オオサカ武勇伝・ぷらすA

四日目

――悪司組事務所 地下牢
「……出てこないからこんなことだろうとは思ったけど」
冷たく暗い地下牢の最奥で二人抱き合って気持ち良さそうに寝息をたてる無敵と土岐。
そして、それを冷ややかな目で見下ろすリセット。
「……それはもう、激しかった……」
カチッカチッとルービックキューブをいじりながら日陰密子。
「うひゃ!? 気配しなかったわよ!?」
「身体中噛付かれて……でも、城太郎さんの方がやっぱりいいかもしれない」
「……無視? まあ、いいけど。さてと……」
日陰の相手は無駄と悟ったリセットは数歩無敵に近づき―
「おっきろ〜」
キレのいいローキックを見舞った。

「「いただきます」」
「もう冷めてるけどね〜。美味しくないかも」
寝過ごした無敵と土岐だけの遅い朝食。
メニューは冷めた味噌汁と納豆となぜかパンに牛乳。破壊力抜群の取り合わせだ。
殺はすでに学校へいってしまったらしい。一応鬼門が護衛についているが頼りないことこの上ない。
「で、遥はもう大丈夫なの?」
「え、あ……はい。……落ち着きました」
「二回目は止めてくれよ。取り押さえるのは骨が折れた」
悪司は昨日の戦闘を思い出し身震いした。
血に狂い暴れる土岐。取り押さえようにも見た目とはかけ離れた腕力。ワーグの起こした反乱もあり本当にひどいものだった。
「姉上。やはり、彼女はこちらに残してはおけません。大陸へ連れ帰ります」
「でしょうね。不老の肉体と永遠の時。そんなものをもったままこちらにいたら気が狂うわ。……ただし、ワーグは許さないでしょうけど」
「う……何とか説き伏せます」
「無敵が? 説き伏せるより手篭めにした方がいいんじゃない?」
「父上じゃないんですから……」
「何を言ってるの。すでに3人囲ってるじゃない? 今さら一人増えても一緒よ」
「ぐ……」
痛いところを突かれて無敵は言葉に詰まる。
「パ〜パみたいに何十人もとは言わないけど、4人くらいなら良いんじゃない? お互いに納得していれば」
セリスはそんな会話を聞き、心中複雑だった。もともと、ワーグとも協定を結んだはずだった。けれど、ワーグはそれを反故にして無敵を狙っている。さらには無敵に惹きつけられた二人の女性。一人は自分以上に深いつながりを得てしまった使徒、もう一人は普通の人間だが自分とは違う考えを持っていた。すなわち、ただ、好きになってしまった人と共に居たい。自分のように、人と魔に線を引き、時を限るなどとは考えていない。
彼女は、山沢麻美は無敵に使徒化を願い出るつもりらしい。元の世界の全てと引き換えになると知っても。適合できなければ死ぬかもしれないと知っても。彼女もそれほどまでに無敵に魅了されていた。
本当は納得してなんていなかった。それでも、着実に時を刻む自分は今を謳歌しなくてどうするのか。衰えていく身体を取り繕い、無敵の前では気持ちだけは若く、出会った頃のままでいたい。
「―リスさん? セリスさん? どうしました?」
無敵が顔を覗き込んでいる。意識したとたん思わず顔が赤くなった。
「な、何でも無いです。なんでも」
「? そうですか。じゃあ、僕は市議会へ行ってきます。結局昨日は行き損ねましたから」
「あ、はい。いってらっしゃい」
「市議会が終ったらそのまま学校で殺さんの護衛にいきますからお昼はいいですので」
そういい残して無敵はさっさと出て行った。
「相変わらず女心がわかってないわね、無敵も。あんたら、ちゃんと教育しないと苦労するわよ?」
「きょ、教育って……」
「なにしろ、そういうことを学ぶ時期をすっ飛ばしてあんな身体を持っちゃったから……」
ふと、リセットの表情が曇った。その表情は普段からは想像も出来ないほど深かった。
急に重くなった空気に誰も口を出せなくなる。
「アレが、本当に最良だったのかな……? パ〜パ……」
誰に問うでもなくこぼれたリセットの呟き。真意を測れる者はいなかった。

―学校
「ひまっすね」
「まあ、何も起きないに越したことはないと思うけど」
屋上のフェンスに持たれてぼ〜っとする無敵と鬼門。
「そうなんすけど、どうも学校ですることが無いと居心地が悪くて」
「学校、か。経験ないから、なんと言っていいかわからないな。武術は師匠から、座学はアスカ姉様からみっちり叩き込まれたけど……少しだけ、学校というのにあこがれていた時期もあった」
「俺は突っ張ってばかりっすから。教師からは疎まれ、他の生徒からも。今思えば何してんだか……」
そんな話をしていると終業のチャイムがなる。
「終わりか。組長迎えに行きましょう」
「じゃあ、降りようか」
「……いや、俺は飛び降りるなんて無理っすよ?」
「あ、それもそうか。じゃあ、下で合流。殺さんと一緒に」
「了解っす」
無敵は校舎裏に飛び降り、鬼門は殺の教室を目指す。
が、少々周囲の視線が痛かった。
「組長、お迎えにあがりました」
殺の教室を覗き込む。返ってきたのは怯えた視線。
殺の姿はない。
「あれ? 間違えたか?」
確認しなおすが間違っていない。
「た、岳画さんなら、レナ先生と職員室に行きました」
生徒の一人が勇気を出して告げる。
「レナって……もしかして……とりあえず、行くしかないか」
アレには勝てる気がしないなぁとか考えつつ、脚は職員室へ。

―職員室隣 応接室
「ここなら邪魔は入りませんね」
「よく許可が出たな」
「PMと悪司組の事に関係していると告げただけです」
普段は一般生徒の踏み込む場所ではない。そこにいるのはレナと殺。
「私はただ、初回の授業のレポートにあった指示通りに場所を用意しただけ。何のためにこのような場を求めたのか、さあ、聞かせてもらいましょう」
「……私が望むのは軍師との会談だ。影武者に用は無い」
殺の言葉にレナの表情がこわばる。
「なんと……いつから気付いていました?」
「違和感が朝からあった。だからカマをかけてみただけだが?」
「む、見事に引っかかったわけですか。いかにも私は本体ではありません。ですが、影武者というわけでもありません。まぁ、劣化コピーとでも思っていただいて結構。後ほど情報は本体に統合されますので私との会談も無意味ではありません」
殺はレナを殺気を込めて睨みつける。しかし、レナはどこ吹く風。表情一つ変えない。
小さいため息のあと、殺は口を開いた。
「お前達は無茶苦茶だ。やることなすこと全て。手前勝手な理由で介入しかき乱す。ここは我らの土地。我らの手で収めなくては意味が無い」
「なるほど、ありていに言えばこの世界から消えろ、ということですね」
「そうだ」
「それに関しては私もです。早くこんな世界からは戻りたい。私のいるべき場所はここではないのですから。私は帰還を望み、貴女もまた我々の帰還を望む。この点に関しては一致します。その前に一つ気になることがあります」
なにやら外が騒がしくなりレナが言葉を切る。
直後、扉が蹴り破られた。
「組長! 無事ですか!?」
飛び込んできたのは教室から駆けつけた鬼門。だが、迎えたのは冷ややかな殺の視線。
「無事も何も進路相談をしていただけだ。邪魔だ、校門で待っていてくれ」
「へ? 進路? し、失礼しました」
バタン。
レナは周囲に無敵の気配が無いことを確認して言葉を続ける。
「気になること。それは貴女の理由です。キーパーソンは無敵様でしょう?」
今度は殺の表情がこわばった。すぐに改めるが少し心拍数が上がっていた。
「……私は、アレは、つり橋効果だと思っている。……ただ、それだけだ」
先ほどより小さい声での呟き。レナはそれを見つめ頷いた。
「そうですか。では、そういうことにしておきましょう。無敵様を送還する際に未練でも持たれたら計画に支障がでますので確認しておきたかっただけです」
「未練など……無い」
「わかりました。計画の詳細は後ほど伝えます。こちらもまだ調整の段階ですから」
「わかった。だが、念のために本体と話がしたい」
殺はテーブルにあったメモ帳に何か書きつけレナに突き出す。
「クラスメイトからの連絡網と偽って明日早朝に電話をかけて来い。それまでに私も心を決める。全てはそれからだ」
「わかりました。ではそのように。さて、無敵様がお待ちのようです。今日はここまでにしておきしょう」

―応接室前 廊下
一人佇む殺の表情は険しい。
「……未練など……無い」
小さく押し殺した呟きは誰の耳に入ることもなく消える。

数分後、殺は無敵、鬼門と合流し帰路につく。
おりしもレナ率いるPM勢の攻撃が始まった時刻。
ずっと、険しい顔をしたままの殺にかける言葉も見つからず、護衛二人は黙ってその後についていた。

「あらあら、なんか怖い顔している女の子がいるのね」
声の主は電柱の上に立っていた。ロリコンなら狂喜しそうなアングルだった。
「ワーグ、その立ち位置はどうかと思います……」
「雑誌にちらりずむってのがあったから試してみたんだけど。ぐっと来ない?」
「来ません」
「あらそう」
若干不満そうな表情のワーグだが、すぐに改め飛び降りた。
「何の用だ?」
「ん? お節介に来ただけよ。本部がえらいことになってるのにのんびり歩いていていいのかな、と思っただけだけど?」
「えらいこと? まさか!」
無敵は土岐とのつながりを手繰り様子を伺う。明らかに戦闘体勢だった。
状況を把握するなり屋根の上へ飛び上がろうとする無敵だが、ワーグに足を掴まれ見事に顔から落ちた。それはもう、見事に。べしゃ、と。
「ワ〜〜〜グ〜〜!」
「怒らないでよ。行っても無駄よ。もう決着がつくから」
「ならなおさら行かなくては!」
「無敵、悪司が負けると思うか? あの女も、リセットもいるのだぞ?」
相変わらず落ち着き払った殺の一言で無敵も少し落ち着いた。
が、
「試合は悪司組の勝ちね。けど、無敵。大事な物は常に手の届くところにおいておかないといけないわ」
妙に冷たく響くワーグの声。
「じゃないと……二度と会えなくなるわよ?」
落ち着いたのも束の間、今度は一瞬で沸点に達した。
一瞬でワーグを振り払い屋根の上へ。そこからなら直線距離で移動でき、間に合うかもしれない。
「あら、ここにも大事な物があるんじゃないの?」
屋根瓦が砕けるほど踏み込んだが、それも中断させられる。
振り返る。
ワーグの手にはぐったりと意識を失った殺と鬼門。
「大丈夫、寝てるだけよ。でも、ちょっと手を加えればこの二人の魂は私の物」
「何のつもりですか?」
「私の目的は最初から一つよ。無敵、私だけを見て。あのニンゲンでもなく、使徒でもなく私だけを。そうして欲しいだけ」
いきなりの告白。
「だからって、そんなやり方は無いでしょう!?」
「仕方ないでしょう、他にやり方を知らないんだから!!」
言い返そうとした無敵だが、思わず息をのんだ。
「そういうことに興味を持つ年齢になる前に魔人になっちゃったのよ!? 無敵も同じ様なものだけど、周りにはリセット達がいた。私には誰もいなかった!! 魔王城という、人でない者の巣窟の中にたった一人だったのよ? 数千年経ってようやく巡り合った初めての出会いなんだから大切にしたいだけ。だから、よけいなものはいらない。独占したいって思って何が悪い? 他の女なんか認めない。みとめてやるもんか!」
ワーグは鬼門を掴み上げると、見た目とはかけ離れた腕力で投げた。
「え? ええ!?」
驚き呆けていた無敵はその投擲を避けられず、直撃。屋根から落ちた。
「いたたた……」
身体を起こした時にはすでにワーグの姿はない。
「珍しいモノを見たな……」
経験が浅いとはいえ、アレの真贋くらいわかるつもりだった。
ぽろぽろと溢れていたあのワーグの見せた涙。見た目相応の純粋な涙。
ちょっとだけドキッとしたのという事実は無敵の胸にしまわれた。

しばらくした後、意識の無い殺と鬼門を担ぎ無敵はそのまま帰路についた。

あとがき

無敵もワーグもかなり恋愛下手なようです。
実際、思春期真っ盛りな頃がそれどころじゃない状況だったりすっ飛ばしてしまったり。
最後のワーグの告白シーンは個人的にお気に入りだったりします。


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