第8章 放浪魔王T

―ゼス陥落の翌日 魔王の寝室
キングサイズのベッドの上でホーネットが体を起こした。
もちろん何も着てはいない。昨夜のランスに抱かれそのままだ。
このところランスは毎日女たちを抱いていた。今のところはホーネット、サテラ、ハウゼル、サイゼル、アールコートの5人がそうだ。
その全員がいやだとは思っておらず、むしろ他はほっといて自分だけを……なんて思っていたりする。
とにかく昨夜、ランスにかなり激しく攻め立てられ他人には絶対見せられないような痴態をさらすことになった。
ホーネットはしばらくその行為を思い出し、唐突にシーツに顔を埋めた。
10分くらいたってホーネットは立ち直ると隣に寝ているランスを起こそうとした。
その手がピタッと止まる。
何かが変だった。
その一 服を着ている。
その二 髪の色が違う。
その三 なぜかロープで簀巻きにされている。
以上の三つからこれはランスではない。
ならば、絶対に今の姿を見られるわけにはいかない。
ホーネットはためらうことなく花瓶を振り下ろした。
ぐわしゃん……
魔王の寝室に花瓶と何かが割れる音が響く……

―30分後
「ランス様……どこかお出かけになるなら一声かけていただきたいわ。わざわざこんな『置手紙』を用意なさらなくても……」
「まったくだな」
魔王の寝室にいるのは服を着終わったホーネットとロープと包帯でぐるぐるまきにされたレイがいた。顔は見えないが時たま飛ぶ紫電でレイと判断できる。
「何もわざわざ俺を『置手紙』にすることないよな、まったく」
真相はこうだ。どこかへ黙って出かけようとしたランスは、偶然レイと会ってしまう。
せっかく黙っていこうと計画していたが、レイと会ったことでそれもできなくなった。
ならば、一応ホーネットに知らせを置いていこうと決めたランスは―
「ちょっと出かける。心配するなと伝えておけ」
レイにそういって……彼を殴り昏倒させた。
当初の計画を邪魔された腹いせに。
ランスはレイを動けないようにするとホーネットの隣に転がし『置手紙』としたのだ。
「傷は大丈夫?」
「なんとかな」
レイは頭部を滅多打ちにされ危うく死ぬところだった。
ホーネットが先に起きてこんな目にあった。
もし、自分が先におきてみてはいけないモノを見てしまっていたら―
「……多分、死んでるな」
「どうかしました?」
「いやなにも」
即ごまかす。ちょっと想像していましたなんて口が裂けてもいえない。
「それならいいですが……。とりあえずランス様を探しましょう」
ホーネットは他の魔人を招集するため寝室を出て行った。レイも器用に跳ねながらそれに続いた。

―リーザス城を見下ろす丘 戦没者墓地
1つの墓の前で黒髪の女性が手を合わせていた。
墓の主はシィル・プライン。
黒髪の女性、山本五十六は花を添えると立ち上がった。
「もう……ここへはこれないかもしれません。JAPANでおきた反乱を山本家の当主として鎮圧しなければなりません。ランス王がJAPANを委ねてくださいましたから」
一人墓に語りかける五十六の後ろにある木の影にランスがいた。
黙って城を出た理由のひとつがこれだった。シィルの墓参り。
『ランスなぜでていかんのじゃ?』
ランスにしか聞こえない声でカオスが訊いた。
「……シィルの墓の前でややこし事を起こしたくない」
『変なこだわりじゃのう』
「黙れ、バカ剣」
カオスを黙らせランスはちらりと墓のほうを盗み見た。
まだ五十六はそこにいる。
「……シィルさん……あなたがランス王の心にあけた穴は大きすぎました……あなた以外誰も埋めることなどできなかった。……私でも、お慕いしているのに少しもあの方の心には触れられなかった……あなたしかいなかったのに……なぜ……」
ぽろぽろとあふれ落ちる涙を五十六は慌ててぬぐい、墓の前から走り去った。
「……あいつでも泣くんだな」
『当たり前じゃろう』
しみじみと呟いたランスは木の陰から出て墓の前に立つ。
「久しぶりだなシィル……」
そのとたん背後でガシャンと音がした。足元に木の桶が転がってきた。
五十六は水を汲みにこの場を離れたに過ぎなかった。
気がつけば疾風丸も墓の横においてある。
「ランス王……ランス王!!」
「うわっ、こらはなれろって」
急に五十六に抱きつかれランスは戸惑った。
「……ずっと、ずっと……あなたにあえない日々が不安でした……」
五十六は目いっぱいに涙を浮かべていた。ランスはこういう涙が苦手だった。
所在なさげに視線をそらす。
「……なぜ……人を捨ててしまわれたのです? なぜ、あなたを慕う者を捨てていかれたのです?」
「……絶望だ。人間という生き物に絶望した。シィルを殺した同じ『人間』である事がイヤになった。ただそれだけだ」
「……」
「女たちを置いていったのは……自ら魔人になりたいと思う人間が多くいると思うか? 誰からも畏怖される存在になろうとする人間がいるか? いやだというに決まっている。そう思ったからだ」
五十六はスッとランスから体を離した。
「しかし、それでも貴方のそばにいたいと思う者もいたはずです……」
ランスの脳裏にアールコートの顔がよぎった。
「……お前は、どうなんだ?」
「私……ですか? ……私は山本家の当主としてJAPANを治めなければなりません」
「なら、いずれ戦う事になるかも知れんぞ」
「……はい、承知しております」
丘をなでるように突風が吹きよろめく五十六をランスが抱きとめた。
腕の中で五十六は身をこわばらせる。何とか気持ちを抑えようと深呼吸を繰り返す。
―ここで言ってはいけない
そうとわかっていても膨らみ続ける気持ちを押さえ込むのは不可能だった。
「……ランス王……最後に1つだけ私のわがままを聞いてください」
―ごめんなさい、シィルさん……。貴女の前で私は……
パラリと着物の前をとめる紐がほどける。
「最後に……もう一度だけ……」
ランスは五十六を抱き上げるとシィルの墓からだいぶ離れた茂みの中に移動した。
直後、茂みの中からマントに包まれたカオスがほりだされた。
『ぬお〜〜〜やっぱりこうなるのか〜〜』
マントの上からさらにベルトで縛るという手の凝りようだった。

「JAPANを山本の者が治める限り侵攻はしない。お前の子にJAPANを継がせる約束だったからな……」
服を着終わりランスは唐突に言った。
「しかし、約束は貴方との子供だったはず……」
「多分もう会う事はないだろう。元気でな」
ランスは五十六の問いを無視して空にまい上がった。
「……もう1つ。リーザスとは国交を切れ。そのほうがJAPANのためになる」
それだけ言うとランスは遠くへ飛び去った。
「ランス王……」
五十六はランスが消えた方角をただ呆然と見つめた。

一週間後JAPAN長崎城へ入った山本五十六は一方的にリーザスとの国交断絶を表明し天神橋に関所を設けて大陸との行き来を大幅に制限した。



あとがき
実はこれに限って18禁バージョンが存在します。
あまりできはよくないのでどうしても読みたい人以外は探さないで下さい。

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