第23章 虚ろの街

―魔王城 廊下
ホーネットが大量の紙の束を抱え歩いている。その足取りはフラフラしてとても危うい。
ついでに言えばホーネットの顔色もかなりやばかった。
占領下の都市をほぼ全て一人で掌握している彼女は仕事に負われ休む暇も無い。
後から後から問題が浮上してくる。今日で10日ほど寝ていなかった。
食事もまともに取っていないため体力の限界がきていた。
そんなホーネットが角を曲がったとたん誰かとぶつかった。受身を取るか書類が散らばるのを防ぐか考えてるうちに床が……。
ゴツ。後頭部を強打したホーネットは意識を失った。
「ゲッ……ホーネット!?」
ぶつかったのはおいかけっこをしていたワーグとリセット。
「……大丈夫?」
反応なし。お子様達は顔を見合わせた。
「わ、私し〜らない! いこリセット」
「いいの、ホーネットさんこのままで?」
「いいの。次はワーグが鬼!」
「きゃー、食べられるぅ〜!」
リセットとワーグはその場から逃げ出した。

―ホーネットの執務室
そこへランスが顔を出す。しかしもぬけの殻。
「何だおらんのか? 前回の当番の時仕事があるとか言ってたからわざわざ迎えにきてやったのに……」
近頃夜伽は当番制になってたりする。女達のけんかを防ぐためだ。
「む、さてはもう俺の部屋に向ってるのか?」
ニヤニヤ笑を浮かべたランスは自室へ向って歩き出した。
と、角を曲がった所で何かにつまずいてこけた。
「まったく何がこんな所……に……ホーネット?」
かなり驚いたがとりあえずホーネットを寝室に運ぶ。ベッドに寝かせると書類を集めに戻る。全部集めて戻ってくるとホーネットが体を起こしていた。
「もう少し寝ていろ」
「あっ……ランス様……」
「お前、意外と学習能力無いのか? もう少し体を気遣えといったはずだ」
「……申し訳ありません」
ランスの口調が珍しくキツイ。ホーネットはうつむいた。
「ちっともわかってないようだから罰を与える」
「そんな……」
ランスがこんな事を言い出すのは初めてだった。ホーネットはショックとともに戸惑いを受ける。
「ホーネット、お前は1ヶ月間仕事禁止。他の者に分担しろ」
呆然としているホーネットを見てランスはにやりと笑う。
「もう一つ。その期間中魔王城への立ち入りを禁止する」
「……」
「城にこもってないでたまにはたまには外で羽を伸ばして来い」
「……そんなことでよろしいのでしょうか?」
ホーネットにはそれが罰に聞こえなかった。
「それじゃあもう一つ付け加えよう。俺の写真を持ってくのも禁止だ」
ホーネットの顔が凍りついた。
「ランス様! そ、それだけは!」
「ダメ」
ランスはにべも無かった。
「今日はゆっくり寝て明日朝一で発て。そこで寝ていてもかまわんからな」
「しかし、今夜は……」
「おあずけだ。今夜は繰り上げてサテラのとこへ行く」
バタンと扉が閉まりランスが出て行った。
「そばにいていただきたかっただけなのに……」
残されたホーネットは少し寂しそうだった。

―玉座の間
「と、言う訳でしばらくお前がホーネットの代理だ」
ランスはいきなり志津香を呼び出すと何の前振りも無くそう言った。
「肝心な部分省略しないでわかるように説明して」
「しかしな、面倒なんだが……」
「わけもわからず代理なんて出来ないわよ」
もっともである。
「それに、代理なんていってるけど肝心のホーネットさんはどうしたのよ?」
「追い出した」
「へっ……!?」
「ガハハハ、な―」
鉄拳制裁。なんてな、冗談だという前に志津香のこぶしがランスを吹っ飛ばした。
「この史上最悪の大バカ!!! あの人追い出してなんになるの! すぐ連れ戻しなさい!」
なにげに命令形。こんなこと言える魔人は志津香くらいのものだろう。
「お前な、つっこむのが早すぎだ。話は最後まで聞けと教わらなかったか?」
「……じゃあ、ちゃんと話して」
「ホーネットのことだがな、あいつここ2、3年魔王城から離れた事が無い」
「えっ、ホント?」
「本当だ。それに相当疲れがたまっていたみたいだからな、気晴らしにでもなればいいと思って旅行にでも言って来いといったわけだ。ま、あいつのことだからついでに都市の視察ぐらいしてくるだろうがな」
話が終わり志津香はため息をついた。
「まったく……最初からそう説明してくれれば良いのに……」
「だからめんどくさかったんだと言ったろ」
志津香はランスをにらみつけると踵を返し玉座の間を出て行った。

ホーネットが魔王城を出て1週間が経過した。

―旧ヘルマン領 ログA
1週間かけてヘルマンを横断したホーネットはこの街で一泊する事にした。
今までは何かしらの問題が起きていた町にのみ寄って来ているが日が暮れそうなため立ち寄る事にした。ログAからの報告書は問題なしとなっていて『支配都市』としては珍しい。
ランスは占領下に置いた都市を『管理都市』と『支配都市』に分けた。
『管理都市』のほうはホーネットが三つあり『管理都市』都市長を兼ねるということ以外はほとんど以前の生活が保障される。以前より治安もよくなっている。そんな状況にもかかわらず課せられる義務は一つだけ『18歳以上40歳未満の男は年に1週間カラーの森に滞在すること』。カラーの繁栄のためランスが決めた。
一方で『支配都市』は侵攻時ランスが適当にモンスターの中から都市長を選んだ。ランスがつけた条件は全滅させないこと。それさえ守れば後は好きにしろと言った。そのためほとんどの『支配都市』が荒れ果てている。そして、人がどんどん減っていきこれはまずいと思った都市長がホーネットに泣きつく。ホーネットの仕事がさらに増える。
ログAはまだ一度もホーネットに泣きついてきてはいない。そのはずだった。

「な……なんてこと……」
ログA内に入ってみると腐臭と血の匂いがたちこめていた。ホーネットはおもわず口元を覆う。見ればいたるところに死体が放置されていた。
「そんな……ログAからは何の問題もないと来ていたのに……」
年に一度都市の状況を報告するよういってある。それにはいつも問題ないとかかれていた。
さすがのホーネットも戸惑いを隠せない。
そんなホーネットの前を一人の少女が横切った。ついで魔物が4体。
少女は追われていた。
「……どういうことか訊いてみなくては……」
ホーネットは着替えなどを詰めた鞄を道路脇に置き少女と魔物の後を追った。

―路地奥
行き止まりになっていた所で少女はうずくまっていた。4体の魔物がいやらしい笑みを浮かべ少女を取り囲んでいる。
「ゲヘヘヘ、もう逃げようなんて考えるなよ? 次逃げたりしたら家族を皆殺しだ」
「おとなしく家畜小屋へ……いやその前に俺達に無駄に走らせた罪を償ってもらおうか」
少女の服が破り捨てられ魔物がのしかかった。
「お待ちなさい。嫌がる女性に行為を強要するのは見過ごせません。離れなさい」
薄暗い路地裏にあまりふさわしくない女性の登場に魔物も少女も言葉をなくした。
「この都市の管理者はいったい何をやっているんですか。人の気配がほとんど無い……」
「う、うるせー! ここは俺達の町だ、人間ごときに文句をいわれる筋合いはねぇ!」
「……ちょうど一人じゃ物足りないと思ってたところだお前も混ざってくれよ」
魔物の一体が下品な笑みを浮かべホーネットに手を伸ばした。
ホーネットはするりと避ける。
「にげるな!」
今度は飛び掛ってきた。ホーネットはすいっと横に避けそいつの首筋に手刀を入れた。
そいつは一瞬で無害な存在に成り果てた。
「相手の力量も測らずに挑みかかるとは愚かな事を……」
「いい気になんな、人間が!」
続いて3体同時に飛び掛ってくる。
「白冷撃」
足元から生えた氷が魔物達を貫いた。動きが封じられる。
「急所は外してあります。しばらくそこで頭を冷やしなさい」
ホーネットは白目をむいている魔物達にそう告げて少女のもとへ。自分のケープを外すと少女にかけた。
「あ……ありがとうございます。……あの、これ……」
「それは差し上げます。荷物の中に代わりのものがありますから」
「その荷物は?」
「大通りの方に。走るのに邪魔でしたから置いて―きゃ!?」
少女は突然ホーネットの腕を取り走り出した。そして大通りへ。
「あれ……私の鞄は……?」
置いたと思っていたところには影も形もない。
「やっぱり……今の町は治安がすごく悪いんです……。荷物はたぶんもう……」
「どうしましょう……路銀も着替えも鞄の中にあるのに……」
人にまぎれて行動していたためどうしてもいくらかの金が必要になる。だいぶ多めに持ってきたのだがなくしてしまえばそれまでだ。
「お金も取られたんですか?」
「ええ……」
「なら、私の家にいらしてください。もちろんお金なんて要りません」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。助けてもらったお礼の意味もこめて。私はセリスといいます」
「私は―」
一瞬名前を出していいものか悩んだが気にしないことにした。
「私はホーネット。わけあって旅をしています」
「じゃあ、こっちです。あれが私の家」
セリスの家は宿屋を兼ねたそれなりに大きな酒場だった。旅人がいなくなった今となっては宿の方は開店休業中だが。
「父さん、ただいま」
「セリス! 何だそのかっこうは!?」
「大丈夫、何もされてないから。この人が助けてくれたホーネットさん。私を助けてくれた時に荷物ごとお金を取られたみたい。しばらくうちに泊まってもらってもいいよね?」
「あ、ああ」
「じゃ、着替えてくる」
セリスが奥に消えて父親は深々と頭を下げた。
「一人娘を助けていただいてなんとお礼を言えばいいか……」
「いえ、そんな。私は当然のことをしただけですので」
「……この町ではその当然のことを実行するものなどもはやおりません。貴女が助けてくれなければ娘は今ごろ家畜小屋に入れられていたでしょう……」
「家畜小屋、ですか?」
「支配都市に出された条件というものをご存知ですか?」
ホーネットは頷いた。知っているも何もその場にいたのだがさすがにいえない。
「ログAの都市長となった魔物ウォルナッツと言うのですがそいつが考え出したものです。全滅させなければいいのだから人間を家畜として増やせばいい、と。男女とも16歳を越えれば家畜小屋に入れられます。入れられたが最後女性は妊娠し出産するまで男性は30歳まで性行為を強要され続けるそうです。……人として扱われる事は無いと聞きます」
「それで家畜小屋……」
ランスの出した条件を満たす方法としては中々合理的だ。だが……。
「……いくらなんでもやりすぎです。報告も偽っていたなんて……」
「あの、ホーネットさん。お部屋へ案内します。どうぞこちらへ」
二階の宿屋部分へ続く階段からセリスが顔を出してホーネットに声をかけた。が、考え込んでいるホーネットには聞こえない。
トントンと肩を叩かれてようやく気づく。
「あ、はいなんでしょう?」
「お部屋の準備しておきました。案内しますよ」
「ありがとうございます。あの、本当に部屋を貸して頂いてよろしいのですか?」
「かまいませんよ。こんなボロ宿ですが少しくらいはくつろげると思います」
「そうですか。では一晩だけお世話になります」
「でもホーネットさん、お金ないのに大丈夫なんですか?」
ホーネットは途方にくれた。まだ3週間も城には帰れない。
「……うちでアルバイトってのはどうですか? あんまり多くは出せませんが2,3日で旅費の足しにはなると思うのですが?」
セリスの父親の提案。ホーネットは悩んでいた。『アルバイト』という単語の意味に。
初めて聞いた単語だった。
「どうです?」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。ホーネットは恥を忍んで聞くことにした。
「あ、あの……『あるばいと』とはどのような行動をさすのでしょう?」
一瞬、なんとも言いがたい間ができた。
「え……っと、うちの酒場でウェイトレスをやってもらってお店からお給金をあげるの」
「つまり、一時的に雇用関係を築くということですね」
「ええ、そういうことです。それで、どうしますか?」
「路銀の確保をどうしようかと悩んでいましたので願っても無い事です。よろしくお願いします」
「それじゃあこっちへ」
セリスに案内されホーネットは店の奥へ。そこの一室で服を渡された。
セリスと同じウェイトレスの服装だ。
「今の服、汚れちゃいけないからこれにしてください。私はお店を開けて来ますからホーネットさんも着替えたらいらしてくださいね」
「はい」
と、言ったもののセリスが出て行ったあと渡された服を見て思わずため息がもれた。
「これですか……」
しばらくして客の入り始めたフロアにホーネットが現れる。その瞬間酒場中が静まり返った。
「あの……何か変でしょうか?」
膝上5cmほどのスカートに白いブラウス。髪はポニーテールにまとめてある。
服はセリスと同じウェイトレスのものでも全体の雰囲気は全然それっぽくない。むしろ場違いな雰囲気をかもし出していた。
ホーネットとしては普段は絶対にはかない短いスカートが気になって仕方が無い。
「ぜ、全然変じゃないですよ。えっと、こっちでお仕事の説明しますから」
セリスが何とか場を取り繕い酒場の雰囲気はいつものに戻るのだった。
その日のうちにホーネットのうわさは広がり翌日から酒場は大繁盛で、客数はいつもの5倍以上。ホーネット人気は絶大だった。
だが、その人気は招かれざる客まで呼ぶことになる。

―アルバイト3日目
ホーネット人気で盛り上がっていた酒場だがそいつが入ってきたところで静かになった。
「あ……あんたは……ウォルナッツ……」
入ってきたのは他より一回りからだの大きなブタバンバラ。ウォルナッツは部下と一緒に店に入ってきて入口近くにあった席に座った。
「おい、店主。ちょっと来い」
「は、はい、なんでしょう?」
セリスの父親が近づくとウォルナッツはその頭を掴みテーブルに押し付けた。
ゴツッと鈍い音がした。
「おまえんとこの娘がなんで家畜小屋に来ないんだ? おかしいだろ? 俺様が決めた法律だぞ? 人間のお前らが守らないのはどういうわけだ?」
「くっ……はなせ……」
「放せ? 俺は客だぞ? その客に向って命令する気か。……さっさと娘を出せ。嫌ならあの女でもいいぞ? 見ず知らずの他人なら問題あるまい?」
ウォルナッツはホーネットの足にいやらしい視線を這わせる。
「そんなことできるか!」
バキッと鈍い音がひびく。セリスの父親の頭をウォルナッツがテーブルに激しく叩きつけた。
「父さん!!」
思わず駆け寄りそうになるセリスを止めると代わりにホーネットがウォルナッツに近づく。
「ぐへへ、いい女だな。家畜にはもったいない。俺様の奴隷にしてやろう」
「すぐにその手を放しなさい。そしてすぐに店を出て行きなさい」
「なんだぁ? お前まで逆らうのか? いいかげんにしやがれ!」
ウォルナッツは腰に下げた剣に手をかけた。が、抜くより早くホーネットの手が鼻先に突きつけられる。その手は周りの人間が見てわかるほど濃密な魔力を纏っていた。
「剣を抜けば頭を打ち抜きます。すぐに立ち去りなさい」
ウォルナッツはホーネットがハッタリでもなんでもないことを悟るとすぐさま店を飛び出した。部下もその後を追って出て行った。そして、酒場は歓声に包まれた。
「ありがとうございます、ホーネットさん。父娘とも助けてもらう事になるとは……」
「そんなことより怪我の具合を見ます」
「これくらいたいしたことありませんよ」
そう言ったセリスの父親だが2,3歩歩いて倒れた。全然大丈夫じゃなかったらしい。
ホーネットは軽々とセリスの父親を抱きかかえる。
「この怪我は彼方が思っているほど軽くありません。セリスさん、少しだけ抜けても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
店の奥に入ったホーネットはすぐさま治療をはじめる。
だが、始めてすぐ店のほうから悲鳴が。セリスの悲鳴だ。続いて客の一人が奥に駆け込んできた。
「大変だ! セリスちゃんがウォルナッツに!」
「なに!」
どうもウォルナッツは店の外で様子をうかがっていたらしい。
あわてたセリスの父親が起き上がろうとするのをホーネットは押さえつけた。
「今治療をやめれば命にかかわります!」
「しかし、セリスが!」
「10分。それで治療が終わります。そうすればすぐに私が追います。命に変えてもセリスさんは取り戻しますからどうか動かないで下さい」
その10分はホーネットにとってもセリスの父親にとっても長く長く感じた。
ホーネットは治療が終わるなり自室に戻り自分の服に着替えて出てきた。
「ウォルナッツの居場所に心当たりはありますか?」
「市庁舎でしょう。家畜小屋もあそこにあります」
「これ地図です!」
店に出たホーネットに紙切れが手渡される。
「ありがとうございます」
素早く目を通すとホーネットは市庁舎に急いだ。

こんなに腹が立ったのは初めてだった。今まで現地の状況を報告書が全てと思っていた自分に対してである。こんなひどい状況にある町もあるというのに魔王城でのうのうと暮らしていた自分が許せなかった。セリスを助け出しこの町の過ちを正す。そう決めた。

―市庁舎
その一室に連れ込まれたセリスの前には醜悪なものをぶらせげたウォルナッツがいた。
「さっきのあの女、ここまで助けに来ると思うか?」
「……」
市庁舎には何十体もの魔物がいる。とても人間一人で相手に出来る数ではない。
「来なければ俺の相手はお前一人。きたら二人に増えるな。もし来てもお前がいる。人間ってのは人質に弱いからなぁ」
ウォルナッツはセリスの腕を後ろ手に縛り上げると服を破り捨てた。
「さぁて、楽しませてもらうとするか」
セリスの顔が恐怖に引きつりウォルナッツがセリスにのしかかろうとした時その部屋の戸が激しくノックされた。
「後にしろ!」
「そ、それどころじゃありません! ば、化け物が! 化け物みたいな女が来ました!!」
「なに!?」

―市庁舎前
幸か不幸かこの町にいる魔物でホーネットの顔を知る者は一体もいなかった。とりあえずウォルナッツのところに案内せよと言ってみたのだが返ってきたのは下品な言葉のみ。
「そうですか……案内しないというのでしたら押しとおるまでです。……今の私では手加減できる自信はありません。かかってくるのなら容赦しません」
敷地内に一歩踏み込むと5体ほどの魔物が剣を振りかざし襲い掛かってきた。
「ヴァイス!」
ホーネットは自分の剣を召喚した。魔王城にあるが自分の力が染み付いたこの剣を呼び出すことくらい造作もない。何しろホーネットが魔人になった時ガイがくれたものだ。もうかなり長いこと使っているため手足も同然に扱える。とびかかってくる魔物を一太刀で斬り捨てさらに返り血を浴びないように移動。
ほんの一瞬の出来事だった。生き残りは誰もいない。ホーネットは死体には目もくれず庁舎に入ろうとした。が、ふとその足が止まる。庭のほうから声が聞こえた。女のあえぐ声だ。『家畜小屋』という単語が頭をよぎる。ホーネットの足はそちらへ向いた。

―家畜小屋
そこは小屋と呼ぶのもつらいくらいの建物だった。申し訳程度の壁と屋根。これではヘルマンの冬に耐えられるはずも無い。襲い掛かってきた見張りを斬り殺しホーネットは中へ入った。中はむせ返るような匂いが充満していて10組ほどの男女が体を重ねていた。その誰もが死人のような目をしている。
奥のほうでは魔物が人間の女を抱いていた。ホーネットは無言でそいつに近づくと首を跳ねた。抱かれていた女は呆然と目を見開く。
「彼方方はもう自由です。このような場所にいる必要はありません。本当の居場所に戻りなさい」
人間として扱われていなかった彼らがそれを理解するのには時間がかかった。自分たちが解放されたと気がつくと歓声が上がった。

―支庁舎内
家畜小屋を開放したホーネットはすぐさま市庁舎にとって返した。それから出会う魔物は襲ってくれば容赦なく殺し逃げるものはほっておいた。その一人がウォルナッツに知らせたのだった。
「急がないとセリスさんが……」
見逃した者からセリスの居場所を聞いたホーネットはその部屋の戸の前に立った。
中には人間の気配が一つと魔物の気配が10体ほど。待ち伏せのつもりらしい。
「来たな。だがここで終わりだ」
扉正面の椅子に腰掛けたウォルナッツは全裸で、セリスを貫き膝に乗せていた。
セリスはぐったりとしていて、ホーネットが入ってきたことにも気がつかなかった。
「死にたくは無いだろう?」
ウォルナッツが鼻で示したのはずらりと取り囲む魔法兵。すでに詠唱も終わっているようだ。
「残念ながらこの程度では私を殺す事など出来ません。……すぐにセリスさんを放しなさい」
「……貴様は死体になってから犯しまくってやる! やれ!!」
命令と同時に色とりどりの魔法弾がホーネットに撃ちこまれた。そして、もうもうと上がった煙が晴れる。魔法兵は言葉を失った。全力ではなった魔法にもかかわらずホーネットの服には焦げ目一つついていない。
「彼方達は選ぶ事が出来ます。ここで私に裁かれるかあるいはランス様の下で裁かれるか。
どちらでも好きな方を選ぶ事が出来ます」
「ま、まさか……」
魔物を裁くことのできる存在は限られる。魔王と魔人。そして、魔王を『ランス様』と呼ぶ存在も限られている。ウォルナッツの中である結論が出た。
「魔……人……」
ウォルナッツの口から漏れた結論はその場にいる魔物を硬直させた。魔人に逆らったという事実が体を縛る。
「う……うわぁ!!!!!」
ウォルナッツはセリスをホーネットのほうへ突き飛ばすと窓に足をかけた。
ホーネットはセリスを抱きとめるとヴァイスを床に突きたて片手を突き出した。
「彼方のような者にわざわざランス様の手を煩わせるわけにはいきませんね……」
それは事実上死の宣告。ティーゲルが放たれた。直撃。ウォルナッツは塵も残さず消滅した。
「他の方はどうしますか?」
残された魔法兵は抵抗する気力も無く座り込んだ。
「……彼方方の処分はおって通達します。全員本来の居住地に戻りなさい」
ドタバタと出て行く魔物達を見送るとホーネットは丸くなった窓から空へ。夜のためその姿をみられることも無い。ホーネットは細い路地に降りるとセリスの家向う。
家の酒場フロアにはセリスを心配した人々が集まっていた。
「ホーネットさん! セリスは!?」
「今は気を失っているだけです。ですが……私がついたときにはもう……」
「そうですか……死ぬよりはマシです」
ホーネットはセリスを父親に渡し踵を返した。
「どこへいかれるのです?」
「……やらなければならないことがあります。ランス様に掛け合ってこの町を『管理都市』にするようお願いしてみます。ダメでも、もっと信用できる者を派遣します」
「……貴女は一体……」
「魔人ホーネット。魔王ランス様のお側に御仕えする者。……できればセリスさんには黙っておいてください。あと、騙していてごめんなさい」
ホーネットは頭を下げると空に消えた。

―魔王城 正門
ホーネットは入るべきか入らざるべきか迷っていた。あのときのランスの言葉に強制力は無かった。だから、入ることは出来る。だが、それでも命令は命令なのだ。
「ここまで来てなんですが……どうしましょう……」
立ち尽くしてすでに30分ずっと悩みっぱなしだ。ランスはそんなホーネットの様子を頭上から見ていた。ホーネットがやっていた事はホーネットに仕掛けた盗聴器(マリア製)で全て知っている。すでにログAの『管理都市』化は発布済みだ。それをホーネットに伝えた時の反応が楽しみで仕方が無い。
「さてと、そろそろ迎えにいてやるか……」
ランスは気配を絶ってホーネットの後ろに下りる。
「どうしてお前がここにいる?」
声をかけたとたんホーネットの体が面白いほど跳ねた。
「あ、ラ、ラ、ランスさま!? そ、それはですね……」
動揺しまくりのホーネット。これはこれで珍しい姿だ。
「あの命令は解除だ。俺の部屋へ来い」
ランスはホーネットを抱き上げ自室へ転移。ホーネットをベッドの上に降ろした。
「その前に一つお頼みしたい事があります」
「言ってみろ」
「はい」
ホーネットはログAの惨状と自分の提案を全て話した。
「無理だな」
聞き終えたランスはそう言った。それはもうキッパリと。
「そんな……」
「なぜならログAは昨日から管理都市になっている。管理都市を管理都市に変えることなど出来まい」
ホーネットはぽかんと口を開けっ放しで固まった。
「さて、半月ぶりだ。好きなだけ感じてろ。お前は何もしなくて良いぞ」
ランスはホーネットを押し倒し、愛撫を開始した。
その日一日中その部屋からホーネットの声が途切れなかったという。

―数日後 ホーネットの執務室
ログAからの報告書にまぎれてホーネット宛の封筒があった。
差出人はセリス。中には手紙が一枚といくばくかのお金が入っていた。
『ホーネットさんの正体をじつは知っていました。魔法ビジョンで見たことがあったから。気づいていたのに黙っていてごめんなさい。あと、2回も助けてくれてありがとう。ログAに視察に来られる時はぜひとも家の宿へ! ホーネットさんなら大歓迎です。
P.S.同封したお金は受け取っていなかったアルバイト代です。無駄遣いはいけませんよ』
ホーネットは手紙を読み終えると大事そうに机の中にしまった。
視察の時の楽しみが出来たと微笑みながら。

あとがき
長い……書いていてかなり疲れた。あれやこれやとエピソードを増やしていったらどんどん長く。読むのも大変なので次回からはもう少し短めにします。


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