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第7回 大冒険の始まりです。

―廃校
おはようございます。昨夜は日が昇るまでどんちゃん騒ぎだったので少し寝不足です。
しかし、「どん」ってどんな人なんでしょう? 慣用句になるくらいですからよほど宴会が好きなんでしょうか?
……どうでもいいですね。朝は頭に血が回っていません。
そもそも幽霊ですからそれすらないですね。ですが、幽霊でも休養は必要なんです。
朝まで騒げば寝起きも辛いです。
見回すと死屍累々とあっちこっちに幽霊やら妖怪やらが転がっています。
幽霊は玄さんや美香さん、田中二等兵に西山軍曹。妖怪は化け猫から始まり、子泣きじじいにしがみ付かれうなされている小豆洗い、立ったままいびきをかいてる塗り壁、なぜか蝶結びされた一旦木綿などなど。
一部状態がおかしいですが。
いつの間にやら増えてきて妖怪の見本市みたいな有様です。みんなべろんべろんに酔ってピクリとも動きません。幽霊の私たちはただの睡眠不足ですが。
「起きたのかい」
振り向くと座敷わらしの千尋さんがいました。この宴会の黒幕です。お酒や食べ物をどこからか持ち出したのは彼女ですから。そうそう、妖怪の皆さんは誰も彼もざるや蠎でしたが、それすら潰してしまう量のお酒はどこから手に入れたのでしょう? 気になりますね。いずれ聞き出してみましょう。
「おはようございます。片付けのお手伝いをしましょうか?」
「いや、かまわないよ。こんな物すぐに終るから」
言いつつ懐から取り出した扇子を一扇ぎ。目が点になりました。一瞬でみんな消えてなくなりました。本当に何も残っていません。廃校の広い体育館にいるのは私と千尋さんだけで。詳しく説明すると、空の酒瓶やらおつまみの盛ってあった皿だけでなく、死屍累々と転がっていた妖怪や幽霊のみなさんまで消えてしまいました。
「どうだ、すごいだろう」
得意げな千尋さんの目は据わっていました。
ああ、なるほど。この人も泥酔状態ですか。嗅覚かあればもっと早く気づいて、この不法投棄と神隠しは止められたかもしれませんね。
「千尋さん、ゴミはともかく参加者の皆さんはどこへ?」
「ん~? 町じゃないかね~」
はわわわわ~と大きなあくび。その場にこてんと倒れて小さな寝息が。
いつから存在しているか分からないと自称する大妖怪にはとても見えない寝顔です。
こうなったら仕方ありません。力をコントロールできない妖怪さん達が人目について騒ぎになる前に私が連れ戻しましょう。
ついでに朝のお散歩を。もちろん、妖怪探しが目的ですよ?

―廃校 校庭
そこへ1歩出た瞬間何かにぶつかりました。壁を抜けて出たのですが幽霊の私ですら越えられない壁がそこにあったみたいです。具体的に言うと動ける壁が。いびきもかけます。
仲間を探す冒険、開始から5秒で一人目に遭遇です。
……まあ、これは放っておいても無害でしょう。
立ったまま寝ている塗り壁さんは放置でさっさと先へ進みましょう。

―繁華街
繁華街とは言いますが木楽町自体が小さな町ですのでたかが知れています。
そのど真ん中、どこからとも無く赤ん坊の泣き声が。声の発生源を探してあちこちで人が右往左往しています。これも言うまでも無く子泣きじじいさんの仕業ですね。
わりと分かりやすいところで泣いているのですが、誰も気づかない様子。
というか、道路のど真ん中で。どうも見えてない様子。まだお酒が残っているせいで力がコントロールできないのでしょうね。
「おじいさん、どうしてそんなに泣いているんです?」
とりあえず声をかけて黙らせましょう。それなりに迷惑っぽいので。
「おお、詩乃ちゃんかい。わしは酒が無いから泣いておったんじゃ。若い君らに酒を注いでもらいたかったんじゃ」
そんなことを胸を張って言われても困ります。第一実体がないのでお酌もできません。
「ここは宴会場じゃないですから泣いても叫んでもお酒は出ませんよ?」
「……むむむ? ここはどこじゃ?」
OK、分かりました。この方、まだ宴会中のつもりなんですね……。
仕方がないので現在位置とそうなった理由などをとくと聞かせて差し上げます。
「なるほど……仕方ない、戻るかのう」
よっこらせと呟き立ち上がったと思ったらその姿は消えてなくなってしまいました。
見た目はアレでもやることはさすが、妖怪といったところでしょうか。
幽霊にはまねできませんね。
さて、さくさく行きましょう。とりあえず、次は大木楽公園へ。

―公園内 訓練施設跡
こういう場合乙女はどういう反応をすればいいのでしょうか?
どういう場合かというと、
「女子じゃ~~~~~」
って、飛び掛ってきた西山軍曹に抱きつかれてしまいました。これがシキ君なら喜んで身を任せるのですが西山軍曹は好みですがさすがに射程外です。出来れば早くはなれてほしいのです。……なんて、考えてる暇があるなら引っぺがすべきでしたね。
とりあえず、力いっぱい蹴り飛ばします。幽霊同士なので問題なく蹴り飛ばせます。
後は自分の服を軍服っぽいのにして見掛けだけの小銃を突きつけます。
「西山軍曹、何か言い残すことはありませんか?」
極上の笑顔で。
「申し訳ありません」
酔いは一瞬で醒めたようです。効果覿面ですね。
「女性を辱めた罪は重いですよ? 今すぐ、廃校に行って宴会の後片付けを手伝ってください」
「はっ!」
飛んでいく軍曹を見送りながらも疑問が沸いてきました。実体のない幽霊はお酒を飲めません。なのに軍曹はかなり酔っていました。
……どうやってよっぱらったのでしょう? 不思議ですね。私はなんともないのですが。

―大木楽公園 池
「美香さん、美香さん。姿、戻ってますよ?」
池の側にある柳の下、死相を浮かべたまま立ち尽くす美香さんは少し心臓に悪いです。
なんというか、いかにも幽霊な絵になっています。
運悪く、その美香さんの体をすり抜けた人はとてつもない悪寒に晒されて悲鳴をあげています。
「……あ……詩乃? ……気持ち悪い」
「はい?」
死相のままというより、気持ち悪くて死にそうという状態らしいです。幽霊が死にそうというのは変ですが。
「あんたは平気そうね……なんで?」
「お酒は飲んでませんから」
なんとなく美香さんが二日酔い状態だということがわかりました。私はなんともないんですがね?
「……呑まなくてもあの酒気の中にいて平気なわけないでしょ? もしかして、妖怪よりアルコールに強いの?」
「さあ? お酒は飲んだことないです」
なんたって未成年ですし。お酒は二十歳になってから。
「……つまり、酔ったことがないから酔うということが分からないから普段のまま?」
「さあ? それより、学校に戻った方が良くありませんか? ここで立ち尽くすよりあちらの空気の方が過ごしやすいです」
千尋さんの作った結界の効果なんでしょうか。学校の敷地内では外より体の維持が楽に出来るのです。ですから調子が悪い美香さんはぜひとも行くべきだと思うのですが。
「……そうね。そうしようかしら……悪いけど引っ張って……」

―廃校
というわけで一旦戻ってきました。私が連れ戻した以外にも自力で戻ってきた方もいるようです。
ぐったりする美香さんを壁際に寝かせて周囲を見回します。
あと戻ってきていないのは飛雲丸さんの一党くらい。
飛雲丸さんは猫なのにがつがつと料理を食べ、がぶがぶとお酒を飲んでいました。
前足で箸を使って。今思えばあの肉球付の足でどうやって箸を持っていたのでしょう?
カケツキとアカハナの二人はお皿からそのままだったのですが……。
気になってしかた無くなりました。これはぜひとも早く連れ帰り実践してももらわないといけません。ではでは、善は急げです。例えこれが善行じゃなくても急ぎます。

―空き地
あれから半日探し回ったにも関わらず、飛雲丸さん一党は見つかりません。
酔いからさめた他の幽霊や妖怪さんも総動員で探しているのですが結果は思わしくないのです。
今はちょっと探し疲れて空き地にある土管の上でぼーっとしています。休憩です。
サボってるわけじゃないです。
「あら、何してるの?」
と、声が。そっちを向くと制服姿の音夢ちゃんがいました。
そういえばこの空き地、音夢ちゃんの家の近くでしたね。時間もちょうど下校の時間です。
「ちょっと人探しをしていました」
「そう? ぼーっとしてるようにしか見えなかったわ」
「今は休憩時間です。さっきまで町中を飛び回っていたんですから」
「知ってる。今日は色々変なのが見えていたから」
「あれ? 妖怪さんもみえるんですか?」
「見たくなくてもね。前は嫌だったけど今は気にしてないわ」
音夢ちゃんは周囲に人がいないのを確認して土管の上の私の横に座ります。
「そういえばここに来た時っていつもどちらかの愚痴を言ってたっけ」
「どちらかというと主に音夢ちゃんだった気がします」
「……今日も愚痴っていい?」
「私が聞いて楽になるならいくらでも」
ありがとうと呟いて一瞬遠いところに視線を移す音夢ちゃん。その横顔はどこか儚げです。
大きな悩みを抱えているのでしょう。
「私ね、T大学に進むつもりで勉強してたんだ」
それは知っています。音夢ちゃんは去年の夏ごろにはもう受験勉強を始めていたほどです。成績もほぼ学年トップ。私も悪くは無かったですが天と地ほどの差があります。
「両親も喜んでくれた。けど、祖父が一言、言ったとたん手のひらを返したの」
「どういうことです?」
「実家の仕事を継げって」
音夢ちゃんのおじいさんとおばあさんについては聞いたことがありません。どんなお仕事をされていたのかも。
「この前ね、ちょっとミスちゃってさ」
「この前?」
「詩乃のお葬式の時、視えるということを親に知られたの」
えっと、それと実家のお仕事とどういう関係があるのでしょう?
「祖父はね、同じように人じゃないものが視えて、視える存在を危険なモノとして消し去ることを仕事にしているの。というか、その集団の元締めね」
何かとんでもないことを言われた気がします。
つまりは幽霊や妖怪を退治するお仕事で、いいんでしょうか?
いたんですね、そんなお仕事の人。
「私だって視えないなら信じないけど……実際こうして話してると祖父やその取り巻きの頭がおかしいだけって言い切れないの。でも、祖父の仕事になんて興味ない。むしろ今となっては嫌よ」
いつの間にか音夢ちゃんは私にもたれてきています。見えるだけじゃなく触れるという事実に本人は気づいているのでしょうか?
でも、嫌じゃないですよ? むしろ、人のぬくもりに触れられてうれしいくらいです。
「それで、嫌って言ったら学費も何もかも一切出さないって」
なるほど、それで悩んでいたんですね……。
「それどころか高校もやめて田舎へ来いって。……私の意志や夢なんてどうでもいいんだってさ」
弁護士になりたい。音夢ちゃんはずっとそういっていました。夢があるのはいいことです。
幽霊の私に未来なんてなく、今しかありませんしうらやましい限り。
そんな夢のために頑張ってきた今までを祖父の都合で捨てろといわれても素直に受け入れられるはずがありません。
「学費を自分で出そうにも口座の貯金すら抑えられちゃったし……はぁ……」
どうもおじいさんは徹底しています。どうやってでも音夢ちゃんに夢を諦めさせるつもりなのでしょう。
「しばらく家出でもしてみようかしら?」
「家出、ですか」
「詩乃は最近どこで休んでるの?」
ここで言えば音夢ちゃんは行くと言い出すでしょう。妖怪さんたちもきっと気にしないでしょう。
でも、音夢ちゃんのご両親に心配かけるのはちょっと……。
とはいえ、ここで放っておくことも出来ないわけです。う~ん。
どうしたものかと悩んでいると、救いの手は意外なところからきました。
「子は親や祖父母の操り人形ではない。少し、そのことを思い出させるためにも距離を置くのは効果的ではないか」
おどろいた表情の音夢ちゃんはきょろきょろと周囲を見回します。人影はありません。
ですが、人じゃない影なら足元に。
「今、声がしなかった?」
「音夢ちゃん、下ですよ」
「下?」
首をかしげながらも音夢ちゃんの視線は土管の下へ。毛むくじゃらの物がいました。
「飛雲丸さん、探したていたんですよ?」
「どうせ、千尋が酔ったあげくに神隠しでもやったのだろう? アレが酔っ払うと毎度の事だ。気づけばこの中だな」
後ろ足で立ち上がった猫が人の言葉を喋りながら不機嫌そうに前足を組んでいます。
音夢ちゃんは……とりあえず、目が点になっています。まあ、いくら視えるといっても心の準備が無ければ驚く光景でしょう。
隣にいる二匹は見た感じ普通の猫なのでその異様さが際立っています。
「ね……猫が……」
あ、復活です。
「妖怪や幽霊が見えて二本足で立つ猫に驚くのか?」
「日常でよく目にするものだからその変化に驚いているんではないでしょうか?」
私だって初めて会った時というか、昨日は普通に驚きました。
「まあいい。娘、お前にその気があるのならついて来い。目を通してこちら側の世界に触れられるお前なら仲間達も受け入れよう」
「つ、ついて来いって、どこへ?」
「幽霊や妖怪が集る場所です。最初は驚くかもしれませんが慣れればいいところですよ、きっと」
最初はちょっと怖いかもしれませんが。

―廃校
「……ねえ、詩乃」
「はい?」
「なんでこうなったの?」
「う~ん、何かにつけて宴会したかっただけじゃないですか?」
私の時もそうだったようで。
聞けば大小はあるがここではほぼ毎日宴会だとか。……疲れないんでしょうか?
廃校に到着して1時間、日が暮れると同時になぜか昨日と同じ大宴会に。
もう止められません。というか、誰も止めようとなんてしません。
人間一人と元人間の幽霊一人は未成年のためその雰囲気に乗り切れず置いてきぼりです。
廃校が『一時的な家出の場所』に決定したのは到着から5分。唯一人の住めそうな宿直室の掃除に40分、廃校にいる妖怪への紹介がと説明が10分ほど、宴会の準備に5分。
宴会の規模は昨日と同等。相変わらずどこから持ち込んだか分からないお酒とお料理が所狭しと体育館の床に広げられ、昨日より種類の多い妖怪さんや幽霊が楽しんでいます。ポピュラーなものから名前も知らないような妖怪までピンキリですが。少なくても生身の人間は音夢ちゃん一人しかいません。
「この環境、耐えられます?」
「う~ん、ずっとだったら厳しいかも。けど、とりあえずは少しの間だけだし、その間なら楽しいかも」
音夢ちゃんがそう思うならいいのですが……。
少し、無理しているように見えるのは気のせいでしょうか?

そんなこんなで夜が更けていきます。
私と音夢ちゃんは主賓らしいにも関わらず早めに宿直室に引き上げました。
明日は朝からお買い物に行くことに。衣服の類は家にこっそり取りに行くとして、宿直室にはあまりに物が無さ過ぎるので。
お友達とお買い物なんて死ぬ前からやっていませんから、楽しみです。

そうそう、同時に私もここを休憩場所にすることにしました。
音夢ちゃんの側にいるのは楽しいし、正直、自宅に帰る度に、憔悴する両親を見るのが辛いというのもあります。早く笑顔を取り戻してほしいのですが……先立った親不孝な娘が言っても仕方ないのです。

さてさて、明日に備えてそろそろ眠ります。
では、おやすみなさい……。
あとがき

この季節、花粉さえなければ過ごしやすくていい季節なんですが。
さすがにこれ以上放置するのはマズイ気がしたので必死に書いて更新です。
幽霊は花粉症になることも無いでしょうね……。


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