第11回 復帰しましょう。

深く暗い闇の中。私は一人漂います。
水面も水底も見えず、漂うという表現すら正しいのか見当もつきません。
それでも、空にいるときと感覚が似ていることから漂うとします。
見えるのは自分の姿のみ。
光などないにもかかわらず、不自然なほど自分だけがはっきりしています。
……何がどうなっているのでしょう?
ここは一体どこなのでしょう?
いつから私はここにいるのでしょう?
いつまでここにいればいいのでしょう?
疑問は次から次へ出てきます。
とはいえ、誰も答えてくれないので一つ一つ自分で解決していきましょうか。

疑問そのいち。何がどうなっているか?
わかりません。後回し。
疑問そのに。ここは一体どこなのか?
わかりません。少なくても校舎裏ではないようですが。
疑問そのさん。いつからここにいるのか?
残念なことに時計は止まっています。そもそも時間という感覚がないのです。
疑問そのよん。いつまでここにいればよいのか?
わかりません。次。って、何もわからないですね。仕方ないのでもう一度。
校舎裏に駆けつけて、○○先生と音夢ちゃんのやり取りを聞いて、音夢ちゃんが○○先生に襲われて、殺されそうになって……。あれ? 肝心な部分が消えています。
それもそのはず、因果の糸は記憶にも繋がりますから。全て切った今、顔はおろかその印象も残っていません。あるのはただ、誰かがいたというあやふやな形だけ。
つまり、私は人一人を消してしまったんですね。殺すでもなく、ただ消されてしまうように仕向けた。後悔は……していません。たぶん。きっと。
その後、視界がブラックアウトしたのでしたね。で、気が付いたらここにいた、と。
なら答えは簡単です。これは夢。奥底に押し込めた罪悪感が見せる贖罪。
人の存在は重く、私はそれに耐えられなかった。心は罪の重さに自壊して、精神だけの存在たる幽霊はただ闇の中に一人。神主さんの言葉が今さらながら身にしみますね。
やってしまってからわかっても遅いのですが。もたらした結果は重くどうも私は壊れてしまったみたいです。
どうせなら天国か地獄のどちらかに行って見たいと思っていたのですが。
というか閻魔さんにあってみたかったのですけど。

あれ、急に頬が痛みました。
具体的に言うと思いっきりひっぱたかれたような。それはもう渾身の力でフルスイング。
右の次は左。痛いです。無理やり意識を覚醒させる時にやるやつです。
とはいえ、幽霊の私にこんな非常識なことを出来る人なんて限られています。
あ、痛いです。わかりました。起きますから、やめて下さい。
それ以前に嫁入り前の女の子の顔をキズモノにする気ですか?
ああ、闇が去っていきます。

「おはようございます」
ぱしんと。
起きたにもかかわらず、私に実体がないにも関わらず思い切りはたかれました。
無意識の時やら必死になっているときは幽霊を見るだけじゃないようです。
見てみると音夢ちゃんは私に馬乗りになって襟首を掴み無理やり引き起こしている構図。
客観的に見るとなんだかすごい光景ですね。ちょっとやりすぎです。
「起きた?」
「まあ、見ての通り」
「そう」
音夢ちゃんはばつが悪そうに私の上から体を動かし隣に座ります。
「……何をやって助けたのかわからないけど……ありがとう。……でも、あれ? えっと、私を殺そうとしたアイツは……って、そもそも、なんで殺されかけたんだっけ? 助けられたって認識してるって事は襲ってきた人間がいるわけで……確かに誰いたような??」
やったことへの自覚を持つ私ですら覚えているのは糸を切ったということだけ。それが誰の物だったのだとかはもう誰にも思い出せないでしょう。
突然にできる記憶の空白と違和感。音夢ちゃんの感じている物は私のそれより激しいのでしょう。しきりにぶつぶつ呟いています。
「ん〜、どうやって説明したらいいのでしょう? あえて言葉にするなら、そう、どんな物とも繋がりを持たないものは存在できないので、私が誰かさんと、その他全てのとの繋がりをきってしまっただけのことです」
説明しておきながら自分自身よく分かっていません。ただ、言葉にするのが難しいだけでもう一度同じことをやれといわれても可能でしょう。やるかやらないかは別にして。
そういうことが出来ると、知っていたとでもいいましょうか。
今思い返せば、地縛霊を縛る縛鎖を切ったのもこの力の片鱗に過ぎなかたのでしょう。
すなわち、土地とその幽霊の繋がりを切ったのです。
「なんか、わけわかんない……。妙に気持ち悪いわ」
「ん〜、すぐに消えますよ。ちなみに、同じことは再現可能ですし、私が出来ることは全て把握できました。けど、それを説明するのは中々。言葉になるとどこか違うように感じてしまうのです」
「はあ、わかった」
「何がです?」
「とりあえず、私が殺されずにすんだということ」
そうですね。私は命の重さに押しつぶされそうですが、音夢ちゃんが無事なら耐えます。
本当は今も目を閉じれば先ほどの闇が迫ってきます。頭痛もわりと酷いです。
……困りましたね。これでは眠れません。
「詩乃?」
「え、あ、はい?」
「……私の代わりに消えちゃうなんてことはないでしょうね?」
睨みつける鋭い目。
大丈夫、消えるとしてもまだ先です。今はまだ自分を保てます。
でも、何とかしないと……そう長くないのも実感しています。
もちろん音夢ちゃんには言いません。罪を背負うのは私であって音夢ちゃんではありません。音夢ちゃんが今までどおりに生きていてくれるのことこそが、私の支えになります。
ですから、音夢ちゃんにはただ一言、問題ありません、とだけ。
でも、その視線は私を見透かすよう。
「……ならいいわ」
少なくとも、表向きは納得してくれたみたいです。
「それじゃあ、戻りましょうか。実はちょっとだけ疲れてるんです」
「まあ、普通には見えないわ。……ちょっと寄り道するから詩乃は一直線に帰って」
ホントは側にいたほうがいい気もしますが、正直今は余裕がありません。
ですから音夢ちゃんの言葉を受け入れ私は帰ることにしました。
「じゃ、暗くなる前には廃校に戻るから」
どこへ行くのか聞きたかったのですが、野暮用としか答えてくれない音夢ちゃん。
足の向く方向はオフィス街の方。
気にはなりますが、今は一刻も早く体の維持が楽な廃校の敷地内へ向かいます。

―幕間―

アレはどう見て消える寸前だった。
下手に『視える』から気づいてしまう。
私が軽率な行動に出たからああなってしまった。
だから私は出来ることをする。本当は自分からの接触はしたくない。
『視える』世界との接触は最小限にしたかったから。でも、そんなことはもう言っていられない。私のせいで苦しむ親友をそのままにするなんてことは出来ないから。

もとより『視える』分、こちら側への興味は幼少からあった。物心ついた時からそれが当たり前だと思っていたが、同時に、それを他人に知られるべきではないとも理解していた。
そして、同時に『視える』世界にさらなる興味を持つ。
幻想として語られる世界。町に溶け込む魑魅魍魎。それに触れることが私にとって最大の秘密であり優越感だった。まあ、それも子供のうちだけで。
祖父の仕事を知ってしまった時から『視える』世界とは距離を取った。
敵対するなんてのは嫌だった。それゆえにそうならない方法を探った時もある。
秘密裏に書庫へ忍び込み蓄えた知識。役に立つことなんてないと決め付けていたモノ。
まさか、こんなところで役に立つとは。
気づけば目的地の前に。町の中心地にひっそりとある神社。
小さく息を吸う。そして、私は朱塗りの鳥居をくぐり、石段を踏破する。

たった、20段。でもそれは家と決別することにもなる可能性のカウントダウン。
けれど、躊躇は出来ない。きっと、詩乃はあの時、躊躇しなかったはずだから。

「思ったより早かった」
階段の上、声の主はこの町一帯を治める土地神。その姿は無害なただの神主。だけど、どうやっても人の形に『視え』ない。……ただ、何で傷だらけ?
「聞きたいのは友人のことだろう? 社務所に上がりたまえ。お茶くらい出そう」
私が来ることを予知していたのか。さすがは神にくくられるほどの大妖怪。
驚いた内心を落ち着かせつつ私は後に続いた。

―幕間・了―


―廃校
廃校についたとたん、一反木綿さんに捕獲されました。あれよあれよという間に縛り上げられています。……何が起きたのでしょう? 
正直、冗談や余興に付き合う気力と体力がないのです。
出来る限り早く寝たいです。って、寝たらあの闇が見えます。
ということはこうして誰かが眠りたいのを阻止してくれた方がいいのでしょうか?
ともかく今はされるがまま。
「むむ? 抵抗しないのか?」
「えっと、正直その気力もありません」
「ならもっと過激な縛り方にしていい?」
「全力で拒否します」
ダメですね。されるがままは危険なようです。
で、もがいてみたのですが諦めました。やっぱりそんな気力も体力もないです。
今の状態を一言で表すならぐったり、と。
「むふふ、抵抗を諦めたのか。なら、色々と実践させていただこうか」
ああ、ものすごく楽しそうですね。このまま私は辱められてしまうのでしょうか?
「やめなさい、馬鹿」
捨てる妖怪あれば拾う妖怪あり。涼やかな声は日本人形のようなその姿から。
「詩乃。もう少し耐えて。白の所に連れて行くから」
神主さんの所へ、ですか?
神主さんが何をするのでしょうか? 
助けてくれるのか、あるいは私の罪を裁くのでしょうか?
もう、どちらでもかまいません。今は早く楽になりたい一心で―
「寝ないで」
思い切り頬を抓られて現実に引き戻されました。
「いひゃいれす」
「そっちに踏み込めば戻ってこれないから。もう少し耐えなさい」
千尋さんは何の遠慮もなくぐりぐりと。いや、もう目は覚めましたからその辺で。
あまりやられると珠のお肌が伸びてしまいます。皺のもとです。それは困ります。
「いひゃいれす」
もう一度抗議を。
「あ、ごめん。さわり心地が良くて」
幽霊のさわり心地ってどんなのでしょうか?
少なくともほっぺはもちもちしているようですが。
そうこうしているうちに神社の上空に。けれど見る限りとなりのビルと神社の位置関係は本来のものです。昼間に見たあの森はなんだったのでしょう?
地上に降りると一直線に社務所へ。そこには思いがけない人物がいました。
神主さん(何故かあちこちに包帯が)は当たり前として、音夢ちゃんがここにいるとは。
「……寄り道、ってここですか?」
「そう。詩乃のそんな状態をあまり見ていたくなかったから」
「えっと、今一話が見えません」
「大丈夫、一通り話すから。その前に破廉恥布妖怪、いつまで私の詩乃にまとわりついてるの?」
一反木綿さんが即座に私の体から離れました。
それより、今爆弾発言しませんでした?
「端的に言うと今の君は幽霊でいられないほどに消耗している。それゆえ、無防備。人間の負の感情に触れるだけでも怨霊に堕ちる。それを避けるためにはせめて通常の状態に戻ってもらわないといけない」
「眠ればすぐに―」
「眠れば回復する間もなく闇に捕らわれる。見ているだろう、底なしの闇を。今は意識があるから八津基詩乃という形を保っているに過ぎない」
自覚はないのですが、実はかなり危険、と。吹けば消えてしまう蝋燭の火みたいに。
「確かに眠るというのは最良の回復手段でもある」
話が矛盾していませんか?
「負の感情に影響されず眠れるならそれがいい。影響を受けてしまうのは幽霊が精神だけの存在だから。肉体を持つ、生きている人間ならその影響など受けない」
とはいえ、私は幽霊ですよ? 今さら生き返るわけにもいかないです。
「今から君達をリンクさせる」
「はい?」
誰と誰をでしょう?
「私と詩乃を、よ」
ことなげに言い放ちますか。この場で分かっていないのはどうも私だけで。
「とりあえず、先にやってしまおうか」
「ふ、副作用はないんですか?」
伸びてくる神主さんの手が何か恐ろしい物に見えて思わず身を引きます。
「副作用……あるけど、たいしたことない。霊体どうしをくっつけるからお互いの思考が筒抜けになることくらいか」
なにやら大問題をあっさり言い切られました。思わず逃げようとしますが、体は思うように動きません。拘束されて言うわけでもなく、本当に自分が弱りきっていると自覚してしまいます。
「……君の触れた黒い糸、アレは精神体には毒だが、肉体にはなんの影響もない。君達を繋ぐことで無毒化させる。彼女は承諾しているんだ。というよりも彼女からの提案だ。君がとやかく言うべきではない」
よくわからないまま、神主さんは私と音夢ちゃんから伸びた何かをより合わせ、何かが流れていくと同時に何かが流れ込んできて……今日二回目の意識喪失を経験しました。

―廃校
おはようございます。あれから気が付いたら朝で、しかも廃校に戻っていました。
目覚めはすっきり、気力も十分です。
隣では音夢ちゃんがまだ寝ています。
ああ、でも起きたらどういう顔をすればいいのでしょう?

昨日行われたのは私と音夢ちゃんを一部分だけ融合させるということ。それは、私では浄化できない毒を音夢ちゃんという外部装置を通すことで浄化させるための処置。言っておきながらよく分かっていません。わかることといえば私が消えずにすんだということと、音夢ちゃんが今まで以上に大切な存在になったこと、そして、その好意まで知ってしまって戸惑う自分がいることくらい。
まあ、最後のが大問題なのです。
この場合の好意というのが、友情を通り越して愛情の領域だということ。気づいていなかったといえば嘘なのですが、私は気づかないフリをしていました。
でも、もうそれも出来ません。普段ならなんでもない思考のブロックが音夢ちゃん限定で不可能なのです。ああ、本当にどうしましょう?
音夢ちゃんのことは大好きですが、それは大切な友人としてであり、愛情の領域には届かないのです。……たぶん。
「はぁ……望み薄だとはわかっていたけど……」
すでに起きていたようで。……全部筒抜けですか。
「でも、まだ届いていないだけで、余地はあるのね?」
そんなふうに微笑まれては返答に窮します。でも、音夢ちゃんはそれで満足しているようです。同時に、『困った顔もやっぱり好み』なんて思考が流れてくるとなおさら戸惑います。
しばらくは慣れませんね、この感覚。

さてさて、この先問題が山積みのようですが……とりあえずこれはいえるでしょう。
私、なんとか復帰できたようです。


あとがき

一時はどうなるのかと思われた方もいるかな?
でも、ベースはほのぼのと行きます。


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