オオサカ武勇伝・ぷらすB 二日目 ―PM本拠 宣戦布告後、この世界の事や対立組織の情報を取り入れる作業が終ったのが丑三つ時、とりあえず、どう動くかを話し合い終わったのが明け方。 その後用意された客室で眠ろうとベッドに入るが、どうも枕が替わると睡眠がとりにくい。 もっとも、一番安眠できるのはランスの腕枕だがそれは望んではならないこと。 仮眠程度しか眠れなかったが身体を起こす。 そして、小さくため息をつき、いつもの一言。 「……ランスが悪い」 異世界での生活、初めての朝はすこぶる目覚めが悪かった。 室内にある洗面所で顔を洗い寝ぼけた頭を覚醒させる。時間は午前6時半。 他の者が活動を開始するには少々早い時間かもしれない。 だが、予定をこなすにはちょうど良い時間だ。 同じ部屋の反対側、もう一つのベッドで寝ているワーグ様の側へ。 すやすやと幸せそうに眠るその姿は見た目相応のかわいい寝姿。どうみても凶悪な魔人には見えない。 「ワーグ様、起床の時間です」 「むぅ……もう少し……」 「起こせといったのはワーグ様です。起きてください」 「……ん……わかったわよ……おきればいいんでしょ……」 ワーグ様はぐりぐりと目をこすりながら身体を起こす。 しかし、まだまだ覚醒していないようだ。目は薄くしか開いておらず、どこを見ているかもわからない。起きない場合は実力行使も可といわれているが……思わず躊躇する。 へたに刺激すると倍返しされそうだから。 かといって起こさないと後で何を言われるかわからない。理不尽だ。 ……仕方ない。倍返しされても耐えられそうな打撃で目を覚ましていただこう。 ベチッ。 「いった〜〜〜〜〜!?」 無防備な相手にデコピン(フルチャージ)は存外にダメージが大きかったようだ。 ランスは平気そうだったが……。 「おはようございます、ワーグ様。もうすぐ作戦開始の時間です。準備をしてください」 「先に謝るとかするべきじゃない?」 「起こせという命令を実行したに過ぎません」 「……まあ、いいわ。ラッシー、服出して」 「わふわふ」 ワーグ様が着替えている様子を見ていると無敵様が気の毒に思えて仕方がない。 少なくとも姿形はまだまだ幼さの残る少女だ。中身は別物だが。 そんな者に迫られても困るだろう。色々と。 「さて、いくわよ」 「朝食はよろしいのですか?」 「ん〜、そうね。持ち運び可能な物を用意させて。朝からチビ当主の顔見ながらって気分じゃないわ」 「わかりました」 早速厨房に向かいモモメイドにサンドイッチを用意してもらった。 どれも具沢山で食べるのにも苦労しそうな代物だが作ってもらって文句は言えまい。 それとも、この世界ではアレが普通なのか? 「あら、早起きですのね」 「おはようございます、キリカさん」 ふと見ると執事支倉ハイネの娘、支倉キリカが門下生二人を従えていた。 「こんな時間から外出なのですか?」 「はい。私に時間的猶予はありませんので」 こちらの世界に長くいると大陸世界に戻るのが遅くなる。もし、前回の無敵様やリセット様のように20年近くもタイムラグが生じる事になれば色々と致命的だ。 それゆえに、私は綿密に計画を立てて実行していく。 「……あまり焦ってもいい結果は出ないと思います」 「結果とは出る出ないのモノではありません。出せるか出せないか、です。では急ぎますので失礼します」 一礼してその場を辞す。早く行かないとワーグ様が怒ってしまう。 ―玄関 「遅い」 ……すでにご立腹のようで。 ハイネ殿に頼んで用意してもらった車に乗り込み目的地の近くまで送ってもらう。 どうもこの乗り心地は好きになれない。楽は楽だが……。 「何を複雑そうな顔をしてるのよ?」 「あ、いえ。ただ、この乗り物がどうも好きになれないだけでして」 「見た目相応に神経質ね、あんたって」 ……余計なお世話です。 「あ、そうそ。今日の計画のさ、役割分担。アレ、交代ね」 「はい。わかりまし……は?」 「は? じゃない。あのつり目……無敵に気があるみたいだし釘を刺すべきだと気付いたの。だから、あんたは護衛の足止め。つり目の捕獲は私がやるから」 ……。 我が侭すぎる。 むろん、口には出せないが。 「仮定の話ですが、無敵様が護衛についていた場合、私では力不足です。そういったことも考慮してワーグ様が足止めに、となったはずでは?」 予測では9割9分無敵様が護衛に就くだろう。……足止めできなくも無いが……。 「ま、無敵が来ても殺されはしないでしょうから死ぬ気でやりなさい」 確定事項になってしまっているらしい。 「大陸にいたときでもあんたは他の魔人たちの模擬戦闘に出たこと無いでしょう? あいつらは悪魔とやり合って自分達の弱さを目の当たりにしたから必死みたいよ? この先何があるか分からないからってさ。あと、人間であるアイツに負けるのも嫌みたいだし」 「それは……私が内政員ですから」 ちょっと苦しい言い訳。 「ふ〜ん? ホントに? 魔人の力の根本には根深い戦闘衝動みたいなのがあるのよ。実際あんたが昨日見せたあの能力、アレも完全に戦闘向き」 心の奥底を見透かすような深いまなざし。触れられたくない部分に直に触れてくる。 現存する最古の魔人、ワーグ。 ……伊達に長生きしていないようだ。 「そして、古い魔人は基本的に戦闘バカばっかり。カミーラとか筋肉バカとかバカリスとかバカ蛇とか馬鹿でかいバカとか」 ほとんど記録でしか知らないが凄い言いようだ。 「魔王ランス以降の新参こそ、へたれ創造神がなにかしたのか、まともな思考を持っているヤツがほとんどだけど、それでも魔人であることには変わりない。もちろん、あんたも」 「……わかりました。やれるだけのことはやります」 「それでよし。とりあえず、昼くらいまで足止めしてね」 「おそらく無理かと」 「やれ」 拒否権どころか選択肢すらない。結局のところ、言われた時間まで無敵様の足止めをしないと命の危険が訪れるわけだ。 よし、気持ちを切り替えよう。 全力をぶつけることが出来る相手が現れるということにして。 でなければやってられない。ホントに。 ―学校 少しはなれたところから車を降り校庭を囲む壁を飛び越えて中へ。 今回の目的は悪司組の、地域管理組合の登録上の管理者になっている岳画殺の捕獲。 抗争中にもかかわらずのん気に学校へ通っている。 何人か護衛もいるようだが我々の敵ではない。無論、無敵様だけは別。 捕獲した後は少々卑怯だが人質として扱い悪司組を壊滅させる。 あるいは自白剤でも使い情報ソースにでもするか。決めるのはちびっ子当主だが。 少ない時間で対立組織を崩すには核となる構成員をつぶすのが手っ取り早い。柱がなければ砂上の楼閣だ。 本来ならば私が授業中に急襲して捕獲の予定だったが土壇場で変更、しかもワーグ様は昼まで遊ぶらしい。私は1分でも早く大陸世界に帰りたいのだが……。 もはや言っても仕方が無い。ワーグ様は舞台作りに校舎へ入ってしまった。 朝から部活に励む学生の視線を避けて校庭隅の小屋に窓から侵入し身を隠す。外はまだ活気があるが校舎の中はすでに誰も起きていまい。とはいえまだまだ生徒が来るのはこれからだろう。 小屋の中は定期的に掃除されているのか思ったより埃っぽくない。 木箱の上に腰掛けて車の中で食べきれなかった分のサンドイッチをぱくつく。これから長い戦闘になるというのにこれだけでは少々足りないかもしれないが。 『お〜い、一年! 早くハードルを片付けろ!』 そんな声が聞こえた直後、ガラガラと小屋の入り口が開いた。 突然のことで、しかも食事中だったため反応できなかった。 なにやら金属の棒と木の板を組み合わせた道具を抱えた数人の生徒が小屋の中に入ってきて、ばっちり私と目があった。 「……」 「「「……」」」 私も含めて一同沈黙。いや、私の場合は口にサンドイッチをくわえているため喋れないだけ。今気づいた。凄く情けない姿だ、私。 「……あんた、誰?」 しばらくの硬直の後、生徒の一人が口を開く。 私はいったい何を考えていたのかこう答えていた。 「ウィミィ本国から派遣されてきたウィミィ語の教師だ」 少しどころかかなり苦しい言い訳だ。 おそらく急襲により混乱していたのだろう。そういうことにしておく。 「え、マジ? なんでこんなところに?」 「暗いところが落ち着くからだ。悪いが早く扉を閉めてくれ」 「え、あ、はい」 ガラガラガラ、ガシャン。 ……さて、逃げるか。 ―屋上 先ほどの小屋の周りで学生達がなにやら騒いでいる。 しかし、失敗した。思いっきり姿を見られた挙句、ウィミィ語の教師?? 失笑するしかない。まあ、確かに知識としてこの世界の基本言語、情勢等は世界を渡るときに飴玉の形状で渡されたため話すことも指導することも可能だろうが……。 ……それはそれで面白いかもしれない。が、そんな時間もない。 少しして騒いでいた学生達も校舎に消え、目的の人物がやってきた。やはり、無敵様を護衛にして。しかし、予想外の展開となった。 校内に踏み込んできたのは岳画殺だけ。無敵様は霧になって姿を消した。 いや、薄くなって外からの侵入に備えているのか。おそらく、中にすでに侵入されているとは思い至らなかったのだろう。これは私たちにとって好都合な展開になった。 無敵様が中の違和感に気付かない限り私が時間稼ぎをする必要が無いのだから。 それから数分後最初の銃声が聞こえた。ワーグ様との追いかけっこが始まったようだ。 まだ無敵様が動く気配は無い。 さらに数分後たまに銃声が聞こえたり何かが壊れる音がしたりするが相変わらず無敵様は気付かない。 さて、とりあえず、ターゲットから無敵様に接触しないようにしないと。 屋上から飛び降り昇降口へ。間もなく気配が近づいてくる。 「もうしわけありませんが、校舎の中にお戻りください」 前に立ちふさがる。その私を睨む目はとても学生のものには見えない。 死線を掻い潜ってきた者のそれに見える。 「もし、校舎から出た場合、1m進むごとに生徒の誰かが死にます。無論、全校生徒と教師を犠牲にする気ならば逃亡可能でしょうが、あまりお奨めしません」 ちなみに口から出まかせだ。 だが、ワーグ様の力を目の当たりにした今、彼女は嘘だと思っても従うしかない。 「……貴様が軍師か」 「レナと申します。お見知りおきを」 一礼して頭を上げると彼女の姿はもうなかった。 「ふぅ、やれやれ……」 せっかちだな。 屋上に戻り1時間ほど経過した。 私は無敵様の気配にだけ注意しつつのんびり読書。なぜか屋上の端に落ちていたウィミィ語の教科書を流し読みだ。校舎内では相変わらず騒音が響いている。だが、弾数が減ってきて節約しているのか銃声の数は少ない。 無敵様は相変わらずで私も教科書に眼を落す。 と、大きな爆発音と共に校舎が揺れた。 「……学校に何を持ち込んでいるのだ?」 思わず疑問が口に出る。おそらく手榴弾の爆発。 校舎が揺れるほどの衝撃だ。さすがに無敵様も異常を察知した。 校門のあたりで実体化する。 ふぅ……やれやれだ。 もう少しのんびりしていたかったが……。 教科書を元の場所に戻し屋上から飛び降りる。無敵様との距離はおおよそ15m。 「おはようございます、無敵様」 「あ、レナさん……ってことはもしかしてワーグが!?」 「はい。今、岳画殺はワーグ様の遊び相手になっています。くれぐれも邪魔しないで頂きたい」 「そういうわけにもいきません」 無敵様はもちろんそうでしょう。 けど、私も『はいそうですか』と通すわけにもいかない。 「では、必然的に戦うことになりそうですね」 「……貴女では、足止めできないと思います」 「そうでしょうか? 無敵様、私が戦っているところを見たことがあるのですか?」 あるはずが無い。訓練とは秘して行うものだ。 この力が誰かの目に触れたのも昨日のワーグ様が最初の一人。 「ランスの強さは知っています。そして、その子供である無敵様の強さにも興味がある。その力、見せていただきましょうか」 「……なら、全力で押し通ります!」 無敵様が戦闘体勢に。 さて、私の限界というモノを突き詰めてみるとしよう。 口元に知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。 「出ろ。仕事の時間だ」 呼び出す影は3体。無敵様が戦いにくい相手を選択する。 「な……ち、父上に姉上!? セ、セリスさんまで!?」 今回は全員分表情まで与える。ただしセリス殿の戦闘情報はもっていないので姿形だけ。戦闘情報は代わりに志津香様のものを。 ランスの姿と能力はアイツがあのヒトと会う直前の物。一番私の記憶に鮮烈に残る時期のもの。 そして、リセット様のモノは現在の天使の姿。 無敵様はまだ唖然としている。その顔がランスの驚いた表情にそっくりで不覚にもドキッとした。だからこそちょっとした演出をする。 「さぁ、ランス。大事な私を守ってくれ」 少々芝居がかったセリフに偽ランスが大きく頷く。 さらには軽く私の腰を抱き、唇を重ねる。 ……その挙動も全て自作自演ゆえ、心の中は寒々しいこと、この上ない。 だが、効果は抜群。無敵様は石化した。 間抜け面を晒している無敵様。見ているのも面白いがそろそろ本番といこう。 3人にそれぞれ得物を持たせて戦闘体勢に。 無敵様はそこでようやく我に返った様子。 「4対1で何とかなると思いますか?」 「先ほどまでの無敵様の様子を見る限りは」 「うぐぐ……なら、あまり手加減しませんよ」 「ご自由に。ですが、その前に一つだけ訂正をさせていただきたい」 「訂正?」 「4対1ではありません」 4つの個は私の指揮の下、1つの個となる。 「1対1のまま、です」 身体能力の強化を開始する。以前のランスなど人間には掛けられないレベルの強化を最初から施す。最初から最大。否、最初から限界突破させる。 もちろん、実力差があるため全員の戦闘スキル全てを模倣できるわけではない。志津香様をコピーしても圧縮詠唱は使えない。ランスのランスアタックも不発に終る。だが、強みは一切の物理ダメージを受けないことにある。魔力の供給元である私が存在する限り、影は修復し続ける。ただ、純粋な魔力の攻撃を喰らうと私とのリンクが乱れ、霧散してしまう。現段階ではそこが大きな課題。だが、無敵様相手にその心配は無い。 「では参ります。全員、配置につけ!」 これより、バトルノートの戦い方をお目に掛けよう。 と、先ほどとは桁違いな大爆発が起きた。 校舎の一角の壁が完全に吹き飛び、そこから何かが飛んできて地面に転がった。 思わず、無敵様も私もそっちを見る。 「あんのっ、つり目がぁーーーーーー!!!!!」 転がったそれはワーグ様だった。あちこち傷だらけな上に埃やら何やらで汚れている。 遊んでいたと思ったら遊ばれていたらしい。なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきた。 「ワーグ様」 怒りをあらわにしている後姿に声を掛ける。 「……何?」 「今日はこの辺にしておきませんか?」 「なんで?」 「そんなボロボロの姿を無敵様に見せるのはいかがなものかと思いまして」 そう聞いて初めて無敵様の存在に気づいたらしい。 あわてた様子で肌蹴た胸元を隠す。 大丈夫です、見えて困るモノなんてありませんから。ペッタンコだし。 と、口に出したわけでは考えたとたん頭突きを喰らった。 「……ラッシー!」 ワーグ様は一人ラッシーに飛び乗ると上空へ。 「無敵、また今度ね」 そういい残してヒラカタの方角へ。 ……私は普通に放置ですか。まあ、いいですけど。 思わずため息が出た。 「と、言うわけで私も帰ります」 「あ、はい。お疲れ様です」 偽ランス達をさっさとしまい、私も学校から退散する。 後始末のことを考えると頭が痛い。ワーグ様は私に全部押し付けるだろう。 おそらく後始末に奔走するのは私とハイネ殿。どうなることやら。 「しかし、その前に問題が出来たな」 自分の足で歩いたならこんなことにもならない。周囲の光景を記憶しながら歩くから迷う心配は無い。だが、今日の移動は例の車という乗り物。スピードが速いうえ、ワーグ様の我が侭発言があったためそれどころではなかった。 ……素直に白状してしまうと帰り道がわからない。 迷子になった。 四苦八苦の末、桃山の屋敷に辿り着いた頃には日も暮れていた。 |
あとがき 気付いたら二日目もBから書いていました。 こうなったら最後まで通していきたいと思います。 ただ、ASOBUは気まぐれなので(以下略 |