オオサカ武勇伝・ぷらすA

―2日目 ミドリガオカ 悪司組事務所

「つ……ソファーなんて寝るもんじゃねぇな」
身体をボキボキならしながら悪司が身体を起こす。
彼のベッドルームはリセットに封印されてしまったためリビングのソファーで寝ることになってしまった。寒い上に身体が凝ってしかたがない。
「あ、ようやく起きた。おっはよ〜悪司」
「おう、おはようさ……なにやってんだ?」
キッチンからいい匂いと共にリセットの声が聞こえる。
悪司は匂いに吊られてキッチンを覗き思わず疑問を口にした。
キッチンではエプロン姿のリセットが鍋をかき回している。
「朝ごはん作ってるの。みてわからない?」
「……作れたのか」
「失礼ね。リセットだって料理くらいするわよ。和食だって得意なんだから」
「どれどれ」
とりあえず、悪司は鍋の中の味噌汁をすくって一口。
「まあまあだな」
「む。……仕方ないわ。かなりブランクがあるから」
「しかし、何でお前が朝飯作ってんだ?」
「ん? ただの気まぐれ。ちょっと早く目が覚めちゃったから」
本当は朝まで無敵達のやり取りを覗き見していて寝てないだけなのだが。
「気まぐれか。何にせよ、朝からまともに食えるのはありがたいが」
「あの子、殺っていったっけ? あの子起こしてきて。無敵たちはほっといていいわ」
「……あいつらこそ朝食がいるんじゃないか?」
「さっきまで激しかったからしばらくは寝かしとく」
「そうか、じゃあ、行ってくる」
どこか新婚夫婦みたいな会話をして、悪司は殺の部屋へ。
と、思ったらコソコソと戻ってきた。
「なあ」
「ん? 早く起こしてきなよ」
「なんで、あいつらが激しかったって知ってるんだ?」
リセットの動きが止まった。
後ろからも見える尖った耳が赤く染まっている。
なるほど、人並みに羞恥心もあるらしい。
悪司は『もしかして、チャンスか?』などと考えつつリセットの背後に。
このままなし崩しに、こましてやるかと手を伸ばす。
「あれか? 一人仲間外れにされて寂しくて、覗いて自分で――」
さく。
変な音がして思わず手が止まる。
「……さく?」
ぱらりと何かが落ちた。
「あら? 耳を狙ったのに。まあ、その方が面白いしいいわ」
落ちた物は黒い塊。悪司は恐る恐る耳元へ手をやる。
あるべきものがなかった。
「片方だけだと変だし……海苔でも貼る? 味海苔美味しいよ?」
ぱりぱりもぐもぐ。
「お……」
「お? おっけーってこと?」
「俺の、モミアゲがーーーーーーーーーー!!!」
殺も無敵もセリスも土岐も山沢もご近所さんもみんな飛び起きるほどの悲鳴がミドリガオカに響き渡った。

「まったく、朝から騒がしい」
「本当に。……まあ、姉上が原因らしいですし……その、もうしわけありません」
「謝らなくてもいいよ、無敵。悪司が悪いんだから。リセットを後ろから襲おうとしたんだよ? 当然の報いだわ」
「なら仕方あるまい。悪司のことだ、あわよくば手篭めにとでも思ったんだろう」
悪司は殺のさすような視線から逃れるように顔を背ける。
完全に見抜かれていた。
「さて、リセット。美味しかった。礼を言う」
「はいはい、お粗末様。これはついでに」
差し出されたのは弁当箱。
「今日も学校でしょ? 無敵を貸してあげるから護衛にして行ってくれば?」
「む……いいのか?」
「僕はかまいません」
「寝ていないのではないか?」
「何でさっちゃんも知ってんだ?」
ズドン。
悪司の背後の壁に銃弾が突き刺さった。
「蝿がいた」
「……さんきゅー」
それ以上、誰も何もいえなかった。

―登校路
学校まで距離にして徒歩10分強。
たくさんの学生が同じ道を歩くが常に殺と距離を置く。
殺は殺で気にしている様子も無い。
一緒に歩いている無敵だけは気が気でなかった。
「いつも、こんなふうなのですか?」
とうとうこらえきれず口を開く。
「そうだな。ほとんどがこうだ。だが、好都合。学友を抗争に巻き込まなくてすむ」
「……本心、ですか?」
「……聞くな」
「もうしわけありません」
「気にしてくれるのは……悪い気がしない」
「はい?」
「……なんでもない」
それっきり二人は口を開くこともなく歩き続けた。

「ここまででいい」
校門を前にして殺が足を止める。
「本当に大丈夫ですか? 相手はワーグとレナさんですから手段を選ばないと思うのですが」
「なら校内へ入ってくる前に阻止してくれ」
「わかりました。そうします」
「では行って来る」
殺を見送り、周囲に誰もいなくなると無敵は霧と化し学校の周囲に薄く帯状に広がった。
そうすることで自身をレーダーとして扱う。敵意を持った対象が霧に触れるとその場所で実体化できるようにもしてある。
ただ、問題があるとすれば無敵自身の思考が鈍る点。ついでに実体化にも少々時間がかかる。そして、もう一つ。すでに内部にいる相手には反応しないことにあった。

―殺の教室
殺は教室の扉を開ける前に拳銃の安全装置を確認する。
今日は校舎に入った時から空気がおかしかった。なるほど、相手は本当に手段を選ばないらしい。彼の存在が気になって勉強どころではなくなるという理由で無敵を遠ざけた自分が恨めしかった。
教室の中から始業前の喧騒は感じられない。それどころか校舎中で誰の声もしない。
気配はあれど静まり返った校舎。普段とはかけ離れた異質な空間だ。
呼吸を落ち着け扉を蹴破る。
床に倒れる者、机に突っ伏す者、壁際に座り込む者。
「やはり貴様の仕業か」
「遅いですよ、岳画さん。遅刻ですよ〜」
「ふざけるな」
教卓に腰掛けているのはワーグ。校舎内全てのものがその力でよって夢に捕らわれている。
ちなみに、普段どおりの学校生活の夢を見ている。いつもどおりにおしゃべりしていつもどおりに授業を受けていつもどおりにすごす夢。誰も夢の中だと思わないだろう。
「何さ、ノリが悪いわね。興醒めだわ」
「女教師を気取るならもう少し成長してからにしろ」
「そうね、出来たらそうするわ。さて、そろそろ本題に入っていい?」
「学校中を人質にして何を今さら」
「あんたも無敵に気があるの?」
「……関係あるのか?」
「大有りよ。気があるなら散々嬲ってから捕獲してPMにお持ち帰りで、無いなら嬲らずに捕獲してお持ち帰り。労力に大きな差が出来るわ」
ドン。
ワーグの耳元をかすめ黒板に銃弾が突き刺さる。
掠めて出来た小さな傷から血が一滴ほほを伝う。
「御託はそれだけか? 簡単に捕まると思うな」
「つまり、ライバル宣言ね。いいわ。この傷のお礼はたっぷりとしてあげる」
セリフが終らないうちにワーグが跳んだ。その見かけからは想像もつかない身体能力をフルに使い教卓を蹴り一瞬で殺との距離をつめる。
普通は驚くなりして回避行動を取るだろう。だが、殺は正面から銃を構えていた。
すでに射撃体勢。絶対防御の無い今直撃は即死しないにしても重傷だ。
だが、殺の指がトリガーを引くより早くワーグの腕が机に突っ伏していた生徒を掴み、殺に向かって投げた。
「っ!?」
トリガーを引くとほぼ同時、射線をそらし生徒への命中を回避、殺自身もとっさに身をひねる。生徒は廊下の壁に叩きつけられ、ワーグは壁をけり勢いを殺すと廊下の真ん中に降り立った。
「なかなか戦闘慣れしてるのね。今ので終るかと思っていたけど、なかなか楽しめそうね。とりあえず、30秒待ってあげるから逃げていいわよ。命がけの鬼ごっこ。捕まったらお終いよ?」
「お前を倒しても終わりだ」
3連続でトリガーを引く。
だが、ことごとく外れてしまう。
「ダメね。そのテの武器は直線にしか攻撃できない。つまり直線上にたたなければいい。壁や盾を使うか、相手の手元と視線から射線を見切れば簡単に回避可能よ。まあ、貧弱な人間が作り出した武器の中ではかなり高い殺傷力を持つけど。さて数えるわよ?」
「化物が」
小さく吐き捨てて殺は踵を返し走る。目指すのは無敵との合流だ。だが。
「もうしわけありませんが、校舎の中にお戻りください」
昇降口に黒の軍服を着た女性が立ちふさがる。
「もし、校舎から出た場合、1m進むごとに生徒の誰かが死にます。無論、全校生徒と教師を犠牲にする気ならば逃亡可能でしょうが、あまりお奨めしません」
「……貴様が軍師か」
「レナと申します。お見知りおきを」
レナは優雅に一礼するが殺は見向きもせず校舎内に戻った。
「ふぅ、やれやれ……」
レナは一人ぼやくと校庭の真ん中に移動した。

正面からでは勝てない。だったら地の利を生かして不意を突くしかない。
反撃の決意を固めた殺は物陰で装備を確認する。
拳銃2丁、予備弾倉4つ、手榴弾2つあとは鉄板入りのかばん。
無敵が護衛ということでいつもよりかなり少ない。
「……やるか」
拳銃の片方をスカートの後ろに差込みもう一つは手に。予備弾倉と手榴弾をかばんに入れ立ち上がる。階段を駆け下り地下倉庫へ。普段は南京錠がかかっているが殺はそれを撃ちぬき扉をあける。中には校務員が使用する工具などがある。
殺はその中からいくつかを手に取ると鞄に放り込みすばやく移動を開始する。
殺が離れて間もなくその場所にワーグが現れた。
「ふ〜ん、さっきの銃声は武器の補充のために倉庫の鍵を撃ったのね」
銃声から場所を割り出してきたのはいいがすでに姿はなく。
それでもワーグは少し楽しそうだった。
「昔を思い出すわ。まだ、魔王になる前のリセットと魔王城中を駆け回ったっけ。あそこほど広くは無いけど……。時間の流れは速いわ。あの頃はお子様モードでいることに抵抗は無かったから楽しかったけど。素のままでいる今は……いや、今でも楽しいかな」
一人呟き殺の気配を探る。
どこか別の部屋から動かない。隠れているのか、待ち構えているのか。
「どっちでもいいんだけど」
ワーグはその部屋へ向かって歩き始めた。

「これで、良し」
殺は先ほど入手した材料でトラップを作り上げた。
脱出口も確認しその側に立つ。
廊下の突き当たりにあるこの部屋は空き教室となっていて普段は使われていない。
その部屋は今、殺のトラップで埋まり殺伐としていた。
「ここにいるんでしょ? 入るわよ?」
「好きにしろ」
扉が開きワーグが踏み込む。
トラップ1が発動した。
ぼふ。
もわもわもわもわ。
ワーグの頭が真っ白になった。
「……やるわね」
「古典的なトラップだろう。引っかかる者を見たのは初めてだがな」
「やっぱ、殺すわ」
ワーグは頭の上にあった黒板消しを投げ捨て、腹立ち紛れに机を蹴飛ばした。
その机が床近くに張り巡らされたワイヤーに触れてトラップ2が発動。空気を切り裂く音がして殺の頭があった場所を矢が通り過ぎた。ワーグの反射神経が無かったら頭蓋骨をぶち抜かれていただろう。
「ちょっとあせったじゃない。まあ、アレくらいなら当らないけど」
床を見るとあちこちにワイヤーがある。そして、壁際の物陰には簡易弓が仕掛けてあった。
ワーグはワイヤーを避けるため机のうえに飛び乗った。
トラップ3が発動。
入り口周辺の机は自重をギリギリ支えられるかどうかというくらいまで脚に切込みが入れてあった。ワーグが飛び乗ったため、支えきれずに折れた。
「え?」
突如足場を失いもろにバランスを崩したワーグはべちゃっと、顔から落ちた。
スカートの中身が全開だった。
殺はそれに冷ややかな視線を送り、手元の紐を引いた。
最終トラップ発動。窓の外に半分出ていた机が支えを失い落ちる。その脚には先ほどワーグが警戒したワイヤーが輪になるように繋がっていて、机が落ちると中央に、第3のトラップの机に収束するようになっていた。
ワイヤーに引かれ8方向から机が殺到した。
「く、ぬっ、抜けないじゃない!」
ワーグは机に挟まれ、ワイヤーに絡みつかれ体勢も悪いためなかなか抜けられない。
じたばた。
脚だけ机の山から飛び出してもがいている。
「私の勝ちだな」
殺は手榴弾のピンを抜き、机の山に投げた。
「ちょ……ソレって!?」
そして、すぐさま窓から飛び出しカーテンを裂いて作ったロープを掴み二つ下の階へ。
ガラスを蹴り破り飛び込む。
直後大爆発が起きた。

「けほっけほ……。あ〜あ、やりたい放題ね、まったく」
なんとかラッシーに守られて被害を免れたワーグ。
しかし、さすがに無傷というわけにもいかず、身体中切り傷だらけで、服もボロボロだった。ついでに、少しの間意識も無かったらしい。
心配そうに覗き込むラッシーをなだめつつ身体の様子を確認する。
動くのに支障はないらしい。
「もう、眠らせて終わりにしようかな……。でも、それも癪に障るわね」
ぶつくさ呟きながらも足は殺の気配のする方へ。
「よし、次で捕獲できなかったら眠らせて終わりにしよう」

―1F 化学準備室
そこには色々な実験器具から授業で使う薬品までたくさんの物が詰め込まれている。
普段薬品の棚は教師の鍵が無いと開かないが殺は先ほど倉庫から持ち出したバールで扉を破壊した。棚には危険な薬品が山ほど。
殺はその中からいくつかのビンを取り出すとかばんにしまう。
「念には念を、だな」
殺は準備室の隣、化学実験室を決戦の場に選んだ。武器は豊富にそろえた。
トラップでスキを作り、巨大火器で止めを刺す。
ビーカーで何か調合する一方、ワイヤーを張ったり金槌を振るったり。
準備をしている殺はどことなく楽しそうだった。

「……良し」
しばらくして、城は完成した。
もう一度全ての仕掛けを確認する。問題なし。
後はここへおびき寄せるだけ。
1度ひどい目に合えば普通は警戒する。だが、ワーグの性格からすると正面から突破してくるだろう。ワーグもリセットに負けず劣らず負けず嫌いなところがある。
天井に向けて何度か射撃。そして、最終トラップのスイッチをひねる。
まもなくして、実験室の扉がノックされた。
やはりバカ正直に正面から来たようだ。
「お邪魔しま〜す」
「邪魔だ。帰れ」
「い・や・よ。また城を作ったみたいだけど……今回は思い通りに行くと思わないことね」
この教室の机は全て床に固定されていて、見える範囲にワイヤーも無い。
先ほどのミスを思い出しワーグは冷静に周囲を観察する。見える範囲に何も無いのが逆に不気味だった。だが、夢の力を使わないなら、ワーグに出来ることは正面突破のみ。
床が砕けるほどの跳躍。彼我の距離を一気につめる。
次の瞬間、ワーグは身体中あちこちから血を流し、失速することになった。
ワーグの身体能力を考慮して、障害物の無い空中からの強襲は非常に危険だ。
強襲対策として、床ではなく、ワーグの視点より上の空間にワイヤーを張り巡らせた。
先ほどのトラップが床周辺のみだったため、ワーグの意識は空中に向いていなかったのだ。
「っつ……」
さらに、殺がいくつかの薬ビンを投げてきた。部屋に染み込む薬の匂いから、それを浴びるのは危険と判断、身体中あちこち痛かったが無理やり回避する。
そのうち一つのビンが床で砕け周囲に異臭が立ち込めた。
「あ、アンモニア!? ちょっと! 服に染み付くじゃない!!」
「硫酸の方が良かったか?」
「良いわけないでしょ! けほけほ」
「まだまだあるぞ」
さらに薬ビンが数本跳んでくる。
しかし、ワーグはそれを全てキャッチ。と、思ったらビンでないものも混ざっていた。
「ふん、割らなければ……え?」
こぶし大のそれはすでにピンが抜かれていて。
殺はその瞬間には体を丸め窓ガラスをぶち破っていた。
ワーグは手榴弾を投げ捨て殺と反対側の窓ガラスにめがけて特攻、突き破る。
カウントアウト。
手榴弾が炸裂し、ついで、実験室は灼熱の炎に包まれた。
アンモニアの刺激臭で隠されていたが、室内にはガスが充満していた。
殺が完全にワーグを殺しきれるようにと仕掛けた最後の罠。

しかし、引き起こされた大爆発は完全にワーグを捉えることはなく、校舎に甚大な被害を及ぼすだけに留まった。

「……思ったより大きい爆発になってしまったな」
「あ、殺さん。……もしかして、アレの原因は貴女ですか?」
「殺しきれるレベルを想定していたのだが、殺しきれなかったようだな」
ワーグとレナが去り、一人校庭に残されていた無敵の側にいつの間にか殺が戻っていた。
これほどの被害を及ぼしたのだが、その顔には後悔の色は無い。
それ以前に顔色が悪い。
無敵の鼻に、渇きを誘う匂いが感じ取れた。
よく見ると、正面に立つ無敵からはほとんど死角になる殺の背面、学生服からスカート、靴下にいたるまで真っ赤に染まっている。
「……爆風があそこまで大きくなるとは思っていなかった」
「で、その怪我ですか。病院直行ですね」
「こうした私が言うのも難だが、学校はどうする気だ?」
「レナさんが何とかするでしょう。たぶん。内政とか事後処理とかのエキスパートですし」
「そうか、なら、問題……ない、な」
そこまで気力で立っていた殺がふらりとゆれる。
無敵は傷に触れないように殺を抱き上げ地を蹴った。
あとがき

まずいことに遅々として筆が進みません。
4月から生活リズムが変わったのでそのせいなのでしょうが……。

とりあえず、今回はサイドA。殺VSワーグの校内サバイバル鬼ごっこ。
一応、軍配は殺に上がったようです。ただ、最初からワーグが夢の力を使えば勝ち目は万に一つもありませんね、きっと。

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