第10回 初めて人を否定しました。 ―校内 こんにちは、八津基詩乃です。現在、西木楽高等学校に潜入中です。 服はグレーを基調とした都市型迷彩、あちらこちらにいる生徒と教師の目を掻い潜り、時には排除しながら任務を遂行中……なわけはありません。 わりと普通に廊下の真ん中を歩いています。壁をすり抜けて教室を目指すのもありでしたが、なんとなく地に足をつけて歩いています。まあ、触感はありませんが。 ほんの数日前は当たり前として通っていた場所、生きていた頃と見える世界が違います。 というより、死んで初めて周囲を見るようになったといいましょうか。小さい頃から周りとの距離を感じていて、友達と呼べる方もあまりいませんでした。だからでしょうか、一人でいるときは自分から境界を敷いていたのかもしれません。今はその必要もないゆえに世界が変わって見えるのかも。 「しかし、惜しいよな〜」 「はあ、俺なんか非公認ファンクラブに入ったばかりだってのに……」 なんてお話が聞こえてきました。 はてさて、この学校にファンクラブが出来るほどの人物はいるのでしょうか? 私が知る限り3人います。でもそのうち二人は公認のファンクラブが存在するとのこと。 じゃあ、残る一人のお話なのでしょうか? ちょっと側耳を立ててみましょう。 「ああ〜、なんかホントに頭にくるな。こうなったらあそこにの本社に爆弾仕掛けにでも行くか」 「そんなことしてもあの人は帰ってこないぞ。はぁ……会長と二人並んだ姿、もっと目に焼き付けておくべきだったな」 「写真部のラストショットはかなり高騰してるってよ。カラーコピーでもいいからお前、譲ってくれ」 「持ってるが断る。あの可憐さが減る」 なにやらすごい会話になっています。学校での会話って面白いですね。こんなことなら積極的に入ってみればよかったと後悔します。 「あ、会長だ」 話している生徒の一人が廊下の向こうを示しました。出てきたのは音夢ちゃん。でも、その表情はどこか沈んでいます。何か思い悩んでいるような。って、会長が音夢ちゃんですか? 私はてっきり音夢ちゃんが会話の人物かと。 なんて考えていると、生徒の一人が音夢ちゃんを手招きしました。 音夢ちゃんも一瞬迷ったようですがそれに応じます。私には気づいていないようです。 「なに?」 「会長、今月の会報はどうなるんです?」 「あ……、そうよね……打ち切るしかないわね。あんなことになっちゃったし……。会も解散になるわね」 「楽しみが一つ減ってしまう……」 「仕方ない最後だし、大盤振る舞いして私の秘蔵コレクションの一部を掲載するわ」 「「「秘蔵コレクション!?」」」 「詩乃が事故にあう二日前、放課後に教室で眠りこけていた時に撮った寝顔の写真を」 ……はい?? 「「「っ……!! 是非ともそれを掲載してください!!」」」 あ〜、ちょっと待ってください。 思考が停止しています。 音夢ちゃんは用事があるらしく、固まっている私に気づかず、足早にその場を去りました。 えっと、つまりあれですか。私には非公認のファンクラブなるものが存在して、その会長、もとい黒幕は音夢ちゃんで私の写真が知らないところで流通しているわけなのですね。 よし、停止状態から復帰しました。まずやることは音夢ちゃんを問いただすことでしょう。 とりあえず、この場にいるのはファンクラブ会員の視線がむずがゆいので。 いや、幽霊だし見えないだろうってツッコミは無しですよ? とにかく、場にいづらいのです。 そうして歩き出して3歩。私はいきなり壁にぶち当たりました。 実際ぶつかったわけではなく、そういう表現です。 よく考えれば、音夢ちゃんの居場所がわかりません。なにか用事があるようで、教室を出たとなれば行き先がわかりません。とりあえず、職員室から覗いてみましょう。 そうと決まれば壁も床も透過して職員室へ一直線。実体がないのはこういう時に便利です。とはいえ、さっきの場所と職員室は目と鼻の先にあるので先回りして捕まえることは出来ませんでした。職員室に入った音夢ちゃんは山川先生となにやら話しています。ですが、それ自体は小声であまり聞こえません。ただ、『放課後に裏庭で』とそんな言葉が聞こえました。あ、逢引ですか!? と、思ったのですが音夢ちゃんの様子が放課後を楽しみにしているようじゃありません。むしろ、下手に声をかけたら音夢ちゃんが動揺して周囲からの奇異の視線に晒される、そんな雰囲気。 結局音夢ちゃんは私に気づくことなく教室へ戻っていきました。まあ、仕方ありません。 放課後までのんびり待つとしましょうか。そうと決まれば屋上にでも行ってちょっとだけお昼寝でもしましょう。 空には暖かなお日様が。とはいえ、実体がないのでその暖かさも感じませんけど、それでも眠くならないわけがありません。 というわけで、おやすみなさい。 さて、チャイムが聞こえます。 でも、もうちょっと……。 ……夢うつつに思い出すと、これは授業終了の音。 飛び起きます。何かとても嫌な予感が。とんでもない選択ミスをしてしまったような。 言葉に出来ない焦燥に駆られ大急ぎで裏庭へ飛びます。 と、目の前には翼を持つ少年が。 「ここから先には行かない方がいい」 シキ君はただ、私にそう告げます。 「なぜですか?」 「……」 私の問いかけにシキ君は沈黙と視線をそらすことによって応えます。 それはつまり、私の嫌な予感が当っているということの証明に他なりません。 「これは彼女の運命だ。受け入れるしかない。そして、ぼくは彼女を迎えに来たんだ」 思わず息を呑みます。 「実体をもたない君があそこへ行っても助ける術はない。ただ、彼女の最期を目の当たりにして君が傷つくだけ。だから、行くべきじゃない」 「本当に受け入れるしかないと?」 「そう。運命は変えられない」 真剣な表情で言い切るシキ君。 思わず笑いがこぼれました。 「……なにがおかしいのさ」 「だってそうでしょう? 運命が誰にも変えられない不変のものならなぜ私はここにいるのでしょう?」 しまったとでも言うようにシキ君は顔をしかめます。つまり、さっきのセリフは私を止めるための方便にすぎないわけです。 後は大きなスキを作ったシキ君の横を通り抜けて裏庭へ。 後ろからはシキ君が止まれと叫びます。 でもダメです。いくらあなたが好みでも今だけは別ですから。 ―裏庭 対峙する二人。一人は音夢ちゃんもう一人は山川先生。私の姿に一瞬驚いた音夢ちゃんですが、今は気にせず話を進めるみたいです。 「もう一回言ってくれるか?」 「何度でも。山川先生、先生の前の彼女はどこにいるんでしょうか? 冷たい水の中、じゃないですか?」 その言葉が何を意味するのか、山川先生は色を失っていきます。 「自首してください。頭蓋骨しか見つかっていませんが、それでも先生に捜査が及ぶのはすぐでしょうから」 「……なぜ知っている?」 「さあ? 佐々木美香さん本人に聞いた、じゃいけませんか?」 そういうことですか。酔った美香さんが音夢ちゃんに絡んでいたのは覚えていますが……。 「東原……お前……」 「ちなみに、私をどうにかしても結果は同じです。明日の朝警察につくように先生と美香さんが一緒に写った写真と遺体の在処を同封して郵送してあります。ですから、自首することをお奨めします」 それははったりです。音夢ちゃんは最近ほぼ私と一緒にいましたから。そんなそぶりはありません。つまりそれは、動揺して、嘘だとばれてしまえば― 「後5分」 振り返るとシキ君が。ちょうど校舎の影で音夢ちゃんから見えない位置。 「後、5分とは?」 言いたいことはわかっていましたが、聞くしかありません。 「彼女の命。激昂したあの男が飛び掛り彼女の命を刈り取るまでの時間。さあ、離れよう。見ていられるものじゃない」 「きゃっ……せ、先生!!」 山川先生が音夢ちゃんに飛び掛ります。 「俺と良子の生活は誰にも邪魔させん!!!」 その目に宿るは狂気の色。それに睨まれた音夢ちゃんは硬直し、山川先生の拳をまともに受けました。 ああ、もう、女の子に手を上げるなんて最低最悪です。さらに山川せ……もう教師とは呼べませんね。あの男は音夢ちゃんに飛び乗りマウントポジションに。その無骨な指はたおやかな音夢ちゃんの首に。引き剥がそうにも蹴りつけようにも実体を持たない幽霊の私には何も出来ません。 音夢ちゃんと視線が合います。首を絞められ飛びそうになる意識の中で 『助けて、詩乃』 と、唇が動きます。 この男さえいなくなれば音夢ちゃんは助かります。それは間違いありません。 そういう運命に変えてしまえばいいのです。 カチリと、視界を切り替えます。切り替えなくても彼の纏う黒いアレは見えているのですが、よりはっきりと視認するために。そう、一本も残さずに根こそぎにするために。 ズキリと激しい頭痛が。幽霊になって以来感じる痛みといえばこれのみ。痛みとは体が発する警報で、それを超えれば危険というシグナル。なら、死んだこの身でもこの痛みが続くのは危険なのでしょう。もしかしたら消えてしまう、なんてこともあるかもしれません。 でも、それがどうしたというのです? 目の前で、大切な友人命の危機に晒されているのに、できる可能性を試さずに見過ごすことなどできません。 音夢ちゃん、後、少しだけ耐えてください。 ―『視えて』いてもいなくても、色が黒かろうが白かろうがアレは全ての物を繋ぐ。その繋がりを断つという事は運命を変えるということ。 神主さんはそんなことを言っていました。あれは、少し先の私を予知したのかもしれません。助言なのかそれとも、 ―そのもたらす結果は重い。君はそれに耐え切れるのか? やはり忠告ですね。それでも意思は変わりません。 ここで見捨てるという選択肢はもとよりありません。 繋がりを断つと言う事は運命を変えるということ。もとより、躊躇はしません。 「ダメだ! 何をするつもりかは知らないけど……やめるんだ」 後ろでシキ君が喚いています。君の事は好きですよ? けれど、今は邪魔しないでほしい。振り返って、微笑みと視線だけでそう告げます。 「なっ……」 そんな怖がられる顔はしていないつもりでしたが……ちょっとショックです。 でも、これで邪魔はいなくなりました。 さあ、終らせてしまいましょう。 『万物繋ぐは糸―』 私の中から浮かんでくる言霊を紡ぎます。 きっとこれは最初の一歩を踏み出すきっかけの言葉。 まるで歌を歌うように朗々と。 繋がりを失うということは存在を否定されるということ。誰からも何からも繋がらずに存在する物はこの世界にありません。地面とだってあの糸は繋がっています。歩くだけで、誰かと話すだけで糸はつながりその存在を強固にしていきます。記憶も然り。誰かに記憶されることは糸を繋ぐことにもなります。 『解き、手繰り、自らの手に―』 だから今の私の視界はほとんど糸で埋め尽くされています。その中から彼の存在を決める闇色の糸だけを手繰り寄せ1本に束ねていきます。そのやり方も今の知識もいつの間にか私の中にありました。いえ、元からあったようなのです。あったからこそ、縛鎖を切りここにいます。だから私は運命を変えてしまいます。彼の消滅をもって音夢ちゃんの運命を変えてしまいます。 『我、その全てを掌握す』 ほら、全て束ねてしまえました。手の中には闇色の糸が一本。 力を入れるまでもありません。 「山川先生……世界中の誰もが彼方を求め、欲しても、私が彼方を否定します」 ぷつんと、それで終わりです。 彼を形作る繋がりは全て消えました。中心となる音夢ちゃんへの糸も、私から繋がる糸も、地面と繋がる糸すら残しません。彼の体を構成する分子の繋がりでさえも。 先ほども言いましたが、この世界に何とも繋がらずに存在する物はありません。言い換えれば何とも繋がっていない物は存在しない。 つまり、今の先生は世界にとって大きな矛盾。 あってはならないモノ。 黒い球体がどこからともなく現れ、ぱくんと山川だったモノ――今はすでに繋がりを失った原子の塊にすぎない――を飲み込みました。それで本当に終りました。残ったのは咽かえる音夢ちゃんと頭痛でへたり込む私と、呆然としているシキ君だけです。 「な、ななな、なんてことを……しかも、その力……くっ」 目に見えて動揺しているシキ君は何かを思い出したかのように立ち直り、そのまま消えてしまいました。 私はというと一歩も動けないほど疲労しています。まあ、あの力が不相応な物だからその反動、ということでしょう。むしろ、これですんでいることの方が驚きなのですが。 あ……視界が暗くなっていきます。 これはつまりアレですね、意識が落ちていくという。 最後に音夢ちゃんが呼ぶ声が聞こえたような気がしますが……確かめる余裕などどこにもありませんでした。 |
あとがき バイト先にて。学生諸君が夏休みに入り余裕が出てきたのか少しシフトがマシになりました。……まあ、いつまで持つかわからんのだけど。 そんなこんなで更新です。 拍手にて『月刊三重奏を楽しみに』と言われてしまったので焚き付けられて書きましたさ。でも思ったより筆が進まず幽々自適な生活のみの更新で。 目指せ、隔週三重奏! |