第36章 決戦 後編 ―カミーラ担当空域 あの男は何で死んでしまったのか? 少なくてもあいつがいた毎日は飽きないものだった。昔の、ケイブリスが生存していた頃とは違う。生きている実感と、楽しみが存在した。いきなり夜、寝室に現れては身体を求めるでもなくただ酒を飲み交わす時もあった。 むろん、体が目的の日も多々あったが。 ……それもすでに過去。 この先、この戦いで生き延びて何になるというのか。神との戦い。 それがどうしたというのか? 過ぎ去った過去は、私を魅了したあの男が戻ることはない。 「カミーラ様! 後ろに!」 振り向きざまに腕を振るう。引き裂かれたエンジェルナイトが悲鳴と共に落下していく。 らしくない。カミーラはそう思った。戦闘中に、過去に浸るなどと。 敵は約300。こちらの兵力はドラゴン女が残り1300。後はカミーラ自身とラインコック。もともとカミーラの指揮下練度の高い部隊だ。カミーラを中心とした特攻隊形でこれまでに3部隊を壊滅させた。4戦目、疲労のためか今までのようには行かない。 「潮時だな。ラインコック、兵を連れて撤退して」 「カミーラ様は?」 「あいつを仕留めてから戻る」 「私も残ります!」 「だめ。お前では荷が重い」 ラインコックは唇をかみ締めた。 何で自分はカミーラの役に立てないのか? 平時だけでなく、こうして背後を任された戦闘でも役に立ちたい。 「……カミーラ様、あまり無茶は―」 ラインコックを引き寄せ唇を奪う。そう思えば、こうするのも久しぶりだ。それほど自分があの男に溺れていたということか。 唇を離し、カミーラは苦笑する。 「早く行け」 「は、はい!」 ラインコックを行かせるとカミーラはエンジェルナイトに向かい合う。結局のところまだ250はいそうだ。その中に別格に一体も。 それがいたからカミーラはラインコックを戻らせた。 大きく翼をはためかせ敵軍の真っ只中に突入する。 召喚する炎であぶり、焦がし、焼き払う。 鋭い爪で斬り、引き裂き、抉る。 敵の剣をかわし、舞い踊る。自然と顔に笑みが浮かぶ。 戦闘中に過去に浸るとは何事か。戦場に身を置いて、心躍らさずになにが魔人か。闘争こそ快楽。漂う血煙の香りこそ生の証。 炎の赤が、飛び散る血肉の紅(あか)が壮絶に、幻想的にカミーラを染め上げる。 ほんのわずかな時間で敵兵は半分以下に。 だが、あいつが見当たらない。 気配を探る。そいつは今……後ろに。 身体を捻り 必殺の突きを回避する。だが、敵の切っ先はカミーラの腹部を貫いた。 「ぐ……!」 反撃。しかし、敵は身を翻し回避。剣を引き抜かれた傷口からはどろどろと血があふれる。 痛みのせいでそれた注意を見逃してくれるはずもなく、再びハイエンジェルナイトが迫る。だが、カミーラはスピードについていけない。 「お手伝いしますよ」 何かが猛スピードで現れカミーラとハイエンジェルナイトの間に割り込んだ。刀と剣がぶつかり合い澄んだ音が戦場に響く。 「助けを呼んだ覚えはない」 「じゃあ、やられそうなカミーラさんのところへ邪魔しに来たということで」 無敵はしれっと言ってのける。 「死なせませんよ? 父上と、姉上が望んだことです。貴女が戦場で死を望もうと僕はそれを阻止します」 「……勝手な勘違いだな。誰が死ぬ気だと?」 「そうですか。……すぐ終わらせます。少しお待ちを」 無敵は圧倒的だった。同時に攻撃してきた10体以上のエンジェルナイトを返し技一つで血祭りに上げ同時に反撃に移る。 「柳生奥義!」 目標はハイエンジェルナイト。 「鬼哭転生!」 刀の描いた軌跡の光がハイエンジェルナイトと周辺にいたエンジェルナイトもろとも呑みこみ消滅させる。 「全軍攻撃開始。このまま殲滅!」 散り散りになった敵兵を、今まで距離を取って控えていた無敵の部下が刈り取って行く。 「殲滅できたら一旦帰還すること。僕とはそこで合流」 無敵は副官に指示を与え、カミーラに手を差し伸べる。 「放っておいていい怪我じゃないですね。戻りましょう」 「……お前といい、お前の父といい……」 「なんです?」 「いや、なんでもない」 なぜお前達はそうやって私のこころを動かしてしまうのか……。 思っても口には出さない。出し手しまえばなんだか負けたような気になってしまう。 「……戻るぞ」 「ええ、もちろん」 ―レイ担当空域 『レイさん、アールコートです。現在の被害状況を報告してください』 「戦闘不能1200ってトコロだ。まだ戦えるぞ」 『では、D−12−Fで再出撃してきたケッセルリンクさんの部隊と合流、その後D−13−Fで敵を迎撃してください。北側から攻撃を仕掛けてくる敵は迎撃する約200で最後のハズです』 「わかった」 レイは素早く指示を飛ばし合流地点に向かう。 その途中ふと、昔の事を思い出した。兵を連れずたった一人でただ闇雲に拳を振るっていた昔の自分。それが今は的確に兵に指示を飛ばしている。当時はこうなるなどと想像も出来なかっただろう。 おもわず苦笑がこぼれた。 合流地点でケッセルリンクの部隊の部隊と合流すると自分の部隊の負傷者を撤退させる。 「ケッセルリンク、そっちの数は?」 「おそらく500くらいだな。先ほどの戦闘で手ひどくやられてしまった」 「こっちは1800で、2300か。十分だな」 「では、迎撃ポイントへ向かいましょうか」 指定されていたポイントには特攻をかけようとしていたエンジェルナイトが集まっている。 数もアールコートの予想通りだ。 「ここまで来ると恐ろしいものを感じますね」 「何がだ?」 「我々を指揮している彼女ですよ。この戦闘がはじまって以来一度もその予想を外した事はない。もし、ランス様が魔王にならず我々と対立する事になっていれば彼女も敵となっていたと言うこと。……自分があのエンジェルナイト達と同じ境遇になっていたかもしれない、そう考えると……ぞっとします」 「……確かにな。……あれだ、戦場に限って言えば未来が見えるんじゃないか?」 「あるいはそうなのかも知れませんね。……さて、ようやくあちらも気がついたようだ」 ケッセルリンクはメガネを押し上げて戦闘態勢に。レイもそれにならう。 「あ、そうだ。ケッセルリンク、俺の部隊の指揮も頼めるか?」 「何をするつもりです?」 「もう一暴れくらいしておきたい。試してみたい事もある」 いつも全身から自然に出ていた放電が今はレイの右手のみに集中している。 「訓練ってのもやってみるものだな。前は勝手に出ていたこれも今や自在だ。頼めるか?」 「いいでしょう。ですが、無理をすべきではない。彼女が待っているのでしょう?」 「ああ。メアリーが待っている。死ぬつもりはない」 メアリーは結局の所レイと共に生きる道を選んだ。そして今はレイの部屋でその帰りを待っている。 ケッセルリンクはエンジェルナイトを包囲するように部隊を動かし、レイはたった一人でエンジェルナイトの前に出る。包囲している敵部隊が攻撃してこないと知るとエンジェルナイトは無防備に見えたレイに突進した。 1対200。そんな状況にもかかわらずレイは笑みを浮かべた。 右手のスパークが更に激しいものとなる。 「消し飛びやがれ! スタン―」 レイは叫びながら足元にためていた電流を開放。紫電を引きながらすさまじい勢いで先頭のエンジェルナイトに肉薄。一瞬で懐にもぐりこまれたエンジェルナイトの顔が恐怖に染まる。レイはそいつに全身を使ったストレートを打ち込んだ。 「インパクト!!」 右の拳がヒットした瞬間目もくらむ閃光があたりを白く染める。あまりの光量にケッセルリンクはたまらず目をかばう。光が消えるまで約5秒、目を開けたケッセルリンクは絶句した。そこにいたのはレイ一人。200体いたエンジェルナイトはあまりの高電圧に真っ黒に炭化し地上へ落下していく。 「一撃か……私もうかうかしていられませんね」 苦笑するケッセルリンク。レイはガッツポーズしていた。 ―月乃担当空域 「了解しました。H−3−Cですね」 『はい、そこで60秒後に合流します。けど今回は敵の数が少なくありません。気をつけてくださいね』 「500対2500ですからなんとかなるでしょう。では」 月乃はアールコートとの交信をきるとほとんどダメージを受けていない自部隊をみた。 月乃の担当する空域では100以下の小集団との戦闘しか行われていない。それゆえだいぶ楽に勝って来れたが今回ばかりはそうも行かない。 近くの空域にいたMP−Xの率いる部隊で隊長機が破壊されたため敵の追撃部隊500と戦うことになる。 「次の戦闘は今までのようには行かない。みんな気を引き締めて。私の力でどこまでカバーできるか分からないけど各自ベストをつくすように。……それじゃあ移動開始」 小規模戦闘を10回ほど繰り返しているにもかかわらず被害が500ほどでしかないのにはわけがある。月乃の操るリングだ。人に惨殺されたかまいたちのかたみ。リングは4本を月乃の周りに残し残りは前線で戦うモンスター兵を守る。兵のピンチを察知すると飛来しエンジェルナイトに攻撃を加える。そのおかげで兵に余裕が生まれ、陣形が崩れる事もない。常に全力で戦えるようになるのだ。 60秒後撤退してきた部隊と合流、戦闘続行可能な者とそうでない者に分けそうでない者は撤退させ残りで陣形を組みなおす。それから間もなく敵部隊が追いついてきた。 月乃は腕にかけたリングを外し空中に配置する。それが合図となった。 月乃の部隊は槍のような陣形を取り中央突破から敵を分断、各個撃破を狙う。それを察したエンジェルナイトは中央を分厚く陣形を組みなおしつつ迎え撃つ。 月乃は自ら先頭に立ち敵中央に切り込んだ。月乃の周りにある4本のリングに加え月乃自身も攻撃をしてエンジェルナイトに付け入るスキを与えない。 分厚くしたはずの中央が突破された事でエンジェルナイトに動揺が生じた。その後順調に倒せているように見えたがある瞬間を境に状況が変わった。 1体だけエンジェルナイトの中にとてつもなく強い者が紛れ込んでいた。 それはエンジェルナイトの部隊長で今まで2体確認され共に撃破されている。ハイエンジェルナイトと呼ばれるそれは魔人と同等の力をもち接触した部隊に多大な被害を与えていた。1体は無敵が、もう1体はケッセルリンクがからくも勝利した。そして、3体目が月乃の部隊と接触する。 「な……なにあれ……」 月乃の目に映ったハイエンジェルナイトはその剣の一振りでモンスター兵5,60体を粉砕した。明らかにエンジェルナイトとは格が違う。 「あれは私が相手をします。みんなは他を相手して!」 むざむざ兵力を削らせる訳には行かない。そう判断した月乃はハイエンジェルナイトに奇襲をかけた。ところが奇襲のはずだったにもかかわらず回避されてしまう。 「速い……4本じゃつらいかも……」 チラリと戦場を見渡す。いたるところで激戦が繰り広げられかたみのリングがそれを援護するため飛び回っている。 「少し耐えなきゃダメね……」 相手が強いため全力で戦いたい所だがそうすれば兵のサポートが出来ず被害が増える。ま魔人になってまだ間もない月乃にしてみれば兵を壁としてみる事は出来ない。月乃は部下達の戦闘が終わるまで時間稼ぎを稼ぐ事にした。今の状態では勝てる気がしないのだから仕方がない。すぐに防戦一方になり追い詰められる。相手の一撃が重く軽量級の月乃では受け流す事が出来ない。 「つっ……!?」 攻撃を受ける腕が痺れてきた。 「まずい……」 部隊の戦闘はまだ続いている。まだもう少し耐えなくてはならない。 月乃の疲労を見抜きハイエンジェルナイトは更に苛烈な攻撃を加えてくる。4本ではもうもたない。 キィィンと清んだ音が響き月乃の鎌が根元から砕かれた。ほぼ同時に兵と交戦中のエンジェルナイト最後の1体が打ち倒される。 ハイエンジェルナイトは大きなスキを見せた月乃に肉薄、上段から剣を振り下ろす。月乃はそれを回避しようとはせず刃の残った左腕を後ろに引いた。 「間に合うかどうか賭けだったけど……」 ハイエンジェルナイトが放った渾身の一撃は超スピードで飛来したリングに弾かれ剣が砕かれる。ハイエンジェルナイトは何が起きたか分からないといった様子だ。 月乃は後ろに引いた左腕を振るった。 「賭けは私の勝ち。この娘達は私を守ろうと必死だから来てくれるって信じていたけど」 月乃は満足そうに笑みを浮かべハイエンジェルナイトの生首に話し掛けた。すでに体は落下した後。刃の上に乗せられていたそれを空中に投げ上げるとリングが切り刻んだ。 「アールコートさん、作戦終了しました。被害も大してでていません」 『ご苦労様です。そちらの空域も今のが最後だったみたいなのでもう撤退してください』 「了解しました」 月乃は両手にリングを戻し撤退していった。 ―アースガルド ブリッジ アールコートの見ている球体モニターからまた一つ赤い点が消えた。残っている赤い点、つまり敵軍は1部隊400のみ。他は10以下の部隊とはもういえないような集団のみだ。 「えっと、近いのはホーネットさんとマリアさんか……」 すぐさま回線を開き二人に指示を出す。今回は敵が動こうとしないためこちらから攻め込むことにした。兵力はマリア部隊MP−X(マリアカスタム)が2000、ホーネットのモンスター兵が2200。400を相手にするには十分な量だ。兵力的には問題ない。 しかし、魔人クラスの実力を持つハイエンジェルナイトが紛れ込んでいる可能性もあるため油断は出来ない。 「……メガラスさんに援護をお願いしておこう」 アールコートはメガラスに回線を開いた。メガラスの部隊は奇襲専門に特化した部隊だ。 「メガラスさん、至急、N−8−Tへ向ってください。そこにホーネットさんとマリアさんの部隊がいます。交戦中の敵に奇襲をかけてください。タイミングはお任せします」 『了解した』 メガラスは端的に答えると高速で移動を開始した。 ―N−8−T空域 そこからなぜか動こうとしないエンジェルナイトを包囲するように布陣する。 「さて、マリアさん参りましょうか」 「ふふふ、今回はすごいですよ」 「何がですか?」 「使う武器です。これですよ。もう、最後みたいですから出し惜しみはしないことにしたんです」 マリアの手にあるのは緑色の玉。大きさは5cmくらいでホーネットには武器に見えない。 「すごいんですよコレは。かなり高い命中力と強力な破壊力を兼ね備えた秘密兵器なんです。フフ……フフフフフ……」 マリアはかなりハイな様子。ホーネットは少し引いた。だがマリアは気にしてないようで緑の玉を握りこむ。 「『月姫』起動! 戦闘モード!」 握った玉からぬらりと光る触手が伸びマリアの肩までに巻きつく。一瞬後それは金属光沢を放つ巨大なガントレットのようになった。先端には緑の玉を挟み込むような形になり常に不思議な光をたたえている。 「これが……?」 「寄生銃『月姫』。パイアールとシルキィさんと私で作った兵器です。使用者に寄生することによって反応速度を引き上げ攻撃と防御をそれぞれ分担でき―」 熱く語りだしたマリアだが突如攻撃を仕掛けてきたエンジェルナイトによって中断させられる。 「もう! 今、ホーネットさんに説明してるんだから―」 ジャキンと『月姫』がエンジェルナイトの方へ向けられる。 「邪魔しないでよ!!」 『月姫』の先から極太のレーザーが照射された。唐突な攻撃だったためほとんどのエンジェルナイトが反応できず巻き込まれた。光が消えた後には何も残らない。 「……」 「ふう。それでですね、『月読』から『月姫』に改良するにあたって……ホーネットさん?」 敵味方無差別に固まっていた。 「え、あっ……解説は後で聞いてよろしいですか? 今は戦闘中ですから」 「そうですね。じゃあ、ちゃっちゃと片付けちゃいますか」 「へっ?」 なんだかいつものマリアと雰囲気が違う。ホーネットはマリアをみて……後悔した。目がかなりイッちゃってた。 「マ、マリアさん!?」 『月姫』は自ら思考する兵器である。機構制御の負担を使用者から軽減するための機能だが初めて使用してみて少々まずいことが判明した。戦闘が始まれば自分をより効率よく使わせるためあまり戦闘向き出ない性格のマリアに興奮物質を大量投与したのだ。マリアの様子がおかしい理由がこれだ。 マリアはエンジェルナイトの前に飛び出すと精確な狙いで猛攻撃をはじめた。光の槍が空を裂きエンジェルナイトに襲い掛かる。すぐさまホーネットが部隊を指揮しマリアを援護する。未だに動揺から立ち直っていないエンジェルナイト達はなすすべなく撃破されていく。 そんな中明らかに他と違う動きをするエンジェルナイトが現れた。しかも2体。 「あれがハイエンジェルナイト……」 その戦闘力はすさまじいの一言に尽きる。直前まで有利だった戦況が一瞬で覆された。 さらにその2体はまっすぐに指揮官たるマリアとホーネットへ向かってきた。MP−Xが弾幕を張るがあろう事か一発もあたらない。 「ホーネットさん!」 マリアの言わんとしたことは分かった。このハイエンジェルナイトの相手は部下では不可能だ。だから自分達でなんとかするしかない。 「GER−KY8!」 マリアは側にいた副官機を呼んだ。 「戦闘指揮権を一時的に譲与します。期限はハイエンジェルナイト沈黙まで」 「命令受領シマシタ。実行シマス」 副官機の背中のバックパックから小型のアンテナが伸びる。同時にMP−Xの動きが変わった。副官機の思考と直接リンクすることによって遅滞のない行動が可能になる。 ホーネットも部下に指示を終え戦闘態勢に移行する。 ホーネットが前衛、マリアが後衛。そのはずだったが相手の機動力は予想をはるかに上回っていた。ホーネットへ突っ込んできたと思っていた敵は直前でホーネットを迂回、マリアを襲う。マリアはとっさに距離をとり、己の失策に気がついた。ホーネットの連携が一瞬で断たれてしまった。 敵の攻撃を『月姫』の形成するシールドでやり過ごし反撃するが攻守どちらにもエネルギーを回さないといけないため攻撃をヒットさせてもたいしたダメージを与えられない。 ホーネットもホーネットでマリアと合流しようとするがもう1体のハイエンジェルナイトがそれを許さない。 「しかたない……ホントはここまでしたくなかったけど……」 マリアは目前の敵に至近弾を叩き込むとそのスキに部隊と大きく距離をとった。 ついで通信機でホーネットに告げる。 「ホーネットさん、部隊をまとめて撤退してください。ヘタをすると巻き込むかもしれません」 「一体何をやるつもりです?」 「制御できないから封印した機構を起こします」 ホーネットが退避したのを確認するとマリアは『月姫』に唇を寄せると呟く。 「拘束式全開放。エネルギー使用量、敵沈黙までの期間無制限。アクセス」 とたんに『月姫』から爆発するように触手が伸びた。それはマリアの全身に巻きつき白銀のプロテクターに姿を変えていく。変身というのか装着と言うのか、マリアの面影はほとんどない。印象はパイアールのPGシリーズと似ている。ただし一切カラーリングはなく姿勢制御用のスラスターもない。かわりに刃のように薄い銀の翼が6枚。翼には不思議な光をたたえている。 「システム起動成功。行動開始」 右手の銃身がハイエンジェルナイトのほうへ向けられる。 「敵対象捕捉。デリート開始」 言い終わると同時に数百を越える光の槍が放たれた。槍のそれぞれが放つ光でそれはもはや壁だった。ハイエンジェルナイトはそれぞれ地上と上空へわかれて回避、対象を失った光の槍は後方に控えていたエンジェルナイトの軍団を一撃の元全滅させた。 さらに、上昇し回避したハイエンジェルナイトは自分に影が落ちているのに気づく。頭上には白銀の翼を背負ったマリアが。 「残敵数・一」 頭から股間まで放たれた光に貫かれ即死。すべては計算ずく。 ついで下へ逃げた一体を追い急降下。すぐに、落下するハイエンジェルナイトの死体を抜き去りさらに降下する。そのスピードはメガラスと同等かそれ以上。3カウント後、戦場から脱出しようとしていたハイエンジェルナイトを視認、更に加速。古代遺跡を破壊して穿たれた巨大な穴の中に逃げ込む直前マリアはハイエンジェルナイトを抜き去り急制動。かなりきついはずの慣性を一瞬で殺し反転。正面にはハイエンジェルナイトが。ハイエンジェルナイトも急制動をかけるが慣性を殺しきれない。 「残敵数・零」 ゴツ、と銃身がハイエンジェルナイトの胸部に当たる。回避できるわけがなかった。 「対象のデリート完了。拘束式再起動」 一瞬後白銀のプロテクターは光の粒子となり『月姫』本体に消えた。 残ったマリアは青い顔で通信機のスイッチを入れた。 「アールコートちゃん、ミッションコンプリート……誰か救援によこして……」 アースガルドの浮遊力場の届く1kmの範囲を超えてしまったマリアは自分の魔法力で飛行するしかない。だが、『月姫』の開放で力は残されていなかった。今は落ちるしかない。 と、紫の影が落下中のマリアを追い抜き直後抱きとめられた。 「あ……」 「司令、メガラスだ。確保した」 「あ、ありがとう」 「……治療室へ運ぶ。ゆっくり休むといい」 ―アースガルド ブリッジ 『敵兵力ノ全滅ヲ確認。味方以外ノ生命反応消失シマシタ』 「索敵範囲と密度を倍にしてもう一度走査して下さい。それでいなければ……」 なんとか5千体のエンジェルナイトは倒す事が出来た。だが、魔人や兵の疲労はピークに達している。そのためこれ以上の戦闘は難しい。まだ隠れた兵力がいればまずいことになる。 ―地下大空洞 ルドラサウムはいらだっていた。魔王の反乱に対して、ではない。 神々が自分の呼びかけに答えない。そのことに対してだ。3極神を筆頭に下級のレベル神ですら無視してくる。呼びかけに、地上をきれいにして来いという呼びかけに答えたのはすぐ側に置いていたエンジェルナイト5千体のみ。 そのエンジェルナイトもすでにいない。 「もう、むかつくなぁ……今度は神から全部作り直そう。絶対の忠誠を埋め込んで無視なんか出来ないようにしてやる。うん、それがいい」 ルドラサウムは大きく頷くと天井を見上げた。はるか上に空が見える。 「よ〜し、みんな作り変えるんだ、どうせならボクの手で皆殺しにしちゃおう。神も、悪魔も魔王も何もかも!」 ルドラサウムは大きく尾びれを振るうとその巨体からは想像も出来ないスピードで上昇を開始、その衝撃波で地上へ続く大穴が大きく揺れる。バラバラと大小様々な岩などが落ちてきてルドラサウムにぶつかるがそんな物では彼の上昇の妨げにもならない。 ―アースガルド ブリッジ 突如警告音が鳴り響く。 『警告! 地下ヨリ巨大質量接近、スデニ回避行動ガ間ニ合イマセン!』 「そんな……まさか……!」 足元から強烈なプレッシャーが迫ってくる。その重圧はリセットから感じるそれの比ではない。問答無用で足がすくんだ。 「こ、これが……ルドラサウム……」 オーディンが脱出を促すがアールコートは立ちすくんだまま動けなかった。彼女だけではなくカイトも志津香も、アースガルドに退却してきた者全てが動けなくなっていた。 そして、全長2キロのくじらがアースガルドに体当たりした。 巨体+スピードの一撃はアースガルドを一瞬で半分以下までひしゃげさせる。 『スルトの火』のエネルギーが行き場を失い暴走を開始、体当たりからきっかり5秒後アースガルドはピカ十数発分の大爆発を起こした。球状に広がった破壊のエネルギーは大陸を真っ二つに砕いた。無論乗員をはじめ爆心地に存在していた者が生き残れる訳がない。 「ギャハハハハ! なかなか綺麗な花火じゃないか! この世界の終わりを祝うイベントとしては申し分ない!」 あの爆発の中へ依然としているルドラサウムは体をよじり大笑いし続ける。大陸は徐々に砕けていき生き物は完全に抹消された。 「ギャハハハハ! おもしろいなぁ、今度はもっと早く潰そう。楽しい世界を創ってつまらなくなったらすぐ潰す。うんそれがいい。それを繰り返して遊ぼうっと!」 完全に破壊された大陸の残骸が浮かぶ宇宙空間に狂っ創造神の嘲笑がいつまでも響き渡った……。 アトガキ(改) カミーラさんの戦闘シーンを追加しました。 とある方から感想を頂きその時に指摘されました。 33章以降の出番が一切なかったのでとりあえずここへ。 出来は……まずまず? |