第28章 Mランドにて
リーザス城が消し飛んでからすでに10年。
ランスが魔王になってから12年の月日がすぎる。
今生き残った人間は魔王の管理のもと絶滅しないように飼育されている。
絶滅させてしまうとカラーの繁殖が不可能になるからだ。
人間は衣食住が保障される生活に適応し、はむかう事もなくなり争いは無くなりつつあった。
―魔王城玉座の間
「2−5にナイトを。これで後6手ですね」
「う〜む、魔王になってもアールコートには勝てんな……」
もともと何もしないということを嫌うランス。退屈な日々に飽きてきた。
今もアールコートとチェスをやっていた訳だが10戦全敗。
魔王の力をもってしてもアールコートに勝てなかった。
それはさておき、とにかく暇で暇でしょうがないのである。
「そろそろチェスにも飽きたな……」
「そうですね。お茶をお持ちしましょうか?」
「ここじゃなく俺の部屋に頼む。ついでに何人か集めておいてくれ。多い方が盛り上がるだろう」
「では、ホーネットさん達に声をかけてきます」
アールコートが出て行き巨大な広間にランス一人が残される。
この10年でランスは少し変わっていた。
一言で言えば丸くなった。
ランスのトレードマークと言ってもよかった荒々しさは身を潜めている。
さらにリセットや無敵の前では完全にいいお父さんと化す。
この前などMランドを貸しきって子供たちを遊ばせたほどだ。
過去のランスを知る者からすればあまりの変化に首をかしげざるえない。
しばらくの間ランスは考えにふけっていた。
「ランス」
玉座の間にサテラが顔を出す。
「ランスってば! お茶の準備できたぞ」
聞こえているのかいないのかランスは床の一点を見ている。
「もう……」
痺れを切らしたサテラはランスの近くへより胸に大きく息を吸い込んだ。
「ランス!! サテラ達は待ちくたびれたぞ!!」
大声で叫ぶ。
「……そう大声出さなくても聞こえるというのに」
「じゃあ、何かリアクションして」
「悪かったな。……行くか」
席を立ち歩き去るランスの背中をサテラは心配そうに見ていた。
「どうした。行くんじゃないのか?」
「うん……。ランス、近頃変じゃないか?」
「そうか? 至って今まで通りのつもりだが」
「少なくても……今までどおりじゃない。サテラの知ってるランスじゃなくなってる」
「……俺様は俺様だ。変わりようがない」
それだけいうとランスは玉座の間を出て行った。
「……サテラが心配しちゃいけないのか……?」
サテラの呟きは誰にも聞かれる事なく消えた。
―翌日 ランスの部屋
「ランス、入っていいか?」
朝早くからサテラが訪ねてきた。
「……かまわん」
ランスはソファーに腰掛けていて、昨日のように何かを考え込んでいる。
「昨日聞こうと思っていて忘れたのだがサテラ、お前の知る俺様ってどんなものだ?」
「それは……えっと……」
言葉にしろと言われてもとっさにはできない。
「この頃俺自身にもわからなくなってきた。……お前にわからなくても当然だ」
「えっ、ランスにも?」
ランスの言葉にサテラは驚きを隠せない。
「たぶん、シィルが死んだ時から俺は変わったんだろう。以前の俺はあいつ中心になっていた。……囚われたあいつのためにリーザス王になったのだからな」
だが、シィルの死が歯車を狂わせた。
ランスの運命だけでなく世界の運命も左右するような狂い。
「魔王になったのも……あいつが死んで全てに嫌気がさしたから、だ。そう……そのはずだった。だが実際は……」
「……なんで、サテラにそれを言うの?」
「さあな。誰かに聞かせたかっただけかも知れん。……くだらん話をした」
「ねぇランス、1つだけ訊いていいか?」
「なんだ?」
今までずっと聞きたかったことだ。
だが、否定されるのが恐くて勇気が出ずに今まで訊くことはできなかった事。
昨日のランスの様子をみて言おうと決意した。
「ランス……魔王になったこと……後悔してない?」
ランスは一瞬目を細めた。
「あの時サテラは自分のことだけを考えてランスを魔王にしようとした。ランスの気持ちも考えてなかった。だから、ランスの気持ちが知りたい。……答えて」
「サテラ、俺が過ぎ去った選択を悔やむような事をすると思うか?」
「……後悔してないの?」
「まったく……俺様の言う事が信用できんのか、お前は?」
サテラはぶんぶんと首を横に振った。
「ならいい。いらん心配はするな」
「……うん」
自然と涙がこぼれた。
12年の間心の奥底に引っかかっていた疑問が消えたから。
そんなサテラからランスは目をそらした。女の涙を嫌うのは変わっていない。
「……出かけるか」
唐突にランスが呟いた。
「……いらん心配をしていた事に対する褒美だ。今日一日つきやってやる」
「ホント?」
サテラは慌てて涙をぬぐいランスに詰め寄った。
「ああ、本当だ。だからとにかく泣き止め」
今度は嬉し涙がこぼれる。どうも涙腺が緩んでいるようだ。
「とにかくだな、着替えて来い。後で迎えに行く」
「うん。わかった」
ランスの部屋を出たサテラはランスの言葉を反芻する。
「これって……もしかして……」
『でぇと』なる言葉が頭をよぎりサテラは赤くなって身もだえした。
数刻後サテラは以前侵攻した時に奪ってきた服を取り出して並べていた。
そして、下着一枚になって鏡の前で肩に当てていく。
「う〜ん、これも変だ……シーザーどれが似合うと思う?」
サテラが脱ぎ散らした服を一枚づつたたんでいたシーザーは手を止めてサテラのほうを向いた。
「……サテラサマニハドレデモニアイマス」
「……シーザー、今の間は何?」
「キノセイデス」
「もう。……髪下ろしたら雰囲気変わるかな……」
髪留めを外すと赤い髪がぱらりと舞う。それだけでまるで別人のように見えてしまう。
「サテラ、入るぞ」
タイミングよく入ってきたランスはピタッと足を止める。
「ごめんランス。まだ服決めてない」
「それは後だ」
ランスはサテラを抱えるとベッドの上に移動させた。
「シーザー、外へ出てろ」
「な、なんでそうなるんだ!」
「ん、ちょっとムラっと来ただけだ。ヤルぞ」
ランスはサテラに覆い被さった。
―2時間後 Mランド入り口
そこに二人はいた。
「……1日付き合ってやると言ったがなんでまたMランドなんだ?」
「だって、とっさの事で思いつかなかったんだもん」
「ま、いいがな」
二人はフリーパスを買って中に入る。
ここで補足をしておく。
Mランドはランスが残した人間の治める都市だ。管理都市にも支配都市にもなっていない。
ランスが侵攻したさい都市長運河さよりは無条件降伏と引き換えに条件を出した。
Mランドの運営を続けて欲しいと。以前リーザスに出した条件と同じだ。
それを聞いたランスはあっさりMランドへの侵攻を取りやめ不可侵の地とした。
ランスが唯一出した条件と言えば『年に一度リセットや無敵のために1日貸切にする事』だけ。ついでに、管理都市の住民はMランドへ遊びに行く事も許された。
これにより収入の増えたMランドはギリギリだが経営を続けている。
また、さよりに手を出す事もなく今に至る。
話を戻そう。
「ランス、これ乗りたい」
いつの間にもってきたのかサテラはMランドマップを持っている。
「よし、行くぞ」
「うん」
しばらく並んだ後二人はジェットコースターの先頭に座っていた。
「ランス……これどこまで上がるの?」
「恐いのか?」
「ち、違う! サテラは待ち遠しいだけだ!」
あまりにも分かりやすいサテラの反応にランスは大笑い。
「そんなに笑わなくて―」
ガタン。コースターが傾いた。
「ンキャァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
サテラ絶叫。ランスはさらに笑い続けた。
1分後、サテラはふらつきながら、ランスはその様子をみてニヤつきながらコースターから降りた。
「次はどれにいく? もう一回これでもいいぞ」
「……次はもっと落ち着いたやつがいい……」
「それじゃ、あれはどうだ?」
ランスの指差す先にはコインを入れると動くパンダの乗り物があった。
「……いやだ」
「ならさっさと決めろ、じゃないとまたこれに乗るぞ」
「そ、それもヤダ! えっと……」
サテラはマップを見ながら迷う。
「3,2,1、時間切れ〜。もう一度これだ」
ランスは嫌がるサテラを抱えると強引にジェットコースターに乗せた。
―数時間後
「……疲れた……」
サテラはベンチに座り込んでため息をついた。
あの後コースターに5回、急流すべりに3回、逆バンジーに2回、フリーフォールに3回乗った。全てにおいてサテラは絶叫している。
喉も痛い。叫びすぎだ。
「さすがに疲れたか? ここでは日が当たって暑い。あそこにはいるぞ」
あそことは催し物をやる特設テントだ。
今日のショーは『魔王ランスVS勇者ビッグアーサ 魔王城の対決』。
「……こんなの見るのか?」
「違うだろ。顔の青いつれを休ませるんだ。日陰でな」
慌てて手鏡を覗くとなるほどすごい顔した自分がいた。
「ありがとう、ランス」
特設テントの中は次のショーまでに時間があるためか人はいない。
ランスは隅の方に席を取った。
「少し寝ていろ。ショーが始まるまでは静かな場所だ」
ランスはサテラに膝枕を許し、自分も目を閉じた。
しばらくして、騒がしくなり始めた会場に気づきランスは起きる。
「サテラ、起きろ」
肩をゆすってみるが反応なし。くすぐってみるが反応なし。
サテラは幸せそうに寝息を立てている。
「……もう少しだけだからな」
サテラは実は寝たふりでランスはそれを見破ってのセリフだ。
サテラとしてはこうして膝枕をしてもらえる機会なんてないため、離れたくなかっただけだ。しかし、周りに子供が集まりだすとそうもしていられなくなる。
サテラが起きるとほぼ同時に開演のブザーが鳴った。
「始まるか……俺様役が不細工なやつだったら切り殺してやる」
ランスは本気とも冗談とも取れることを言った。
話は魔王がとある村を襲撃する所から始まる。
虐殺と略奪を繰り広げた魔王の部隊が村を去ると生き残った村人は途方にくれた。
そこへ華やかな音楽とともに勇者のパーティーが現れる。
そして、魔王討伐を村人から頼まれて……という筋書きになるはずだった。
鳥をかたどったような変わった鎧を身につけた目つきのあんまり良くない勇者、どこか抜けてそうな女魔法使い、戦闘にはまるでむいていなさそうな禿頭の神官、そしてかなり腕の立ちそうな剣士。
4人目、つまり剣士が出てきたとき特設テントの中にすさまじい殺気が吹き荒れた。
そのもとはランス。ランスはサテラが転がり落ちるのも気にせずに立ち上がると一歩一歩ステージに向った。
「……どういうことだ?」
一歩進むごとに殺気が増し側にいた親子連れが泡を吹いて倒れる。
「なぜ、貴様が生きている?」
ランスの平坦な声だけが響き、しゃべる者はいない。
「アリオス・テオマン……貴様はリーザス城とともに消えたはずだな?」
「魔王……ランス……なぜここへ?」
「質問したのは俺だ」
ステージの端にいたアリオスを不可視の力が捕らえステージ中央に引きずり出す。
「っ……あの日僕だけは城の外にいた」
「……俺は事実を訊いている。貴様ら全員が城にいたのは調査済みだ」
ランスはアリオスの胸を踏みつけた。
「……これでも元勇者……仲間を売るような真似はできない」
「やはり生きているんだな? ……どこにいる?」
アリオスは口を閉ざし、ランスは足に力をこめた。
ボキバキ。日常生活ではまず聴かない肋骨の踏み砕かれる音が会場に響いた。
勇者役などはあまりの事態に凍り付いている。
「う……あ……言う……ものか……」
「フン、たいした勇者様だ」
ランスは何もない空中からカオスをつかみ出す。
「最後だ。マリスはどこにいる?」
アリオスは答えない。かわりにランスを睨みつけた。
「なら、死ね」
ランスはカオスを振り下ろしアリアスの胸を刺し貫く。そのまま持ち上げる。
「がっ……!?」
アリオスが大量に吐血しランスの顔を紅く染める。
「最後のチャンスをやろうかと思ったが……手加減できなかったようだな」
ランスはそのまま軽くカオスを振りアリオスを壁にたたきつけた。その威力はすさまじかったようで叩きつけられたアリオスは潰れて木っ端微塵に散った。もはや爆発と言っても過言ではない。残ったのは血の跡と肉の残骸だけだ。もはや人の名残すらない。
「サテラ、帰るぞ」
「えっ、うん」
サテラにとってもあんなランスを見るのは久しぶりだ。思わず距離を取ってしまった。
「悪いが1日と言う訳にはいかなかったな。奴らをぶっ殺したら今日の続きだ」
「……約束してくれる?」
「ああ。女との約束は守る」
「じゃあ、指きり」
サテラが小指を差し出しランスも小指を絡める。
「これでいいな。帰るぞ」
一瞬あと二人の姿は消えていた。
残されたのはいまだに金縛り状態の人々とアリオスの残骸だった。
―魔王城 ランスの寝室
明かりの1つもついていない黒い部屋。ベッドに寝転がっているランスの姿は限りなく背景の闇に同化している。
いつもならもう少しは明るい部屋だが気を使う相手すなわち魔人達はランスの命令で1人も魔王城に残っていない。命令、すなわち『奴らを探せ。そして見つけ次第殺せ』
単純にして明解な命令だった。
そのせいで部屋にいる気配はランス1人。
「……フェリスか」
「ええ」
否、黒い翼をもつ悪魔が気配を現した。
「シィルを」
フェリスは黙って小ビンをランスに手渡した。中には淡い光を放つ玉が浮いていた。
「かなりかかったな」
「……誰に刈り取られたかもわからなかったから。彼と協力しなかったらまだ見つかってないわ」
「だろうな」
ランスは受け取った小ビンをそっと抱きしめる。
「シィル……今は何も言うな……そうだ。……それでいい……それでこそ―」
その後の呟きはランス自身にも聞こえないほど小さなもの。
わずかな唇の動きにしかならなかった。
しばらくそうしていたランスはフェリスに向き直った。
「一つ、頼みがある」
「頼み? いつもみたく命令じゃないの?」
「そうだ。もし、俺が死ぬような事が起これば……魂はお前が回収してあいつのところへ届けてくれ。……こいつと一緒にな」
それを聞いたフェリスは軽く肩をすくめた。
「いいわ、もしもの時はそうしてあげる。……でも、そうならないことを祈っとくわ」
「祈る? 誰にだ?」
「さあ? 神じゃない事だけは確かね……」
その言葉を最後にフェリスは暗闇に溶けるように消えた。
ランスは小ビンをしまい部屋は完全な闇に閉ざされた。
RC12年6月、事態は動き出す……
あとがき
予告通り話が急展開を見せます。
これからどうなるのか、ハラハラ(するかしないかは人それぞれで)しながらお待ちください。
本編とは関係ありませんが勇者役は大悪司よりビッグアーサ、女魔法使いはカリコリルリがゲスト出演という裏設定がありました。
だからなんだと言われても困りますが……
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