第22章 新たなる刃 ―JAPAN 山奥の洞窟 魔王の命令によりJAPANのモンスターは人との接触を極力避けるように山奥に身を潜めていた。ここもその一つで、女の子モンスターかまいたちのグループがいた。 「大変よ〜月乃〜」 なんだか間延びした声だ。大変そうにはちょっと聞こえない。 「どうしたの鈴?」 月乃はこの洞窟周辺の縄張りを治める者。かまいたちは十数人いるが月乃だけは雰囲気が違う。触れれば切れてしまいそうな雰囲気だ。 「剣士が、大陸の剣士が一人こっちに向ってくるの」 「剣士? 武士じゃなくて?」 JAPANは大陸と切り離されているためそんな格好の者はいないはずである。 「うん、違った。鎧も剣もJAPANのものじゃなかった」 「そう、それでも今までと同じ。ココに入ってきたときは―」 月乃は足元にあるJAPANの鎧を爪先で蹴った。 「こいつのように死んでもらうわ」 「……でも無理しちゃダメだよ?」 鈴はそういい残して洞窟の奥に引っ込んだ。 「確かここだと思ったんだが……誰もおらんのか?」 洞窟に入ってきた剣士は緑を基調にした鎧をつけ黒い大剣を吊るしていた。 言うまでもなくランスである。鎧を着る意味はないに等しいのだがそれでも昔からの習慣で探索に出かけるときは身に付けてしまう。 ランスはぶつぶつ呟きながら奥へ進もうとした。 が、何を思ったか突然しゃがむ。白刃がきらめき直前までランスの首があったところを抜けた。 「チッ……運のいいやつめ」 悔しそうな顔をしたかまいたちがランスの前に現れた。 「人間、ここに来たからには生きては返さない」 にらみつけられるがランスは眉をひそめ周囲を見回した。 「人間がこんなとこまで来るのか? かなり山奥だぞ」 月乃のこめかみに青筋が。 「貴様のことだ!!」 一声叫ぶと月乃は急加速両手にある刃がランスを襲う。 「おいおい、俺は話があってきたんだぞ」 「フン、人間と話すことなど無い!」 「……基本的なところが違うんだが……まあ、いい。俺はスカウトに来たんだ」 しゃべっている間もランスは全ての攻撃を回避している。 「スカウトだと? どうせ行き着く先は愛好家どものところだろう!」 「ま〜昔はやった事もあるがな。今日はまじめな話だ」 「ならば私を止めてみろ! 無力化できたなら好きにするがいい!」 さらに攻撃回数が増えた。 「なんだ、それで納得するのか?」 「なに!?」 首を狙った攻撃がランスをすり抜ける。残像だ。 素早く月乃の背後に回りこんだランスは目にもとまらぬ早業で月乃の帯をほどいた。 着物がはだけた。 「はう!?」 反射的に着物の前を押さえしゃがみこむ月乃。帯はランスの手にあり動けなくなった。 「ひ、卑怯者! 返せ!」 「返せ? 無力化したんだから好きにしてもいいんだろ?」 ランスは意地悪そうな笑みを見せる。 「くっ……まだだ!!」 月乃は着物をあきらめて飛び掛った。 「なかなか見所がある。聞いたとおりだな」 ランスは手刀で月乃の手首を弾き懐へ踏み込む。そして肘をを打ち込んだ。 「あ、悪い。加減しきれなかった」 直撃を受けた月乃は壁まで吹っ飛ぶ。それでも月乃は立ち上がった。 しかし、それ以上動けないようだ。 「貴様……一体何者だ?」 「魔王」 なんともいえない沈黙。 「真面目に答えろ。魔王様がこんな所まで来るとは思えない」 「しかたねぇな」 ランスは押さえていた力を通常レベルまで戻した。とたんに月乃の顔が引きつる。 「これで信じられるな。というわけで話を聞け」 「は……はい」 「お前が月乃だな?」 「何で私の名前を?」 「切華に聞いた。何でも以前はライバルだったといってたぞ」 切華とはリセットに敗北し部下になった神風の名だ。切華も元は長崎周辺のモンスターを束ねる者だった。 「……切華が……。それで、どういった御用でしょうか?」 「『計画』のために戦力がいる。お前、魔人になりたくはないか?」 「えっ……」 「だから言ったろ、スカウトに来たと」 話があまりに予想外だったため月乃が理解するまで時間がかかった。 「なぜ……私なんかを?」 「理由はいくつかある。調査させている範囲でそれなりに能力があるやつがいない。性格もきちっと自我を持っている奴のほうが望ましい。あと男はいや。この三点で絞っていたらお前の話を聞いた。お前は戦闘力もあり、強い敵を前にしても屈しない強さもある。……お前が望むなら力を与えてやる。選べ」 魔人となるのは全てのモンスターの夢だ。だが月乃は素直に受け取れないでいた。 「……少し考える時間を下さい」 「かまわん。それならこれをもっておけ」 ランスが差し出したのは血のように赤い勾玉を紐に通したものだ。 「女の子モンスターは見分けにくいからな。目印だ。寝るときも水浴びする時も外すな」 「は、はい」 「じゃあ、1週間後に答えを聞きに来る」 ランスはそういい残して消えた。 「……この石……温かい。……何でできてるのだろう?」 月乃が勾玉を首にかけ着物を直していると後ろから飛びついてきたものがあった。 「月乃〜、大丈夫だった? なんにもされてない?」 「大丈夫よ、鈴。何もされてないから」 月乃に飛びついてきたのは鈴だった。そして、奥から隠れていたかまいたちが続々と出てきた。 「ホントに大丈夫? 今の魔王は手が早いって有名だから心配で、心配で……」 「手が早い? 大丈夫、相手にもされてないわ。ただ、魔人にならないかって言われた」 一瞬の間。そして拍手の嵐。 「やったじゃない、大抜擢よ!」 「こんな事もあるんだ、いいな〜」 みんな口々に言ってるが月乃一人はあまり浮かない顔をしていた。 「どうしたの浮かない顔して?」 鈴が顔を覗き込んでくる。 「私は力が欲しいとはあまり思わない。鈴やみんなと暮らしている今が好きだから。……魔人になってしまったらきっと変わってしまう。……それは嫌だな」 「な〜んだ、そっか。じゃあ代わりに私が魔人にしてもらおうかな」 鈴が言ったとたん周りが笑い出した。 「鈴じゃ無理よ。かまいたちなのにとろいし、弱いし」 「フンだ、言ってみただけよ」 鈴はふてくされて外へ出て行った。 「もう、みんなからかいすぎ。連れ戻してくから帰ったら謝りなさい」 「は〜い」 月乃はリーダーらしくその場を丸く治め鈴の後を追った。 鈴は住処からだいぶ離れた所まで歩いていく。 「鈴はいったいどこまでいくつもりなの?」 僅かな気配を頼りに追っているためなかなか追いつけない。止まってくれれば追いつくのも可能だがそうでない限りは難しい。 今いるあたりは普段仲間達も踏み込まない森のさらに奥地。このあたりになってくると月乃も地形を記憶しきれていない。 「……迷いそ……」 本音だった。そろそろ止まって欲しいなと考えていると鈴の動きが止まった。 すぐさまその場所へ急ぐ。 茂みを飛び越えると池の上だった。 「あっ……」 「月乃!?」 ドボン。さほど深くはなく腰までしかつからなかった。そこは小さな池で、木洩れ日が落ちる綺麗な空間だった。月乃は水につかったままそこに見とれていた。 「ここ綺麗でしょ? 最近見つけたんだ」 「ホントね。思わず見とれてたわ」 「上がったら? ここにおいでよ」 鈴は池の真ん中にある岩の上にいて手招きする。その岩の上は日光で暖められていてなんともいえない気持ちよさがあった。 「……あのさ、鈴。みんながからかうのをあまり真に受けちゃダメよ」 「わかってる。でも、戦えないくらい弱いのはホントだし……。……へこんでてもしょうがないよね。帰ろっか?」 二人はゆっくりと住処を目指して歩き出した。 「……別に鈴一人くらいは弱くてもいいんじゃない? 今の魔王の代になってから人との戦闘なんてほぼなくなってるしきっと問題ないよ」 「でも、そんなの嫌だよ。……強くなりたい、月乃の足手まといになりたく―」 住処が近くなった所で突然月乃の手が鈴の口を塞いだ。 「静かに。……人間臭い……なんでこんな所に……しかもすごい数……。鈴、ここから動かないで、様子を見てくるから」 月乃は鈴が頷くのを確認してから住処に向った。 ―洞窟 そこには思わず目を背けたくなるような光景が広がっていた。 無造作に転がっているかまいたちの死体。そして、ボロボロの鎧を着た武士達。全員がガリガリにやせこけていて死体から肉を切り取り生のまま口に運んでいる。中には死体を犯している者もいた。数は100人足らず。それに対して洞窟にいたかまいたちは月乃と鈴を加えても18人。主力たる月乃を欠いた仲間達では抗いきれなかった。結果、極限まで飢餓状態に追いやられた人間達……元人間達の食料とされた。 「貴様ら!!!!」 月乃はすさまじい速度で元人間の群に突っ込んだ。 だが、すぐに気づいた。元人間の目がギラギラと光っていてその目は自分を食料としか見ていないということに。背筋に何か走った。 恐くなった月乃は近づくものから順に切りつける。それでも相手はひるまない。死なない限りわらわらと近づいてくる。30人くらい斬り殺した後囲まれた。 「しまった……!」 手には刀や槍を持ちじりじりと近づいてくる。 月乃は動き回り素早い動きで相手を翻弄する戦い方を得意とする。そのため囲まれての戦闘は得意ではない。囲まれて間もなく月乃の太股に槍が突き立てられた。 「つっ……」 さらに動きの止まった月乃の背中には刀が。 「いやぁーーー月乃!!」 月乃の足手まといになるまいと隠れていた鈴がたまらず飛び出す。だがあまりにも無防備に飛び出してしまい弓を向けられても反応できない。 矢が放たれた。月乃は動ける状態に無く鈴もガードできる状態に無い。 矢はそのまま鈴の体に吸い込まれた。位置は偶然にも心臓の位置に。 「す……ず……」 鈴は一度大きく痙攣し倒れ動かなくなった。そんな鈴に月乃は懸命に近づこうとするが足と背中の傷は致命傷で立つことすらままならない。さらに這いつくばってもがく月乃に槍がもう一本。とどめの一撃にはあまりにお粗末で月乃にさらなる苦痛を与えた。 苦痛に耐え切れず月乃は意識を失った。 『そのままでいいのか? このままだと元人間どもに食い殺されるぞ?』 意識の闇の中に誰かが話し掛けてくる。ごく最近聞いた声だ。 『お前がそんなんだと殺されたものも浮かばれまい。仲間達の恨みも晴らさずに死んでいくつもりなのか?』 「嫌だ……このまま終わるなんて……できない……」 『選ぶのはお前だ。死んだ者の無念を晴らす力を得るかあるいはこのまま死んで食われるか……』 「決まって……いる……このまま死ぬわけにはいかない」 『ならばお前の望むものを得るがいい。……俺にしてやれるのはそれくらいだ』 声が途切れ何かが胸に突き刺さるような激痛が走る。剣や槍の穂先ではなく熱い何かが体の中に侵入してくる。血液の流れによってそれは全身に広がりさらにひどい激痛を生む。 そして、永遠に続くかと思われた苦痛は唐突に終わりを告げた。同時に意識もはっきりしてくる。 ―魔王城 中庭 「ふ〜、それにしても保険をかけといて正解だったな」 魔人相手に特訓していたランスが動きを止め呟いた。まだリタイアしていなかった魔人はその隙を見逃さず攻撃に出る。 カイトの蹴りが、ケッセルリンクの爪が、サテラの鞭が、マリアの小型チューリップ一号が同時に襲い掛かる。 ランスはそれらをチラリと見るとランスはその攻撃には参加しなかったガルティアの横に転移。ガルティアを掴むと元いた場所に強制転移させた。 「「「「「あっ……」」」」」 もはや止まれる距離ではなく……。 ドカ、ザク、ベチ、ドカン。ガルティアはその全てを喰らってリタイアした。 「さて、用事ができてな。今日は終いだ」 見上げると上空にランスがいて木刀を振り上げていた。太陽を背にして見とれてしまうような構図だがやる事は凶悪だった。 「ランスアタック!」 残りの4人も全滅。手加減はされているが2,3日は動けないであろう怪我。 「ホーネット治療を頼む。少し出かけるが後は任せる」 「あの……どこへ?」 答えるものはすでにおらず、ホーネットはけが人の山を前にため息をついた。 ―洞窟前 意識を取り戻した月乃は立ち上がり周りでうろたえる元人間たちを無視して鈴の死体の側にいった。 「……あんたも心配性ね……隠れててっていったのに……。ねぇ鈴、あんたの力貰ってもいいかな? これから永遠に生きていくのに一人じゃつらいから……みんなと一緒に……」 月乃が両手を天に掲げるとかまいたちの死体が光を放ちその両腕の鎌がはずれた。それは空中で形を丸く変え円月輪となり月乃の周りを飛び交う。 「かくして私は力を得た。……獣に成り下がった元人間たち、覚悟せよ」 34本にも及ぶ円月輪が閃き飛んだ。 「……しばらく肉料理が食いたくなくなるような光景だな」 ランスは小さく呟いて周りを見た。 周り一面に輪切りにされた人間が大量に転がっている。 「魔王様」 いつの間にか月乃が前で膝をついていた。 「どうだ、魔人になった感想は?」 「……特には。ただ、コレには少し驚いています」 これとは月乃の髪だ。もとは黒髪のショートだったが今は銀髪で長さも腰まである。 「我慢しろ。完全に異種へ変化するんだそれくらいの影響はでても仕方ない。ま、人によっちゃ出ないがな。運が悪かったと割り切っとけ」 「はい」 「さてと、いくか」 「魔王城ですか?」 ランスは首を横に振った。 「ではどこへ?」 「誰にも邪魔されずお前を抱ける所」 月乃の中で鈴の言葉が思い出される。 『今の魔王は手が早いって有名だから心配で』 「ちょ……ちょっとま―むぐ!?」 少々強引にランスの唇が押し付けられて舌が入ってきた。最初は抗っていたがいつの間にか自分から舌を絡めているのに気づく。 ランスが離れた時には月乃はぐったりとしていて全体重をランスに預けていた。 「さて、月乃。これ以上待つ必要はあるか?」 月乃は力なく首を振る。言葉を出す気力もわかなかった。 ランスは満足げに頷くと月乃を抱き上げ転移した。 ―魔王城 玉座の間 「こいつは月乃。新しい魔人だ」 「月乃ともうします。よろしくお願いします」 月乃が一礼すると銀髪がさらりと流れた。一部の魔人はそれを見て息を飲んだ。 (きょ……強敵……) (う……負けてるかも……) 別の魔人は小さくそれとはさとられないようにため息をつき呟いた。 (魔人が増えるのは何の問題も無いけれど……ライバルがまた増えてしまう……ランス様……) 男たちも小声で話し始める。 「また女性ですか」 「魔王があれだから仕方ないといえばそれまでだろ」 「しかしこれで我々の肩身が狭くなるのは事実」 「比率が2対1になったからね。……はっきりいってこれ以上広がって欲しくないね」 「……でも、無理でしょうね」 魔人達の反応を見て月乃は戸惑った。 「魔王様……私ってまったく歓迎され―んぅ……」 ランスは月乃を引き寄せるとこれまた強引にキス。女達が凍りついた。 「いじめなんて起きないから安心しろ。な?」 最後の「な?」は女達に向けられていて、ランスの目が揉め事を起こすなよと言っていた。 「さてと、紹介も終わった所で昨日の続きだ。ヤるぞ」 ランスは月乃とともに姿を消した。どこへ行ったかは明白。 玉座の間には女たちの悲鳴が残された。 あとがき サイトの再開にあたりかいたSSを読み返してみれば以前はかなり短い事が判明。 最初の頃はテキストファイルで5〜8キロほど。 二十二章に至っては15キロ。ほぼ倍。 ダラダラと長い。読む人は長いか短いかどっちがいいんでしょう? 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