ熱線が砦を直撃、半球状に上がる炎は周囲の雲を全て吹き散らした。 ―空中要塞『アースガルド』 ブリッジ 「今のでどれくらいの出力だ?」 「志津香さん1人で10%くらいの力ですね。ほら、マリア。魔力値の上昇効率は僕の計算どおりじゃないか」 「うぅ〜悔しい……あと5%ほど上がる計算だったんだけど」 わずか半年ほどで出来上がった『アースガルド』は空中に浮く城そのもので魔王城の4分の1の大きさを誇る。 先ほどパラパラ砦を消し去ったのは『アースガルド』の主砲で、あまりに威力が高くなるため通常物質では砲身がもたず魔法で創り上げた仮想砲身でなければ撃てない代物だ。 主砲は『アースガルド』下部全てを使い造られた魔力増幅機関を用い、魔法兵による通常の魔法を数万倍の威力まで引き上げる。その名も『スルトの火』。 パラパラ砦の出力が志津香1人だったわけだ。ゼスに伝わるピカの比ではない。 さらに約500人分の居住スペースに加えPG−Xシリーズの自動生産プラントまでついている。多量の資材を投入して造られたられただけはある。 「それでこの威力か……下手にアールコートなんかに撃たせたら大陸が吹っ飛ぶな。マリア針路変更リーザス城を目指せ」 「うん。すぐやるわ。オーディン、針路変更リーザス城上空」 『了解シマシタ』 マリアがディスプレイにそう告げると『アースガルド』は方向転換した。 なんとオーディンという名の人工知能も搭載しているのだった。 ―数十分後 『アースガルド』はリーザス城の正面に来ていた。 「意外と早かったな」 「何でも燃料の燃焼効率が予想以上によかったそうです」 「まあそれはいい。とりあえず『スルトの火』を準備しろ。弾は適当に選べ。ただし、あの丘には当てないようにな」 「はい、承知しました」 ホーネットと入れ替わりにサテラがランスの側に来た。 「ランスあの城を主砲で潰すのか?」 「マリス達をいっそうできるからな。リーザスがこんな滅び方をすれば人間たちも反抗しようなんて考えなくなるだろう。見せしめだ」 「城だけ?」 「何がだ?」 「あまり威力を上げるとあいつの墓も消し飛ぶぞ?」 「もう伝えてある。俺様がそれに気づかんとでも思ったか?」 『砲撃準備、完了シマシタ』 「よし、撃て」 命令と同時にすさまじい魔力が砲身に満ちる。そこに感じられるのは狂気。 「オーディン! 北へ方向転換! 全速でだ! 誰だ、レッドアイを弾に選んだ大ばか者は!」 『アースガルド』は方向転換を開始し、ランスはどこかへ転移した。 ―主砲内部 「ケーッケッケッ! 人間オールキル! ミーがこれを使えばカンタンネ!」 狂気の魔人レッドアイは全力でファイヤーレーザーを放った。 それは徐々に強化され大陸を消しかねない威力を持つことになる。 発射まで1分。 周りにはホーネットが選んだ魔法使いだった死体が転がっている。 「っつ……やってくれたわね……」 巻き添えをくらった志津香が怒りのオーラを纏い立ち上がった。 「ホワッツ? ユーが生きテルのはオカシイネ!」 言葉と同時に黒の波動が放たれる。 「ばっかじゃないの?」 志津香はおもむろに腕を突き出す。 「魔力はあんたに及ばないけど……仕込みは万全よ」 レッドアイの攻撃は闇色の球体にかき消される。 「ノー! ソレハ……」 「黒色破壊光線!」 いくらレッドアイでも至近距離で受けられるレベルの魔法ではなかった。 直撃はまぬがれてものの、反動で『アースガルド』から弾き飛ばされた。 そしてそこは自分が放った魔法の打ち出される砲身の前で……。 ちょうど1分が経過した。 「ノォーーーーーーーー!!!」 レッドアイは強化された自分の魔法を食らい跡形もなく消し飛んだ。 そして、射線の上にもう1人―ランスだ。 おもむろにカオスを抜くと強化されたファイヤーレーザーをなぎ払った。 レーザーは数十にも分散させられ周囲に散らばる。着弾した場所で大爆発が起こり、それ一発でパラパラ砦の時の威力に匹敵した。 巨大な炎が上がり町を飲み込んでゆく。 城も飲み込まれ崩壊した。生き残る人間はいないだろう。 炎が消えた後には町の残骸のみが残り、ランスがかばったあの丘だけが無傷のまま残った。 ―ヘルマン・リーザス間の山脈 そこに『アースガルド』が去っていくのを見ている者がいた。 「……まさか一撃の元に消し去ってしまうとは……」 「しかしこれで動きやすくなります。我々はすでに死んだものとされるでしょうから」 「代わりにあまりに多くの物を失ったがの……」 マリスを筆頭に今生き残っている将軍達はなぜかそこにいた。 結果としてランスの奇襲は失敗といえる。 「さあ、事を急ぎましょう」 こうしてマリス達はランスの死角で動き始めた。 RC暦2年8月の事だった。 あとがき 影響されやすいASOBUです。 ムスカのセリフをどこかに入れたかったのですが、さすがに無理であきらめました。もっと凶悪なランスになっていれば無理しても入れたのですが……。 |