第10回 エデン侵攻・前編

―コフン ヤマト事務所
「どうでした、ワーグ」
奥の休憩室から出てきたワーグに無敵がすぐに詰め寄る。
「う〜ん、まあ、死にはしないと思うわ。今は山沢がついてるわ」
「そうですか、よかった」
「で、これ」
安堵する無敵にワーグが差し出したのは鎖のついた小さなカード。
「これは……認識票ですか? 名前はプリシラさん。ウィミイ空軍所属か」
「そう。傷を見るために服を脱がせたら首にかけてたわ」
「あの〜、だれっすかあのウィミイ人」
「拾い物。エデンの近くで見つけたの」
「はぁ」
なんとも要領を得ないというふうの鬼門。
「後で説明しますよ。ビノノン王が帰ってきたら」
朝方、一人で事務所にいた鬼門がついうとうとし始めた頃、無敵とワーグが大慌てで帰ってきた。しかも無敵は血だらけの女性を抱えて。すぐさま、闇医者を呼びワーグと山沢が看護して今に至る。
「すまない、遅くなった」
玄関を見ると血だらけのビノノン王がいた。
「怪我……じゃないですね。返り血ですか」
「うむ。すぐそこでウィミイ兵に絡まれてな。急いでいたので始末してきた」
「それで避けそこなったと」
「話があると聞いているが先に血を流させてもらうぞ」
そこにいるだけで血の匂いが充満する。確かにこのままでは話も出来ない。
「早めに戻ってきてください」
「分かっている」
ビノノン王はシャワー室に消えた。
「山本さん、ワーグさん。彼女が目を覚ましました」
「あら、意外と早いわね。もう少しくたばってるかと思ったけど」
「一応軍隊にいるんですからそれなりに体力もあるんでしょう。じゃあ、とりあえず移動しましょう」
「始、ビノノン王が出てきたらこっちに来るようにいって」
「ういっす」

―仮眠室
現在は保護されたプリシラの病室となっている。
『意識は戻ったのね。よかった〜』
何故かお子様モードのワーグがウィミイ語で話しかける。
『……ここ……は?』
『地域管理組合ヤマト新王国の拠点です』
無敵もウィミイ語で答える。
『……私は、助かったの?』
『はい。傷もそれほど深くありませんでしたから。でもまだ無理はしないで下さいね』
『……! イハビーラの改造人間は!?』
『捕獲しようと思ったのですが、意外と強くなっていた上、彼方が負傷したので撤退しました。相手にも手傷は負わせたので追ってこなかったようです』
『……彼方達は……強いの……?』
『まあ、それなりに』
『山本悪司よりは強いよ』
『山本悪司を知っているの!?』
プリシラはベッドから跳ね起きるとワーグに詰め寄った。だが、傷が痛んだのかその勢いもすぐに消えた。
『知ってるも何も、敵なんだ〜。対立組織のえらいひとだもの。もしかしてあいつのところに行くつもりだったの?』
『ええ。彼なら腐敗しきったエデンを何とかしてくれる。少なくても力は貸してくれる』
『ふ〜ん。じゃあ、ここにいてよ。エデンは私たちも嫌いだかどうにかしたいと思ってるの。悪司組よりは戦力が上で、彼方の望みと一緒なんだよ?』
『その通りだ』
そこへビノノン王が入ってきた。その瞬間誰もが絶句。
「……ビノノン王、お願いですから服を着てください」
ビノノン王は仮面以外素っ裸で。無敵は目を露骨にそらした。
「しかたあるまい服は返り血で汚れ使い物にならん。代えの服は古墳にもどらなくては無いからな」
「じゃあ、せめてバスタオルでも巻いてください」
「……それもそうだな。少し待て」
バタン。扉が閉まってビノノン王が姿を消しても微妙な雰囲気。
『さて、もうしばらく待ってください。今の人が僕らの長なので。中身は古代の王様なんですが身体は借り物だそうで』
『え、ええ、分かりました』
相変わらずなんとも言えない変な空気が部屋に満ちる。無敵たちは早くビノノン王がもどってくるようにと願った。
「待たせたな」
「……」
「ちょっと顔貸して」
腰にバスタオルを巻いただけのビノノン王はワーグに引きずられてシャワー室のほうへ消えた。そしてすぐに引きずられて戻ってきた。
『何度も済まんな。どうも女性の身体はやりにくい』
『……まあ、話を進めましょう、ビノノン王』
『うむ。話というのはだな。三日後に嵐がやってくる。それに乗じてエデンを制圧しようというのだ。詳しいことは、今は省くがエデンの総司令官にまでたどり着けばそれを何とかする手立てはある』
『イハビーラを? それ以前にエデンに侵入できるだけの戦力があるの?』
『戦力は十分。ここにいる以外に何人かいるうえハニー達もおる。それに、その気になれば無敵殿ひとりでも何とかなるのではないか?』
『無敵おにーちゃん強いもんね〜?』
『いや、さすがにそれはちょっと……。そうそう、悪司組へ行くよりここにいた方が安全です。悪司組はエデンの前に本拠地を潰しますから』
何よりも先にリセットを助けに行かねばならないから。
『リセットおねーちゃんがね、捕まっちゃったの』
『僕の姉でここの幹部なのですが……なんとしてでも助けに行かないといけないのです』
『……幹部が一人増えたくらいで本当にエデンを落とせると思ってるの?』
『はい』
プリシラの問いに無敵は即答した。プリシラは一瞬目を見開く。
(本当に、何とかなるのかもしれない……)
調べて分かったイハビーラの正体、非人道的な実験の数々、模擬戦と称した勝手な戦闘行為。
止められるなら手段は問わない。
『……お願いするわ。私も協力する』
『ではこちらこそよろしくお願いします、プリシラさん』
『なぜ名前を?』
『ああ、先ほど認識票を確認しました。さて、では自己紹介からはじめましょうか』
自信たっぷりに話し始める無敵を見ているとプリシラはどこか安心している自分に気づいた。以前どこかで感じたことのあるような感覚。あれは、誰にだったか?

数刻後、那古教の聖女も集められプリシラを含めた実行部隊の打ち合わせが行われた。
最初に、いまや町中に溶け込んだスパイハニーから悪司組が出発したことを確認する。次にミドリガオカにある悪司組の本部を強襲、リセットを奪還する。奪還に成功し次第エデンへ移動。移動手段は市議会に交通規制をやらせて道を確保。悪司組とは別ルートから侵入し(プリシラの情報と合わせていくつかのルートを想定)念のために通信施設を無力化しイハビーラまで突き進む。無敵の魔眼で意識の自由を奪えば同時にオオサカの実権を得られる。

準備は着々と進められとうとうその日を迎えた。
天気は雨。風も強く、夜になればさらに崩れて大きな嵐となる。
それはオオサカに大きな変革をもたらす嵐ともなる。

―エデン
「さぁて、行くか」
「では時計あわせ。1、2、3、ハイ」
ワーグの流した情報に見事乗せられた悪司組は夜陰に紛れ、エデンへの侵入を開始した。
戦力の全てを集めた総力戦。当然、本部は手薄になる。置いてきたのはほんの数人。

―ミドリガオカ 悪司組事務所
「旦那様……」
事務所に残った悪司の妻喜久子はエデンのある方角の空を仰ぎ見る。
最初はついていくつもりだったが、おなかの子供に障ると却下された。事務所に残っているのは喜久子の護衛が数人だけだ。その数人で悪司の帰る場所を守りきらねばならない。
喜久子は薙刀を握り締めた。
「……ワーグ、思ったより残っているようですが?」
「これくらい障害にもならないでしょう?」
「しかしですね……妊婦さんに薙刀を持って凄まれている今の状況どうやって脱しろと?」
「山本無敵さん、でしたね? これはどういうことですか?」
鋭い目つきで無敵を睨みつける喜久子。無敵は少したじろぐ。
「定石どおりに相手の戦力が割かれている今の状況を利用して拠点を制圧することにしました。抵抗は無意味です。貴女とエリートヤクザ5人ではこの人数の相手など到底無理でしょう?」
「……やってみなければわかりません」
ミドリガオカを守るのは6人。対してヤマトはビノノン王をはじめ、無敵、ワーグ。山沢麻美に鬼門始、那古教の聖女3人。そして、プリシラ。残りはハニーと一緒に拠点防衛。
人数的にはさほど違いは無いが個人の戦闘力が違いすぎる。
「仕方ありません……姉上をこれ以上待たせるわけにも行きませんから」
予備動作も無しに無敵は距離を詰めた。反応できたのは喜久子一人。部下のエリートヤクザは気づく間もなく峰打ちを喰らって沈黙した。
あまりの早業に喜久子は息を呑む。確認できた太刀筋は最初の一撃のみ。後は追うことも出来なかった。
「子供を宿した女性に手を上げることは出来ません。危害は加えませんから投降してください」
戦力差をまざまざと見せ付けられ戦慄する。
だが、喜久子は震える手に活を入れ無理やり構えを取る。
「……引けません」
目には強い意志。無敵は魔眼での支配を試みるが通じそうに無い。
「眠らせようか?」
「そうですね。ただし、見せる夢は選んでくださいよ」
「はいはい。じゃあ、これくらいで」
ワーグの力が解放された。
「えっ……!?」
強烈な眠気。その向こうには恐ろしい何かが待っている。寝てはダメ。
ギリリと歯を食いしばり旋回する薙刀は自分の足の甲を突き刺す。
痛みは意識を繋ぎとめる。
「……これ以上は止めた方がいいわね。その強い魂は魅力的だけど……」
魂を奪うのは無敵が嫌がる。殺してはダメならこれ以上は無意味だ。
ワーグはさっさと見切りをつけた。
「……分かりました。小細工は無しにお相手しましょう。それで貴女の気が晴れるなら」
無敵が二本の刀を構えた。その構えに殺気は無い。だが、同時に一分の隙もない。
「ワーグ、彼方達は姉上を探してください。この人は何とかします」
「わかった。後は任せて」
裏に回って事務所へ親友するワーグたちを止める手段など喜久子にはない。
目の前の強敵をどうにかした後で追うしかない。
そう考えるが、体は戦うことを拒否する。自分の実力が相手の足元にも及ばないことを自覚している。だが、喜久子に選択肢は無かった。
「えいっ!!」
鋭く踏み込み鋭い突きを繰り出す。自分で傷つけた足が痛むがそれでは止まらない。
それに反応して無敵が動く。
「龍牙弐式・透蹴(とうしゅう)」
相手の攻撃を受け流し踏み込んだ相手の真横に移動する歩法。普段はここから無防備な相手に強力な連携を叩き込む。だが、今は薙刀を破壊し、呆然とする喜久子の首に手刀を入れて気を失わせただけ。
「ふう、素直に攻撃してきてくれて助かりました。目が醒めた後は色々変わっているかもしれませんが今はゆっく寝ていて下さい」
「あ、無敵〜、元気にしてた?」
一息ついた無敵の後ろには連れ出されたリセットが。無敵は笑顔のまま姉のほほをつねった。それはもう力いっぱい。
「いひゃいいひゃい、いひゃいひょひゅてき」
うにうに。リセットのほほは意外に伸びた。
「何か言わなければならないことがあるのでは?」
「ごめんなさい」
「よろしい。逃げられるならさっさと戻ってきてくださいよ……。心配で……」
「大丈夫、貞操は守ったから」
「そういう問題では……それもあるんですが命の方が大切です」
「これのおかげでなんだよ」
話を聞いていないリセットはスカートをめくりあげた。なにやらごつごつした下着が。
「って、姉上! 人前で何をしてるんですか!」
「みてみて、て〜そ〜たいって言うんだって。ハゲ頭から奪ったの」
とりあえず頭痛を覚えたので、リセットのことはワーグに任せることにした。
ワーグならうまくコントロールして作戦を説明してくれるだろう。
無敵は市議会に連絡をいれ交通規制と車を回すように指示を出した。

―エデン
「ちっ、兵力が分散してるっていってもやはり本拠地だな……」
「しかも、扉に阻まれて立ち往生だ」
少しでも壁から身を乗り出せば高所に設置された見張り台から狙撃される。それのおかげで負傷者が何人も出た。
「どこかから中に入れればこの扉の鍵を開けることもできるだろうが」
「入れる場所があればこんなところで立ち往生など……まてよ、悪司。侵入口を見つけた」
「ん?」
殺の視線の先には通風孔がある。
「ふたを外してくれ。私ならあそこをくぐって中に入れる。悪司たちは別棟の通信施設を制圧するんだ。帰ってくるまでには開けておく」
「けどよ、さっちゃん。それはあまりにも危険すぎやしないか?」
中にどれだけ兵士がいるかは知れないが一人で踏み込ませるなど危険すぎる。
「ならば他に手はあるか?」
現在手詰まりなのもまた事実。このままではキョウの本隊へ連絡が飛ぶ。
しばらく悩んだ後悪司は殺に向き直った。
「すまねぇ、頼めるか?」
「任せるがいい。私を誰の子だと思っている?」
「へへ、頼れるな。だけど、無茶は止めてくれ」
「うむ。引き際は心得ているつもりだ」
悪司は通風孔の鉄格子を外し、殺を中に入らせる。
「頼んだぜ、さっちゃん。……よし、残りは別棟へ入るぞ!!」

―エデン外壁
「さて、到着したわけですが……派手なお出迎えですね」
「リセット達ってよっぽど有名人?」
「というより、悪司組の増援を断つための配置といった感じですか」
ミドリガオカから最速でエデンに着いたリセット達だが外壁にはすでに護衛兵士が配置されていた。一般兵ばかりだが数は多い。
「いきなり総力戦か。まあ、問題ない数だが仕方あるまい」
ビノノン王はドスの鞘を払いやる気満々。他のメンバーも身構えた。
「無敵殿、プリシラ殿、先に中へ。ここはワシと鬼門が引き受けよう。鬼門、相手の陽動を」
「おっしゃ、行くぜ!!」
「大丈夫ですか?」
「すでにハニーに招集をかけた。戦力は十分だ」
「分かりました」
遠くの方にから地響きが聞こえる。ハニーが大挙して押し寄せてくる。
それに気をとられた兵士たち。その隙にビノノン王と鬼門は突きつけられる銃口の槍衾の中に突っ込んでいく。弾丸が飛び交うがすばやい鬼門にはかすりもしない。乱戦になると銃は敵同士に当たり混乱を招く。
あれなら問題ない。
無敵は最後尾で流れ弾を打ち払い残りのメンバーをエデンに侵入させた。
「語武運を」
あとがき

とりあえず、そろそろ終らせないと二人の世界の続きに行けないのでダッシュで書いています。ゆえにちょっと文章が荒いところも。
そのあたりは目をつぶって読んでください。……無理?


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