第12回 廃校を探検です。

ん〜、うまくいきませんね。
何がかというと、視界の切り替えが。
起きた時から視界は『視え』っぱなしです。いや、気づいたのは起きてしばらくしてからですが。あの時自分で入れたスイッチがどうやってもオフに出来ません。視界に糸が見えるだけで実害らしい物はないのですが、それでも『視える』ものは気になります。
少し付け足すと、見えるのは強固な繋がりだけで例えば『地面との接触』とか『心音による空気の律動』など細かい部分は視えません。ああ、そういえば、あの時は視えていましたね。数は少ないとはいえあまり視えていて気持ちのいいものではないのです。視えて触れられる私にしてみたら、同時に脆さに見えるのです。
その糸があるからこそ自身を証明し、世界はその存在を許容する。
その糸がなければ存在できず、世界はその存在を否定する。
万物がそこに在るということを決めるのは命じれば消えるか細い糸。
知ってしまったからこそその危うさに不安を覚えます。糸は誰にでも、なんにでも存在し、私はそれを『視て』しまう。
その対象に、もちろん音夢ちゃんも含まれるのです。
音夢ちゃんの両親から、親戚から、ほぼ毎日袖を通す制服から、音夢ちゃんを存在付ける糸が。どれも他の糸と同じように例外なく細く、気まぐれに触れるだけでも消えてしまいそう。ただ、不思議なのは私と音夢ちゃんの間に糸が存在しないのです。
昨夜、神主さんの手でより合わされたのは互いに繋がる糸だと思ったのですが。
何故かそれだけ見えないのも不安の元です。
「詩乃〜、タオルとって〜」
実体のない私に無茶を言わないで下さい。
「あ、それもそうね」
思考は筒抜けです。
「さっきから何を難しいこと考えてるのさ?」
1から10まで駄々漏れです。パッキンを取り替えましょう。あるいはクラ○アンに電話を。
「もう、とりあえず、目を開けてこっち見たら? ずっとそのままじゃ気分悪いから」
ええ、それはもうバッチリ伝わってきています。
でも、やっぱり『視える』と不安なのですよ?
「……あと、言葉にしない? 言葉は使ってこそのもの、会話は二人以上でないと成り立たないわ」
「ごめんなさい」
「よろしい」
まだ慣れません。この状態が始まって10分、それなりに……かなり、挫折しそうです。
「挫折しそうでもこのままなんだし、慣れるように努力したら?」
それは、こうなることを知っていたから言えるセリフですよ? 心積もりの有無は大きく関係しています。私を助けるためにこうなることを受け入れていた音夢ちゃんと違って、私はこうなることを受け入れざる得なかったわけで―
「愚痴らない」
「……はい」
生き延びて(?)おいて今さら言うのも難ですが、不条理です。
さて、音夢ちゃんがあからさまに不機嫌になっているのでそろそろ言うことを聞きましょう。深呼吸を一つ、目を開けます。
それでもやはり世界はそのまま、『視える』まま。思考の漏洩も問題ですが、これも大問題ですね。
「失礼します。少佐より伝言を受けてまいりました」
ノックは出来ないので外から大きな声が。音夢ちゃんは少佐? と首を傾げますが、私が玄さんの事を思い浮かべれば同時にそれを理解します。
……便利であり、不便であり。
「どうぞ」
音夢ちゃんがわざわざ扉を開けます。あ、ごめんなさい、『わざわざ』の部分は訂正しますからそんなに睨まないで下さい。
「おはようございます。八津基中尉は10時に303号教室に来るようにと」
挨拶と同時に用件を述べる田中二等兵さん。朝からご苦労様です。
「あれ、でも何で教室に?」
「申し訳ありません、自分はそこまで聞かされておりません」
「あ、いいですよ。ご苦労様です」
実際行ってみればすむことですから。
「はっ、では失礼します」
びしっと敬礼、私もそれを真似て敬礼。う〜ん、要練習。

音夢ちゃんはその後朝食をすませ、学校に。
屋上で昼に会うことに決めて登校しました。
そこで初めて気づく事実が一つ。
離れれば本来の声と同じで思考が伝わらないのです。ああ、これなら落ち着く時間もできます。思わず胸を撫で下ろしました。
そこで、時計をちらり。時間はまだ8時。指定の時間までは2時間あります。
ここで眠ってしまえば遅刻が確定でしょう。ということは起きている必要があるのですが、朝の廃校は生き物の気配どころか妖怪さんたちの気配もほとんどしません。話し相手の確保も難しいのです。
では取るべき選択肢はあまり多くありません。
一、たたき起こして暇つぶしに付き合わせる。
二、ふらりと公園まで美香さんに会いに行く。
三、廃校探検隊の発足。
一は被害にあう妖怪さんに悪いのでパス、二は美香さん朝に弱いのでそっとしておきましょう。となれば必然的に三の選択肢を選ぶことに。
「というわけで、シキ君は名誉ある廃校探検隊の隊員に強制的に選ばれてしまいました」
振り向かずとも羽音でシキ君を把握します。
「女性の部屋に断りもなく入るのはどうかと思いますが?」
「う、それはそうだけど……廃校探検隊ってなに?」
「暇つぶしの産物です」
「拒否権は?」
「あげません」
「……やっぱり。でも、その前にこっちの用件を済ませようか」
声が真剣だったので振り向きます。あ、死神にも糸はありますね。じっと視れば人のそれよりはっきり細かく視えます。それこそ細胞の繋がりレベルまで。
ああ、あの首の部分、細胞同士の繋がりを断ち切ればどうなるか。噴出す紅に全身を染める姿は……すごく魅力的です。あまりにはっきり視えすぎて、視える糸がか細すぎて、つと手が伸びてしまいそう。
「やっぱり、少し染まってるみたいだね」
シキ君の声で我に返ります。私は今、怖いことを考えていたような……。
警戒の混ざった視線と声。冷たいそれは心に染み渡ります。
「な、何に染まっていると?」
「黒い糸。あれは人間の負の感情。肉体を持つのならほとんど影響を受けることは無い。ただ、精神がむき出しな幽霊には特に毒となる」
同じような言葉を昨日聞いた気がします。
「生きている人間と繋がることで無害化を図ったみたいだけど……実行に移す前にだいぶ浸透されている」
さっきの私はその影響というわけですか。自分の中に自分じゃない部分があるというのは少し不安です。
「たぶん、これ以上成長しないだろうけど……もし、それが大きくなってこれ以上、人を手にかけたら、その時は遠慮なく君を消すから」
殺すではなく、消す。幽霊は跡形も残らずに消えるから。あっさりと言い切るシキ君の瞳には、なるほど、長い年月の重みが見て取れました。
まあ、それはそれで。
がしっとシキ君の腕を掴みます。そのまま引き寄せ抱き上げてしまいましょう。
「話は終わりですね? それじゃあ、いきましょう」
「ちょっと! そんな強引な!」
拒否権はあげません。さて、では行くとしましょう。この廃校に住み着いてまだ少ししか経っていません。それゆえ、知っている場所は校務員室と宴会場になる体育館くらい。自分の住処くらい全部把握しておくべきでしょう。
と、歩き始めて思い出しました。この廃校に来た時、飛雲丸さんや千尋さんが言っていたことを。道すがら聞いてみましょうか。
「一つ聞いていいですか?」
「いいよ。拒否すると消されそうだし」
そこまでやりません。精々手足の腱を切るくらい。……あれ?
「……で、なに?」
「あ、はい。死神さんは私を消しに来ると聞きましたが?」
核心を突いたのかシキ君はあからさまに顔を背けます。
「まだ、上には報告していない」
「え?」
「言葉通り。自分達と同じ能力を持つものが幽霊をやっているなんてここの地区を担当する僕しか知らないといっているの」
それはつまり、私はここにいてよくて、死神さんに消されて誰からも忘れられてしまうなんてことはないのですね?
ん? なんだか違和感が。私のアレと死神さんの力、本当に同質なのでしょうか?
似ているとはいえますが、本当に同じ物なのでしょうか?
言葉では言い表せない違和感があります。
「……そろそろ放して」
あ、つい抱きあげたままでした。名残惜しいですが放します。
む、そんな嫌そうな顔をしないでほしいです。
「ともかく、このまま何事もないなら見過ごす。昨日のことも含めてね」
「何事かがあれば?」
「さっきも言った。遠慮なく僕が君を消す」
簡潔な答え。聞くまでもないですね。でも、どちらが消えるのが早いでしょうか?
と、着きました。思考が変な方向へ進むのを止めて少し上を見上げます。
教室の入り口上にある小さな表札(?)には理科室と。
理科室、音楽室は定番すぎですか?
「なんでここ?」
「学校の怪談といえば理科室とか音楽室じゃないでしょうか?」
「当っているかもしれないけど、当の怪談がそんなことを言っても……」
「おじゃまします」
とりあえず、シキ君の言い分はスルーして理科室内へ。もちろん手はしっかりと握って。
扉の向こうに広がるのは理科室……じゃないですね、どうみても。
あれ? っと首を傾げます。
どうして、私はボロボロのお寺の前にいるのでしょう? 振り返ると理科室の入り口だけがそこに浮かび、とてもシュールで怪奇な光景があります。
扉の枠の中は学校なのにその外はこれまたボロボロのお墓。……ど○○○ドア?
「空間の歪曲か。どうりで昼間は妖怪の気配がないわけだ。廃校にいないのだから当然といえば当然か」
シキ君は理解し受け止めている様子。なんとなく、だけ理解しました。
妖怪さんたちはてっきり教室ごろ寝でもしてるのかと思っていたのですが、もしかしたらこういうほかの場所に繋がる扉がいくつかあるのかもしれません。
こうなったら扉を片っ端から抜けてみましょう。思い立ったが吉日、善は急げ。
さっさと引き返し手当たり次第に教室を覗いてみましょうか。
「それに僕も付き合えと?」
「それはもう、当然で決定事項で覆りませんよ?」
「聞いた僕がバカだったよ」
そうやってむくれる表情が可愛いです。もう一度抱き寄せようと手を伸ばすと避けられました。残念。
地学教室はどこかの深い山の中の洞窟に、調理室はかなり大きなお屋敷の廃墟に、音楽室は霧に覆われた湿った森の大きな木の洞に。主だった教室は大抵どこか別の場所に繋がっていました。それ以外の普通教室は誰かさんの家の押入れに繋がっていたり、誰かの机の引き出しに繋がっていたり家が数軒あるだけの集落に繋がっていたりもしました。
改めてみるとすごい学校ですね、ホントに。
「……この学校は集会場というわけか」
なにやら納得したように頷くシキ君。一つ間違っているので訂正しましょう。
「集会場じゃなくてきっと宴会場です」
「……まあ、そういうことにしておこうか」
「で、主だった部屋で行っていないのはここくらいなんですが」
「うん、でも僕は行き先が想像つくから入りたくない」
何を今更。
「ちょ、その笑みはなんか危険な雰囲気が!」
校長室の前から逃げ出そうとするシキ君。
「……あんまり抵抗すると唇奪いま―」
「ごめんなさい」
……速いですね。みなまで言わせてもらえません。
「さあ、行こうか!」
半ばやけくそなシキ君は自ら扉を開けて即座にため息。
扉の向こうは白狼神社でした。
位置は御神木の側に。私がお気に入りの場所のすぐ近くです。
「……ほら、やっぱり……」
まあ、予想通りでしたがそれがよほど気に入らないのかシキ君は心底嫌そうな顔をしています。
「もう、納得したでしょ、学校に戻ろう。じゃないとあいつが―」
「ふむ、それほど嫌われているのか?」
なんとも神出鬼没。いつのまにやら神主さんが背後に。
「―出てくるから。……先に行くよ」
止める間もなくシキ君は扉の向こう側へ。もう、女の子を一人置いていくなんて。
「学校探検のパートナーに選んだのかい?」
「はい。手近な人材がいなかったので」
「そうか。仲良くするのはいいが、あいつに心を許しすぎないほうがいいよ」
―所詮は死神だから―
最後の一言は聞かせるつもりのない一言だったのでしょう。でも、雰囲気や糸からなんとなく聞き取ってしまいました。そのまま神主さんも背を向けて去ってしまいます。
結局私だけが置いてきぼりに。一人でそこにいるのもなんなので私も戻ることにしましょうか。
そうして扉をくぐり廃校に戻りますがシキ君の姿はどこにもありません。
……逃げられました。せめて何か一言言ってからにしてほしいところなのですが。
思わずため息が出ますが当初の目的である時間つぶしは達成できたので良しとします。
良しとするのです。

さて、時間は9時50分、少し早いですが指定の教室に向かいます。先ほどの探検でこのフロアは回っていません。この教室はどこへ繋がっているのでしょう?
どきどきわくわくしながら扉を開けます。
お〜ぷんざげ〜と。
そこはとても小さな島でした。島の大きさの割には大きな白い砂浜に申し訳程度に茂る樹木、雨風に削られた岩と波に穿たれた洞窟。島を構成するのはたったそれだけ。そして、島を囲む水面は蒼く澄み渡り、色とりどりの珊瑚礁が垣間見えます。
なんというか、絵に描いたような南海の孤島。思わず見とれてしまいました。
「ん、おもったより早いね」
振り返ると水着姿の千尋さんがいました。
「時間に正確なのは良いことだな」
その千尋さんの足元には3つの毛玉が。もとい、飛雲丸さんと部下の二匹。
「だいたい15分前が基本です。で、わかるような気がしないでもないですが何のご用ですか? というか、玄さんはどこに?」
「玄はヤタに捕まりそうになった時、スケープゴートとして置いてきた。呼んだのはただ単にここが私のお気に入りの場所でな。教えておこうと思っただけだよ」
そういう千尋さんは赤いツーピースの水着、腰にはパレオ。ついでに浮き輪。
体形そのままにお子様です。
まあ、確かにもうすぐ夏ですが、まだちょっと早いよう気がしないでもないです。
とはいえ、孤島を照らす太陽は常夏の気配を漂わせています。
暑いのが苦手なので必然的に夏も苦手なのですが、幽霊にはあまり関係ないのが救いであると同時に寂しくもあります。
ぼ〜っとする私は放置されて、猫さん達は岩場で魚獲り。千尋さんは浮き輪にすっぽりはまって波間を漂っています。
ああ、もう。こうなったら選択肢は一つしかありません。
つまりは私達も参加します。そう、私『達』。
というわけで音夢ちゃんも連れてきましょう。一日の半分くらいの授業ならサボっても問題ないでしょう。そもそも、ほとんどの場合音夢ちゃんは寝ています。
ぐ〜たらと授業中に居眠りするくらいなら海水浴するほうがいいに決まっています。
善は急げです。嫌がっても連れてきましょう。ファンクラブ云々のことをネタにすれば音夢ちゃんに拒否権はありませんから。

って、なんだかんだ言っても浮かれていますね、私。
暑いのは苦手でも海で遊ぶのは楽しみなのです。

あとがく

睡眠に薬が欠かせません。
……非常に体調がおかしいです。
物書きしている時は気にならないのですが。不思議不思議。
じゃあ、いっその事1日中書き物を……無理。


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