第8回 買い物に行きましょう。

―木楽町 商店街
八百屋、魚屋、肉屋さん、少し寂れたブティックから大型家電量販店まで。
この小さな商店街にはこれでもかというほどにお店が詰まっています。もともと木楽町は大都市のベッドタウンという位置。昔は小さかった商店街ですが、今はかなり大きな規模になっています。
今日はそこへ音夢ちゃんとお買い物です。まあ、私は実体を持たないので結局は音夢ちゃん一人ですが。午前中は音夢ちゃんの家と廃校を往復して必要な衣服などを持ち出して、午後は持ち出せない物を買い物に商店街に来ました。
資金源はなんと千尋さん。黙ってキャッシュカードを投げてよこしました。
……使って大丈夫なんでしょうか?
音夢ちゃんも同じことを考えているのかそのカードをじっと見ています。
「暗証番号も教えてもらったし、カードの名前は水無月千尋って……これってあの座敷わらしの名前かな?」
「さあ? 私も名前しか知りませんから……」
実は試すに試せずかれこれ1時間はたっています。二人で広場のベンチに座ってぼーっと。
実際は一人ですけど。周りの視線は私をすり抜けて音夢ちゃんに集るばかり。変な物を見る視線じゃないですよ? 大抵は男性の邪な視線です。たまに女性も混ざってますが。
そんな視線が気になるのは私だけで、音夢ちゃんはいたって真剣にカードを睨んでいます。
……まあ、確かに視線を引く状況ではあるみたいですね。美少女が眉間にしわを寄せてキャッシュカードを睨みつけている光景はなかなかレアでしょう。
「なんだお前達、せっかくそれを渡したのにまだ使ってなかったのかい?」
と、目の前には黒髪の綺麗なお姉さんが。
……あれ? お前『達』?
見えるんですか? それにカードを渡したって……?
女性は呆然としている音夢ちゃんの手からカードをひったくるとそのまま銀行のATMへ。
1分ほどで戻ってきて今度は財布を差し出します。
「……しぶっているようだったから引き出してきたぞ」
ホレ、と差し出される財布がなんだか恐ろしい物にみえて仕方がありません。
手を出しかねている音夢ちゃんを見て女性は何か思いついたかのように手を叩きました。
「そっか、この姿は見せてなかったな……」
一瞬、女性の姿が揺らいで別の姿が見えました。その姿はついさっき見たばかりの座敷わらしの千尋さん。……え、同一人物ですか?
「えっと、もしかして、千尋さん?」
「本人だから暗証番号も打ち込めて引き出してきたのだぞ?」
今時本人じゃなくても何とかなるといううわさも耳にしますが……。とりあえず、そういうことにしておきましょう。
それより気になるのはどうして千尋さんが銀行に口座を持ってるのかということでして。
「このお金はどうやって?」
私が疑問を口にする前に音夢ちゃんに取られました。
やはり同じことを考えていたようです。
「働いてに決まっている。まあ、その辺のことはおいおい話してやろう。今は買い物を楽しんでくればいい。残高はまだかなりあるから気にせず使うがいい」
千尋さんは音夢ちゃんの手に財布を握らせると踵を返します。
「あの、どこへ?」
「バイト」
「え、バイ―」
もう一度聞き返す前に千尋さんの姿は人ごみの中へ。
……バイト、ですか。

そんなこんなでお買い物が始まりました。財布の中身は全て本物のお金でちゃんと自販機にも通りました。後のことは悩んでも仕方がないので受け入れて、動き出すことにしたわけです。
「最初はどこへ行きますか?」
買うのは音夢ちゃんなので私はついていくだけです。
「う〜ん、ところで、あそこに電気やガスや水ってきてた?」
逆に質問で返されさらにその回答に困りました。
「来てるならご飯くらい自分で何とかしたいしさ。なべとか食器とか少しは用意したいなって」
悩んでも仕方がありません。見てきましょう。歩けば時間がかかりますが、私ならあっという間です。
「見てきますね。音夢ちゃんはその辺をぶらぶらしといてくださいね」
「ん、わかった」
ちなみに会話は小声ですよ? 
普通に話すと独り言を続けるイタイ人に見えてしまいますから。

―廃校
不思議ですね〜。宴会場になる体育館は煌々と明かりがついていますし、飲み過ぎた〜と呟きながら子泣きじじいさんが水道から水をがぶ飲みしています。
改めて見てみると不思議がいっぱいです。さらに、宿直室だけでなく、理科室なんかにもガスが来ていました。
……妖怪の存在より不思議ですね〜。
さて、確認できたところでさっさと戻りましょう。これなら音夢ちゃんの手料理がいただけるかもしれません。
あ、私は幽霊でした。時々忘れてしまいます。モノには触れられず、食べることも飲むことも出来ませんね……。
気分が暗くなった時は空でも飛んで気晴らししましょう。音夢ちゃんには悪いですが、少し待っていてくださいね。

―雲の上
「あ〜、またこんなところをうろついてる」
雲の上で日の光を浴びているとシキ君が側に現れました。ここに来て正解ですね。
ここは一つ、じっくりとシキ君を愛でてエネルギーを補充しましょう。
あ、逃げないでいいのに。
「ボクにそんな趣味はないからね」
「同じ趣味を持っているとしたら、困りますね」
「そんなわけないでしょ」
「でも、私はシキ君がお気に入りですけど?」
「ボクの意思や気持ちは?」
「考慮しません」
「……言い切った……」
こうしたやり取りに応じてくれるということはキライではないということですよね?
ならばあまり考慮しなくていいでしょう。
「ボクの人権は無視?」
「人じゃないですよね?」
「む……」
困った顔も可愛いですね。
スカートを穿かせておしゃれをさせたら女の子に見えるかもしれません。
「今度スカートはいてみませんか?」
「嫌」
一言で切って捨てられました。
「絶対似合いますよ?」
「嫌。二度とはかない」
……なにか面白いセリフが飛び出しました。思わずにやりとしてしまいます。
もう少しいじめてたのしまなくては。
「前にはいたことがあるんですか?」
あ、固まりました。墓穴を掘ったことに気づいたんですね。
「その時近くにいた人が羨ましいです」
「……帰る」
そのまま、引き止める間もなくシキ君は消えてしまいました。
でもまあ、エネルギーは補充できました。シキ君分は100%です。
私は太陽に別れを告げ、分厚い雲に覆われた地上へと降ります。早めに買い物を終わらせないと一雨来そうな空模様です。

―ブティック「ヴィエントエッセ」
音夢ちゃんを探しているとこんなところにいました。
ここは商店街の端にある小さなお店です。デザインはシンプルで私の趣味にあい、私は常連さんです。……間違えた、常連さんでした。
音夢ちゃんは店のオーナーさんとなにやら話している様子。そ〜っと近づきます。
で、すぐに離れました。
話題は生前の私の話だったので。仕方ないのでお店の外へ。ショーケースに並んでいる服を眺めます。
……。
……。
眺めていても仕方がないので着てみることにしましょう。
その点幽霊は便利です。私の外見は私の意志で形作られているので着替えは一瞬、例え商店街のど真ん中だろうと、心眼を持っていようと着替えの途中を見られることはありません。服にお金がかからないということは月末に財布の中身と相談しなくていいということでもあります。
……まあ、それ以前に幽霊ですし、お金すら使えないんですがね。
と、そんなことを考えても仕方がないので一人ファッションショーをやって暇つぶしを。
あれやこれやを着替えてみます。どうせなら普段絶対着ないような服も試してみます。
目の前になくても情報として持っていれば再現は可能です。それでも、ある程度は精密に記憶している必要があるみたいですが。
一通り試してみて、生前に持っていた服は全て再現可能でした。
あとは、学校で男子の方々が回し読みしていた『こすぷれ☆ふぁいなる』という本の中身も。えっとですね、どんなモノなのか興味がわいて覗き見したわけですが、少々刺激が強すぎてはっきり覚えていたんです。どうせ誰にも見られないからと高をくくってそれらまで手を出したのが間違いの元でした。
ピンナップにあった服を再現した時、音夢ちゃんが店から。
「……し、詩乃?」
えっと、視線が痛いです。で、私の今の姿もイタイです。
現代ではどこぞの電気街の方に着ている人がいるとかいないとか。いわゆる『メイドさん』です。オプションで猫耳付きだったりします。
お願いですからそんな目で見ないで下さい。
「そ、その〜、魔がさしたんです」
音夢ちゃんはお店の前で虚空を見つめて立ちすくんでいるように見えます。
私以外から見てみれば、です。それはそれで目立つわけで、オーナーさんに声をかけられてようやく正気に戻ったようです。
私も、それをきっかけに服を学校の制服に戻しました。死んだときがこれだったせいか一番維持するのが楽だからです。
と、音夢ちゃんが小さく舌打ちを。
……。
聞かなかったことにしましょう。
「お待たせしました」
そして、何事もなかったかのうように振舞ってみることに。
「あ、うん、別にいいよ。とりあえず、かさばる物は買ったから」
そういう割には荷物がありません。
「身軽なように見えますが?」
「郵送しといたの」
「廃校宛でですか?」
「そうよ」
さすがにそれは届かないと思います。
配達の人は困るでしょう。
「不思議だけど届くんだって」
……はい?
ほら、といって音夢ちゃんが携帯電話を取り出します。
私は周り人々を配慮して音夢ちゃんの後ろへ回り込み画面を覗き込みます。
メールは千尋さんから。……千尋さんから?
送信者の名前は『水無月千尋』となっています。
本文は簡潔に『持てない荷物は以下のあて先に配達を頼めばいい』と。
そして、住所が。
「調べてみたらさ、廃校の場所なんだ……なんか怖いけど、とりあえず信用していいかなって思ったの」
確かにあの妖怪さんたちならそんな気にもなります。
「そういうわけで手ぶらなの。これからどうしよう?」
聞かれても困ります。私は実体がありませんから。
『何かをする』のは音夢ちゃんだけです。
私に出来ることといえば、小声ながら話すことくらい。特に周囲の目がある場所ではそんな会話も音夢ちゃんへの嫌な視線の元になります。そんな視線に音夢ちゃんが晒されるのは嫌です。
ですから、正直に言うと廃校に戻りたいのですけど。
く〜。
「あ」
「あらら」
音夢ちゃんのお腹が可愛く自己主張してきました。
「……聞いた?」
「それはもうバッチリと」
「Mバーガーでも食べて帰ろう……」
「はい、そうしましょう」
Mバーガーは全国どこにでもあるファーストフードのお店です。味は温かければまあ、食べられるという程度の物ですが、桁違いに安いため若者に好まれます。
カムバック59円時代。
……なんでもありません。

―Mバーガー
私は音夢ちゃんが注文している間二階へいって席を探します。
見つけても確保できないのが欠点ですが。
とりあえず、きょろきょろと席を探します。
と、その人を見つけてしまいました。
見た目は普通の人です。性別は男で歳は30代前半でしょうか?
なぜ、惹かれたのか、なんと言っていいのかわかりませんが、黒いのです。
周囲にそう、オーラとでも言うような物が見えるのです。その色はとても黒く、その男の人すら隠してしまいそうなのに、本人の姿ははっきりと見えるのです。
つっと、背中に何か走りました。近寄ってはいけないと私の中の何かが訴えてきています。
私は急いで一階に戻ると清算前の音夢ちゃんの側へ。
「音夢ちゃん、ここから離れましょう」
「……何かあったの?」
「なんと言っていいか……とにかく早く」
私の必死な声が伝わったのか、音夢ちゃんは持ち帰りにしてほしいという旨を店員に伝えます。店員さんは少し迷惑そうな顔をしましたがすぐにスマイルに。おしい、彼方の店員度は30点。ちなみに96点満点で。

―廃校
そんなこんなで戻ってきました。
音夢ちゃんは歩きながらハンバーガーにかぶりついています。ちょっと行儀が悪いですが、私が急かしたのでなんとも言えません。
「おやおや、お帰り。ところで―」
山道の途中で見つけた小豆洗いさんと音夢ちゃんと私は帰るなり数多くの妖怪さん達に囲まれました。みんなどこか緊張してる様子です。
「千尋様を見かけなかったかい?」
いなくなったらしいです。あ、でも私たちは(多分)本人に会っていますね。
その旨を伝えてあげると緊張した雰囲気が消えてなくなりました。
「ああ〜、今日はバイトの日か……宴会は無しじゃのう」
かなりしょぼくれているのは子泣きじじいさん。
毎日宴会で飽きたりしないのでしょうか?
……あれ? やっぱりバイトは事実であの人は千尋さん本人なんですね?
わからなかったら人に聞きましょう。間違えた、人外に聞きましょう。
「玄さん、千尋さんはどうしてバイトなんて?」
「まあ、バイトといえばそうなんだがな。詳しくは千尋様本人から聞いとくれ」
なんだかはぐらかされました。

とりあえず、帰りに買った音夢ちゃんが持てるだけの日用品や食品を宿直室へ運びます。
こういう時、実体を持つ妖怪さんはお得です。
一反木綿さんにお願いして手伝ってもらいました。音夢ちゃんは荷物から解放されて喜んでいました。
でも、夕食は質素にカップラーメンだけ。
お湯は沸かせるのであっというまです。
食べ終えると音夢ちゃんは疲れたといってさっさと寝てしまいました。
私はというと、Mバーガーで見たあの黒い男性が気になって仕方がありません。
音夢ちゃんの寝顔を眺めながら寝ようかとも思いましたが音夢ちゃんが気になって眠れないというので諦めます。仕方がないので気分転換に屋上へ。
時間がたてば眠たくもなるでしょう。
宴会のない廃校は静かなものです。本当にたくさんの妖怪や幽霊が住み着いているのか疑問に思えるほどに。ふと、そこで思い当たるのは千尋さんの存在。
どこか、他の妖怪とは違う感じがします。機会があれば色々と聞いてみたいですね。
そんなことを考えつつ、私はただただ、星を眺めます。
あ、流れ星……。願い事といえばアレしかありません。
「シキ君と(自主規制)、シキ君(以下略)、シキ(略)!!」

カコーン。

あ……何かが飛ん きて私 頭に……。
幽霊にビ ル缶 当て な て…… すが 妖怪 ん … 。
きゅぅ〜〜〜……。

あとがき

しばらく書かないとノリを忘れてしまう……。
深夜と夕方のバイトの掛け持ち生活に慣れるまで書き物する気力と時間が確保しにくいです。チマチマと書いてはいますがどうにもうまくない。
ああ、でも途中でやめはしません。他の話もとりあえず終らせます。
……正直いつになるかわかりませんが。

気長にお待ちください。あるいは激を飛ばしてください。


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