第9回 エデン変質

―コフン ヤマト詰め所
『や〜ん、お姉ちゃん、山本悪司に捕まっちゃった〜。というわけで捕らわれのお姫様を助けに来るよ〜に。リセット』
丸っこい可愛らしい文字で書かれた手紙。書かれた物が血の付いた布っぽいけど手紙。
「……あのバカ……どうせ、王子様に助けられるお姫様の気分を味わってみたいとかなんとか言っちゃってわざと逃げないのよリセットは」
ハニーが持ってきた手紙を一読するとワーグは大きくため息をついた。
「だが、この手紙を残す余裕がいつまであるとも限らん。早めに手を打つべきじゃな」
「そうね。無敵が帰って来たら取り返しに行きましょうか。ついでに悪司組も壊滅させて万々歳。……そろそろ、本気で帰りたいから」
「ふむ……確かに忘れそうになるがそなたらの世界はここではないのだからな」
「そいうこと」
ワーグは大陸世界を思い出し遠い目をする。
が、ドタバタと詰め所に誰かが入ってきたためそれも中断された。
「ビノノン王、なんかヤバイ雰囲気だぜ!」
「ん? どういうことだ?」
見回りから帰ってきた鬼門は窓際にワーグとビノノン王を招き寄せる。
「あれを見てくれ」
指の指す先にはウィミイ兵が何人かいた。
「特に変わったところは見受けられないが?」
「いつもより重装備なんだ。ただの見回りじゃねぇよ。あと、数もかなりいる」
「戦争でも始めようとでいうのかしら?」
「どれ、わしも様子を見てこよう。ハニー達からも何か聞けるかもしれん」
ビノノン王を見送るとワーグはソファーに戻りまた大きくため息をついた。
「……そういえばエデンの司令官が代わったって話を森から聞いたわね。それのせい?」
「あ、あの兵隊達こっちにきやがる!」
『代表者はいるか!』
士官クラスであろう女性兵士が詰め所に入ってくるなり叫んだ。
『今はいないからワーグが聞くよ』
お子様モードのワーグは流暢なウィミイ語でそう答える。最初にラーメンとして取り込んだ情報の中にあっただけだが、女性仕官は一瞬あっけに取られたようだ。
だが、すぐに任務を思い出したようでなにやら紙を取り出し読み上げた。
『コホン、エデン司令官イハビーラ・メッコーの名において、この地域を我々のエデン駐留軍の直接管轄地域とする。お前達はすぐさまこの地域の管理権を譲渡すること。これは地域管理組合への命令である。以上』
「……は?」
「ワーグさん、アイツなんていったんです?」
「聞き間違いじゃなければ、この土地はエデンのモノにするからお前らは出て行けって……始、すぐに市議会にコンタクトを。現状を全て聞いてきなさい。あと、ハニーを使って主だったメンバーに召集を」
「お、おう」
『何をこそこそ話している?』
『ワーグは料理法について話していただけだよ。鬼門のおにーちゃんには責任者を呼びに言ってもらったの。ワーグじゃよく分からないからちょっと待ってくれるとうれしいな』
『確かにこんな子供と話しても仕方がないか。……よし、待たせてもらう』
『じゃあ、ワーグと賭けをしない?』
『賭け?』
女性仕官はワーグの言葉に首を傾げる。
『何分で責任者が戻ってくるか、でも賭けの対象にするのか?』
「そんなんじゃないよ」
ワーグはニホン語で、
「お前達が他のメンバーが戻ってくるまで生き残るかどうかを賭けるの。最近ストレスが溜まる一方なの。……たまには発散しないと」
言葉と同時に女性仕官を詰め所の外へ蹴り飛ばす。魔人の身体能力から繰り出される一撃を受けた女性仕官はおもちゃのように飛び、外で待機していた部下であろう兵士の中に落ちた。落ち方が悪かったのか首が変な方向に曲がっている。
悲鳴と怒号が上がる。が、それは一瞬で消えた。目の前に立つ少女を見て兵士は固まった。
そう、蛇に睨まれた蛙のように。
「私の能力は夢に誘いその魂を奪う物。……でも、お前達雑兵の魂になんて興味ないの。だから今日は使わない。お洋服が汚れるかもしれないけど自分の手でくびり殺したい気分なのよ」
見た目と裏腹な殺気。姿だけ見ればあまりにもセリフと合致しない。
「ふふ、大丈夫。ワーグはこうみえても力持ちなんだから〜」
急に口調を変え、兵士はわけがわからないという表情を作る。
「リミットは無敵おにいちゃんが戻ってくるまで。さぁ……踊りましょう?」

―ミドリガオカ 悪司組事務所
「……なんだって?」
「ウィミイの新司令官の命令です。市街戦のシミュレーションという名目でオオサカ各地を接収しています。我々の支配地域ではヒノデ、ハクア、ナンコウがその対象となります」
事務所で島本からの報告を受けた悪司はいらいらした様子で椅子に腰掛けた。
「……何が目的だ?」
「それなのですが、市街戦の仮想敵役は我々、つまり地域管理組合なのです。……シミュレーションといってはいますがウィミイ軍は実弾を使用し、仮想敵、つまり我々を殺傷する許可が下りています。一方組合側へは支配権譲渡の命令だけで、抵抗するなとも殺すなとも言われていません」
「新司令官、なんって言った?」
「イハビーラ・メッコー。若は一度会っているはずです」
「……那古教の教祖を捕獲しろって頼まれて断ったな。……まさか、それへの報復か?」
「今の時点ではなんともいえません。ただ、相手は侵攻してきますので迎え撃ち様子を見るのが妥当かと」
「ウィミイと戦争か。やってやろーじゃねぇか。……ところで他の勢力はどうだ?」
「ウィミイの接収地域のほとんどは那古教とヤマトのものです。……おそらく我々と同じように行動するでしょう」
「ヤマトの方が気になるな。あそこの幹部がこっちの捕虜になってるからな」
それを聞いて島本はもう一枚の報告書を取り出した。
「若、そのヤマトの幹部ですが採取した髪の毛の分析で興味深いことが」
「何がわかった?」
「少なくともあの幹部はこの世界の人間ではありません」
「……異能者でもなく、異世界の人間だとでもいうのか?」
「DNAらしきものは存在するのですが解析できませんでした」
「……あんなのがごろごろいる世界ってどんな世界だ?」
「それはわかりかねます」
「はぁ……ともかく兵隊の配置変更も忘れるな」
島本が一礼して部屋を辞すと悪司は窓際で仁王立ちに。
「対立組織にウィミイ、宗教。……何が相手でもかまうもんか。オオサカを取るのは俺だ!」

―シキナ 那古教本部
「なるほど、こんなところに隠し部屋が……」
「はい。ここが本当の聖女の間なんですよ」
無敵は意識を回復した土岐に案内されて隠し部屋に到着した。
そこには数人の信者と月ヶ瀬がいた。ただ、無傷のものは誰もいないようだ。
「寧々さん!」
「遥!? 山本さんも……」
「残ったのはこれだけですか?」
「はい……他のものは抵抗し、命を落としました」
「そうですか。……とりあえず、月ヶ瀬さんと土岐さんはヤマトの事務所へ。古宮さんがいます。連れ去られた由女さんの対策はそこで考えましょう」
「……わかりました」
「では急ぎましょうか。お二人とも手を」
「手?」
「歩くと時間がかかるので飛びます。大丈夫、怖くありませんよ」
面倒を避けるため無敵は邪眼の力を行使。二人の手を取るとまとめてミストフォームをかける。残された信者達が驚く中3人は姿を消した。

―ヤマト事務所前
ミストフォームを解き着地した無敵は辺りにたちこめる濃密な血の匂いに顔をしかめた。
「ワーグ、その格好はどうかと思いますが?」
「そこはお世辞でも綺麗だといいなさいよ」
「流石にそれは無理です」
きっぱりと言い切る無敵。あちこちに返り血を浴びたワーグはあからさまに不機嫌な顔になる。
「……何があったのです?」
「中に入って。そこの呆然としている二人も」
無敵の後ろでは土岐と月ヶ瀬が自分の体中をぺたぺた触り、異常が無いか確かめている。
「ご安心を。体重1gも変わっていません。再構成も完璧です」
「……体重……」
二人は無敵を睨みつけるが無敵は気づかず。
そのままワーグを含めた4人は中へ。
「おう、無敵殿、ご苦労じゃった」
「那古教本部に強襲をかけた勢力はまだ不明ですが派遣兵力は無力化しました」
「うむ。その兵力じゃが、おそらくエデンじゃ」
「エデンが、ですって?」
ビノノン王に月ヶ瀬が詰め寄る。
「そうじゃ。エデンの司令官が今朝代わったらしい。市議会からの情報によると名前はイハビーラ・メッコー。一時期エデンに身を寄せていた科学者らしい」
「イハビーラ……」
「イハビーラって確か、本部に来て由女様をAのなんたらって呼んだ人ですよね?」
「……そうね。あの由女への執着心がここまでだとは……」
「あんた達にも心当たりがあるのね。じゃあ、決まり。無敵、エデンを落とすわよ」
ワーグの言葉に事務所内がざわめいた。
だが、ワーグは気にせず言葉をつむぐ。
「最近思ったんだけど、ちまちまと地域管理組合同士で土地取り合戦やるよりも、支配の頂点を押さえたほうが手っ取り早いと思わない? 市議会を手中に収めた今、エデンを支配できればそれはオオサカの支配と同義。その司令官を捕獲して無敵の傀儡にしてしまえば悪司組の始末も簡単よ。殺すも追放するも指先一つってね」
「しかし、警備はすさまじいですよ?」
「そうでもないわ。今、エデンは市街戦のシミュレーションと銘打って町中に兵士を派遣している。つまり、エデンは今手薄になってるはず」
無敵はちらりと外を見た。ワーグに壊された兵士達の骸がそこにある。
「なるほど、あれはその兵士達ですか」
「そう。目障りだったからヤマトの地域内に侵入してきた兵士は私が殲滅したわ」
撃退ではなく殲滅。今さらだが、月ヶ瀬は手を組んだ者たちの恐ろしさを目の当たりにした。人に見えるが人ではない。
「姉上もエデンに捕らわれているのでしょうか?」
「リセットなら悪司組よ。元気にしてるって。……こら、待ちなさい」
すでに救出へ向かおうと走り出す無敵。だが、後ろからパイプ椅子が。
事務所の出入り口に差し掛かった無敵は後頭部にワーグの投げたパイプ椅子をくらい座り込んだ。かなり痛そうだ。
「つ〜〜〜」
「話は最後まで聞いて。あんた達が帰ってくる前に悪司組にもそれとなく情報を流してあるの。あいつらがそれに乗れば本拠地は手薄になりリセットの救出は容易」
「何の情報を流したのです?」
「司令官はかなり美人だということ、あとエデン内の兵士がほとんどいないこと、後は天気。三日後に嵐が来る。その情報を」
「……悪司組もエデンに攻め入ると?」
「そうなった場合、私たちはまず手薄になった悪司組本部を奇襲、帰る所を無くしリセットを救出、すぐに悪司組を追跡してエデンへ侵入、強行突破で先に司令官を手駒にする」
「ふむ、確かにそれはやってみる価値があるな。あと、エデンへ侵入した際は那古教の教祖殿の救出もせねばなるまい」
「その作戦、私たちも参加するわ」
「陽子!」
「陽子さん!」
奥の簡易ベッドに寝かされていた古宮が起きてきた。まだ体力は戻っておらずふらふらだ。
「教団にここまで被害を与え、由女に危害を加えたエデンを放置は出来ない」
「そう、好きにしたらいいわ。じゃあ、こうしましょう。私とリセットと無敵の三人で司令官を目指す。他は教祖の救出に回ればいい。……最悪、悪司組が誘いに乗ってこなければ、先に悪司組を滅ぼせばいいだけだしね。計画の詳細は変わらない」
「しかし、ワーグいつの間にそんな下準備を?」
無敵が疑問を口にする。
「普段で歩いている時にあっちこっちにスパイを作ってばら撒いてあるの。夢で精神を破壊して私のいうことだけを聞く人形をね」
「なるほど、ただ遊び歩いていただけじゃないんですね」
「そうよ。すごいでしょ? 褒めてもいいわよ?」
なでなで。無敵はワーグの頭を撫でた。とたんにワーグの表情が不機嫌になり―
「……」
無言でふるわれたパイプ椅子が無敵の側頭部を強打した。
「わ、ワーグ……」
「子ども扱いするな」
「ごめんなさい」
その場にいた全てのものが確信した。ヤマトの真の支配者、それはリセットでもビノノン王でもなく彼女だと。

―ミドリガオカ
「発想の転換です。地域管理組合をまとめるのは市議会、市議会を支配するのはエデン。ではエデンを支配すれば?」
「すなわちオオサカの支配、か」
「はい。エデンの司令官は当然女性。若なら手篭めにすることで支配すればいいわけです」
「あの強気な女をか。面白そうだ」
「現在エデンは各地に出兵していて守りは手薄です。薄いといっても正面突破は無謀というもの。幸い3日後に大きな嵐がきます。それによって軍の無線を無力化します。つまりはキョウの本隊や懲罰部隊の介入を遅らせることが出来ます。嵐と夜陰に紛れて侵入し、まずは通信施設を制圧、しかる後司令室を制圧します。条件はそろっていますがやはり賭けは賭けです」
「だが、いまの状況だ。賭けてみてもいいだろう」
「承知しました。その方向で進めます」
島本は一礼して部屋を去り、入れ替わりに殺が入ってきた。
「中々面白い話をしていたな、悪司よ」
「なんだ、さっちゃん。聞いていたのか」
「うむ、ちょうど通りがかったのでな。エデンの奇襲か。最近奴らがのさばりすぎている。あの高い鼻っ柱をへし折ってやれば……ククク、面白いことになりそうだ」
「だな」
「さて、では私は今週の課題をさっさと済ませてしまうとしよう」
「おう、がんばんな」
「そうだ、悪司」
引っ込んだ殺が再び今に顔をのぞかせた。
「全兵力を連れて行くつもりであろう? ここや、わかめ組の屋敷の方はどうするつもりだ?」
「う〜ん、あっちには捕虜もいるからな……やっぱり連れ戻そう。戦力は裂けない。こっちの防衛に少し残そう」
「ふむ。ならば妻を残しておけ。戦闘にはだせんだろう」
「わかっているさ。もう半年ほどだからな」

―コフン ヤマト事務所
「さてと、とりあえずは侵入経路の確認くらいはしとかなきゃね。無敵、エデンに行くわよ」
「あの、今日はあっちに飛んで、こっちに飛んでとへろへろなんですが?」
弱音を吐く無敵を睨むとワーグは土岐の襟首を掴んで無敵の前に突き出した。
土岐はワーグの力に驚き目を白黒させ、無敵は意図を測りかね首を傾げる。
「栄養補給。これが嫌なら他のでもいいから早くしなさい」
「えっと、い、今はいいです」
「じゃあ、黙ってついてくる。ビノノン王、後は頼んだわよ」
「うむ、心得た」
ワーグと無敵はそのままエデンに向かうこととなった。
昼間のパーティー、リセットの失踪、那古教の襲撃。体力は大丈夫でも気力が無くなりかけていた。だが、ワーグには逆らえない。
無敵は小さくため息をつき、ワーグの後を追う。

―エデン、ハルセ境界
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その女性は木の陰から周囲を見回し呼吸を整える。続いて大きなショットガンに弾をこめ、いつでも撃ているようにする。
まもなく足音が近づいてきた。女性は無言で距離を測り飛び出す。
相手は完全に射程内。引き金を引いた直後違和感に気づいた。追手ではない。
思わず目をつぶる。目の前には惨状が広がっているはずだ。
『そ、そんな……』
今撃った銃は至近弾の一撃で人間をぼろくずにできる威力を持つ。
女性は震えながら目を開いた。
「いきなり、そんな大きな銃を撃つなんて感心しませんね」
「まったくよ。ラッシーが気づかなかったら二人とも死んでいたわ」
「わふわふ」
もう一度目をつぶり開く。目の前には誤射を受けたであろう若い男と幼い少女、そして白いもこもこした犬っぽいものが。
ぱくぱく。何か言いたいが、言葉にならない。
「ゆっくりお話を聞きたいところですが……今日は厄日ですか?」
無敵は1歩前に出て刀を抜く。
背後の気配に気づき、振り返った女性は蒼白になった。
『追いつかれた……彼方達、逃げて!』
『逃げて、だって。かえろっか?』
ワーグの口から出たのはウィミイ語。再び女性が驚く。
『いえ、敵を捕獲して帰りましょう。あれはついさっき僕が殺したはずの者達ですので』
『ふ〜ん、あれがね。猫に鳥に爬虫類、かな?』
『あれはイハビーラの改造人間! そんな武器じゃ勝てないわ!』
『無敵、手伝おうか?』
『必要ありません。相手の手の内は分かっています』
一拍置いて無敵は一気に加速する。
標的は那古教の本部で戦ったあの3人。
光のほとんどない森に銀の閃光が煌めいた。
あとがき

相変わらずバイオレンスな香りがそこかしこに。
……当初の予定ではここまで行かなかったのに、なぜでしょうね?

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