第2章 決断と新たなる命

―リーザス城 魔王の部屋
その日の夜遅く洞窟探索から帰ってきた健太郎は、ずたずたにされた美樹を見てしまう。
部屋中に血が飛び散り完全にスプラッターな部屋の真ん中で健太郎はずたずたになった美樹の体を抱え泣いていた。
「……誰が……誰がこんなことを……」
この世界の絶対者である魔王が殺された。この事態にさしものマリスも困惑を隠せない。
「マリス! ダーリンが、ダーリンが……!」
「どうなされたのです、リア様? 落ち着いてください」
取り乱すリアを抱きかかえ落ち着かせる。
「ダーリンが……いないの……」
「……」
彼女が予想していた中で最悪の事態になってしまったようだ。
「リア様、すぐに捜索部隊を編成します。ランス王もすぐ見つかりますよ」
マリスは笑顔でリアをなだめすかし執務室へ向かう。
「ランス王……それが、あなたの選択なのですね……」
そう呟いたマリスの表情は少し悲しげだった。
その日のうちに世界中に捜索部隊がばら撒かれる。その影でヘルマンとの休戦協定が秘密裏に結ばれた。

―十日後 カラーの森 パステルの館
「ふあ……よく寝た」
その一室でランスは体を起こした。隣にはサテラが寝息を立てている。
お前らここで何してんだ?っと突っ込みたくなるがランスとサテラは十日間カラーの女王パステルの館に逗留しいていた。
理由は簡単。魔王になったといえまだなりたてのランス。慣れない飛行呪文なんて使ったもんだから精神的に疲労しカラーの森に不時着。
タイミングよくランスとパステルの子が生まれそうだから生まれるまでここにいることにしただけである。
ちなみにカラーの森護衛部隊はランス自身の手にかかり全滅している。
「王様! パステルが産気づきました!!」
大声とともにソミータ・カラーガ扉を開けた。
「キャーーー!! なんか着てください!!」
サテラを抱いてそのままだから何もいていない。ソミータは回れ右した。
「騒がしいやつだな、そんなに叫ばなくても聞こえている。……いつだ?」
ランスはさっさと服を着込むと部屋を出る。
「ついさっきです」
「すぐ、案内しろ」

それから12時間、ランスはパステルの部屋の前で行ったり来たりしてすごした。
とにもかくにも落ち着かない。
サテラの声も聞こえていない。
「うーむ、まだか? そろそろ生まれてもいいはずなんだが……」
ぶつぶつ言いながら行ったり来たりするランスをサテラは面白くなさそうに見つめていた。
「大変です! 森の中にまたリーザスの兵隊が!」
「そう、大声出すな。俺が片付けてくる。パステルには知らせるな」
珍しく一人称が『俺』になっていた。
「サテラ、出るぞ」

カラーの森の入口にあるリーザスの宿営地そこにアールコートの部隊がきていた。
連絡を絶った護衛部隊を見にきたのだ。
「ひどい……」
一面が血の海で腐臭が漂っている。原形をとどめた死体はすでにない。
「将軍、どこにも生存者は見当たりませんでした」
「そうですか……すぐ死者の埋葬に取り掛かってください。私も手伝います」
「いえ、将軍はお休みください。顔が真っ青です。同胞の埋葬は我々で行います」
周りの兵士から見てもアールコートは青い顔をしていた。
一軍を任された将軍であってもまだ少女であることに変わりはない。
「……ごめんなさい。そうさせてもらいます」
アールコートは死体から少しはなれた森の中に腰をおろした。
「はあ……王様……どこにいるの?」
アールコートにとって唯一の心の支えであるランス。
その存在はアールコートにとってなくてはならないものとなっていた。
「王様がいないと私……」
そのとき突然悲鳴が上がった。
反射的に森の外へ飛び出すとさらに死体の数が増えていた。
「いったい何があったのです? しっかりしてください!」
まだ息のある兵士を助け起こして傷を縛り止血をほどこす。
「お……逃げ……ください……魔……人が……」
そこまで言って兵士は事切れた。
「魔人? ここはまだ魔人の支配領域じゃないはず……」
立ち尽くすアールコートの背後にサテラが舞い下りた。
「お前……ランスのかわいがってた女だな?」
「サ……テラさん? あなたがどうして……」
「話す必要はない。死んで!」
至近距離で放たれた魔法弾をアールコートは奇跡的によけた。
「ちっ、次ははずさない!」
アールコートはサテラの手に集まる魔力を見て目を閉じた。最後に浮かんだのはランスの顔。がははと豪快に笑う姿だった。
「サテラ、止めろ」
背後から懐かしくいとしい人の声が聞こえる。恐る恐る目を開けると前には憮然と頬を膨らますサテラがいる。後ろには―
「王……様……?」
「久しぶりだな、アールコート。元気にしてたか?」
「元気です。でも……なんでリーザスの兵を……」
「人間だからだ。以後この森には人間を入らせない。護衛には信頼できそうな魔人を置く」
「ま……さか……そんな……」
悲壮な顔つきでへたり込むアールコート。
「そうだ。美樹ちゃんを殺し魔王になった」
呆然としているアールコートをそのままにしてランスは森へときびすを返した。
サテラもそれに続く。
「まって……王様……」
今にも消え入りそうなアールコートの声にランスは足を止めた。
「……王様……私も……連れて行って……私……王様がいないと……王様にとっては……ただの娘でも私にとっては……そうじゃないんです……」
アールコートの精一杯の告白にランスは歩み寄った。
「アールコート、意味をわかっていってるんだな?」
「……はい、文献で読んだことがあります」
「ランス……まさか!」
「黙れ、サテラ。アールコート……こい」
差し出された手をアールコートは躊躇せずにとった。

パステルの館に戻るとランスはアールコートに血の儀式をほどこした。
魔王の血は本来猛毒である。そのため魔人となるためには想像絶する苦痛に耐えなければならない。アールコートが耐えられるかランスが見ても微妙なところだった。

「王様! 生まれましたよ! カラーで、女の子です!」
「だからそんなに叫ばなくても聞こえてるというのに……。サテラ、アールコートに手を出すなよ。わかってるな?」
苦しむアールコートに敵意の視線を向けていたサテラに一応釘をさし、ランスはパステルの部屋へ向かった。
「ランスの馬鹿……サテラの気も知らないで……」
一人怒りのオーラを放つサテラにシーザーはおろおろしていた。

「パステル、よくがんばったな。」
「はい……。ランス、名前ですけど……」
ランスは聞いていない。生まれたばかりの赤ん坊をジーっと見ている。
「ランス?」
「あ、すまんすまん。え〜と、名前か」
「もうすでに考えてあります。リセットにしようと思います」
「リセットか……いいんじゃないか? よし、お前はリセットだ」
ぎこちない手つきでリセットを抱き上げランスは高らかに宣言した。

後にカラーの地位を絶対的なものにする女王の誕生であった。



あとがき
実はこの回生まれたリセット嬢最後のほうですごい事をやらかしてしまいます。
本当に最後のほうですが。

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