第六回 混沌の序章

―ミドリガオカ 悪司組事務所
いつもの見回りを終えた悪司が戻ってくると島本が険しい表情でまっていた。
「お帰りなさいませ、若」
「おう、ただいまっと。どうした、何かあったか?」
「ヤマトの件ですが予想以上に手が早く、那古教と手を結んだようです」
「……冗談だろ?」
「いえ。実際ウメダに配置したメンバーは撤退してきています」
「あそこにはさっちゃんとその部下を配置したはずだぞ?」
冗談ではないと島本の表情が語っているがにわかに信じがたい。
「向こう側の派遣兵力は那古教信者4人と青年1人。この青年が全て撃退したとのことです。これが、おそらく喜久子さんと元子さんが助けられたという青年でしょう」
「……山本無敵、か」

―フナイ
「はっくしょん! ……あれ?」
「風邪ですか?」
「う〜ん、噂かもしれませんね。体調管理には気を配っていますから」
「ここと元の世界の気候の違いが影響しているかもしれませんから気をつけてくださいね」
「そうですね。さ、そろそろ悪司組も来てくれたようですし始めましょうか?」
フナイのど真ん中人が最も集まる繁華街の中心。そこでビノノン王たちヤマトの勢力と大杉剛が率いる悪司組とが向かい合う。少しはなれた場所には無敵たちがわざと集めた野次馬がたむろっている。
「こんなに野次馬を集めて何のつもりだ?」
「何度もここに足を運ぶのがめんどくさいのでたくさんの人に認めてもらおうと思いまして。何か不都合でも?」
「戦闘に堅気を巻き込むな。それだけは言っておく」
「ただの観客です」
「ええ〜、人質に―もがもが」
何か言いかけたリセットの口をワーグが押さえて黙らせる。
「……とりあえず僕はそんなことするつもりありません。正直なところ異世界の強者と戦うのが楽しみなんですよ」
無敵から見ても大杉の実力はかなりのものだ。大杉も無敵の気配で相手が只者でないことを悟っている。
流れ的に無敵対大杉の構図が出来上がり悪司組は固唾をのんで、ヤマトは明らかに楽観して見守っている。
が、ワーグが無敵に飛びつき耳元でなにやら囁く。
「無敵、あのつぶらな瞳のおじさんの魂が欲しいの。だから代わりなさい」
アダルトバージョンでの命令。まず逆らえない。
「……僕が倒したのではダメですか?」
「ダメよ。夢に捕らえなければ魂は奪えない。だから代わりなさい」
殺気も帯びた命令。無敵もさすがに折れた。否、折れるしかなかった。
「と、いうわけで〜、おじちゃんの相手はワーグだよ」
得体の知れない少女の登場に大杉もさすがに動揺を隠せない。
敵だ。そして、明らかに危険な匂いがする。しかし、愛らしい風貌にそれがごまかされてしまう。何よりも拳を振るうことに抵抗があった。大杉の割と常識的な部分が待ったをかける。
「来ないの? じゃあ、ワーグからいくよ?」
ワーグの隣にいたラッシーが白い塊を吐き出す。それは力士の形になり大杉の前に立ちはだかった。
「はっけよ〜い、のこった!」
「ぬんっ!」
これが相手なら躊躇する必要ななかった。全力で振りぬいた拳が力士を粉砕する。
が、本命は
「おじさんの魂は綺麗なの。今まで見てきた中でベスト10には入るよ。……だから、頂戴ね」
力士の陰にいたワーグは大杉の首に後ろから抱きつく。力を解放。
大杉の世界が大きく歪んだ。
「なっ……これ……は!?」
強烈な眠気が襲う。そして野生の本能的にこのままでは危険と悟った。何とかしなければ。
ひざをつきかけた大杉は何を思ったか体勢が崩れるままにまかせ両手を地につく。
「ぬううん!!」
そして、アスファルトが陥没するほどの頭突き。額が大きく割れて大杉の顔が真っ赤に染まる。
「うおおおおおおっ!!!」
さらに、雄たけびと共に立ち上がるとワーグを掴み自分から引き剥がす。
「くっ! なんて奴!?」
そのまま振り回し近くの電信柱へワーグを投げつける。
「ワーグ!」
無敵がガードに向かうが間に合わずワーグは電信柱に叩きつけられた。
この世界に着いてから魔人の絶対防御は存在しない。ワーグの耐久力は見た目より少し頑丈な程度でしかない。頭部から血を流しかなりの重症だ。無論意識はない。
「山沢さん、ワーグの手当てを。姉上もお願いします」
無敵は真剣な表情で大杉の前にたった。
「正直ワーグが敗れるとは思いませんでした。その精神力には感服します。ですが、これで負けるわけには行かなくなった。ここで負けてはワーグに申し訳が立ちませんので」
寒気のするような殺気が無敵から発せられる。耐え切れなくなたった野次馬のほとんどが逃げ出した。
「……一切手加減しません。お覚悟を」
「珍しいわ、あんなに無敵が怒るなんて」
「ふむ、寒気がするほど禍々しい殺気じゃな……」
「な、なんで二人とも平気なんですか?」
「やべ、立ってられねぇ」
ビノノン王とリセットは平然としているが山沢と鬼門はそうではないらしい。ワーグの応急手当をする手は動いているが明らかに萎縮している。
悪司組のほうでも似たようなもので戦えそうなのは大杉1人だった。
「参ります」
先に動いたのは無敵。一気に距離を詰める。
「ふん!」
それに合わせるように大杉も間合いを詰めダッシュストレートを放つ。
「はっ!」
大杉の拳は無敵の刀に止められぼたぼたと血を滴らせた。
「たとえ貴方が武器無しであれど容赦はしません」
「っつ……まだまだっ!!」
傷ついてない拳がうなるがやはり無敵を捉えることは出来ない。
「長引いても苦しむだけです。これで終わらせます」
無敵は異様に低い大勢で大杉の懐へ入り込む。大杉には無敵が消えたように見えた。
再び視界に入った時にはもうどうしようもない状況だった。
「龍牙弐式・昇」
回避行動と切り返しが一体の技。さらに相手を浮かせるため次の技につながるという性質を持つ。返しで放たれた内臓をえぐるような肘撃ちがみぞおちを突き上げる。
「がっ……」
恐ろしいほどあっさりと大杉の巨体が浮き上がる。
肺の中の空気が強制的に押し出され視界が白む。無敵は最後の技に移行。
「柳生奥義・鬼哭転生」
大杉が最期に見たのは蒼い気を纏った刀で放たれる突きの一撃だった。

―数時間後
「くっ、おそかったか……」
無敵たちの動向を探っていた岳画殺が戦場に着いたときにはもう何もかもが終わっていた。
悪司組の生存者はコフンに捕らわれ、死体となった者は市議会の手回しによりさっさと回収されていた。
誰の目に見ても勝敗は一目瞭然だった。
「……まさか大杉まで負けてしまうとは……」
大杉の戦闘力は悪司組で1,2を争う。
それが敗れたとなると……。
その考えが浮かんだ殺は押し殺したような笑いを漏らした。
正直怒りを禁じえない。新参の組織にこれ以上好き勝手にさせられまい。
「この借りは兆倍にして返すぞ」
殺はコフンの方を見据えフナイを後にした。

―ヒラカタ
町の一角にとてつもなく豪華な邸宅がある。
ピーチマウンテンこと桃山組の本部である。PMはワカメ組とオオサカを二分していた勢力の片割れ。現在もコウベより西の地域のほとんどを統括している。
現当主は桃山リンダ。若干5歳の幼女である。
その当主の部屋をノックするものがいた。
「どうぞでしゅ」
「失礼します。悪司組と交戦している勢力の情報が入手できました」
桃山家に代々仕える執事の家系、支倉家の当主・支倉ハイネは手にした紙をリンダに差し出す。
「ヤマトなんちゃらでしゅね」
「はい。組織的には少人数ですが、サポートするように数多くのハニワが行動を共にしています。しかし、一部の人物の個人戦闘力が恐ろしいほど高く、悪司組を圧倒しています。また、那古教とも交戦状態になった時期もありましたが和解したようで支配範囲も拡大したと考えていいでしょう」
「こちらへは侵攻してきそうでちゅか?」
「今のところはその動きはないようです。しかし、市議会がすでに制圧されているため、もしかしたらこちらへも手を出してくるかもしれません」
「市議会が一組織に加担するのも変でちゅね……元市長はなんと?」
「あいつが言うことを聞かなくなった、だそうです」
「現市長は替え玉」
「いえ、すでに本人とも接触しました。……なんと申し上げていいのか分かりかねますが、強いて言うならば動かされている、でしょうか。自分のではない別の意思に。あの雰囲気は催眠術にでもかかったような感じがしました」
「……とりあえず、敵対する意思があるのかないのかがしりたいでちゅね……悪司組だけが目的なら挟撃してみるのもいいかもしれまちぇん」
「しかし、リンダ様。悪司組の元となっているワカメ組とは協定があります。組の名前が変わり代替わりしても協定は生きています。協力するならばヤマトではなく悪司組の方かと」
「……もうすぐ、わたしのお誕生日でしゅね?」
「はい」
「悪司組とヤマトの幹部、両方に招待状を出してくだちゃい。その様子次第で対応を決めまちゅ」
「はい、ただちに」
一連のやり取りが終わり執事は命令を遂行するために部屋を辞す。
リンダは椅子から飛び降りると窓の外を睨みつける。
「ああは言ったものの……なんだか嫌な予感がするでちゅ」

―ヤマト新王国 事務所
「はにほー、王様、お手紙きてた」
時はちょうど昼食の時間帯。今日は無敵と山沢が作ったスパゲティが山盛り出されている。
「ふむ、手紙とな?」
ビノノン王はハニーから手紙を受け取ると送り主を見る。
「桃山組からじゃな。……桃山組といえば川向こうの勢力じゃったか?」
「はい。かなりの影響力を持った組織です」
「そこの当主の誕生日パーティーとやらをやるらしい」
「もしかして招待状ですか?」
「うむ」
ビノノン王が手紙を無敵にわたし、リセットがそれを奪い取り、ワーグと山沢、鬼門がどれどれと覗き込む。
「……姉上」
「本物っぽいよ。はい、見てみて」
「……どういう意図かは分かりませんが、やはり行くべきでしょうね」
「でも、PMのパーティーと言えば上流層の人たちが集まる場所……こんな格好で行くのはちょっと……」
「……それもそうですね。行く者を選出して服の調達に行きましょうか」
「リセット、無敵、ビノノン王、ワーグに山沢。決定ね。始は居残りね」
「俺はむしろその方が助かるっす。堅苦しい場は苦手なんで……」
「ふむ。異論はない。相手になめられぬようにしなければな」
「でも、パーティーの主役よりは目立ってはだめですよ?」

こうして、3大勢力の幹部が集う舞台が出来上がった。ただ、悪司たちとリセットたちはお互いが来るとは思っていない。
そして、集めたリンダもこのパーティーがオオサカの情勢を混乱させることになるとはまだ知らない。
さらに、エデンの司令官が代わり、その人物の落とす影がオオサカを覆い隠そうとしていることなどまだ誰も気づいていない……。

あとがき

次回、色々と転機になる話。……例によってたぶん。


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