第29章 崩壊の兆 前編 ―長崎城 「反乱?」 「はい。詳しい事は部下に調べさせています。夜には判明するかと」 「……そう。できるだけ早く頼みましたよ」 「承知」 すぐさま忍の気配が消える。五十六は小さくため息をついた。 今日まで12年きちんと統治しているつもりだったので反乱の知らせは少しショックだった。 「母上、どうしたのですか?」 山本無敵、11歳。父の血を継いでいる為か11歳でかなりの剣の腕を持つ。 「なんでもないわ。……あら? リセットさんと遊んでいたのではなかった?」 「あ……かくれんぼの途中だった。母上、あとで肩叩きしてあげます。お仕事頑張ってください」 そう言って無敵は姉を探しにいった。 「……やさしい子……」 「性格はお前の血が濃く出ているようだな」 「きゃっ、ランス様!? いつからそこに?」 いつのまにかランスが壁際にいた。 「無敵が入ってきたころだな。驚かしてすまない」 「かまいません。今日はリセットさんのお迎えですか?」 「いや違う。お前にも知らせとかなくてはいけないことがあってな。……やつらが生きていた」 「やつら……ですか?」 五十六にはだれの事かわからない。だがそれも一瞬だった。 「もしかして、マリス殿やリーザスの将軍達なのですか?」 ランスは険しい表情で頷いた。 「どうやってあの時リーザス城から出てのかは分からん。だが、マリスの事だこっちにもちょっかいを出してくるかも知れん。警戒を強めておけ」 「はい。分かりました」 「こっちもいろいろと忙しくてな。もう少しリセットのことを頼めるか?」 「もちろんです」 「それじゃ、頼んだぞ……っと、その前にもう1つ。無敵のアレは出てないか?」 「ええ、何とか。あの子は自分から厳しい精神修養をしておりますから。……今の所は」 「そうか。ならいい。じゃあな」 ランスが姿を消し五十六はもう一度ため息をついた。 「なんで急にいろいろと……」 ―夜 長崎城 「いっただっきま〜す!」 パンと手を合わせたリセットは早速料理に箸をつけた。パ〜パの特訓のかいあってリセットは箸の使い方をマスターしている。 「あっ! 姉上!! それは僕のです!」 「えへへ、早い者勝ちよ! 自分の食べ物ぐらい自分で守りなさい!」 「うう……こうなったら……。姉上、後ろに父上が!」 「えっ? パ〜パ? いないじゃない……あ、ああ〜〜!!」 毎夜繰り返される好物争奪戦。今日の勝者は弟無敵のようだ。 リセットの好きな刺身は無敵の口の中に入っている。 そんな様子を五十六は微笑んでみていた。 「殿、至急お伝えしたい事が」 五十六の後ろにある襖が少し開き声が聞こえた。 「無敵、リセットさん。私はしばらく席を外します。けんかしないようにね?」 「はい。母上」 「は〜い、分かりました」 「五十六、私が見ておきます。気にせずに」 香姫は五十六が忙しい時など二人の面倒を見る。それが習慣になっていた。 「お願いしますね」 部屋を出た五十六は執務室まで移動する。 「それで、どうでした?」 「はい。反乱軍の数は約5万、農民が8割を占めています。残りの二割に織田の落ち武者も混ざっているようです。首謀者なのですが巧妙に隠されていていまだつかめていません。ただ、大陸の者が数人いたとのことです」 「大陸の?」 「はい」 五十六の頭にマリスの顔がよぎる。 しかし、今大陸とJAPANを繋ぐ天神橋は封鎖されていて一切通行できない。 こちらには渡ってこれないはずだ。 「引き続き調べて。とくに大陸の者を中心に」 「承知」 忍の気配が去り五十六は食事の場に戻っていった。 数日後、首謀者もはっきりしないまま反乱軍は長崎の手前まで進んできた。 さすがにこれ以上放置できないため五十六は最後の手段として軍を持ち出すことにした。 反乱軍五万に対して五十六軍一万二千。両軍は長崎手前の平野で向かい合った。 「殿、敵将が判明いたしました」 弓の手入れをしている五十六の前に忍が報告にあらわれた。 「元リーザス親衛隊長レイラ・グレンニー将軍です」 「……レイラ殿か……反乱の煽動者はやはり……」 「はい。他にもメルフェイス将軍やハウレーン将軍の姿も。……あの時死んだと思われた方々は全て生きていたようです」 どうやって天神橋を渡ったのかは分からない。しかし、彼らがJAPANに現れた事実は曲げようがない。 「半蔵、全ての部下に伝令を。敵将は必ず生け捕れ、と」 「は、直ちに」 半蔵が姿を消すと五十六は矢をつがえた。 「射て!!」 五十六の号令とともに2千の矢が空を飛ぶ。 上空からの先制攻撃にあわせ、5千の騎馬部隊が切り込んでいく。 速力に任せ反乱軍深くに入り込み内部から崩壊させてく。 騎馬部隊が包囲されないよう5千の足軽部隊と弓兵が反乱軍を追い散らしていく。 反乱軍はほとんど何もできないまま数を減らしていった。 「おかしい……あまりに手ごたえがなさすぎる……」 歴戦を勝ち抜いているリーザスの将がこんな兵の扱い方をする訳がない。 「……前線に伝令を。即時撤退します」 「しかし、今の状況下では我々の方が有利なのでは?」 「……相手はリーザス……いや、世界一の才女……何もないわけがありません」 一瞬戸惑っていた伝令兵だったがすぐに早馬に乗り前線へ駆け去った。 直後、赤い光が全てを染めた。続いて地響きとすさまじい衝撃波が伝わってくる。 「殿!!」 そばにいた兵士が五十六を押し倒し、衝撃波をやり過ごす。 「こ……これは……」 見たことはないがうわさに聞いたことはあった。 ゼスに伝わるという究極破壊魔法ピカ。都市ひとつを完璧に破壊し尽くす威力を持つという。赤い光が消え視界が晴れるとすさまじい光景が広がった。 前線にいた騎馬部隊は全滅。後方にいた足軽部隊及び弓兵部隊は3分の一以下に減っていた。そして、反乱軍は跡形もない。 「な、何てことだ……」 五十六をかばった兵士はすでに息絶えていた。立ち上がってみると五十六は巨大なクレーターの端にいた。 しばらく立ち尽くしていた五十六だが突然現れた殺気に刀を抜く。 「お久しぶりですな山本将軍」 どこからともなく現れたのは黒装束の男。顔には見覚えがあった。 「そなたは、月光……」 「覚えていていただけましたか。ではおとなしくしていただきましょう。今回の仕事は貴女を捕獲する事だ」 「そう簡単に囚われると思うか?」 「ええ。彼方は抵抗できませんよ。私の後ろを御覧なさい」 五十六は月光から注意をそらさずその後ろを見た。 長崎城が燃えていた。 「なっ……まさか……」 「そう、反乱軍は囮。雇い主の狙いは―」 「ランス様の子供たち……」 「だけではない。付け加えるとしたら貴女もだよ。しのぶ!」 立ち尽くした五十六の首にしのぶの手刀が落ちた。 「これで任務完了だな。戻るぞ」 「はい」 織田忍軍最後の二人は戦場から溶けるように消えた。 ―??? 体に痛みを感じ五十六は目を覚ました。 何が起きたのか理解するまでに少し時間がかかった。 縛られていた。 「ようやく目を覚ましたようですね、山本将軍」 微笑を浮かべ五十六の前にいるのはマリス。 歳はとったが全てを見透かすような目の光は衰えてはいない。 「……あなた方はリーザス城とともに死んだと思っていました」 「フフフ、そうでしょう。そのおかげでことが早く運べました。とはいえあれから10年もかかりましたが。……貴女をさらった理由、理解していますね?」 「人質は私1人にしていただきたい。子供達は開放して」 マリスが首を縦に振る訳はないが母として言わずにはいられなかった。 五十六の心理状態を読み取ってかマリスは冷笑を浮かべた。 「無理に決まっています。貴女にとってかわいい子供たちでも私にしてみれば魔王を釣るえさに過ぎない。えさはいくらあっても困らない物でしょう?」 「……外道!」 「その言葉そっくり返します。魔王の庇護を受けかりそめの平和を維持してきた貴女にいわれたくはありません」 「かりそめでもJAPANは平和だった。領主たる者民の平和を願って何が悪い!」 パンと乾いた音が鳴り五十六の頬が赤くはれた。 「黙りなさい。……魔王の力による統治に不満があるならなぜ民が反乱を起こすのです? 私はただ、JAPANを治める者が魔王の妾にすぎないという事実を伝えただけですよ?」 五十六は息を飲み黙り込んだ。 「五万もの民が魔王の支配を拒んだ。反乱はその事実のあらわれです」 五十六は反論できなかった。魔王の妾。その言葉が頭の中で何度も鳴り響いていた。 「魔王にはもう連絡済です。もはやあなた1人の力では事態を止めることはできません。……あなたには役に立ってもらいますよ。人類の裏切り者としてね」 マリスが出て行くと同時に狭い部屋の中をピンク色のけむりが満たす。 五十六が気を失うまで5秒とかからなかった。 「けむりが抜けたら彼女に猿ぐつわをかけなさい。舌を噛み切るかもしれません」 マリスは部下にそう命じると酷薄の笑みを浮かべた。 あとがき 五十六が捕らえられランスはどうするのか気になるかもしれませんが次回は29章の時間帯に長崎城で起きた出来事を書きます。 今後の展開は31章からにと言う事で。 |