魔王列記・外伝U 邂逅 −その少女とであったのは運命だったのかもしれない あの頃の私は山に住む魔物をとりまとめていた。魔王の命令により魔物は山奥へ追いやられ地域ごとにまとめ役が任命される。私が任命されたのはたまたま目があったから。 理不尽な決め方だが相手は魔王。逆らえるわけがなかった。 結局私は命令を受け入れたが最初の頃は誰も言うことを聞こうとはしなかった。 だが、ある程度力を見せつけることで多くのものが従うようになった。 それによりいつしか私はリーダーとして扱われるようになっていた。 魔物の中でも地域ごとのいさかいがあり、隣接する、かまいたち・月乃がまとめる地域とは特に多かったのを覚えている。実際、抗争にまで発展しそうになり、それを阻止するため私と月乃が決闘する事にもなった。勝敗は……どうでもいい。 少女のうわさを聞いたのはそんな頃だった。 「南地区が全滅?」 「はい。そのことを伝えに来たものも先ほど息を引き取りました。……やったのはたった一人の人間とのことです」 普通は信じることなどできない。南地区には20体ほどが住んでいたはずだ。それが成すすべなく全滅、しかもたった一人の少女によって。普通なら信じられないがなぜか私はそれを素直に受け止めた。 「しかし、なぜ人間がこんな山奥まで来たのでしょうか?」 部下が疑問を口にする。理由は考えずともわかる。南地区はもっとも人里に近い。その上荒くれ者が多く人間に対する殺傷数がほかの地域よりずば抜けていた。それゆえ報復を受けたのだろう。襲撃のさい、つけられたかなにかして居住区を叩かれた。 だが解せないのは相手が一人ということだ。凄腕の冒険者か傭兵を雇ったかあるいは村の出身者にそういうものがいたか。どちらにせよ一度様子を見に行かなくてはならない。 「直接見に行ってみるわ」 「相手は相当の腕、気をつけてください」 「分かってる」 思えばこの判断が私の生き方を変えた。 私は弓を携え周囲に気を配りながら南地区へ足を向けた。 居住区に踏み込むといたるところに仲間の死体が転がっていた。どれも急所に斬撃が一撃づつ的確に入っている。繰り出された攻撃が全て致命傷のようだ。 しかも攻撃に迷いが無い。もはやこれは生半可な相手ではない。 と、他とは違う死体を見つけた。外傷はほとんど無い。にもかかわらず大量の血を吐き絶命している。この敵は体の内部に直接ダメージを与える技も持っているというのだろうか? ―ガサリ 背後で茂みがゆれる。反射的に振り返り同時に矢を放つ。ガチャンと言う手ごたえとともに全身を激痛が走り弾き飛ばされる。 ……謎は解けた。ハニーだ。理由はわからないがこの敵はハニーと組んでいる。20体もの荒くれ者がやられた理由その原因は味方にまぎれたハニーの攻撃。背後から不意打ちを受けパニックに陥ったのだろう。 まだ空中にいるうちに一気に5本の矢をつがえ体勢も立て直さぬまま同時に撃つ。 当たるとは思わなかったが牽制にはなるはずだ。事実、背後で待ち構えていた気配は矢をつがえた時点で距離をとった。状況判断も的確。 「ハニ吉、大丈夫?」 「大丈夫、まだ戦える」 会話のする方を見るとまだ幼い10歳くらいの少女とブラックハニーがいた。ブラックハニーの胴体に矢が突き立っている。しかし、たいしたダメージではないようだ。 即座にこれからの行動を模索する。先に倒すべきは絶対命中の技を持つブラックハニー。ハニーフラッシュを受け続けるのは絶対にまずい。 矢をつがえ3連射。ブラックハニーはトライデントでその矢を弾く。二本目が弾かれたのを目安に四の矢を射る。僅かにずらされたタイミングにブラックハニーは反応できない。 ど真ん中に命中。 「アイヤー!?」 死んではいないようだがもはや戦闘不能だろう。ブラックハニーはフラフラと立ち上がると戦場を離脱しようとする。逃がすものかと五の矢、六の矢を放つ。 だが射線に飛び込んできたもうひとりに打ち払われた。 「ハニ吉、撤退して。合流はいつもの場所」 ブラックハニーはトライデントを上げて応えると後ろを振り返ることなく戦線離脱した。 「あんたなかなかやるね。名前は?」 「名を訊くならば自ら名乗るのが道理と言うものだろう」 と、言いつつも彼女の名前はさっき聞いた。リセットというらしい。 JAPANの人間ではない。 「そうだね。リセット・カラーっていうの。よろしくね。さ、名乗ったよ。名前は?」 「切華(キリカ)。一つ訊きたい。カラー族がなぜJAPANで魔物を狩る?」 「パーパや、五十六さんのお手伝いをするにはリセットが強くなって優秀な部下を持つようにならなきゃいけないの。切華、リセットの部下にならない?」 唖然とした。さきほどまで殺気を振りまき命のやり取りをしていたと言うのに今は一切の悪意も敵意も持たず私を懐柔しようとしている。度胸があるのかあるいは自分によっぽどの自信があるのか。 「……断る」 「じゃあ、後でもう一度聞くから。リセットが勝ったら考え直してね」 よほど自分に自信があるわけか。おもしろい……。 「いいだろう。だが、お前が負けた時は死ぬ時だ」 「もちろんだよ」 言い終わらないうちに矢を掴み束ねたままつがえる。相手はまだ構えてもいない。 地面と平行に5本の矢を放つ。放射状に放つためよけられる範囲は限定される。こちらの思惑通りリセットは縦に跳んだ。続けてもう5本、さっきの攻撃と垂直に重なるように放つ。空中ではよけられまい。慌てたリセットは無理矢理体をひねり全段命中は回避した。だが、足によけ切れなかった2本が刺さる。首尾は上々。 素早い機動力を持つ相手はまずその機動力を封じなければならない。 封じてしまえば後は赤子の手をひねるようなものだろう。 着地に失敗した所へ追撃を入れる。しかし、これはリセットの持つ小太刀に弾かれた。 「つぅ〜危ないなぁもう!」 リセットは矢を引き抜くとスカートの裾を破きそれで縛り止血をほどこす。 「今度はこっちの番だよ!!」 闘争心はなえるどころか余計に燃え上がったようで、リセットは怪我をものともせず突進してきた。反応が遅れた。怪我のせいでスピードが下がるものと思っていたがほとんど変わっていない。矢をつがえる時間もよける時間もなかった。大きく振りかぶった小太刀が脇腹に吸い込まれる。本当に殺す気は無いようで峰打ちだった。 だが、威力は充分で次の攻撃に備える余裕も無い。 矢を当てたはずの足が跳ね上がり爪先が顎を捉えた。世界が揺れ白濁していく……。 負けた。そう自覚したのを最後に意識は白い光にのまれた。 気がついたとたん顔を覗き込むリセットと目があった。自信に満ち溢れた大きな瞳に吸い込まれるような錯覚に陥る。 「起きた? 気分はどう?」 「……悪い」 いまだ頭はくらくらする。良いわけなど無い。 「そう、でも話すくらいはできるよね?」 一応疑問形にはなっているが選択の余地は無いらしい。 「ああ」 「えっと、切華だったよね、貴女は私に戦闘で負けた。本来は死んでしまっているはずだけど死ななかった。切華からしたら死ねなかったの方が正確かな? 負けたからって死にたがってるなら別の死に場所を用意してあげる。だからそれまでリセットの部下にならない?」 『死に場所を用意する』とても誘い文句には聞こえない。あまりの滑稽さに自然と笑いがこぼれた。 「……いいだろう。一度は失いかけたこの命お前に預ける。好きなように使うがいい」 そんな言葉が出た。一瞬自分でも驚いたが後悔はしなかった。 あれからもう二年ほど経つか、時間とともに『リセット警備隊』のメンバーは増えいつの間にかNO,2におさまっていた。変化はそれだけではなく私の心情にも大きな変化があった。今となっては死に場所などどうでも良かった。あえて、死に場所を決めるとすればリセットの身代わりとなって命をおとす、それくらいだろう。 「切華、そろそろ起きて。日が暮れちゃうよ」 軽く頭を振って覚醒させる。大ムカデとの激闘でよっぽど疲れていたようで生き残ったメンバーはみな爆睡していた。 「さ、お城に行こ。五十六さんに紹介しなきゃ」 「すまないリセット、私は辞退させてもらう。今日は帰ってゆっくり寝たい」 本音だった。 「そう? じゃあ好きにして。今日はホントにご苦労様」 リセットに別れを告げ自分の家がある城下町のはずれに向う。そこに受け入れられたのはひょんな事だった。 城に住むリセットとの通信役であった私は隠れ家を探していた。そんな時町外れに魔物が襲撃をかけていた。ただそれを説き伏せ追い返しただけだ。 その区画に住む人々は正体を明かしたにもかかわらず無償で家を貸してくれた。 「あ、切華お姉ちゃんだ!」 跳びついて来たのは近所の女の子達。もちろん人間だ。 「離れた方がいい。汗やら血やらで匂いがキツイ」 「じゃあ、お風呂に入ろうよ」 「あたしも!」 「あ、ずるい。私も!」 断ると言う選択肢は無いようだ。ふと、彼女たちの母親と目が合った。 「ご苦労様。お怪我は無いですか?」 「いえ、たいした怪我は」 ここに住み始めてほぼ二年。人間というものに対して持っていた偏見や誤解は全て氷解した。あの時、リセットに負けて今の私がある。 魔物としての生き方を捨て、人間にもなれず中途半端な私だが今の生き方は好きだ。 「考え事?」 少女の一人が顔を見上げる。 「いや、たいしたことじゃない。さ、お風呂に入ろう。準備するから薪を割らなきゃ」 笑顔でそう答える。二年前の私ならうかべ方も知らなかったであろう表情。リセットとの出会いが私の運命を大きく変えた。 私としてはそれが悪いほうではなく良い方に変わったと信じている。 ATOGAKI 外伝シリーズ第二弾です。 外伝はすべて特定のキャラの一人称で話が進みます。しかも女性キャラを主人公に据えてしまったためかなりてこずりました。といっても外伝を書けるような男性キャラはいないのでまあ、仕方ない事ですな。外伝Vのプロットは出来ていますが掲載は……希望があればということで。 ちなみに語り手は髪長姫の邪美。リセット警備隊の生き残りメンバーがメインとなります。 以上、ASOBUでした。 |