第9章 放浪魔王U ―魔王城 ホーネットの執務室 ランスがいなくなりはや3日、いつもなら進むはずの仕事のやる気が起きずひたすら山積みになっている。 「はぁ……どうしましょう」 思わずため息が出てしまうほどの書類の山。つつけば崩れる事間違いなしだ。 その書類はランスが魔王になってから進めている魔王領内の改革に関する物。 たとえば徴兵制を敷いたり物々交換から経済構造を作り上げたりとか、要するに好き勝手するモンスターたちを統制するために改革してみようというもの。 恐怖だけでなくもっと別の物でも支配しようと考えたのだ。 いまだかつてこんな事を考えた事のある魔王はいないのだが……全ての書類はこの部屋に停滞していた。 魔王捜索範囲を旧ゼス領まで広げたが一向に見つからない。 気配を探ってみても同じだ。 「はぁ……」 頬杖をつきあからさまにだらけているホーネットだが、ノックの音が響いたとたん才女の顔に戻る。 「どうぞ、お入りなさいサテラ」 「ホーネット、お願いがあるの」 うつむきつつ入ってきたのはサテラ。彼女もこのごろ元気がない。 「……人類領までランスの捜索範囲を広げてほしい」 これだけ探してもこちら側では見つからないのだからそう考えるのは当然だろう。 「しかし、向こう側へ行けば日光使いと鉢合わせになる可能性があります。危険ですよ?」 「そんなのわかってる。けどサテラはランスの行きそうな場所に心当たりがある」 「そう……全員を招集して。その心当たりとやらを手分けして探しましょう」 ランスに心配するなと言われてはいるが……やはり心配せずにはいられない。 ―無論ランスの命を心配している訳ではない。心配なのはランスの行動だ。 ホーネットが『完璧の魔人』と呼ばれる者であっても女である限りは…… ―デンジャードーム 地下10階層 暗闇の中にオレンジの光が瞬き悲鳴が静寂を破る。 その悲鳴が消えると再び静かになった。 「はぁ……はぁ……もうダメ……帰ろう……」 暗闇の中座り込んでいるのは魔想志津香。 たった一人でこの深さまできたらしく全身汗だくでボロボロ、満身創痍の状態だ。 もうまともな魔法も使えそうに無い。 志津香は腰につけた小物入れに手を突っ込むが、手がすっぽ抜けた。 「うそ……どうしよう……」 ただでさえ疲労で青くなった顔がさらに青ざめる。 地上へ帰るためのアイテム『帰り木』を落としたらしい。 志津香は穴の開いたポシェットを投げ捨てると膝に顔を埋めた。 リーザスではランスが魔王になったとわかったとたんハーレムを解体した。 戻る場所のない者はそのまま城に雇われたりしたが、故郷のあるものはほとんどが帰っていった。カスタムのメンバーは全員リーザス城を離れている。 しばらくしてゼス陥落のうわさを聞くと志津香はなぜか毎日のようにデンジャードームへ足を運ぶようになった。 ランやマリアが理由を聞いても理由を答えずに。 いつもは5階ほど降りて帰るのだが今日は調子に乗りすぎたらしい。 もう戦う気力も魔力も尽きた。 次にモンスターと会えばもてあそばれた挙句殺されるのがオチだ。 「あ〜もう! 全部あいつのせいよ! バカバカ大バカランス!!」 突然大声で叫んだかと思えば急に縮こまる。なかなかナイスな壊れ方だ。 「何度私の人生を狂わせるのよ……」 はじめてあった時そのときから狂いは生じていた。 一目見た時からひきつけられて、同時に気がつく女性の存在。 志津香の恋はあっという間に破れた。 だが、その女性が死に悲しむ反面チャンスだと考える自分もいて……。 自分がそんな女だと気がついていなかった自分を嫌悪した。 ふと耳を澄ますと足音が近づいてくる。血のにおいに惹かれたのだろうかモンスターが近づいてきた。足音から数は20前後。 だが今、数は問題ではない。今の状態では100体も1体でも同じだ。勝てる見込みはまずない。後はどれだけ楽に殺してくれるか。 女の子モンスターならすぐ楽にしてくれるだろうが…… 姿をあらわしたのは中尉ハニーを頭とする雑多なモンスターの群。 その群は志津香に気づくと足を速めた。 「あ〜あ、結局最期までランスに振り回されてばっかじゃない……」 志津香は全てをあきらめて目を閉じた。 「最期? まだまだ俺様が飽きるまで死なさんぞ」 幻聴まで聞こえてきた。ここにいるはずのない男の声が。 続いて剣が肉を裂く音。ひとかたまりになった20体分の悲鳴。 そして再び静寂に包まれる。 志津香は目をうっすらと開けすぐまた閉じた。 「お願い悪夢なら覚めて!」 ついでに頭も抱え込む。瞳に映ったのは身につけているものだけでなくその気配までもが限りなく闇に近い男の後姿。 「夢はワーグの得意分野だが……。志津香いいかげん現実に戻って来い」 「聞こえない何も見てない」 志津香はまるで幼い子供がそうする様に耳をふさぎ、目をつむって縮こまった。 「……まったく、こんな深くまでくるとわな。自殺願望でもあるのか?」 「……わかんないわよ」 自殺という言葉に反応し志津香は顔をあげた。 「……今の私空っぽなの。……な〜んにも考えられないの」 「はあ?」 ランスは首をかしげる。 「私の目標がなくなったのよ。今までそのためだけに生きてきたのに……あんたがそれを奪った……」 目標それは殺された両親の敵を討つこと。しかし、その敵はゼスと魔王軍の衝突で戦死したらしかった。 「目標がなくなったとたん、もう何もかもがどうでもよくなっちゃった」 志津香の顔に自嘲気味な笑みが浮かぶ。ただ何かが足りないような笑みだったが。 ランスは今までの志津香とのギャップにちょっとひいていた。 「……せっかくあのまま楽になれるかと思ったのに……なんでほっといてくれなかったの?」 「なに!」 ランスは突然声を荒げた。 「楽になれただと?」 「……死んだら何も考えなくてすむ―きゃっ!」 突然ランスは志津香の首をとらえ吊り上げた。 「死んで楽になるだと? そんな言葉を無責任に使うな。……確かにお前は楽になるだろう。だがな、残された者たちはそうは思うまい。ランちゃんやマリアたちがな!」 ランスが怒っているのはなぜかわかった。ランスも大切な人に先立たれている。 同じ気持ちをランやマリアにさせたくないということか……。 「お前のいつもの冷静さはどこへ行った?」 そういってランスは志津香を床に下ろした。手加減されていたようで痛みはない。 「……ランスに諭されるなんてね……ありがと」 ランスは一瞬目を丸くして次の瞬間には志津香を抱えていた。 「なっ、何すんのよ!!」 「まずい……志津香が素直に礼を言うなんて……絶対おかしい! 病院だ、病院いくぞ」 バチン。 ランスの頬っぺたに手形がつきすぐ消えた。 「お前、魔王に向かって何をする」 「蚊が止まってただけよ」 志津香は平然と言ってのけた。 フンとランスが鼻を鳴らしそのまま二人の姿はダンジョンから消えた。 ―街道 志津香が空を飛ぶのを嫌がったおかげで二人はカスタムまで歩いていた。 「……ところであんたなんであんなところにいたの? 魔王領にいるはずでしょ?」 「さあな」 実は偶然だったりする。最初はカスタムへマリアを探しにきた。しかしマリスに呼び出され留守。 仕方なくもういちどリーザス城のほうへ戻ろうとした時、町の外へ出た志津香を見つけたのだった。そのまま後をつけてダンジョンへ。 「シィルちゃんのお墓参りの帰り?」 「半分正解だな。マリアに会いに来たんだが……マリスに呼ばれて留守らしい」 「何でマリアに?」 「俺の女だからな城につれて帰ろうかと思ってな。……志津香、お前はどうする? 俺様と来るか?」 志津香は足を止めランスの視線を受け止めた。 「それは人として? それとも―」 「わざわざ訊かんでもわかるだろう?」 いつになく真剣なランスの表情。 「そうね……いいわ。ランスがどうしてもって言うならそばにいてあげる。どうしてもって言うならね」 「さっきみたいに素直になれんのか? ……まぁ、そこがお前の見ていて飽きないところなんだがな」 街道にランスのガハハハハという笑い声が響く。 横ではごく自然に笑う志津香がいた。 が、突然ランスは志津香を抱き上げ街道沿いの茂みに飛び込んだ。 「ちょ……ランス何よ! 私はベッドの上じゃなきゃイヤ!」 「黙れ、静かにしろ」 志津香の口を押さえ上空を見上げる。 高速で何かが通り過ぎた。 「ふう……危ないとこだった」 とんでいったのはメガラス。まっすぐにJAPANを目指しているようだ。 「……さて、もう一回リーザス城へ行くか。ただ注意していかんとまずいな……」 「あんた、魔王なのにお尋ね者なの?」 「……ホーネットも、いらん心配を」 ランスは魔王城の方角を見ると呟いた。 そして、ニヤニヤ笑いを浮かべて志津香を振り返る。 志津香は己のミスに気がつく。すでに手遅れ。 「そうかそうか。そんなに抱かれたかったのか」 「うそ、さっきのナシ!」 叫んでみるが、こうなったランスを止めるすべはない。 結局、志津香は青空の下3ラウンド相手をする事になった。 あとがき ふと思ったが、デンジャードームの10階まで1人で行けるものなのだろうか……。 ゲーム中にはほぼ無理だけど。 |