広大な宇宙空間を二つの影。それは追うものと追われるもの。
前を行く影は円柱のようなシルエットの大型船で、地球籍の大型輸送船『アルテミス』という。外宇宙でテラフォーミングされた星へと物資を運ぶ船であり本来なら無人の護衛艦を引き連れるはずが今その姿を見ることはできない。護衛艦はかなり離れたところに漂っていた。船腹に大きなレーザー痕が残り完全に沈黙している。無人のために安全面を無視した重装備、重装甲の艦船だが今は見る影も無い。
どうも後ろの影―かなり小型の楔のようなシルエットを持つ船に撃墜されたようだ。
『アルテミス』は必死に後続の船を振り払おうとする。が、船が大きすぎるためそうスピードは出ない。
「くっ……振り切るのは不可能か……総員戦闘配置! 乗り込んできた海賊どもからなんとしてでも積荷を守れ!」
『アルテミス』の艦長が部下に指令を下す。
同時に警報が鳴り響きクルーが手に銃を持ち持ち場に散っていく。
「見ていろ、海賊ども……そう何度も積荷を奪われてたまるものか!」

この船は海賊に襲われているのだ。
時は24世紀人類が宇宙に出てから300年ちょっと経った頃である。
舞台が地球の海であろうと広大な宇宙であろうと船があるところに彼らは現れる。
『海賊』から『宇宙海賊』になったにすぎない。

アルテミスの後ろにつけている小型船、そのブリッジで一段高いところに男が立っていた。この海賊船『サラマンダ』の船長グラムスである。歳は30手前といったところか。これといった特徴は無いが一箇所だけ例外で目立つ。右手は金属の義手になっている。
「カイン、クチバシの用意をしてくれ」
カインと呼ばれたのはまだ10歳に満たないであろう幼い少年だった。驚いた事にその少年が舵を握っている。
「了解、キャプテン。ラミさん、誰もいないところをスキャンしてこっちにお願い」
「うん、わかった。ちょ〜っとまってね」
その少女はおっとりと答えた。どことなく高貴な雰囲気をまとっていて海賊をやっているようには見えない少女だ。かもし出す雰囲気はおっとりしているがコンソールの操作にはよどみが無い。
ラナがコンソールを叩きだしたのを横目にグラムスはきびすを返しブリッジを後にした。行く先は船の下部に取り付けられたクチバシのところだ。

「ようやく来たか。待ちくたびれたぜキャプテン」
打ち込み式・突撃口=クチバシの前に二人のクルーが待っていた。一人は白兵戦に向いてないように見える痩せ気味の二枚目男。もう一人はどこからどう見ても人間ではない。顔は精悍な黒豹で体も黒い滑らかな毛並みがそろっている。宇宙開拓時代に発見された数少ないヒューマノイド、クアールの民だ。
彼の名は人の可聴域では発音できないためクアールと名乗っている。
「暴れたくてウズウズしてるのか? 勢いあまって殺すなよ」
「わかってるさ。怪我はいいが殺しはするなだろ? 何年お前とつきあってるとおもう?」
「わかってるならいい。作戦はいつもと一緒だ。俺がブリッジをクアールが積荷のある倉庫を、それからロッカはクチバシの死守。頼むぞ」
「「了解」」
『キャプテン、準備完了です。いつでもどうぞ』
「30カウント後に射出だ。行くぞ!」
三人はクチバシに乗り込んでいく。
直径2mほど、長さ5mの円柱の先に返しのついた衝角がついたそれは船の装甲を貫き、中に乗込んだ者を無理やり敵艦に送り込む。護衛艦に頼り切っている大型輸送船などは白兵戦に対する手段をほとんど持っていない。あるのは戦闘経験の無いクルーによる人海戦術くらいか。

―アルテミスブリッジ
「艦長! クチバシに喰らい付かれました!」
「被害は!?」
「左舷第3ブロックに命中、人的被害はありませんが気密レベルに若干の変化があります。DからCです」
「……気密レベルについては無視、海賊の掃討を最優先だ。惑星機構への連絡はまだつかないか?」
「はい。強力なジャミングを受けており、通信機器が全滅の状態です」
部下の報告を受け艦長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。視線の先にはモニターの中心に映る小型船がある。
「たった一隻の海賊サラマンダか……。一体何者なんだ? 惑星機構の情報にも一切載っていない謎に包まれた賊か。……しかし、相手が誰であろうと、今回の仕事は成功させなければいかんのだ」
艦長は自分のレイガンの安全装置をはずす。
「これが最後の仕事。奪われてなるものか」

―アルテミス 中央ブロック
「な、何で当たらないんだ!?」
アルテミスのクルーが驚愕の表情を浮かべてままあとずさる。視線の先にいるのはグラムスだ。数十条のレーザーが飛んでくる通路をただ歩いてくる。携帯する武器は今や遺物とも言える拳銃が一丁。後は義手のみ。
「まあ、この腕には金をかけてるんでな。外宇宙の異星人から買ったモノが色々と仕込んである」
クルーの撃つレーザーはグラムスから一定の距離でその起動を曲げる。その一定距離よりグラムスには近づかない。
「これは一定の指向性をもった光をはじく機能。おかげでこちらは実弾系の武器しか使えないのが欠点だが」
トリガーオン。クルーの額に銃弾が当たる。同時にバチっと紫電が走りそのクルーはぴくぴくと痙攣を起こすだけになった。
「―無害化するのが目的だから弾の使い分けが利くこれのほうが俺としては扱いやすいな」
呆然としているクルーに一発づつスタンブリットを打ち込む。バリケードを作ってブリッジ前を守っていたクルーは全て沈黙した。
「しかし、ここまで大掛かりなバリケードを潰すのは楽じゃないな……」
バリケードというより壁。廊下いっぱいにいろんな物が積まれている。
「回り道はないし……やるか」
グラムスはぶんぶんと右手を回しバリケードの解体にかかった。

―サラマンダ ブリッジ
船に残った二人の非戦闘員はのんきにティータイムとしゃれ込んでいた。
「う〜ん、ラミさんの星のお茶は美味しいね」
「ふふふ、ありがとう。私の星ってこれくらいしか自慢できるものが無いから」
ラミとカインはモニターのむこうで行われている戦闘には目もくれず、独自の世界を楽しんでいる。
と、電子音が鳴り響きラミはコンソールに指を走らせた。
「えっと、あちらの方からみたいね。えっと、書類に不備? あらら、大変だわ」
「どうしたのラミさん?」
カインがコンソールを覗き込む。血の気が引いた。
「これって、まずくない?」
「大変ね〜」
送られてきた文書にはこうあった。襲う船の指示を間違えたと。

―『アルテミス』倉庫
「……これはどうしたもんかな」
暗い倉庫の中でクアールは積荷を眺め首をかしげた。
「確か積荷は星間戦争の兵器だったはずだよな……?」
目の前にあるのは天辺が見えないほど積まれた食糧の山。続いて上の見えない薬の山。
さらには圧縮空気のボンベと建築用の資材が所狭しと。
「……実はこれが兵器……なわけないか。どうなってやがんだ?」
しばらく考えても答えは出ず。元々、頭を使うのは苦手だ。
「よし、キャプテンに合流だ」
さっさと決断するとクアール音も無く走り出した。
向かう先はブリッジ。

―クチバシ 到着地点
「ん〜まだかな、キャプテン?」
クチバシの死守を任された二枚目男ロッカは先ほど倒したアルテミスのクルーの服をあさっていた。そのうち、ふと手にしたものを怪訝そうに見つめる。
「……」
ロッカが見つめるそれは身分証らしい。
「……これはマズイな。何でこんなことになったんだ?」
誰に問うでもなく疑問が口に出る。
ロッカはクチバシ内部に戻り、本線との連絡パスを開いた。
モニターにのん気にお茶を飲んでいる二人が映る。
「ちょっといいかい、ラミちゃん?」
『あらあら、ロッカさん。ちょうどいいところに』
ラミはカップを置くとコンソールに向かう。
「率直に聞くよ? 間違ったのは俺たち? それともあっちの奴らか?」
『キャプテンが間違えるわけ無いじゃないですか。あちらの情報官です。ロッカさん、急いでキャプテンに知らせてください。いつのもジャミングのせいで連絡不能ですの』
「キャプテンが制圧するのが先か、俺が止めるのが先か、微妙なとこだが行ってくる」
『はい、いってらっしゃい』
ロッカは手にした身分証を投げ捨てグラムスの向かったブリッジへ走り出す。

投げ捨てられた身分証に刻印されたロゴは現在人類をまとめる惑星機構のものだった。
このカードのロゴを考えたのは誰かも分からない。
惑星機構が成立した正確な時は誰も知らない。
宇宙開拓期、似たり寄ったりの統治組織が乱立し銀河中が混乱した。その混乱が収まった時にこの組織はあった。
誰がいつ創設したのか、本部はどこにあるのか、方針は誰が決めているのか。それも誰も知らない。しかし、組織としての惑星機構は現に機能している。組織のことで分かることは無いに等しいが統治は非の打ち所が無く誰もが受け入れている状態だ。

「ロッカ、持ち場はどうした?」
いつの間にか、ロッカの横にクアールがいた。音も気配も無い。
「あっちのやつらの大きなミスだ。キャプテンに伝えないと」
「やはりミスだったか。倉庫に兵器は無かったぞ。その代わり―」
ロッカがクアールの先を制す。
「言わなくても思い出した。目的の船と同じ星にいく船がもう一隻あった……。これだよ」
「あっちの間違いか?」
「そうだね。確か同型艦だったはず……おそらくそれで間違えたんだろう」
「初めてだな、こんなことは」
「そう何度もあってたまるか」
そこで二人は会話をやめ先を急いだ。

―アルテミス ブリッジ
「無駄な抵抗はしないでいただこう。そうすれば命までは取らない」
立っているのはアルテミスの艦長とグラムスの二人だけ。他のクルーはレイガンの効かないグラムスに格闘戦を挑み、敗北し床に転がっている。
「断る」
「こちらも疲れるので出来れば断らないでもらえるか?」
「断る」
「年寄りだからといって手加減はしないぞ」
「わしはもう65だ。だからといって、手加減などしないでもらいたい」
「なるほど、自信ありか。武器密輸船の艦長をやるだけはある」
グラムスのつぶやきに艦長が眉をひそめた。
グラムスもそれに気づきお互い首をかしげる。
「あ〜、殴りあう前に一つ聞かせてくれ。この艦の名前は?」
「アルテミスじゃ」
「……もう一つ。積荷は?」
「テラフォーミング中のセイロン星への補給物資だ。……一体何のつもりだ?」
それを聞いたグラムスは米神を押さえた。
「……あのバカ……船籍くらい把握しとけよ……」
と、その時ブリッジへの扉が開きクアールとロッカが現れる。
「くっ……時間稼ぎか!?」
「いや、違うが」
「キャプテン、この船どうも―」
「言わんでも分かった。ああ、艦長。今さらここまでやって言うのもなんだが……すまん、襲う船を間違えた」
沈黙。
「というわけで俺たちは撤退させてもらう」
まだ硬直している艦長を残しグラムスたちはそそくさとブリッジから逃げ出した。
そのまま、クチバシへ一目散。途中気絶から覚醒した『アルテミス』のクルーに会うが再び気絶させることで事なきを得る。
「カイン、回収を頼む。あと、すぐに跳べるようにワープ機関をアイドリングに」
『了解』
「キャプテン、これは?」
「この艦と今回の目標は同型艦、航路も同じときている。あいつらが間違えるのも無理は無いかもしれない。まあ、アルテミスの者には悪いがこのまま逃げさせてもらおう」
クチバシが抜けようとするとアルテミスのシステムが気圧の変化を感知、その区画が封鎖される。それを確認するとサラマンダはクチバシを引き抜く。すぐさま方向転換し、安全圏まで距離をとる。ワープ時に近くに他の物があると巻き込む恐れがあるためだ。
「キャプテン、ワープ先の座標は?」
「一旦帰還しあいつらに灸を据える。それから目標の位置を再検索。出発はその後だ」
「了解、じゃあ、帰還します」
宇宙空間に開く虹色の歪み。
サラマンダはそこに飛び込みその空間から姿を消した。




中編