第34章 決戦前(それぞれの過ごし方) ―アースガルド 中庭 そこにはテーブルが用意されメイドを連れたケッセルリンクが現れた。彼はリアの記憶に再び封印をほどこした後いつもと同じようにお茶の準備を命じた。リアの腕はプランナーが布をかけそれを取った時には元に戻っていた。さすがは三極神としか言いようがない。 命をかけた戦闘を前に血が沸きあがる。久しく感じなかった感情だった。だが、それに身を委ねてしまうと自分を見失うかもしれない。高ぶる気持ちを押さえるにはお茶にするに限るのだ。 「ファーレン、どうした? そんな顔をして」 「ケッセルリンク様……必ず、必ず帰ってきてくださいませ」 ファーレンだけでなくほかのメイドたちもすがるような目でケッセルリンクを見つめている。みな、不安なのだ。 「大丈夫だ。私は必ず戻る。これは魔王の命令でもあるからな。それにお前たちを残して死ぬわけにもいかない」 ケッセルリンクは棺おけがある限り復活できる。だがそれは同時にメイドたちに出血を強いることになる。理由はどうあれメイドたちが傷つくのを彼は許す事ができない。 ケッセルリンクは不安げなメイドたちをみて、決意を新たにした。 ―ホーネット自室 ホーネットとシルキィ、サテラの三人がお茶を飲みながらお菓子をつまんでいた。 が、なんだか空気が重い。 「……これが最期になるのかもしれませんね」 「シルキィ、そんなことを言うものではありません」 ネガティブ思考のシルキィをホーネットがたしなめる。 「しかしホーネット様、相手は神なのですよ? その配下であるエンジェルナイトの力は計り知れません。私のキメラでさえ勝てるかどうか……」 「シルキィのキメラはそうかもしれないけどサテラのガーディアンはそんなやわじゃない」 死ぬかもしれない戦闘を前に緊張感がいやでも高まりみなイライラしていた。 「なんだと!」 シルキィはダンッとテーブルに手をついて立ち上がった。テーブルの上にあったティーカップやお菓子の皿が浮き上がる。ホーネットはそれをまともに浴びた。 「シーザー、来い! シルキィ、やる気なら相手になるぞ!」 「なにを! この際どちらの創造物が優れているか勝負だ! リトル!」 シーザーとリトルが主の呼び声に答え壁を破って現れた。ホーネットは粉塵と瓦礫をまともに浴びた。そのこめかみがぴくっと動く。 熱くなったシルキィとサテラは気づかない。狭い部屋の中でサテラとシルキィが、シーザーとリトルがそれぞれ取っ組み合いを始める。シーザーの大剣がリトルの体を切り裂き、リトルの爪がシーザーの体を砕いた。その体液と欠片をホーネットはまともに浴びた。 さらにサテラにシルキィが殴り飛ばされてホーネットは2人の間に位置する事になった。 「ホーネット、邪魔だ! どいて!」 サテラはホーネットを力いっぱい押しのけシルキィに飛び掛る。 ホーネットはしりもちをついた。 限界。仏の顔も三度まで。戦闘前で無駄な力は使いたくないけれどさすがに頭にきた。 立ち上がる。名を呼び、愛剣を自らの手に召喚。 取っ組み合いするサテラとシルキィの喉元に、魔力のこもった指先と剣をそれぞれ突きつける。部屋の中の空気が凍りついた。 「後で治療はしてあげますから」 ホーネットの顔には引きつった笑みが張り付いていた。 「「!!!」」 2人は自分たちがやらかした事体にようやく気づくがすでに手遅れで。 「……覚悟はできて?」 その部屋の前をたまたま通りかかり中を見た月乃は後にこう証言する。 『鬼がいた』と。 ―ドール生産プラント 現在生産されているのはPGシリーズではなく新型機MPシリーズ。二人のマッドサイエンティストの集大成だ。PG−Xにくらべて耐久性、火力、機動性能、装甲の全てを倍化した。並みのモンスターでは傷一つ付けられない。 「マリア、本当に弾種変更するのかい? 今からじゃ到底間に合わないよ?」 「でも、エンジェルナイトには魔法が効きにくいって聞いたでしょ? 物理攻撃力の高い弾に替えるべきよ。弾種は11mm炸裂弾。一体あたりは500発でいいわ」 「500? 少なくないかい?」 「それ以上でも打ち切る前に破壊される確率は50%、500なら25%の計算よ。無駄になるよりはいいでしょ?」 二人は作業に没頭する。 「ふう、一応入力は終わり。後はプラントが回るかが問題ね」 「それはそうと、僕ら自身はどうするんだい?」 「あ、それね『月姫(ツクヒメ)』を試してみようかと思ってるんだけど」 「……実戦で? 実験もすんでないのに? 僕はごめんだね」 「いいわよ。私が使うから。さ、チューニングしなきゃ」 「……サポートはできる限りやる。無理は禁物だよ」 「ええ、もちろんよ」 再び二人はそれぞれの作業に没頭し始めた。が、すぐにマリアが顔をあげる。 「その前に志津香にあれを着せなきゃ」 「あれ、ね。……たぶん嫌がると思うな」 「う〜ん、そうよね。でももう造っちゃったし時間もないし……理由を話してあきらめてもらうわ。えっと、あった。行ってくるわ」 マリアは何かを探し出すとジェネレータールームへ続く転移装置に飛び込んだ。 ―数刻後 ジェネレータールーム 「イヤ。絶対イヤ!」 志津香はマリアから距離を取った。しかし、狭い部屋だ。逃げる所はあまりない。 すぐに壁に追い詰められる。 「今さら何いってるのよ。これを着てもらわないとジェネレーターに組み込めないのよ? この話を承諾した時に話したはずよ?」 「……でもイヤ。実物は見てなかったんだから! とにかくそれはイヤ! 第一なんでそんな設計にしたのよ!」 「設計図引いたのランスだもん! その設計図もリセットちゃんから命令を受けるまでずっとほってあったんだからしょうがないでしょ! 書き直す暇なかったの! あきらめなさい!」 「自分が来た姿想像してみた!? いやでしょ?」 鬼の形相で迫っていたマリアだが素に戻った。 「ね、いやでしょ? だからそんなの……マリア?」 マリアの顔が赤くなる。そしてくねくねと身もだえ。 「……ランスに攻められてる所を想像しちゃった」 「緊張感が微塵もないわね……」 ジト目でマリアを見つめる志津香。マリアの顔が鬼に戻った時、逃げなかったことを後悔した。マリアが指を鳴らすとMP−Xが志津香の肩を捕らえた。もう逃げられない。 「フフフ……もう逃がさないわよ……観念なさい」 「マリ……ア? ちょ……やめ!?」 志津香は脱がされた。お気に入りの魔法服を乱暴に破り捨てられて。 「これでこれを着る以外肌を隠す方法はないわね」 志津香は服の残骸で体を隠そうと努力するが……はっきり言って無駄だ。ゆっくりと視線をマリアの差し出すものに向ける。 見た目はサテラの服とあまり変らない。同じように体にぴったりと張り付くような素材で出来ている。体の線がもろに出てしまうがそれ自体たいした問題ではないだろう。問題はいろんな所に穴が開いているという事だ。 「……着るから出てって」 「私がいないと接続できないでしょ。女同士だから気にしちゃダメよ」 すでに選択肢はない。そう悟った志津香はそれを受け取り身に付けていく。サイズは大きくもなし小さくもない。魔王の力を振る活用して自分の女のスリーサイズ、身長、体重等すべて記憶していたランスが設計したのだ。最初から志津香用に造られていたのだから合わない訳がない。 「着たわよ。早く装置に繋いで」 志津香の顔が赤い。それもそのはず本来隠すべき部分に接続用の穴が開いているのだから。 まず両肩と背中と膝に二本づつ。これらはさして問題ではない。続いて二つの胸の先端。ジェネレーターにつながれていない今は丸見えである。 最後に両足の付け根に一番大きい接続プラグが。 「ランスのバカ……」 ランスの予定ではここに立ち会うのはマリアではなく自分だったのであろう。意図が丸わかりである。ちなみに志津香の魔力を吸収する装置のため接続プラグの場所はどこにしようとあまり関係はないのだ。恥辱に打ち震える志津香を無視してマリアは志津香をジェネレーターに繋いでいく。その恥ずかしい作業に耐え志津香は身動き一つ取れなくなった。マリアはそんな志津香にトレードマークの帽子をかぶせる。 「よし、完成。じゃあ、頑張ってね」 志津香に与えられた役割、それはつまるところアースガルドの燃料であり、強化パーツでもあるのであった。 ―ブリッジ アールコートは巨大な球体モニターを使い仮想戦闘を繰り返していた。敵軍の行動パターンとそれにあわせた味方の行動を思いつく限り実行してみる。 強大な魔力を有していても彼女は直接戦闘に向かない。それゆえ今回は総指揮官となる。ただ、空中戦、平面ではなく空間となるためいつもと勝手が違い、その分仮想戦闘を念入りにやっている。 「オーディンさん、次はエンジェルナイトをB−2−HからA−1−Cへ。戦力比は敵10、味方8でお願いします」 「了解、実行シマス」 モニターの中でエンジェルナイトを表す赤い点と味方を表す青い点がぶつかりあい消えていく。 「……これじゃまだ不十分か……はぁ……ホントに私やり遂げられるかなぁ……」 ため息をついたアールコートはランスの写真を取り出した。それをぎゅっと抱きしめる。 「王様……私、頑張りますから……勇気を分けてください……」 それは彼女なりのおまじないだった。 ―食堂 そこには一面に色々な料理が並んでいた。マルチナとその弟子(メイドさん・おかし女等20人)の料理チームによってガルティアのためだけに作られたものである。ガルティアはそれを片っ端から食べていた。それでもなかなか減らないだけの量があった。 「たくさん食べて元気いっぱいにしていってね。絶対生きて帰ってきて欲しいから」 「ふぁたひふぁ……もぐもぐ、ゴクン。当たり前だ、俺はまだまだ食い足りねぇ」 「たくさん食べきれないほど作って待ってるから帰ってきて。約束」 「おう。マルチナの料理は俺が全部食ってやる。約束だ」 マルチナは小指を立ててガルティアの前に差し出した。指きりをしようの意味で。 首をかしげたガルティアは……おもむろにそれを口に含んだ。 くわん。どこからか取り出されたフライパンがガルティアを直撃した。 「すまん、間違えた。ソーセージに見えたんだ」 かなり苦しい言い訳。だが、マルチナはフライパンを片付けた。 「……まあ、いいわ。右手の小指を出して。約束のおまじない」 「ん? こうか?」 マルチナはガルティアと小指を絡める。 「約束が守りきれなかったら針千本呑ますからね」 「……おいしいかそれ?」 「……呑んでみる? なんなら万本でも用意するわよ?」 そう言って微笑むマルチナはかなり恐かった。 「いや、いい」 さすがのガルティアも危険を感じたのだった。 ―魔王城 地下牢 そこはランスの命により一度は管理の行き届いた空間になりはしたが、今は再び過去の状態に戻っている。魔物に囚われもてあそばれ殺された人間の死体がいたる所で山積みにされている。ほとんどが女性でその数は半端ではない。リセットはその山の間を平然と歩いていた。彼女の目指す場所は地下牢の一番奥。そこにはガリガリにやせ細った男がつながれている。 「まだ生きてる? 2、3年ぶりね」 「う……あ……」 汚れ切った顔に脅えの表情が浮かぶ。そして鎖で繋がれているにもかかわらず逃げようと、少しでもリセットから距離をとろうと体をよじる。 「そろそろお前を虐めるのも飽きてきたの。ここ何年か忘れてたくらいだから。パーパを殺したお前に対する最初で最期の慈悲。今日、この場で苦しみから解放してあげる」 ながきにわたりリセットからありとあらゆる拷問を受けもはや人格も言葉も失った。今はただ獣のように脅え牢の隅に縮こまるのみ。それが人類の希望とされていた日光使い、小川健太郎の現在の姿だった。魔王の騎士と呼ばれていた頃の面影はすでにない。 リセットはカオスを手に健太郎に近づく。そして振り下ろした。 健太郎の手首が切断され血が噴出す。 「……ごめんね……やっぱり楽に死なせるのは無理だわ……お前が悪いのよ……」 リセットは鬼気迫る表情でカオスを振るう。二の腕、足首、膝、徐々に健太郎を切り刻んでいく。だが健太郎は死ねず、獣じみた悲鳴をあげるのみ。 『こりゃ、リセットちゃん! 早くとどめをさしてやるんじゃ!』 カオスが叫ぶがリセットには聞こえない。リセットは健太郎の両手両足をばらばらにした時点で動きを止めた。 「……黙りなさい、カオス。こいつはリセットからパーパを奪ったの! 慈悲を与えて殺してやろうって言ってるんだからやり方くらいリセットの好きにさせなさいよ!!」 魔王になって以来人前では『私』を一人称にしていたリセットだが今はなりふりかまっていられる状態ではなった。 「せっかく首を潰さない限り死ねないようにしてあげたんだから活用しないと意味ないじゃない! 今日で終わりにしてあげるんだから!」 カオスが振り下ろされるが限界まで再生力を高められた健太郎の体は見る間に再生していく。そしてそれをリセットが壊していく。殺しではなくもはや破壊。 カオスを逆手に持ちひたすら突き立てる。目をおおいたくなるような光景だ。 それでも、リセットは全身に返り血を浴び、凄惨な笑みを浮かべさらにカオスを振り下ろす。牢内は健太郎の血ですさまじい事になった。 「リセット……時間だから迎えにきたんだけどなぁ……。どうも君を連れてきて正解だったようだ、無敵君」 「そのようですね」 地下牢に現れたのはプランナーと無敵だった。 無敵は破壊を続けるリセットに近づくとあっさりカオスを奪い取った。 「無敵! 返しなさい!」 「いえ、できません。作戦開始の時間です。姉上が遅れてどうするのです?」 「そんなの後! リセットはこいつを―」 地下牢に乾いた音が響いた。リセットは呆然と頬を押さえる。 「正気に戻られましたか? 魔王たる姉上がその様子でどうするのです? 我々が勝てる可能性は消えてしまいます。どうか、立場を思い出してください」 「黙って! 命れ―」 さらにもう一発。手加減なし。リセットはふらつきへたり込んだ。 しばらくなにかいいたそうなリセットだったが必死にこらえる。 「……ごめん。着替えてくるわ。無敵、あんたはプランナーと戻りなさい」 リセットはそれだけ言い残すと姿を消した。 「プランナー、カオス。しばらく彼と二人きりにしていただけませんか? 彼と話がしたい」 「リセットが着替えるまででいいかい?」 「ええ。感謝します」 プランナーがカオスを持って姿を消し無敵は健太郎と向き合う。健太郎はあいかわらず隅に縮こまるのみだ。 「姉上がどういう気持ちでお前を殺そうとしたのかそれは分からない。赦そうと思ったのかあるいはただ飽きただけなのか。……どうでもいい。ただ僕としてはお前が憎くてたまらない。姉上と違ってもてあそぶ気もない。お前が生きているのが許せない。父上を殺したお前がまだ生きて存在しているということが。……今のお前がこの言葉を理解しているとは思えない。だからつまらないひとりごとなんだろう。でもあと1つこれだけは聞け。父上が死んだと聞かされたとき誓った事だ。この手でお前を殺す。姉上にも渡さない。……自己満足の敵討ちでしかないが……」 無敵はまったく躊躇せず健太郎の首をはねた。 「柳生奥義・煌神羅刹!」 無敵に柳生が託した刀の柄には柳生剣術の秘伝書が隠されていた。この技もそこに記された一つ。羅刹のごとき連撃で相手を圧倒し切り刻む技だ。そしてすべての攻撃を受けた健太郎の頭部は跡形もなく消えていた。 僅かな間を置いて魔血魂がすんだ音を立てて床に落ちた。無敵はそれを拾い上げると懐にいれた。 「意識は放棄したか……もしもの時はこれで―」 「それはやめた方がいいと思うよ」 いつの間に戻ってきたのか背後にプランナーがいた。 「君はもともとトリックスターの小細工で他の魔人より魔血魂の量が多くなっている。君のキャパシティの限界ギリギリだ。その魔血魂を取り込めば死ぬよ」 「……そういえばそんなことを言われましたね……父上に。……おかげで業から逃れられない……」 「だからそれは私が初期化するわ」 無敵の後ろから伸びたリセットの手が健太郎の魔血魂をかすめとる。驚き振り返った無敵はリセットの姿を見て固まった。着替えの途中だったのだろう、下着姿だった。 しかもノーブラ。無敵には少々刺激が強かったようだ。 「力を得て、それで死んだらただのバカよ。……二度とこんな事するんじゃないわよ」 リセットは固まっている無敵の耳元でそう呟くと姿を消した。 「姉上は……羞恥心という言葉を知っているんでしょうか?」 「たぶん、弟だったら問題ないと思ってるんじゃないかな? ま、僕はどうでもいい。いいモノ見れたからむしろトクした感じ。……無敵君、その鞘は何かな?」 プランナーの視線の先で無敵が刀の鞘を振り上げていた。 「これですか? 姉上のあられもない姿を忘れてもらおうと思って。……申し訳ありません!」 ごん。直撃したがプランナーは平然としている。さらに2、3回追撃。 それでもこたえた様子はない。 「……君がそこまで思っているなら忘れるよ」 「あ、えっと……その……」 「まあ、それは置いといて、そろそろ帰らないといけないね」 プランナーはしどろもどろしている無敵を少々手荒に掴むとアースガルドへ転移した。 最後になるかもしれない自由な時間。その過ごし方は魔人によりまちまちだ。だが、みなが思うことは一つ。 この戦に本当に勝ち目はあるのだろうか? しかし、彼らはたとえ勝ち目のない戦いであったとしても戦場に赴く。 ある者はアースガルドのキャプテンシートへ、ある者はジェネレーターへ、そして多くの者はアースガルドを追従してきた飛行型モンスターを率い布陣する。 「さあ、時はきた! 世界が滅ぶかくじらが消えるか世界の行く末は二つに一つ。盛大に狼煙をあげよ! 戦いの火蓋を切って落とせ! 『スルトの火』、発射!!」 リセットの声がブリッジに響き渡る。 RS暦15年6月、巨大な火の槍が大陸を貫いた。 アトガキ 結局この話で重要なのは最後の10行ほど。あとは基本的におまけみたいなもんです。気楽にお読みください。 たぶん一部にしか分らない追伸。 『柳生奥義・煌神羅刹』は最初『柳生奥義・鳳翼麟瞳』とどちらにしようか迷いましたが、必殺技っぽかったので煌神羅刹に決定となりました。 『百鬼繚乱』でもよかったのですが。 |