第20章 因縁の決闘

―AL教本部跡
「くっ……志半ばにして下級モンスターの餌食になるのか……」
ボロボロのローブをまとった男はわずかに残った魔力を右手に込めた。
男の前にいるのはこんにちはが一体。ただ他のとどこかが違った。
「喰らえ! ライトニングレーザー!!」
渾身の一撃もこんにちはの魔法障壁に難なく消されてしまう。
「なんと……これまでか……」
「カンネンスルネ。お前の体はミーが効率ヨクつかってやる。このレッドアイが」
男は突然話し出したこんにちはに少し驚いた。
「……レッドアイ……魔人か。……魔想志津香、あいつをこの手で倒すまで体をつかわせる訳にはいかん」
「ケケケ、ムリにキマッテルネ」
「やってみないとわからんぞ……」
「人間、ウルサイネ」
こんにちはから何かが飛び出し男の胸に張り付き根を伸ばした。
「うぐっ……うおおおおおっ!!!」
「ヒッ……ナンナンダこの精神ハ!? ソンナ! ……ミーがキエ……ル……」
しばらくして男が体を起こした。
「ふふふ……これが魔人の力か……魔力が満ちる。……勝てるぞ」
こうして男は変わった。

―魔王城 魔法訓練場
そこは魔王の力で頑丈な結界の張られた空間である。中でいかなる魔法を使おうと外へ飛び出すことはない。
「あ〜あ、疲れた……今日はおわりっと」
今までそこを使っていたのは志津香だった。
彼女もランス同様魔人になってからも自分を磨くのを忘れはしない。もともと日課になっていた事でもある。
ふと見ると結界の外にマリアの姿がある。
「どうしたのマリア?」
「どうしたのって、時間よ?」
「うそ!? ゴメンネ」
訓練のあとに数人でお茶にするのも日課になっている。
「でも、汗を流してからにするわ。ホーネットさんにそういっておいてくれない」
「うんわかったわ」
マリアに別れを告げ志津香は自室に向かう。
ちょっと今日は頑張りすぎたみたいで全身汗だくである。体に張り付く下着を早く脱いでしまいたかった。
自室に戻るなり手早く服を脱ぎ落し熱めのシャワーを浴びた。
「ふう、さっぱり。汗を流した後はこれに限るわね」
バスタオル一枚を纏い出てくると机の上にある便箋が目に入る。
「あれ? こんなのあったっけ?」
軽い気持ちでそれをとり眺めてみる。
「誰からかしら?」
表には名前も宛名もない。
便箋を開き一行目を読んだとたん志津香の顔がキッと引き締まった。
そしてじわじわと殺気がにじみ出る。
「そう……生きてたんだ……好都合よ。これで、仇が討てる……」
志津香は便箋を投げ捨てると戦闘用のローブをまとう。
そして、窓から空へ飛び出していった。

しばらくしてマリアがなかなか来ない志津香を呼びに現れた。
「志津香? いないの?」
扉をノックしてみても誰も出てこない。
「まだシャワー浴びてるのかな? 入るわよ」
リビングに志津香の姿はなく、バスルームにもいない。
「もう……どこ行ったの? ……なんだろこれ?」
机の側に握りつぶされた便箋が落ちていた。何気なく拾って目を通す。
マリアの顔色が変わった。
『AL教本部跡にて待つ チェネザリ・ド・ラガール』
「ラガールって……死んだはずじゃ……それ以前にどうやってこれが届いたのよ」
マリアにいいようもない不安がよぎった。
「……とりあえずランスにいっとこ」
マリアは便箋をポケットに納めてランスの部屋へ向かった。

―AL教本部跡
ランスにより略奪され破壊され打ち捨てられた廃墟に1人の男がたたずんでいた。
「……来てやったわよラガール! まさかそっちから誘ってくるとは思わなかったけどね」
「ふん、このままではお前と戦えそうになかったからな……」
「何を考えてるか知らないけど……ムダよ抵抗は。私、魔人になったから」
「知っている。それに対抗する策は成った。フフフ……この手で殺してやろう、父親のようにな!」
先手必勝とばかりにラガールが炎の矢を大量に放つ。
それは目くらましで次の魔法の詠唱にかかる。
志津香は炎の矢をレジストしてファイヤーレーザーを打ち返す。
だがそれは回避されて詠唱を中断させる事もできなかった。
「死ぬがよい! 黒色破壊光線!!」
志津香は小さく舌打ちして魔法障壁を展開、レジストしようとした。
「うそっ!?」
魔力が桁違いに上がっている。かなり頑丈に作ったはずの魔法障壁があっさりと砕ける。
とっさに左手を突き出し、局所結界を形成、光線を殴りつけ弾道をそらす。
「っ……どういうことよ……なんで……」
弾いた左手は黒く炭化していた。局所結界を張ってなければ左手は消し飛んでいただろう。
「なんでダメージを受けるのよ……」
魔人にダメージを与えられる存在、それは魔人か聖刀日光、魔剣カオス、そして勇者と決まっている。普通の人間が神に匹敵する力を持とうとも魔人の絶対防御の前には無力なハズだ。
「簡単な事だ。私も魔人の力を手に入れたのだよ」
「魔人の……力?」
ランスがこの男を魔人にするとは考えられない。なのにどうやって?
「愚かな魔人が私の体を乗っ取ろうとした。しかし、簡単な精神トラップに掛かりおった。ただが人間と侮っていたようだな。おかげで私は魔人の力だけを体に宿す事ができた」
「……レッドアイね……」
「そうだ。確かそういっていたな。だがその名にもはや意味はない」
先ほどより幾分威力の落とされた魔法が雨霰と降り注ぐ。
あまりの数にレジストしきれず直撃を浴びる。
「くそっ……負ける訳にはいかないのよっ!」
そうはいっても反撃の暇さえない。完全に押されていた。
「そろそろ遊びは終わりだ」
突然魔法の威力が跳ね上がる。志津香はそれに対応できなかった。
「キャッ……」
連続して直撃弾を浴び志津香は意識を失ってしまう。
「静かになりおったか」
ラガールは警戒を怠らず志津香の横に立った。
「見れば見るほどよく似ておる……」
ラガールは志津香に拘束魔法をかけるとローブを引き裂く。
「抱いてやろうぞ……母親のようにな。せいぜい楽しませてくれ」
ラガールの舌が志津香の胸を這い回る。
意識を取り戻した志津香だが声を出す事も体をひねる事もできず目を閉じる事すらできなかった。
「母と同じような表情をするな……ここの具合はどうだ?」
ラガールの無骨な指が下着の中に入り込む。
恐怖と嫌悪感で涙があふれてきた。
「この布はもういらんな」
最後の布が引き裂かれ全てがあらわになる。
「どうした? こわいか? 逃げたいか? ハハハ、無駄だ」
志津香の表情が絶望に染まった。
その時、ラガールの視界に黒衣の男が現れた。
何もない所から突然に、だ。
「な、何者だ貴様!」
「……愚問だな。魔人の血を体に宿しておきながら俺様に向かって何者だ、だと?」
「まさか……」
「……法なんて物は嫌いだが一つだけ決めた事がある。絶対にして唯一の法だ」
ラガールは志津香から離れ距離をとる。
だが魔王ランスはその距離を一瞬で詰める。
「よく聴け。俺様の女に手を出したやつは―」
カオスに漆黒のオーラがまとわりつく。すさまじい量だ。
「―即刻死刑だ!!」
振り下ろされたカオスにラガールが触れる事はなかった。
なぜならそのオーラに数ミリまで押しつぶされ完全消滅してしまったからだ。無論取り付いていたレッドアイごとだ。光が消え去ったあとには魔血魂だけが残った。
ランスはさっさと初期化すると志津香を助け起こした。
「どうした、手ひどくやられたな」
「ちょっと油断しただけよ……」
そういって志津香はそっぽを向いた。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなかったのだ。ランスはそれを知ってかニヤニヤしている。
「で、いつまでそんな姿でいるつもりだ?」
志津香は慌てて破れ目を重ねてうずくまる。その肩にマントがかけられた。
「……着ろ。着たら帰るぞ」
「あ、ありがとう」
今度は照れて赤くなった顔を隠すためそっぽを向く。
「……やっぱ、あんたを好きになってよかった……」
小さく自分にも聞きづらいほどの声でそう呟く。
「さっきラガールに触られてたろ? 帰ってシャワーを浴びろ」
「うん」
「その後ヤルぞ」
ピクッと志津香の頬が引きつった。
「……やっぱり最後はそうなるのね……」
「ガハハハハ、俺様を誰だと思っている?」
「前・言・撤・回よ!!」
ばき。今度はぐーだった。
「ぐはっ! ……志津香、魔王である俺様に何をする?」
「……蜂が止まっていただけよ」
そういって志津香はため息をつく。それにはあきらめが色濃く出ていた。
「……明日立てるかしら?」
結構深刻だった。


あとがき

レッドアイの本体はあの宝石と言う訳で人間に取り付いてもらいました。
が、その過程を妨害されあっさりと乗っ取られています。
設定上はマインドコントロールを受けないように魔法使いが自らにほどこす防御魔法一種のウイルスにやられた事にしています。

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