第9回 木楽町の秘密に迫ります。 ―屋上 目が覚めたら朝でした。おはようございます。 流れ星に願い事をかけた辺りからの記憶がありません。 額にはたんこぶが。幽霊なのに。不思議です。 とりあえず、犯人は私の横に転がっている空き缶のようです。 ごみはゴミ箱に。捨てようと思って手を伸ばし、空き缶をすり抜けました。 ……どうもまだ頭に血がめぐっていないようです。軽く頭を振って、深呼吸。 2〜3回で目が覚めた気分になります。 朝靄に包まれた廃校はどことなく幻想的です。実際住んでいるのは妖怪変化と幽霊なんていう幻想の者ばかり。さて、唯一の例外を起しに行きましょうか。 ―宿直室 天井から上半身だけを出して部屋の中を覗きます。 音夢ちゃんは布団を抱き枕のように抱きしめて寝息を立てています。 寝巻きは適度に肌蹴てギリギリの境界線を形成しています。同性でもちょっとドキドキしてしまいます。 「音夢ちゃん、朝ですよ」 平常心を心がけ、音夢ちゃんに声をかけます。今日は平日ですし、学校へ行くにはそろそろ起きなくてはいけません。 「む〜、後五分〜」 音夢ちゃんはさらに強く布団を抱きしめます。……どうしましょう、そのしぐさにときめいてしまいました。……私は……『男の子』が好きですよ? 男性ではなく『男の子』。 ここ重要です。テストに出ます。 と、そんなことはどうでもいいです。 「音夢ちゃんの家から学校へ行くより、この廃校から学校へ行く方が遠いのです。起きないと遅刻しますよ」 「イヤ」 「そんなことを言わ―ずっ!?」 ……えっと、何が起きているのでしょうか? 腕をつかまれて引き下ろされて、抱き枕にされました。寝ぼけた音夢ちゃんは能力全開のようです。平然と触れてきます。しかも抜けられないくらい強く抱きつかれています。 ……どうしましょう、心臓もないのにドキドキが止まりません。 鏡があれば真っ赤になった私が見えるでしょう。あ、写りませんね。それより何とかしないと違う道に目覚めてしまいそうです。 って、あ、ちょっと、音夢ちゃん! ど、どこを触っ― っ〜〜〜〜〜〜〜!!! ―間― ……コホン。 少々乱れ……じゃない、取り乱しましたがアレから間もなく音夢ちゃんはちゃんと起きました。寝ぼけていたうちは色々とやらかしてくれましたが。 明日からは気をつけましょう。もしかしたら確信犯かも知れないので。 そうでもしないと転んでしまいそうです。 私の音夢ちゃんに対しての好きはあくまで友達としてなのですよ? ……たぶん。ちょっと断言できなくなりそうです。困りましたね。なんでしょう、このときめきは。 「よし、準備完了。いこっか」 びしっと制服を着こなし、教師に目立たないくらいにナチュラルメイク、いつものかばんを装備して音夢ちゃんは準備完了です。私の方は準備なんてありませんのでそのまま出発です。妖怪さん達に見送られて廃校を出発し、後はこっそりと通学路に合流します。住宅がない山から人が降りてきたのを誰かに見られたらきっと問題になるでしょうから。 「それはそうと、今日はどうするの?」 「何がです?」 「私は授業受けるけど、詩乃は?」 「そうですね〜、一緒に受けてもいいんですが。邪魔になりそうなのでお散歩でもしています」 「出来る限りそばにいた方がいいんじゃなかった?」 そう、以前安全のためにそうしろといわれていたのですが、その言葉は玄さんの口から撤回されました。何でも管理者が見守ってくれるから大丈夫だとのこと。わからないことだらけですが、とりあえずは安全なようです。 「詩乃?」 「あ、ごめんなさい。ぼ〜っとしてました」 「それはいつもじゃない」 ……。まあ、否定は出来ません。 「とにかく、玄さんがもう大丈夫といっていましたから。それに、私は幽霊ですから人に襲われることなんてありませんよ」 「そう。じゃあ、また昼休みくらいに」 「はい」 学校に近づき人が増えてきたので会話はおしまいです。音夢ちゃんと視線で挨拶して私はその場を離れます。 と、背筋に何か走りました。寒気というのか、嫌な予感というのかやめとけばいいものを思わずソレを見てしまいます。 昨日Mバーガーで見た暗くて黒いオーラのような物を背負った人が学校へ入っていきます。 昨日は顔を見れなかったのですが、今ははっきり見えました。 この前赴任してきた私と音夢ちゃんのクラスの副担任、山川始先生です。死んでから初めて、山川先生を取り巻くソレに気づいてしまいました。触れてはいけない何かに。思わず全力で学校から離れました。……アレはなんなのでしょう? 生前もあまりお話しする機会のない先生でしたが、あんな物に囲まれて生活しているようには見えませんでした。 「っ……」 な、なんでしょう? 突然目の奥辺りがズキズキと痛みます。 脳よりは浅く、眼球の裏くらい。幽霊に実体はないにもかかわらず、あるかのようにはっきり痛みます。そして、響く何かにヒビが入る耳障りな音。 道路の真ん中にも関わらず座り込んでしまいました。 あ、でも車が自分の体をすり抜けていくのは精神衛生上良くないので歩道まで歩きます。 ギュッと目を閉じて痛みが通り過ぎるのを待ちます。幸い徐々に引いていくようです。 10分くらいそうしていたでしょうか? 痛みはなくなり私は目を開きました。 ……世界が変わっていました。別に急に身長が伸びたとか縮んだとかコンタクト入れてみたとかそんなのではなく。枯○庭園やら無限の○製が世界を侵食したとかでもなく。毒虫になっていたというわけでなく、気づけば大陸ごと宇宙を飛んでいたなんてこともありません。 路行く人々、その誰もが色に違いはあるにしろ、アレを背負っているのです。白に近い人もいればかなり黒い人も。でも、山川先生ほどの暗さはどこにもありません。な、なんなのでしょうか、コレは? しかも、近くでよく見れば……オーラというか、光ではなく、糸のような物の集合なのです。その人の周囲から伸びてある程度の距離で虚空に消える糸。その数が恐ろしいくらいあるのでオーラのように見えてしまうようです。 あ、また痛みが戻ってきました。さっきほどではありませんが立っていられるレベルでもありません。 痛みが引いた後、その前とでははっきり違いあがりました。 例の糸、アレが……任意で視認できるように。……ひらめいたというか、突然にそうなのだと理解してしまっていたのです。誰に教わるでもなく、元から知っていたのを思い出したかのように。 ……なんだか不気味なので普段は見えないように。常に見えていたら気が狂いそうなので。 ああ、なんだかどっと疲れました。どこか、のんびりできるところはないでしょうか? ふらふらと商店街を抜けて町の中心部へ。ふと見上げると小さなオフィス街の中で異色さを際立たせる物が見えました。 朱塗りの柱が2本、その上部で繋がっています。まあ、いわゆる鳥居ですね。 つまり、ここは白狼神社の前ということになります。町のほとんど中心にあるこの神社は珍しいことに狼をご神体として祭っています。大昔、当時の村に疫病が流行った時、その狼が遠吠えをあげ疫病を追い払ったという話なんてのもあります。 まあ、神社の昔話はいいとして、ここの木陰で休みましょう。普段ほとんど人のいない場所ですから。 え、何で知っているか? それは私の憩いの場所だからです。あくまで生前の話ですが。 学校からの帰り道、ちょうど休憩するのにいい場所にあるからです。 とはいえ、幽霊の私が神社に入ってもいいのか……恐る恐る鳥居の向こうに手を差し出します。 ……とりあえず、なんともないみたいですね。安心していきましょう。 石段を数えながらお社の方へ。その横にあるご神木の陰には石を加工した椅子が置かれています。ちなみに石段は20段でした。 周りはコンクリートの建物ばかりなのに神社の土地はそれと隣接しているという気配をまったく感じさせません。建物とは50mも離れていないはずなのに、その気配をまったく感じさせない不思議な空間になっています。地上にいると、ここがオフィス街のど真ん中だとは思えないのです。あ、では空中から見てみましょう。今の私ならそれも可能です。 善は急げということでふわりと木々の上へ。 結論。見なかったことにしましょう。 死んでしまってから色々と不思議なことに出会い慣れたつもりでしたが。 さすがにこれはちょっと……。 上空から隣接するはずの建物を探すとそれはもう、遥か彼方に点としか見えなかったなんて。この神社がありえないくらい深い森の真ん中にあるだなんて。 ……深呼吸してみても、目をこすってみても星に願いをかけてみても事実のようです。 試しに『視える』方の視界に切り替えてみてもなんら変わりません。 ですから見なかったことに。さっさと地上に降りて休みましょう。 あら、降りてみたら先客がいました。この神社の神主さんのようです。箒を片手に抜刀術の構えをとっています。そして、気合と共に一閃。左足が要のようです。 振るわれた箒は見事に落ち葉を散らかしました。 ……箒は掃除に使ってください。 バカなことをやっている神主さんの見た目は30代でしょうか? どこかとらえどころのない雰囲気を持つ方です。以前は何度かお会いしたこともありますが、箒で天○龍閃は初めて見ました。 「おやおや、見られてしまったね」 「……いえ、たまたまですから。お邪魔でしたらすぐに……あれ?」 視線があって、極自然に話しかけられて、普通に答えてしまいましたが……なんででしょう? もしかして、神主さんも音夢ちゃんと同じ眼を持っているのでしょうか? 「これは内緒にしておいて。サボっていたとばれると最近うるさくて―」 「誰が、うるさいのです?」 神主さんは見ていて面白いほどその声に反応しました。その声の方を見ると最近会ったことがあるような女性がいました。紅白の常衣を着ています。いわゆる巫女さんスタイルですね。 あ、その女性とも視線が合いました。それで思い出します。この人と会ったのは昨日、買い物に出かけた時に。 「なんだ、詩乃が来ていたの」 「そう、彼女に呼び止められて」 「嘘はいいから仕事をしてもらいます」 大人の姿の千尋さんは神主さんの耳を掴むと引きずっていきます。そんな神主さんに威厳は微塵もありません。なにやら子供みたいにわめいていますが聞かなかったことに。 とりあえず、何がなんだかわからないままは気持ち悪いので暇つぶしに色々聞いてみましょう。こうして、私は千尋さんと神主さんの後について社務所にいきます。 ―白狼神社 社務所 「改めての紹介はいる?」 「千尋さん、ですよね?」 「そう。たまにこの姿でここでバイトをしている。ま、誰もこの人なんて拝みに来ないからこの人とお茶をすすってる時の方が多いね」 なるほど、商店街で会ったのはここへ行く途中だったのですね。あれ、でも今変なことを言いませんでしたか? 神主さんの方を見て、この人を拝みにとかなんとか。 「で、この人が……人じゃないけど、ここの神主兼神」 ……兼ねていいんでしょうか? 「それは逆。神兼神主。この姿のときは月ヶ瀬白と名乗っている。君とは何度か会ったことがあったね」 「え、あ、はい」 どうしてでしょう、何故か緊張してしまいまともに話せません。本当に神様だから、なのでしょうか? でも、熱いお茶をすすって美味しそうに目を細める姿は全然それっぽくありません。 「む、その目は信じてないな……」 「え、まあ、その、ちょっとだけ」 「普通は信じないわ」 「む。じゃあ、特別サービス」 いったとたん、目の前に大きなふわふわした物体が。……犬ではなく、その姿は全身に白銀の毛皮をまとう3mほどもある狼が。……なんというか、ふわふわした毛皮に抱きつきたいと思ってしまいました。私『は』思うだけで実行しませんよ? 神主さんの変身と同時に千尋さんも子供姿に。で、今は大きな狼の首にぶら下がって満面の笑みです。 「あ〜、久しぶり。詩乃には感謝するよ」 そんなことまで言い放って、狼さんは困り顔です。 「……と、まあ、これが本来の姿だ。これで信じてくれるかい?」 「あ、はい、もちろん」 千尋さんが羨ましいだなんてちっとも思っていません。 じゃあ、もういね、と狼の姿は消えて神主さんに戻ります。首に抱きついたままだった千尋さんはコホンと咳払いをしてから離れます。 「こんなふうに千尋も暇しているようだし、たまには遊びに来てやってくれないかい?」 「暇なのはこの神社が寂れているせいでしょう」 「夏祭りの時と初詣くらいしか人がこないからね〜」 その割には建物も何もかも綺麗ですね? 神様パワーで維持しているのでしょうか? まさか、お賽銭では維持できないでしょうし。 「そういえば人が来ない割には綺麗ですね、ココ」 「株」 「……株?」 「維持費は趣味でやってる株で儲けているんだよ」 なんたって近い未来なら見通せるからね〜、というくだりは聞かなかったことにします。 神様やら妖怪って、こんなそれっぽくない人しかいないのでしょうか? 確かに、そんな私たちのイメージは人間が勝手に作り上げた物なわけですけど。 それから、色々なお話を聞きました。神主さんが元々この地に住んでいた妖狼の長だったこととか、妖怪出身ゆえ、居場所を失いつつある妖怪達を見過ごせず、この町という環境を作り上げたこととかも。驚いたのは町の人口の10分の1くらいが人外の者だというのです。神話や怪談、民話の世界から忘れ去られた者達が最後にたどり着く町なのだと。 「そうしてしまったゆえ、霊的な力が集り、本来天に還るはずだった魂も地に縛るようになってしまったのは失敗だったがね」 この町の地縛霊の発生率は他の土地と比べるとかなり高いのだそうで。未練を抱えた死者や、最初、死んだことに気づかなかった私のような者もこの世にとどめてしまうそうです。 「あ、でも私は後悔なんてしていませんよ?」 私がそういうと、神主さんは小さく笑いました。 「……君には、ずっとそのままでいてほしいね」 「はい?」 「いや、独り言だよ。千尋、出前を取ってきてくれないか」 「はいはい」 あ、もうそんな時間ですか。そろそろ学校もお昼休みですね。 「それじゃあ、私はおいとまします。友達が学校で待っているので」 「ん、わかった」 では、と一礼して社務所を後にします。 「そうそう。『視えて』いてもいなくても、色が黒かろうが白かろうがアレは全ての物を繋ぐ。その繋がりを断つという事は運命を変えるということ。そのもたらす結果は重い。君はそれに耐え切れるのか?」 思わず振り返りました。ですが、神主さんの姿はすでになく……。 私は仕方なく学校を目指します。 ……それにしても、神様も妖怪さんも実体を持つため、食事が出来ます。 羨ましく思ったとたん、お腹が鳴ったような気がしました。 私って、中々器用な幽霊ですね。それとも、腹の虫まで幽霊になっているのかもしれませんね。 そんなバカなことを考えつつも一直線に学校へ。 こうして、私は重役出勤気分で校門をくぐります。 後は音夢ちゃんのいる教室を目指すだけなのです。 ―幕間― 忠告を含めた物言いを彼女はどう受け止めるのか。 私には彼女の選ぶ未来が見えているがそれは不変の物でもない。いくつもの可能性の中でおそらく最も確率の高い物。さらに、因果の糸すら律する彼女の前では未来予知など意味をなさない。まあ、本人はまだ知らないわけだが、あの力は世界の根幹に関わるほどのものだ。遅かれ早かれ死神共にも気づかれ今以上にこの町へ介入してくるだろう。 私の領内でそれは好ましくない。彼女の正体を暴かれるわけには行かない。もしそうなった場合は徹底抗戦の構えで― 「何を険しい顔してるの?」 ふと見るとちゃぶ台にお茶が用意されていた。 「ああ、すまない。ちょっと先を見ていた」 今の段階では死神の動向までは見えないのだ。こういうときは気にせずお茶にするに限る。 「あの子が出てきてから予知が不安定なんでしょ? そんなに気にする必要はないんじゃないの?」 千尋はそんなことをこぼしつつ、向かいに座りお茶請けの煎餅をかじる。 千尋の言うとおり不安定すぎるといっても過言ではない。それでも見えてしまう限り気になるものなのだ。 視線を彼女の向かった学校の方へ移す。と、予知にないモノが見えた。 「何っ!? あの小僧がもう来て―」 とっさに立ち上がって気づく。ちゃぶ台はひっくり返り正面にいた千尋はぬるめのお茶をまともにかぶり、お茶にしけった煎餅が額に張り付いている。 その拳が震えている。ああ、未来予知の対象に自分が含まれないのはどうかと思う。 大きな波乱の前に目の前の小さな波乱をどうにかしないことには今後に支障が……あ― 「ちょ、千尋それは―」 千尋が手にしたのは扇子。千尋が結晶化させてきた力の塊。 「問答無用!!」 抵抗は簡単だがそれをするともっと酷い。 ……理不尽だ。 ―幕間・了― |
あとがき 新たなが人物(?)が登場です。 次から少し話の雰囲気が変わっていきそうな感じ。 |