第4章  嵐の前の静けさ

―翌日 魔王城玉座の間
ランスはその玉座にいる。
「1,2,3、……一人たらんぞ?」
「……バボラではありませんか?」
バボラは大きすぎるため城には入れない。
「いや、数えた」
ランスの前に活動している魔人が全て集まっているはずである。
しかし、一人足りない。
ホーネットはしばらく悩んでから該当する魔人を思いつく。
「ここにいないのはハニーの魔人ますぞえです。あの者は私ですら数回しかあったことがありません。来ないつもりなのでしょうか?」
「そうか。……それにしても意外と数が少ないな。ますぞえがきてなくて……ノスとアイゼルも俺様に仕える気は無いらしいからな……暇なときにでも消すか」
もう一度集まった全ての魔人を眺めてランスは立ち上がった。
「……まず初めに言っておく。俺様は先々代……リトルプリンセスを加えての話だが、要するにガイの遺志を継ぐつもりは無い。準備が整い次第人類領へ攻め入る。各自自分の部下を編成しなおせ」
「はっ」
「では、解散してよし。……ホーネットとアールコートは残れ」
玉座の間に3人だけ残るとえらく広く感じる。
「何でしょうかランス様」
「ああ、お前に頼みたいことがある。アールコートに魔法を教えろ。それなりに戦闘力があったほうがいいだろ」
「王様……じゃない、魔王様……私、魔法なんて……」
「アールコートお前もう少し自信を持て。魔力は魔人になった時に備わっている。少しくらい覚えておいて損はないぞ。とりあえず1ヶ月、がんばってみろ。後は頼むぞ、ホーネット」

―天井裏
そこにリーザスの女忍者かなみがきていた。マリスに与えられた任務は事実の確認。
ランスが魔王になったか否か。
「ランスだけじゃなくアールコートちゃんまで……。早くマリス様に知らせなきゃ……」
かなみはあせる気持ちを抑えて慎重に移動を開始した。
その下でランスが天井を見上げてニヤニヤしている。おもむろにカオスを抜いた。
『何じゃ? なにするつもりじゃ?』
「こうするのさ! ランスアタック!!」
石造りの天井が一瞬で崩壊しかなみの足元は崩れ落ちた。
「えっ……」
かなみにとってあまりに予想外なことは立て続けにおきた。
足場=天井が突然崩れ、気がつけばランスの腕の中に。
「よう、久しぶりだなかなみ」
「ラ……ランス……」
かなみは目を白黒させている。
「仕事か?」
「う……うん」
ついこの前までランスについていたせいで思わずうなずいてしまう。
「何だ、俺様に会いに来たんじゃないんだな」
「そんなわけないでしょ!! ……なんであんた魔王になんかなってるのよ!!」
「ま、こんなところで話すのもなんだしな……」
「いやよ」
ランスの意図をさとりかなみは先に釘をさした。
「そういうわりには逃げようとしないな」
ランスはニヤニヤと笑っている。
「本当はやってほしいんだろ?」
「ちがうってば!」
まだ抵抗するがもうこうなっては無駄だ。
「がはっはっは、みなまでいうなレッツゴーだ!」
「いやーーーーーーーーっ、ランスのバカーーーー」
魔王城の廊下にかなみの悲鳴が木霊した。

―3時間後 魔王の寝室
事が終わりベッドにいる二人。
「おい、かなみ。お前に任務を命じる」
「……今の雇い主はマリス様なんだけど」
「これを持って帰るだけでいい」
ランスはさらさらと何か書きかなみに差し出した。
「別に持って帰るついでだからいいけど……なにこれ?」
「マリスへの手紙、人類側への宣戦布告だ」
「ふーん……宣戦布告?!」
かなみは顔色を変え驚いた。
「侵攻は1か月後。それまでに対抗手段を考えるなりあきらめるなり好きにしろと書いてある。ま、確実に抵抗してくるだろうがな」
「ランス……あんた……なんで?」
「答える気はない。帰れ」
ランスは急に不機嫌になり扉を指差した。
かなみは何かいいたそうだったがランスの表情を見てやめた。
とても悲しい目をしていたのだ。
「……手紙、確かに受け取ったわ」
そういい残すとかなみは姿を消した。
「ふん……」
ランスは一人面白くなさそうに鼻を鳴らした。

―二週間後 魔王城中庭
「お前ら……絶対加護の法則に頼りすぎだ。弱すぎる」
ランスは面白くなさそうに呟いた。
彼な周りに転がってるのはケイブリス、カイト、ガルティア、レイ、ジーク、レッドアイ。
ボッコボコである。全員が白目をむいていた。
「まったく防御がなってない。健太郎と戦えばお前らいちころだ」
ランスは魔王になってからも自分の鍛錬は欠かさない。
魔王になっても彼は絶対加護の力に頼るつもりはなかった。
「ホーネット、全員治療してやれ。全員一から鍛えなおせ。死にたくなかったらな」
悠々と中庭を出ようとするランスは突然足を止める。
「……もう一人いたな、ケッセルリンク!」
霧と化し攻撃の期をうかがっていたケッセルリンクが実体化して切りかかる。
ランス曰く『稽古』は、中庭を出るまでだった。せこくも何ともないのだ。
ケッセルリンクの繰り出した爪をカオスで受け止めた。反射的に。
「あ……しまった」
『稽古』のもうひとつのルールそれはランスがカオスを抜いてはいけないというもの。
カオスをつかえばマジで手加減できないから。
『稽古』のときランスが振るうのは木刀。それで十分だった。
「チッ……ケッセルリンクは除外。来週はお前ら6人だぞ」
先週行われた一回目はメガラスを含む男魔人全員(バボラは中庭に入れないため除外。パイアールは直接戦闘に不向きなため無視)が相手させられていた。
ランスにカオスを抜かせれば次回以降参加を強制されない。
メガラスは開始と同時にハイスピードを放ちランスはこれまた反射的にカオスを抜いた。
そんなわけで今回ケッセルリンクが抜けた。
「全く、この一週間なにをやってたんだ? ほとんど変わってないぞ」
誰も返事しない。否、6人はまだ誰も復帰していない。
「……まあ、来週もチャンスはある。……絶対加護に頼るな俺が言えるのはそれくらいだな。……ケッセルリンクついて来い」
ランスは中庭から城の上空へ舞い上がる。
「ランス様、どこへ?」
「カラーの森へ行って来る。留守は任せる、ホーネット」

「ホーネットではなくなぜ私をお選びになったのです?」
森へ向かう途中ケッセルリンクが訊いた。ランスが男を伴って出かけることなんて今までなかったから。
「お前にカラーの森の護衛を任せる。戦が始まれば人間どもは強い武器を求めるだろう」
「……カラーのクリスタルですか?」
「ああ。ほかの魔人よりカラー出身のお前のほうが適役だろう」
ついでにいうと、女魔人は全部手の届くところにおいておきたい。あとは消去法だ。
数分後二人はパステルの館の前に降り立った。

―パステルの館 テラス
時間はちょうど午後のティータイム。三人は紅茶をすすっていた。
「戦争がはじまるのですね……」
「まあ、な。安心しろ、カラーには指一本触れさせん。リセットにもお前にもな」
「あーぶー」
リセットは今ランスに抱かれている。よっぽどうれしいらしく始終笑っている。
「うむ、お前はパーパが守ってやるからな。安心して大きくなれよ」
ケッセルリンクは先ほどからリセットをあやすランスを観察していた。
そこにいるのはどう控えめに見ても魔王には見えず、一人の父親にしか見えない。
魔王城にいる女にも見せたことのない表情ではないだろうか。
こんな人間としかおもえないこの人物がなぜ魔王になる決意をしたのか……
かなり好奇心を刺激される。
―帰ったらメガラスにでも聞くとするか……
誰にも聞こえないようにひとりごちるとランスを観察するのを止めた。
「そうだ、パステル。空家はあるか?」
「空家、ですか? 村のはずれに古い館がありますが……」
「が、どうした?」
「いつからあるかわからないもので住める状態ではないと思うのです」
「……見てきてもよろしいですかな? パステル様」
ケッセルリンクが席を立つ。
「では、誰か案内させ―」
「いえ、結構です。場所はわかっています」
パステルの言葉をさえぎるとケッセルリンクは優雅に礼をしてドアをあけた。
「なんでだ?」
「簡単なことです。あの館は私が建てたものですから」
そういってケッセルリンクは出て行った。
「……いつの話だ?」
「……さあ?」
ランスはしばらくリセットと遊び魔王城へ帰っていった。

宣戦布告の日まであと二日。
ランスはアールコートとホーネットをたずねた。
今までアールコートはこもりっきりで、ホーネットに訊いても約束があるといって様子を聞かせてくれなかった。
ようやくお許しが出たのである。
ランスが向かったのは魔法の訓練場。壁を頑丈な魔法結界で包まれた部屋だ。
部屋を覗き込むと疲れ果てたアールコートが壁にもたれて眠っている。
イタズラをしようかと考えるがホーネットの刺すような視線がそれをさせない。
「眠ってるな。少し後にするか……」
「むにゃ……おう……さまぁ?」
「起こしちまったか?」
アールコートは眠気を吹き飛ばすためかランスの問いに対しての答えのつもりかフルフルと首をふった。
「そこそこ上達したか?」
「はい、見ていてください。今お見せしますから」
アールコートの雰囲気がかなり変わっていた。前よりは自分に自信を持つようになったようだ。
アールコートは手を前にかざし高速で呪文をつむぐ。
魔王の血に与えられた力はアールコートの隠れた素質を引き出した。
十分に圧縮され指向性を与えられた魔力は『名前』を告げてやることで発動する。
「白色破壊光線!」
ランスの視界を白い光が埋め尽くす。
「……驚いたな、ここまでとは」
魔王の血に引き出された素質。
それはホーネットをかるく凌駕するほどの魔法使いとしての才能であった。

RC暦2月第1週
魔王軍はヘルマン方面に侵攻を開始した。
それは人類の生き残りをかけた戦争がはじまったことを意味していた


あとがき
ちなみにアールコートの魔法技能はLV3です。
ホーネットを軽く凌駕するほどですから。
……少々無茶な気もしますが。

魔王列記の部屋へ      第五章へ