第6章 ガルティア奮闘記 ―旧ゼス領 琥珀の城 その周辺にアールコートとカイト、ガルティアが率いる魔王軍が布陣している。 「―と、このように兵を動かします。相手は魔法兵団ですので気づかれる危険もありますが少なくても不意は撃てるはずです。……何かご質問は?」 紅茶の飲みながらの作戦会議。アールコートが作戦内容をカイトとガルティアに説明していたのだが……二人の頭には少々難しい話だったようで顔に?マークが張り付いている。 「……わかりました。兵への指示は私がやっておきます」 「……すまん」 ものすごくばつの悪そうなカイト。 結局、何から何までアールコート一人に任せることになってしまった。 緑の里へ行きたいからそれまでに自分にできそうなことを訊きにきたのだが……。 「三日のうちに下準備をすべておわらせます。それまでに戻ってきていただけますか?」 「ああ」 テントから出てきたカイトは額を抑えて自分の不器用さを呪った。 「3日後だな? それまでに戻ればいいんだな?」 と、中から念をおす声が聞こえたと思ったらガルティアがすごい勢いで飛び出していった。 「食いもんはどこだー!!!」 ……どうも美食探しの旅に出るらしい。ナイフとフォークを握り締めガルティアは地平線に消えた。 「はあ……言う事聞いてくれない……リーザスにいたころよりなめられてる……」 二人の魔人がいなくなりただでさえ統制の取れていないモンスターを、軍として統率するのはさらに難しくなる。成り立ての魔人1人には少し荷が重いかもしれない。 「ううん、大丈夫。ランス様がわたしに活躍の場を与えてくださったのだからなんとしてでも答えなくちゃ」 アールコートは自分を元気付けると再び魔物将軍のいる場所へ行った。 侵攻の準備が整っていく一方ガルティアはサバサバにまで足を伸ばしていた。 理由は簡単、何件か店を食いつぶし、他に店はないかと聞けば『サバサバにうまい料理店がある』と聞き出したのだ。彼の頭からはそれ以外のことが消えている状態にあった。 平和な昼下がり、ゼス一と名高い料理屋『サクラ&パスタ』突如大混乱に陥った。 「ここか! うまいもん食わしてくれるところは!!」 突然異形の男が店に飛び込んできたからだ。 一瞬後、店の中に残っているのはたまたま食事に来ていたアリオスと健太郎、店主マルチナそしてガルティアだけになった。 「こ、こいつは……魔人! 何でこんなところに!」 アリオスと健太郎はお互い顔を見合わせる。 ガルティアはどかっとカウンターに席を取りメニューを一瞥すると大声で言った。 「上から順に全部食わしてくれ!」 「ぜんぶ?」 一瞬キョトンとしたマルチナだったが、すぐにしげしげとガルティアを観察し始めた。 「まだか?」 ナイフとフォークを打ち合わせてガルティアはさらに催促する。 「少し待ってね。……あなた人じゃないわよね?」 「俺は魔人だ。それより食いもんくれ」 「後で感想聞かしてね。魔人に私の料理食べてもらった事無いから」 マルチナが奥に引っ込むと健太郎は日光を抜いた。 『健太郎様、不意打ちになさるおつもりですか?』 「……街中で戦って他の人に迷惑かかるよりいいでしょ」 日光の問いに健太郎は無表情に答える。美樹が殺されてから彼が感情を表に出すことは少なくなった。 健太郎は気配を絶ちガルティアの後ろで日光をひいた。 くゎん。 次にした音はガルティアの悲鳴でも刀が肉を切り裂く音でもなかった。 フライパンが健太郎の顔を直撃した音。 「……」 当たり所が悪かったのか健太郎はのけぞって倒れた。ガルティアはそのときになってようやく二人の存在に気がつく。 「げ、日光使いに勇者! なぜここにいる!」 「それはこっちのセリフだ!」 アリオスがすかさずつっこんだ。 「はいはーいそこまで。そこの君、店の中で刀を抜くなんてどういう神経してんの?」 「……」 反応は無い。まだ健太郎は目を回している。 「喧嘩するならこの魔人が私の料理食べてからにして。わかったわね?」 「す、すまない」 反射的にアリオスが謝ってしまう。それほどマルチナは気迫に満ちていた。 ガルティアはしばらくアリオスたちの存在を気にしていたが― 「はい、おまたせ。サクラ&パスタ自慢のカレーよ」 目の前に置かれたカレーの匂いをかぐと速攻で忘れた。 パクッと一口。ガルティアの動きが止まる。 「えっ、ちょっとどうかしたの?」 マルチナが心配そうにガルティアの顔を覗き込むと突然泣き出した。 「うめぇ……ううっ……涙が出る……」 ガルティアは鼻をすすると今度はものすごい勢いで皿を空にする。 「もっとくれ。こんなにうまいもん初めって食った」 「そう? そんなにおいしい?」 「おう。世界一だ」 気を良くしたマルチナは足取りも軽く厨房へ入る。 そして新しい料理を運ぶ、また厨房へ…… ガルティアはサクラ&パスタの食品を全て平らげた。 「ここまできれいに食べてもらえるなんてうれしいわ」 すっからかんになった食品庫を前にマルチナが笑顔で言った。 「コック、またきていいか?」 「いいわよ魔人さん。私はマルチナよろしくね」 「ガルティアだ。マルチナ、またきていいか?」 「この店がある限りいつでもいいわよ。さすがに毎日は困るけど」 あはははと二人で笑ってガルティアは店を離れた。 ―その上空 「よし、店を出た。フリークさん下ろしてください」 ずっとガルティアが店を出るまでこの3人、寒いのに空中で待っていたのだ。確かにこれだと地下から逃げない限り店を出れば見つけられる。 そして、3人はガルティアの前に降り立った。 「……イケネ、日光使いと勇者の事忘れてた……まずいな」 ケイブリスですら殺した相手がいてさらに今回は3対1。 負けは必須である。 「……だめだなこりゃ……」 そう呟きつつもガルティアは曲刀を構えた。 それと同時に正面にいた健太郎がダッシュをかけ抜刀。ギリギリのタイミングでそれを剣で受けとめる。しかし、刃よりわずかに遅れてきた剣圧でガルティアは弾き飛ばされた。何軒も建物を破壊してようやく止まる。 「くそ、受けられた!」 「小川君! もう少し考えて攻撃するんだ!」 「うーむ、剣圧だけで家を5件もぶち抜くとは……マリス殿に搾られるのぉ……」 「あいててて……あんな奴勝てるわけねぇ……」 瓦礫の山から這い出したガルティアは全身切り傷だらけだった。 以前のガルティアなら今ので死んでいただろう。ガルティアは守る事を考えさせた魔王に感謝した。 ふと見るとついさっき見たばかりの看板を見つけた。サクラ&パスタの看板だ。それが地面に突き刺さり折れている。 ガルティアの顔から血の気がひいた。 「マルチナ! 死ぬなよ! 俺はまだまだ食い足りねぇぞ!」 剣を投げ捨て瓦礫を掴んでは投げ掴んでは投げマルチナを探す。 大きな一枚を投げ飛ばした時、血だらけのマルチナを見つける。急いで掘り出すがもう虫の息だった。 「ガルティア……? 帰ったんじゃ……なかった?」 「しゃべるな。お前が死んだらもうあの味が楽しめなくなる。頼むから死ぬな!」 「……ごめん。でももう無理みたい……人間って凄く脆いから……」 マルチナの手がガルティアの目元をぬぐった。いつのまにかガルティアの自覚のないうちに涙がこぼれていた。そしてそれが何故かわからず戸惑いを見せる。 「魔人でも……涙流すんだね……」 マルチナは自分の死がすぐそこまできているのを実感した。体に力がはいらない。 「……生きていたら……人でなくなっても、生きていたら……俺にうまい物を食わせてくれるか?」 「いいわよ……すきなだけ……」 ガルティアは珍しくまじめな顔になりさっき投げ捨てた剣を拾い手首にあてがう。 軽く引きこぼれた血をマルチナの口元へたらした。 ガルティアが考え付く範囲でマルチナの命を救う方法それは自らの使徒にする事。 ただし、それは一種のかけである。魔王の血に適応できない者もいるのと同様に魔人の血に拒絶反応を起こす者もいる。 マルチナの場合もどうなるか分からない。 その様子を健太郎達は瓦礫の影から見ていた。 今ならガルティアをしとめられるが…… 誰も動こうとはしなかった。 その場の雰囲気に飲まれていた。 しばらくマルチナにすがり付いていたガルティアは、呼吸が安定したのを確かめるとすぐさまマルチナを抱えて飛び去った。 「追わないのか?」 小さくなってゆくガルティアの後姿を見てアリオスが健太郎に問う。 「……あんなのを見せられた後で剣を振るう気にはなりませんよ」 「まあ、魔人の涙なんて珍しい物が見れたんじゃ、よしとしようじゃないか」 「……そうですね」 「それにそろそろ戻らんと出撃に間に合わんかも知れん」 3人はゼス国の防衛ラインのオールドゼスへ出発した。 この24時間後、ゼスという国家は崩壊する事になる…… あとがき 読み返してみればランスが一度も出てきていないことが判明。 下書き段階では最後のほうで顔を出していたんだが、投稿時に削ったんだった……。ま、こんなのがたまにあってもいいでしょう。 |