第35章 決戦 前編

その日、大陸を炎の槍が貫いた。大陸の大きさから考えれば小さな火でしかなかった。
だが、これから戦場に赴く者達にとっては大きな意味を持っていた。

古代遺跡を完膚なきまでに消滅させ穿った大穴。その中からそれらは現れた。
神々しくもどこか冷たい光を翼に纏った天使たち。今の世界を無かったことにする死の天使たちが翼をはためかせ降り立つ。
「神への叛意あり。無への回帰を実行します」
エンジェルナイトがいっせいに抜刀。ブリッジではリセットが叫ぶ。
「さあ、迎え撃ちなさい。こいつらをなんとかしないとラスボスは出てこないんだから。全軍攻撃開始!!」

―アースガルド ブリッジ
「……魔王もああいってるしそろそろ始めようか」
「はい」
ブリッジに残ったアールコートはここで全軍への指揮を行う。部隊数は魔人を含む部隊が11、MPシリーズの指揮用機体MP−X・αタイプが指揮する部隊が9部隊。1部隊あたり3000で都合6万。アースガルド内にいる部隊(砲手と侵入された場合の迎撃部隊)もあわせればそれに千上乗せされる。それだけの部隊をアールコートは一人で指揮することになる。彼女の前には直径2mくらいの球体が投影されアースガルドを中心に半径1kmの状況をモニターしている。青い点が味方、紅い点がエンジェルナイト。
「大丈夫……できる……地上も空中も同じ……」
アールコートは目を閉じ自分に言い聞かせるように呟く。地上と違い空間で全てを把握しなければならず実戦は初めての試みとなる。
「王様……見ていてください……」
さっきまでは不安だったが今はもう迷いもない。
『こちら、カイトだ。クローンの配置は終わった。魔想殿も準備が整ったそうだ』
カイトは空間戦闘が苦手なためアースガルドで待機している。もし侵入された場合の迎撃部隊の役割をもつ。一方志津香は魔法のエキスパートだがそれの効きにくい相手にはほぼ無力となる。そのため彼女はマッドサイエンティスト二人の手によってアースガルドのジェネレータに繋がれている。志津香の魔力を吸収しスルトの火で増幅それを各所にある砲座に流し込む。本来の火力から数倍に引き上げられエンジェルナイトにも通用する計算になっていた。
「了解しました」
「そうそう、みんなにあれを伝えとかないと。アールコート、もうちょっとまって」
パイアールは空中にいる全魔人に回線を開く。
「あ〜聞こえるかい? 翼のないものに渡した腕輪はアースガルドから半径1kmでしか効果がない。それを越えると地上へまっさかさまだからね」
翼がなく飛行魔法により空中戦闘を行う者にとって姿勢制御にさく魔力の量はかなり多くなる。エンジェルナイトとの戦闘ではそんな無駄はやってられない。配られた腕輪はアースガルドの浮遊力場を流用し空中での戦闘を可能にする。
パイアールが回線を閉じるとアールコートは大きく深呼吸して立体モニターを見すえた。
ほぼ全方位から紅い点エンジェルナイトがアースガルドを目指し飛んでくる。
「だいたい100〜500の集団みたいだね。なんとかなりそうかい?」
「大丈夫です。なんとかします」
大きく頷くと回線をすべて開く。
「各部隊へ、エンジェルナイトはこちらの拠点であるアースガルドへ侵入すべく少ない人数の部隊で動いています。私が常に挟撃できるポイントへ誘導しますからそこ以外での戦闘は極力避けてください」
一部隊3000で挟み撃ちにすればよほどのことがない限り敵部隊を圧殺できる。
ある程度の敵をわざと空けた隙間に誘い込み、予定ポイントへ到達したと同時に攻撃を仕掛ける。気づいた時には数十倍の戦力と戦う事になるのだ。実際誘い込むまではうまくいった。だが、魔王軍は思い知る事になった。個体戦闘能力の違いというものを。
相手は500でこちらは2部隊6千。MP−X・αの率いる部隊だったが魔人の率いる部隊と比べさほど戦闘力に差はなかった。その6千の部隊が500の敵相手に大苦戦を強いられた。終わってみれば全滅させたものの残兵力は千を切っていた。
『総司令へ、コチラ第18部隊。我ガ部隊死傷者多数ノタメ戦闘行動ノ継続不可。マタ、第14部隊ノ残存兵力ガ5%ヲキッタタメ我ガ部隊ニ吸収シセリ。次ノ指示ヲコウ』
「ただちに帰還して負傷者の治療を行ってください。1度帰還後、戦闘可能な人は他部隊の負傷者を回収。それ以降は大きな損害の出た部隊への補充要員とします」
『命令受領シマシタ。実行ニウツシマス』
回線が切れるとパイアールはため息をついた。
「予想をはるかに上回っているね。計算上では何とか勝てそうだけど」
500に対して5千の被害。五万前後の兵力があれば全滅させることが出来る。
あくまで計算上の話だ。
実際考慮しなくてはならないことがいくつかある。まず、士気の低下。次々に倒れる味方を見て平静でいられる訳がない。動揺し、士気が低下すれば戦闘力は大きく下がり受ける損害も大きくなる。士気が下がらないのはマリアの率いるドール部隊くらいのものだ。
次に集団戦闘においての考え方だ。普通元の兵力の20%以上を失えば部隊としての戦闘力は半減すると言われている。30%以上を失えば大敗と見るのが常識。
戦力的にみて80%を失った部隊はもはや部隊として成り立たない。
この2点から考えただけでも被害は5万を大きく上回るだろう。
『アールコート! 聞こえる? こっちは第4部隊、ハウゼルが怪我して戦闘できないわ! このままだと部隊の維持が出来ない!』
スピーカーから流れるサイゼルの切羽詰った声。アールコートはギリリと唇をかんだ。
もう一つ考えなくてはならないのは部隊の指揮官が戦闘不能になった場合だ。100%近い兵力が残っていても指揮官を失った部隊は大幅な戦力低下を強いられる。
「サイゼルさんは無事なのですね?」
『今のところは。……でもあまり持たないかも』
声に力がない。無理もないサイゼルとハウゼルは感覚を共有している。苦痛も然りだ。
球体モニターを見るとサイゼル部隊は前線で孤立していた。指揮官の負傷に漬け込まれ兵力はもう50%を切っている。アールコートは彼女達を救出するプランをいくつか立てる。モニターの状況と照らし合わせ最良のものをチョイス。その間約5秒。
「サイゼルさん、B−8−Cまで下がってください。そこで敵の追撃を振り切ります」
『わかったわ』
サイゼルの返答を聞き即座に回線を替える。
「レイさん、アールコートです。B−8−Cへ60カウントで向ってください。サイゼルさんたちがピンチです」
『了解した。すぐにむかう』
さらに次の回線を開く。
「ケッセルリンクさん、アールコートです。サイゼルさん達を救出する作戦を実行します。B−8−Cへ40カウントでむかってください」
『ええ、わかりました。すぐにむかいます』
はたして、二つの部隊はぴったりのタイミングで指示されたポイントへ到着した。
直後、サイゼル部隊がその間をすり抜けていく。
エンジェルナイトはようやくこれが罠だと気づいた。追走してきたのは僅かに100体足らず。それに対して魔人が率いる二つの部隊。
円陣を組み攻撃に備えるエンジェルナイト。レイは部隊の先頭に立ち挑みかかる。
一方でケッセルリンクは部隊にレイを援護するよう命令を出すと自分は霧と化し姿をくらます。現れた先はエンジェルナイトの組む円陣の内側。無防備にはためく白い翼。それらはケッセルリンクの無慈悲な一撃で紅く染まった。
「あきらめたまえ。君達に残された道はもはや無い」
動揺が走る。もうどうしようもなかった。

―アースガルド ブリッジ
「サイゼル達は無事みたいだね」
「はい、なんとかうまくいきました。レイさんとケッセルリンクさんの部隊にはほとんど被害もないようですし―」
一安心と言う間もなくアースガルド内に警告音が鳴り響く。それの意味する所は―
「侵入者だって!? 一体どこから……」
サイゼル&ハウゼル部隊に気を取られている間に防御ラインを越えられていたらしい。
『下部南ブロック偽装シテアルハズノ通風孔カラデス。侵入敵数12、進路マッスグニジェネレーターヘ向ムカッテイマス』
オーディンの回答を聞きパイアールは舌打ちした。通風孔は盲点だった。大きな羽を持つエンジェルナイトがまさかそんな所を使い侵入して来るとは思わなかった。
「カイト、敵が侵入した。すぐにジェネレーターに向かってくれ。少しは時間を稼ぐ」
『分かった、ジェネレーターだな』
「そう。急いでよ」
カイトをジェネレーターに向かわせるとパイアールは球体モニターから離れキャプテンシートにあるヘッドセットをかぶる。これによりオーディンの全機構を掌握する事が出来る。
「地下3〜6番通路の隔壁を下ろせ。通風孔もすぐ閉鎖だ」
『実行シマス』
だが直後に足元から爆発音と振動が来た。隔壁が破られたようだ。
「くそっ! こんな事ならトラップでも作っておけばよかった! カイトは……まだ3番か……間に合わない……」
パイアールはヘッドセットを外し懐から赤い玉を取り出した。魔血魂にも似たそれをじっと見つめる。
「使うつもりはなかったけど……性能を試すいい機会だ。アールコート、君にオーディンのマスター権限を渡す。ここは頼むよ」
「えっ、どこへ行くんですか!?」
「侵入者退治に。魔相は動けないし、カイトがつくにはまだ時間が掛かる。ここからならすぐに行ける。これ以上僕のアースガルドを傷つけさせる訳にはいかないんだ」
そういい残すと転移装置に飛び込む。それはジェネレータールームへ直通の物だ。
アールコートは一瞬あっけにとられたがすぐにそれどころじゃない事に気づく。
「えっと、オーディンさんジェネレータールームの映像を常に出しておいてください」
『実行シマス』
アールコートは球体モニターを見て状況を把握しつつジェネレータルームにも気を配るのだった。

―ジェネレータールーム
機械に組み込まれた志津香はまったく動けない。そのため防衛力は50体ほどの魔法兵のみ。今はまだ彼らの張る魔法弾の弾幕で侵入を阻止しているが魔力が枯渇し戦闘不能に陥る者が出始めていた。
「このままじゃ破られる……誰か、早く!」
動けないから指示だけ飛ばしていた志津香が叫ぶ。パイアールが現れたのはちょうど氏叫んだ志津香の前だった。
「うわっ!?」
「きゃぁ!?」
タイミングがよすぎたせいで2人とも驚き硬直する。
『パイアールさん! ぼーっとしてないで!』
ジェネレータルームの様子をみていたアールコートの声でパイアールは正気に戻った。
「そうだった、そんな暇はないな」
パイアールは赤い玉を取り出すと魔法兵を下がらせ、エンジェルナイトの前に進み出た。
「ちょっと! 策はあるんでしょうね!?」
「もちろん」
自信ありげに赤い玉を強く握りこむと赤い光があふれパイアールの右腕にまとわりつく。
光が消えた時には右手が異形と化していた。機械的な砲身に触手ような有機的な部分が絡み付いている。肩との境目は細胞と完全に同化していた。
「寄生銃・試作機『月読(ツクヨミ)』僕とマリア、シルキィが力をあわせて作った魔導兵器だ。威力は……まあ、あれだけを相手するには充分すぎるくらいだね」
そう言うと余裕の笑みを浮かべ腕をエンジェルナイトに向けた。砲身の先に光がともる。先手必勝とばかりにエンジェルナイトがパイアールに突進した。その数6体。
「攻撃のつもりかい? 遅すぎるね」
砲身の先に灯っていた光が弾けて、光は槍となりすさまじい速度でエンジェルナイトをぶち抜いた。5体は頭部を射抜かれ即死。残り1体は右半身を大きくえぐられバランスを崩しパイアールの目の前に墜落した。
「6分の5か……まだ改良の余地はあるな」
小さく呟き足元で激痛に喘いでいるエンジェルナイトに銃口を押し付ける。光が灯った瞬間そいつの上半身は木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「さて、次は誰だい?」
恐慌状態に陥った残りのエンジェルナイトは我先にその場から離脱しようとする。その後姿に無慈悲な銃口が向けられた。
「僕の芸術品アースガルドを傷つけておいて、ただで帰れると思ってるのかい?」
光が走りエンジェルナイトを射抜く。逃げ延びたのはさっきと同じく一体。そいつも脇腹を大きくえぐられほぼ行動不能だ。そこへタイミングよくカイトが到着する。
「むっ! 逃がさん!」
生き残っていた一体も瞬く間にとどめをさされた。それを確認するとパイアールは武装を解除した。とたんに倒れこむ。顔は蒼白だった。
「どうした!」
「……エネルギーの使いすぎ……『月読』のエネルギー消費量は半端じゃなくてね……マリアは完成品を持っていったから大丈夫だと思うけど……」
そう言ってパイアールは意識を失った。
「……魔想殿、怪我はないか?」
「彼の活躍でなんとか。彼をお願いしていいかしら?」
「ああ、治療室へ運んでおこう」
カイトがパイアールをつれて出て行くと志津香は大きなため息をついた。
「科学者って何でみんな手が掛かるのかしら?」
周りにいた魔法使い達はそろって首をかしげた。

―ケッセルリンク担当空域
「次はA−6−Bへお願いします。相手は30体部隊としての戦闘力はありませんが他と合流する前に撃破しておきたいのです」
「わかりました。残党狩りというわけですね」
「はい。けど……なんか変なんです。念のため警戒は怠らないで下さい」
「ええ。では」
ケッセルリンクは回線を切ると部隊に移動支持をだす。
「なにかが変、か」
なぜかアールコートのその言葉が気になる。
「まあ、全力で潰しに掛かれば問題はないでしょう」
30ほどの敵に苦戦するとは思えない。何しろこちらは2800もいるのだから。気分転換に自分一人で相手をしてもいい。
ケッセルリンクは移動中にそんな事を考えていた。やがて指定された座標につく。
「動こうとしないのか……? 勝てぬのを悟り特攻してくるかと思っていたが……」
様子を見る事にしたケッセルリンクは部隊に攻撃命令を出した。質量で押しつぶせるはずだったが兵が一瞬で押し戻され粉砕された。大雑把に見積もっても400。それだけの兵が一瞬でやられたのだ。
「な、なに!?」
何が起きたのか、距離があったとはいえまったくわからなかった。次の瞬間にも大きく兵が減っていく。秒刻みで恐ろしい勢いで。
「下がれ! 体勢を立て直す!」
ケッセルリンクは急いで兵を呼び戻した。敵との接触から10秒足らず。兵力は激減していた。
「なんなのだこれは……? 確かめねばならないな」
兵に援護を命じケッセルリンクは自ら前に出た。そして肌で感じ取る。1体だけ他とは違うエンジェルナイトが混ざっている事を。
「なるほど、お前がアールコートの感じた違和感の正体か。エンジェルナイトの枠を逸脱した存在……そうだな、ハイエンジェルナイトとでもしておこうか。さて、相手は私がしよう。かかってくるがいい」
ケッセルリンクは戦闘態勢に。ほぼ同時にハイエンジェルナイトが突進してきた。重い一撃を長く伸ばした爪で受け流すと同時に斬りつける。だが相手はかすり傷。
「速い上に攻撃力も申し分ない。ラバーでは歯が立たないわけだ」
受け流さず正面から受けていたらまずかった。爪を砕かれ両腕を切り落とされていたかもしれない。
「ではこちらから行くぞ」
高速詠唱から黒の波動を2連射、それの後ろから波動と同じスピードで肉薄。魔法を回避した相手を襲撃する。ハイエンジェルナイトはとっさに翼を翻しそれをも回避した。だが、その時にミストフォームをかけたケッセルリンクを見失った。限界ギリギリまで拡散したケッセルリンクの気配は周囲に散らばりどこにいるのか場所が把握できない。ハイエンジェルナイトは目を閉じ余計なものを感じないようにする。すると背後に魔力が集まるのを感じ取った。目を開け振り帰りざまに剣を振るう。手ごたえがない。
「残念、ハズレだ」
そこにあったのはおぼろげに集まった僅かな霧のみがある。気配の中心を狙った攻撃は当然空を切る。
ケッセルリンク本体は今になって実体化し腕を一閃。死を悟ったハイエンジェルナイトは自らの体を貫き背後のケッセルリンクに捨て身の一撃を放った。ケッセルリンクの爪がハイエンジェルナイトを両断し、同時にハイエンジェルナイト捨て身の一撃がケッセルリンクの腹を貫いた。
「くっ……なんという執念……」
ケッセルリンクが受けた傷は致命傷ではないが戦闘を続けられる傷でもない。治療の必要があった。
「こちらケッセルリンク。敵の指揮官らしき個体と遭遇した。戦闘力はおそらく魔人と同等だ。注意をうながしておいて欲しい」
「はい、わかりました」
「その戦闘で私もダメージを受けた。一度治療に帰還するがいいかね?」
「もちろんです。どうぞ帰還してください。コースは……今なら直進で問題ありません」
「そうか。では後ほどに」
ケッセルリンクは生き残った兵(500まで減っていた)をまとめるとアースガルドへ進路を取った。

魔王軍はアースガルドを使い休息と出動を繰り返し、個体戦闘力の差をなんとか埋めて善戦する。戦闘開始から半日、エンジェルナイト軍を5分の一にまで減らす事に成功していた。ただし、予測を上回る犠牲を出しての結果だったのだが。


アトガキ

書き終わってから気づいたのだがケッセルリンクが妙に活躍してますな。
そんなつもりはあまりなかったのですが。ま、嫌いなキャラではないので次回も活躍させてみるかもしれません。


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