第31章 魔王の選択

―魔王城 玉座の間
魔王の異変を感じ取り現れた魔人達は壮絶な光景に息を飲んだ。
「これっ……」
志津香やマリア、アールコートなどはそれを見下ろしていた。顔は蒼白、心なしか体も震えている。
「なんで……かなみちゃんが……」
リーザス忍者見当かなみ、それがこの死体のもっていた名前。両手を切り落とされ血を吸いつくされた死体は顔見知りの者にショックを与える。
「その忍者がこの手紙を運んできたようですね」
ホーネットの手には握りつぶされた手紙があった。
『日の落ちるときリーザス城廃墟にてお待ちしております。マリス・アマリリス』
短い文面だが何が起きたかを知るには十分だ。
「この文面を見る限りランス様は人質を取り返すために1人で向われたようですね」
「けどさ、魔王相手に人質の意味はあるのかい?」
魔人ならではの考えをパイアールが口にする。
「……以前の魔王ならば意味はないでしょう。……それがたとえお父様でも」
「結局どういうことさ?」
「ランスが魔王としてかなり異質だってこと。ランスがリセットや無敵と遊んでいる様子を見れば分かるだろう?」
「確かに」
パイアールは遊んでいた様子を思い浮かべて頷いた。
「アレはとても魔王には見えない」
「ランスは……魔王である前に父親になっているんだ」
サテラの呟きに何人かの魔人が同意を示す。
「……我々が介入するのはよくないかもしれない。それでも私は……たとえ1人でも―」
「まった」
ホーネットに待ったをかけたのはサイゼルだった。
「ホーネット、あなた抜け駆けする気? ルール違反よ。私もいくわよ」
「サテラもいく」
「……まったく何を考えているんだか」
呟いたパイアールにサテラが飛び掛かり詰め寄った。
「止める気かパイアール?」
「バカな。いくら僕だって止めても無駄だという事くらい分かる。それに最初から止める気もないしね。マリア、『アースガルド』を動かそう。その方が早い」
「そうね。みんな、格納庫へ来て」
マリアを先頭にホーネットたちが出て行きカミーラと男4人が玉座の間に残った。
「……カミーラ、貴女は行かないのですか?」
「お前たちはどうする気だ?」
「我々もいくつもりです。魔王がどういう選択を下すか興味がありますからね」
「……異質な魔王の選択か……確かに行ってみる価値はありそうだな」
カミーラはそういい残して玉座の間を出て行った。
「さて、我々も行きましょうか」
「……しかしよ、数年前にはこんな事になるなんて夢にも思わなかったな」
「うむ、魔人同士がこれほど団結するなんてな」
「影響されたのですよ。あの魔王に。(……あるいはそう仕向けられたか……)」
ケッセルリンク、レイ、カイトも『アースガルド』に向う。
ガルティアだけは食堂に寄り道してから格納庫へ向った。

―リーザス戦死者墓地
シィルの墓の前にランスの姿があった。
マリスの指定した時間は日没。今はまだ時間がある。
「……シィル、俺は一体どうしたらいい? ……五十六やリセット、無敵を見捨てる気は最初からない。……かといってやつらに殺されてやる事もできん。……魔王らしくない悩みだとは思うが……。フン、お前に答えられるわけがないな」
しばらく立ち尽くしていたランスだが太陽が地平線にかかるとシィルの墓に背を向けた。
「シィル……お前はもう少しだけ、ほんの少しだけ待っていてくれ」
そういい残しランスはリーザス城跡にとんだ。

―アースガルド ブリッジ
「う〜〜、日が落ちるぅ〜。パイアール、もっとスピードでないのか!!」
「無茶言わないでよサテラ。これでもサイゼルやハウゼルくらいのスピードは出ているんだよ。サテラじゃまだカラーの森くらいじゃないかい?」
「うっ……でも……」
「サテラ、落ち着きなさい。貴女が騒いだところで状況は変わらないわ」
冷静を装うホーネットだが微妙にイライラしているのが周りに伝わっていた。
「現在、パラパラ砦跡を通過。もうすぐだよ」

―リーザス城跡
今や瓦礫の山となった城の前は玉座の間だったところにランスはいた。
まもなく日没。
「そろそろだな……」
日が地平線の向うに消えると同時に数人分の人の気配が現れた。
「ぴったり時間通りだな、マリス。それもブルーペットの転移装置のおかげか」
「ええ。これのおかげで城の崩壊にも巻き込まれずすみました。無論全員という訳には行きませんでしたが」
マリスの後ろにはリック、ゴルドバ、レイラ、ハウレーン、メナド、メルフェイスそして数人の兵士がが控えている。リックとゴルドバ、レイラがそれぞれ人質を拘束していた。
少し遅れて小川健太郎が現れた。
「メンツはこれで全部か? お前ら以外は瓦礫の下、か。ハウレーン、じじいはどうした?」
「父上は……二年前死んだ……」
「そうか、からかってやろうと思ったんだが死んだならいいや。……ところでメナド、そいつは誰だ? 俺の女のくせに男を作ったんじゃないだろうな?」
「そうだよ。もう僕は王様のものじゃなくて彼と結婚したんだから」
「なんだそうなのか。あれから10年以上経つ。何があってもおかしくない。ん? メナドが結婚したってことはレイラさんリックくっついたのかやっぱり?」
「えっ、ええ一応……」
「ふん、そうか。予想通り過ぎてつまらんな。ま、無駄話もこれくらいにして本題に入るか」
「そうですね」
「……たぶん無理だろうが言わせてもらう。三人を解放しろ。マリスにはリアもすぐ返してやる」
「無理に決まっているでしょう? 貴方が真の魔王なら人質の意味はない。しかし貴方はそうではなくこの3人を見捨てる事などできない。そうですね? ……今、リア様といったのですか!?」
「ああ。リアは俺の部下の所にいる。それを返してやるといっているんだ」
「リア様が……いえ、そんなはずはありません。私の愛するリア様はもうこの世におられない。遺体も確認済みです。……しかし、一応調べましょう。貴方が死んだその後に」
「リアの事が2番目、か。……なるほど人の考えをここまで変えてしまうほどの影響力か。さすがとしか言いようがない」
「何の話です。いいかげんに無駄話はよしましょう」
健太郎がマリスの前に出て、マリスはリックに拘束されている五十六の首に短剣を押し当てた。
「貴方には小川殿と戦ってもらいます。ただし、小川殿に一切手を出してはいけません。もし怪我を負わせれば……おわかりいただけますね?」
「抵抗せずに死ねという事か。先に忠告しておく。俺様を殺す事は不可能だ」
「強がりなんていい。貴方はここで死ぬんだ!」
健太郎は日光を抜き放ち斬りかかる。
「ランス王、覚悟!!」
飛び掛ってくる健太郎からバックステップで距離をとりカオスを抜き放つ。2回目以降の攻撃は全てカオスで受け止める。健太郎の繰り出す渾身の斬撃はかすりもしない。
「どうした? それでは殺す事などできんぞ?」
「つっ……黙れ!」
「このままではらちがあきませんね。魔王ランス、貴方はその場から動いてはいけません。もし動けば―」
「いいだろう。うごかなけばいいのだな? 楽勝だ」
ランスはあっさりとマリスの命令を受け入れた。
「そうか……ちょうどいい……今、貴方は動けない。大切な人を失う悲しみ貴方を殺す前に味合わせてあげます。マリスさんいいですよね一人くらい?」
「ご自由に」
「まて、何のつもりだ?」
健太郎はランスの問いを無視してリセットの前にたった。
「わかりませんか? こういうつもりですよ!!」
健太郎は日光を引くとリセットにむかって振り下ろした。
「パーパ!」
「ふざけるな!!」
叫びとともにランスはリセットの横に転移しカオスを振るう。
健太郎は予想していなかったランスの攻撃に対応しきれずカオスの刃を左手に受ける。
赤い血がほとばしる。
そして、もう一箇所別の所でも血しぶきが上がった。
「……やはり、妾女より自分の血の通った娘の方が大切だったようですね」
ランスの背後で首をかき切られた五十六が全身を紅く染めゆっくりと倒れた。
「人質はまだ二つあります。あなたの対応次第では二つとも失う事になりますよ?」
「五十六……」
ランスは呆然と立ち尽くす。頭が大切なものの死を理解しない。失う事を拒絶する。
言葉も出せず、考える事すらままならずランスはただ立ち尽くした。
「残った二つの命と貴方の命どちらが大切かよく考えてくださいね」
立ち尽くすランスに健太郎が近づいた時、周囲に殺気が満ちる。
ただその元はランスではない。
「ぐおおおっ!!」
ゴルドバが突如叫び声を上げる。殺気の元がそこにいた。
「……母……上……」
目を紅く光らせた無敵はゴルドバの巨体をあっさり振り払い浮いていた。
「殺……ス……仇ヲ……」
無敵の爪が長く伸び、目にもとまらぬ速さでゴルドバの首を貫いた。そのまま横へ薙ぐ。
ゴルドバの首が宙を舞った。
「なっ……どういうことですこれは!?」
だがその問いに答えられるものはなく……
「殺……ス!」
無敵はゴルドバの体を蹴りマリスに飛び掛る。あまりのスピードにマリスは動く事すらできない。長く伸びた爪がマリスの背を深々と切り裂いた。
さらに無敵は少し離れていたレイラに飛び掛った。
その前にリックが立ちはだかる。
「させるか! バイ・ラ・ウェイ!」
赤い軌跡が無敵を切り裂き動きを止めた。
「グ……ギ……」
何とか立ち上がろうとするが体はいうことを聞かず不規則に痙攣を繰り返す。
「無敵」
ランスが名前を呼ぶと無敵はそれに反応した。
徐々に殺気が消えていく。
「もういい。お前はリセットまで殺す気か?」
あの時リックが割ってはいらなければレイラに囚われていたリセットも殺されていたかもしれない。
「父……上……母上が……」
「しゃべるな。傷に響く」
「は……い」
ランスはぐったりする無敵を抱き寄せる。
「つっ……さすがに貴方の子供だけの事はある……しかし、これで人質はあと1つ」
「勝手に減らすな。まだ死んでない。……マリス、大切な物は何か決めたぞ」
「ほう……どうなったのですか?」
「この二つの命は貴様らにはやらん。どんな事があろうとな。そして……俺の命も好きにさせる訳にはいかん」
ランスは立ち上がると手首にカオスを当てて引いた。
血があふれ瀕死の無敵の口元に滴り落ちる。
「ランス王! 貴方正気ですか!? 自分の息子を魔人にするなんて!」
「無敵、お前は俺様の子だ。それくらいの毒に負けるな。名前にふさわしい力を見せろ。そして、リセットを支えてやれ」
無敵の体は魔王の血に蝕まれていく。
「メガラス!」
ランスは先行してきていたメガラスを呼びつけ無敵を渡した。
「無敵を『アースガルド』へ。お前達はその場で待機。魔王の指示があるまでその場から動くな」
なぜかランスは『俺様の指示』といわずに『魔王の指示』といった。
メガラスは一瞬戸惑うが苦痛にあえぐ無敵の様子を見て飛び立った。
「どうした? 何をボーっとしている? 俺様を殺すんじゃなかったか?」
「くっ……いわれずともやってやる!」
気を取り直し健太郎はランスに斬りかかる。
ランスは避けようとしなかった。
「死ね!」
健太郎はランスの心臓めがけて突きを放った。
人間達はこれで終わったと確信した。
だが……。
日光はランスの数ミリ前で止まりそれ以上進まなくなった。
「なっ……」
「俺は何もしていない。自動的にこうなるんだ。……最初にいったはずだ―」
ランスは健太郎から少し距離をとる。
「俺様を殺す事は不可能、と。魔王を殺す事はできん。……いや、魔王は死ぬ事ができんといった方が正確だな。いったん覚醒した者は千年の寿命を終えるかその血を次の者に引き継ぐまで死ねない」
「そんな……じゃあ僕らは……」
「まったく無駄な事をしたわけだ。……いや、少なくてもまったく無駄ではない。お前たちの望みどおり魔王ランスは消える」
その言葉に意味がその場にいる全員に伝わるより先にランスの周りに赤い光を放つ魔法陣が現れた。
「見ているんだろう? 悪いが計画の実行は次の魔王に委ねる」
魔法陣の展開する中でランスは空を見上げ呟いた。

―リーザス城下町跡
そこを疾走する二つの影。
1つはサテラ。もう1つは志津香。
二人はメガラスの報告を聞きランスの真意に気づいた。
そして、他の者に悟られないように抜け出した。
「止めなきゃ……あいつは……ランスは死ぬ気だ……そんなのサテラが許さない!」
「そうよ、私には死んで楽になるとか言うなっていったくせになんでそうなるの! そんなことされたら私達はどうなるのよ!」
二人はリーザス城を目指し走った。

―リーザス城跡
「なんですかその魔法陣は!?」
「これか? これは魔王が一度だけ使う術だ。……血の継承の時にな」
呪文の詠唱とともにランスの体が赤く光る。同時にリセットの前に赤い玉が現れる。
「魔王の血……息子を魔人にするだけではあき足らず娘を魔王にする気ですか! レイラ将軍それを確保して!」
「無駄だな」
ランスの呟きとともに玉が光を放ち、レイラとリセットを拘束していたロープを吹き飛ばした。
「リセット、よく聴け。それは俺からの最期のプレゼント。大陸を統べる力だ」
「ヤダよ! 最期のプレゼントなんて言わないで! リセットは強くてかっこいいパーパがいればそれで満足なんだから!」
「……すまん……もう休ませてくれ……」
悲壮感のこもったランスの呟きにリセットは押し黙る。
「それを受け取れば俺のすべてもお前に引き継がれる。受け取れ」
「パーパの……すべて……」
「そうだ。受け取ればずっと一緒にいられる」
「ずっと……一緒に……?」
リセットはゆっくりと玉に手を伸ばし恐る恐る抱き寄せた。赤い光があふれリセットを包んでいく。
「リセットはこれでいい。……カオス」
『なんじゃ?』
「悪いが俺様の墓標になってくれ」
『……嫌といっても無駄なんじゃろうな。本当にそれでいいのか? ホーネットちゃんやアールコートちゃんが悲しむぞ?』
ランスは首を横にふった。
「あいつらは強い。俺様がいなくても大丈夫だろう」
『あいかわらず乙女心というものを理解しとらんな、まったく……』
ランスはカオスを逆さに持ち切っ先を自分に向ける。
「いったいなんのつもりですか?」
「言ったはずだ、俺様の命も子供らの命も好きにはさせんと。……俺様の人生には自分でピリオドを打つ!」
「炎の矢!」
どこからともなく飛来した炎の矢がランスの手を直撃し焦がす。痛みにランスはカオスを取り落とした。
「……サテラに志津香か……来るなと命じたはずだ」
「そんなの関係ない! ランスが死のうとしてるのに黙っていられる訳がないじゃないか!」
「そうよまったく。自分でいった言葉くらい責任もちなさい」
二人の魔人の登場にマリス達は距離をとる。
「リセットちゃんに全部押し付けて休ませてくれ、だ? 私に言ったわよね? 死んで楽になるなんて口にするなって!」
「……言ったな。確かにそう言った……」
「ランスが死んだら私達はどうなるの? あんたのそばに居たいって思ったから魔人にまでなったのよ! それなのに!」
志津香はランスの襟首を掴み詰め寄る。
「……けど俺はもう魔王じゃない」
「そんなこと関係ないのわかってるんでしょ? 私達に必要なのはランスという存在よ」
志津香の目から涙がこぼれる。
「そして、僕には最も不必要な存在だ!」
その時、気配を絶ち接近していた健太郎が瓦礫の陰から飛び出した。
ランスを止める事に必死だったサテラや志津香は気づけなかった。
そして、ランスもなぜか気がついていなかった。
「ちっ……」
ランスは志津香を突き飛ばしカオスを蹴り上げ握る。正面から日光を迎え撃った。
二回三回と剣がぶつかり合う。
サテラはランスの動きに違和感を覚えた。
明らかにいつもと違う。
いつものキレがなく、今のランスの動きはそこらの剣士となんら変わらない。
「どうしたんです! 急に弱くなったじゃないですか! このまま死ね!」
「くっ……覚えてないか? ガイを殺した時の事を」
「それがどうした!」
ランスの剣さばきは健太郎に合わせるのがやっとといった感じだ。
「魔王が血を受け渡すときその力も経験も全て次の魔王に送られる。何もかもな」
「それじゃあ今のランスは……」
力を失った抜け殻でしかない。
「これで、最期だ!!」
下から上へ日光が振り切られ受けたランスはカオスを弾き飛ばされた。
「つっ!」
日光がひるがえり無防備になったランスをなでた。
一瞬置いて血が吹き上がる。
「ぐがっ……くっくくくく……ガハハハハハハ!!!」
全身を血に染めランスはいきなり笑い出した。ランスを斬った健太郎自身でさえ何が起きたのか理解できなかった。
「ラン……ス?」
「ハハ……ハハハハ……なかなか良かったぞ!」
「なんだと?」
「……悪くない人生だったと言っている……お前に殺されるのも含めてな……これが……全て仕組まれたものだとしても……」
ランスの体が指先から灰となり散っていく。
魔王となりバンパイアの特性をもった者の末路。
「志津香……サテラ……絶対に俺様の後を追おうなんて考えるな……お前たちの力が計画の実行に必要だ……誰一人ついてくるのは許さん……」
志津香とサテラが呆然としている前でランスはその衣服のみを残し消えた。
「嘘……嘘よね? ランス! 嘘って言いなさいよ!!」
志津香が絶叫するが答えが返ってくることはなく―
志津香は力なく膝をつくと泣き出した。
「ふん、後は魔王になりつつある娘を―」
『なりつつある? 貴方の目は節穴ね』
その場にいた全員の頭の中に直接声が響いた。その声は誰も聞いた事のない女性の声。
リセットを包む光がひときわ輝き誰もが目を閉じる。
光が消えるとリセットがゆっくり立ち上がった。
「リセットちゃん……?」
志津香が思わず呟く。リセットの体は二十歳前後の肉体に成長していた。
リセットは成長に伴い破れた子供服を破り捨て黄金率を誇る裸体を惜し気もなくさらした。
そして、何よりも目に付くのは額のクリスタルの色だ。処女の証である赤でもなく、失った青でもなく、ケッセルリンクのように緑でもない。全てを飲み込む色、黒。
呆然とする者達の間を抜けリセットはランスの衣服のそばに移動し、膝をつき目を閉じた。
リセットが祈りをやめるまで誰も一言もしゃべれずまた動く事もできなかった。
そして祈りをやめたリセットはまだ血に濡れたランスのマントを素肌にまとう。
「かくして私は力を手に入れた……。お前達が人である限り、私はお前達を許しはしないわ。パーパを殺し私達から平穏を奪った報いその体に刻み込んで人外の苦痛を与えてあげる」
リセットの背後に近づいてきた『アースガルド』から次々と魔人達が降りてくる。
「1人残らず捕らえなさい。殺してはダメよ。アスカ姉さんと私がこいつらを殺すって約束したから」
魔王の命令。その時点で全ての魔人は何が起きたのか理解している。だがランスの死に浸る間はない。絶対の命令が出されたのだから。
魔人達がマリス達を取り囲み戦闘がはじまった。
「そう簡単にやられるか!!」
一瞬の隙をついて健太郎が囲みを破る。そしてリセットに切りかかった。
「くらえ、ランスアタック!!」
全力ではなった技だがリセットは素手でいとも簡単に掴み取った。
「パーパの技を軽々しく使わないで。本気を出した魔王に勝てるなんて思い上がりも甚だしい。貴方がパーパを殺せたのはパーパが魔王の力を私にくれた後だったから」
「このっ!」
健太郎はされに力をこめるが日光はピクリとも動かない。
「……それに、貴方が魔人と渡り合えるのは聖刀日光があるから……日光使いが日光をなくしたら、どうなるのかしら?」
リセットは引き込まれるような笑みを浮かべわずかに力をこめた。
直後、頭の中に直接響き渡る悲鳴が上がる。
そして、宙を舞った日光の刀身はリセットの背後に突き刺さった。
「に……日光さん……?」
「ふふふ、そういえば元は人間だっけ。剣のくせに悲鳴を上げるなんて生意気」
「そ、そんな……」
「お前には死にたくて死にたくてたまらなくなるようなメにあわせてあげる」
呆然と立ち尽くす健太郎を押し倒すとリセットはその胸の上に陣取った。
「……でも死んで楽になるなんてさせない。魔人は魔王に絶対服従なんだから」
リセットは日光の破片を拾うと手首を切りあふれた血を美味そうに口に含む。
そしておもむろに健太郎に口付けした。同時に口に含んだ血が流し込まれる。
「血の味のキスというのもなかなかオツなものね」
そう呟いてペロリと唇を舐める。そのしぐさにはぞくっとするような色気がある。
「パーパと渡り合えるお前だもの必ず魔人になれるわ……」
変化の激痛にあえぐ健太郎を爪先で転がしリセットは呟いた。
時同じくしてマリス達を捕らえた魔人が戻ってくる。そして、その光景に息を飲んだ。
「遅かったね」
「……申し訳ありません……思いのほか抵抗が激しく―」
「誰もいいわけしろだなんていってないわ。別にとがめてもいないんだから。で、全員捕らえたのね?」
「はい」
ホーネットが答える。
「そう。マリス以外には逃げる時間をあげる。逃げている間は生きていられるわ」
だが、拘束を解かれても魔王から放たれる殺気は歴戦の将達ですら縛り行動不能にする。魔人ですら動けないのだ、当然とも言える。
「逃げないの? せっかくチャンスをあげたのに。逃げないなら死になさい」
リセットが手をかざすと地面から氷の柱がいくつも突き出した。
その先端はその場にいた人間を貫き空中に固定する。氷柱は犠牲者の血で赤く染まった。
「急所は外してあるからしばらく苦しめるわ」
全員腹や手足を貫かれ即死はしなかったが出血の量からいって長くもたないのは明らかだ。
さらに氷は徐々に成長し犠牲者の体を内側から引き裂いていく。
「そして、苦痛にうめき愚かで短い人生を悔いるがいい」
あまりのむごたらしさに魔人たちも息を飲む。
空中から聞こえるうめき声はすぐに少なくなっていった。
「……さてと、残った貴女にはとっておきが考えてあるから。楽しみにしていてね」
マリスを拘束していたカイトはまるで自分に言われたかのように感じ身震いした。
「もうここに用はない。帰るわよ」
リセットはカオスを拾い、五十六の遺体を抱きかかえ『アースガルド』へ飛んだ。
魔人たちも慌ててその後を追った。

―『アースガルド』廊下
「おじ様、少しお話があります」
あてがわれた自室へ戻ろうとしたケッセルリンクをリセットが呼び止めた。
「……なんでございましょう?」
「貴方のメイドにリーザスの王女がいますね?」
「おりますが?」
「今度呼んだらあれの記憶を開放して私の部屋に連れてきて。マリスの処置はシルキィに任せてあるから後は王女様をいじるだけ」
話が読めないケッセルリンクは困惑の表情を浮かべる。
「申し訳ありませんができれば詳しくお話いただけませんか?」
「仕方ないわね。……マリスの首とモンスターの首を挿げ替えて自殺とかできないようにして最愛の王女様を犯させたり手にかけさせたりするの。フフフ……どんな顔をするかしら?」
リセットは笑顔でそんな事をいう。だが、内容は笑顔で話すようなことでは断じてない。
―この魔王の残酷さはジルと同等か、もしかしたらそれ以上―
そう感じたケッセルリンクは息を飲んだ。ランスの選択は何かとんでもない事をひきおこしてしまったのかも知れない。
「いいわね? ちゃんと連れてくるのよ」
断りたかった。使徒に手を出すのはランスにもやめてもらっていた。だが……
「……わかり……ました」
「大丈夫、おじ様の所に来てからの記憶は消しちゃうから。さ、これで準備完了ね」
リセットが去ったあとでケッセルリンクは壁を殴りつけた。
紳士たる彼にはあるまじき行動だがそれは魔王に逆らえぬ魔人であるケッセルリンク自身に対する怒りの現れであった。

―リーザス城跡地
夜の闇よりさらに暗い影が降り立つ。
その影は小さなビンを血に濡れた大地に向ける。
すると小さな光の玉が浮かび上がりビンの中に滑り込んだ。
「……結局、あんたの思ったとおりになったのね」
そして、影はそのビンに語りかける。
『何か計画を立てるときは最悪のケースも考えておくべきだろう?』
「人間のときはそんなこと考えてなかったくせに……」
『……魔王には血の記憶ってのがある。人生経験は俺様の分だけでもない』
「ま、いいわ。私はあんたの頼みを実行するだけ」
『すまんな、フェリス』
フェリスはふふっと小さな笑みを受けべる。
「このままラサウム様の所へもっていっちゃおうか?」
『……好きにしろ』
「ふふ、うそよ。……あんたに真の名を知られて以来ろくな事なかったけどそんなことしないわ。むしろ、計画の実行を黙認するのがラサウム様の考えよ」
『だろうな。計画が成功すればパワーバランスが崩れるからな……』
「そうよ」
『……早く、シィルの所へ連れて行ってくれ』
頷いたフェリスは溶けるように消えた。

―???
「よう、起きたか。さすが俺様の子だ」
無敵は体を起こし周囲を見回した。全てが闇に包まれた場所で見えるのは自分の体となぜか目の前に立っているランスのみ。
「父上……僕はたしか……」
「リックに斬られて重症、俺が魔王の血を与え生きるか死ぬかの賭けに出た。……話が出来ていると言う事は賭けに勝てたわけだな」
「ということは……魔人に?」
「そうだ。お前に血がなじめば意識とコンタクトできるように細工しておいた。ま、そのころには俺の本体は死んでいるだろうが」
よく見ればランスの体は半透明で輪郭もはっきりしない。
「今お前と話しているのは欠片というか残滓というか……そんなものだ。いくつか伝えておきたい事があってな。一つ目、お前と五十六には悪いことをした。……あの時冷静になれていればリセットも五十六もお前も全員助け出す事も可能だったはずだが……」
「大丈夫ですよ。母上なら父上の事をちゃんとわかっておられます。後悔して苦しんでいると言う事も」
「……そう願っておこう。……二つ目、リセットが魔王になる。お前はあいつが暴走しすぎないように支えてやってくれ。おそらくホーネット達では荷が重い。リセットはちょっとばかり人間を憎んでいるからな。だからといってやりすぎはマズイ」
話している間にもランスの体は少しずつ薄れていく。
「時間がないな。三つ目だ。お前には俺の記憶の一部をコピーしてある。その記憶にあるやつらを倒せ。奴らは必ず計画の実行の妨げとなる。倒せるだけの力も与えてある。大体他の魔人の1.5倍くらいだ。……ちょっと副作用が出てしまうがその辺は勘弁してくれ。とと……もう時間がないな……無敵、リセットと仲良くしろよ。もっと父親らしい事をしてやりたかったが……」
ランスの姿が消えるとともに闇が晴れた。どうもアースガルドの医務室のようだ。
体をベッドから起こした無敵はあることに気づく。
「副作用ってこれのことですか……」
体が成長していた。年のころは18、9といったところか。あと変わった点といえばやけに部屋が明るく感じるくらい。
「あ、気がつかれましたか?」
カーテンのむこうから女の子モンスターブラックナースが顔を出す。その彼女を無敵はじっと見つめた。とてもおいしそうに見えた。
「……副作用……そういうことですか……」
ミストフォーム。霧となった無敵はうろたえるブラックナースの後ろで実体化。
「少しだけくださいね」
「えっ!? あ……」
牙を立て、血をすする。体中に力がみなぎり疲労感が消えていく。
「確かに副作用だ。……父上、僕は……」
無敵はぐったりとしたブラックナースをベッドに寝かせると天を仰いだ。


アトガキ

本来最終回となる予定だった話に色々くっつけて見ました。この話は魔王列記を書き始めた頃から出来ていた話で、それを無理矢理中途半端にしたので少々長くなっております。
というわけで続けます。これからもよろしくお願いします。
ちょうどキリがいいので感想書いてくれたら……うれしいな。


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