第13回 こちら海です。 こっそりと授業を抜け出した音夢ちゃんはむしろ晴れ晴れした表情で町を歩いています。 「八木先生の授業つまらないから。たまには気分転換も必要でしょう?」 「最近勉強している姿を見てないのですが?」 「……まあ、色々あったからよ。でも、夢は叶えたいから今日からでも頑張るわ」 そんな夢を目指す音夢ちゃんの横顔は、未来のない幽霊から見るととても輝いて見えます。 羨ましくないといえば嘘になりますが、こればかりは望んでも手が届きません。 幽霊、諦めも肝心です。 「にしても不思議な学校だとは思っていたけど、別の場所へ繋がる扉まであるとはね」 音夢ちゃんは私の言葉を信用しながらもどこかでやはり受け入れがたい様子。 たぶん、それが常識人の反応です。私も幽霊でなかったら見ても信じないでしょう。 「……ところで音夢ちゃん」 「ん、なに?」 「想像の中とはいえ勝手に私を水着にしないで下さい」 「え〜、いいじゃない」 「良くないです」 お互い考えたことは筒抜けなのですから。なんというか、その、恥ずかしいのですよ? 「あ、そういえば水着なんて家だわ……」 確かに、家出に水着なんて……あれ? 学校では何も言われていませんね? ご家族は探していないのでしょうか? 「それは気にしなくていいの」 ―警察より役に立つ組織を飼っているから― ……お爺さんの退魔組織という物のことでしょうね。暗い表情を浮かべる音夢ちゃんが不憫なのでこのテのことは避けましょう。 となると、さしあたっての問題は音夢ちゃんの水着ですが……。 「ま、見られて困る相手もいないし無しでもいいかな」 「ダメです」 断固拒否します。きっと視線のやり場に困ります。 「……そう、仕方ないわね。こっそり家に帰って取ってくるわ」 そういうと音夢ちゃんはくるりと方向転換。なんとなく不安なのでついていくことにします。と、音夢ちゃんは足を止めました。 「行くのは私だけ。詩乃は先に行ってて。私の部屋はたぶん見張られてるから」 誰にか? 聞くまでもなく退魔組織とやらでしょう。幽霊といるなんて悟られたらマズイのでしょう。の、割には白昼堂々と歩いていますが。 さて、この場所で待っていても仕方がないので先に廃校へ戻りましょう。 私が廃校についてから1時間後、音夢ちゃんが戻ってきました。水着や日焼け止めクリーム等の必需品も一通り持ってきたようです。 「お待たせ」 「見つかりませんでした?」 「ん、あの人たちは目立つから昼間はほとんど出歩かないの。だから基本的に大丈夫よ」 そうですか。その人達が基本に忠実な人であればいいのですが……。まあ、そんなことより今は海が私たちを呼んでいます。 「扉は303の教室です。さ、行きましょう」 「むこうには誰がいるの?」 「飛雲丸さんたちと千尋さんだけです。あとは見える範囲にはいませんでした」 「……やっぱり水着なんて取りに行かなくても」 「良くありません」 これだけは譲りません。 トンネルをくぐれば雪国……ではもちろんなく、南の海の孤島にでます。 空はどこまでも青く海との境界もあいまいなほど。これで風を感じることが出来たなら気分は最高でしょう。とりあえず、視線は空の彼方へ。ちょっとでも下を向くと着替え中の音夢ちゃんが視界に入ります。何故物陰で着替えないのでしょうか? 「もういいよ。あ、でも海に入る前に日焼け止め塗ってよ」 「どうやって塗れと?」 そもそも触れないのですけど? 音夢ちゃんから私に触れることは出来ますが逆はおろか日焼け止めクリームにも触れられません。それが幽霊の悲しいところ。 「む、そうだった。ごめん、海に来て少し浮かれてた」 ああ、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。実体を持っている幽霊なんて幽霊じゃないのでしょう。 そんなこんなで準備を整えた音夢ちゃんはシュノーケルとフィンをつけて早速海へ。 私もそのまま海へ入ります。といっても実体を持たない幽霊にとっては水の中も空の上もあまり変わりなく、地上を歩く気分でさんご礁の間を歩きます。ゆらゆら揺れる水面からさす光に照らされ絶え間なく色を変える珊瑚達。なんとも幻想的な光景。 『せめて水着にしたら?』 思わず見とれていると上からそんな声が。見上げると波間に音夢ちゃんが浮いています。 確かに、私は制服のままですが、水に触れられない幽霊が水着になっても意味がないです。 『ここは海よ?』 だからどうしたというのでしょう? 『……はあ、こういう時の詩乃には何言っても無駄だわね』 そう時々頑固なんですよ、私は。決して、水着姿の自分のイメージがあやふやだから、というわけではありませんから。 あ、上からの視線が痛いです。でもとりあえず、気にせず海底散歩を楽しみましょう。 こんにちはお魚さん、こんにちは蟹さん、こんにちは海老さん。 ……みんな美味しそうですね。 あ、逃げた。 野性の勘でしょうか? もしかしたら見えているのかもしれません。 『捕ろうか? で、今日の晩御飯に』 食べるのは音夢ちゃんだけですが。 『そう言わないでよ……。ま、とりあえずモリを取ってくるから』 そういって引き返す音夢ちゃん。本気で食料を確保するつもりのようです。 私には止められないので好きにさせましょう。 その間は海底散歩の続きを。 珊瑚の森を抜けるとその先は暗く深い場所でした。目を凝らしてもそこは見えず、そこへ踏み出すのを躊躇しました。けど、それは一瞬だけ。 いまやこの身は幽霊、何を怖がることがありましょう? 水圧など関係なく、呼吸もなく、水の中も地上もあまり変わりません。 好奇心に身を任せ珊瑚の森の渕からダイブします。水面の方を向き、ゆっくりと沈んでいきます。どれだけ深いのか、水面が遠くなるにも関わらず、底には着きません。 ゆっくりと沈んでいき、時間の感覚も希薄になり、水面の光がなくなりました。 それでも着かない海底を目指してさらに潜行。気づけば見えるものは自分と何かに繋がる糸だけ。糸を手繰れば周りにいる生き物も知覚できるのです、ですがそれをしないとこの前みた底知れぬ闇を思い出してしまいます。 いったいどれだけ下りてきたのでしょう? 軽く1000mは来た気がしますが。 ようやく海底に着きました。 何も見えません。光がないのですから当たり前なのですが。 それでも私には視えます。糸を手繰ればほら、色々な生き物が精一杯生きています。 羨ましいですね。やっぱりもう一度生きたいという気持ちがあります。 幽霊になったことを受け入れた。そう自分に言い聞かせていたのですが……。 でも、こればかりは望んではいけないこと。それにもし生き返っても、戸籍上でも死んだ私に居場所はありません。だから、今の状況でいるほうが幸せなのでしょう。 私を受け入れてくれる居場所があるから。 ―だから、私は『今』を守るためなら何でもします。 私を取り巻く環境の維持のためならそう、邪魔者を排除する事だって躊躇しません。 ……先ほど、シキ君が言っていましたね。 『染まっている』と。 なるほど、これは正解です。よく考えるまでも無く、事故にあう前の私では邪魔者を排除するなんていう剣呑な選択肢は考えつきもしません。もっと、回りくどくて確実性に欠けるやり方を模索していたでしょう。でも、そうはなりませんでした。 アレに触れた私は、私であり、少しだけ変わってしまった私。 幽霊であることを受け入れ ――そう自分に言い聞かせ、生への執着を拒絶する 過去も未来も無い故に今を大事にする ――ホントは変化が怖い だから、私を取り巻く変化は見逃さず ――全ての糸は私の手の中に その全てを否定しましょう。誓い新たに。 ――そして、1片の慈悲も無く と、海の底でさらに深く暗い思考の海に没しているとどれだけの時間がすぎたのかわからなくなりました。 時計を見ると……あれ、6時? ……海に来たのが2時ごろ。今は6時。この時計が正しいとしての話ですが。 ……いや、きっと正しいのでしょう。『時計は常に時を刻むもの』というイメージが私にはあったので。私の一部になったといえ時計は時計、常に時を刻むもの。 さて、大急ぎで浮上しましょう。きっと、いえ、確実に音夢ちゃんがかんかんに怒っているでしょう。出来うる限りのスピードで。 にもかかわらず水面が見えてきません。本当に深かったんですね……。 手元の時計で10分経過、ようやく水面が見えてきました。日が傾き光が乏しくなったため遠く感じたようです。 夕日に照らされた、昼間とは違う姿の珊瑚の間をすり抜けて砂浜へ。 水から出ると、音夢ちゃんと千尋さんと飛雲丸さんが仁王立ちでした。 みなさんお怒りのようで。 ホントにごめんなさい。 わずかな木立から薪になりそうな枝と、海岸からは流木を集め小さな焚き火を作ります。 そこに買い物で手に入れた小さな鍋をかけ料理の下準備を。 レジャーシートの上に所狭しと並べられている魚介類たち。何でも音夢ちゃんが私がいないことに気づかないほど熱中して捕獲した物だとか。 とりあえず、結構な量があります。伊勢海老っぽい海老や渡り蟹っぽい蟹やら美味しそうなものがいっぱいです。……食べれないのは私だけで、ある種の拷問かもしれません。 さておき、料理は分担制。 捌くのは飛雲丸さん。鋭い爪で魚を自在に下ろしていきます。包丁など必要なしですね。 火を扱うのと味付けは音夢ちゃん。一人暮らししているだけあって料理の腕はなかなかのものだとか。味わう機会がないのが悔やまれます。 最後に残った千尋さんの役割は味見。……否、お皿を空っぽにするのは味見とは言いませんね。 「……食べすぎじゃないですか、千尋さん」 「だって、美味しいから」 火を見ていた音夢ちゃんと、魚を捌いていた飛雲丸さんの手が止まりました。 そして、視線は千尋さんに。私を含む10の瞳が千尋さんを見つめます。 「ま、まだあるからいいのではないか?」 皆さん無言で圧力をかけます。食べ物の恨みは怖いのですよ。食べ物を独り占めにすると某騎士王が怒ります。激怒して強力無比な一撃を繰り出すでしょう。 「……すまん」 あ、千尋さんが先に折れました。 「過ちを認めたならそれ相応の償いをしないのか?」 意地悪そうに言う飛雲丸さん。ころころ変わる猫の表情というのも面白いですね。 見ていて飽きません。従者のカケツキ、アカハナのコンビも飛雲丸さんの動きに、常に気を配っているようです。そのまなざしは羨望でしょうか、あるいは憧れか。 でも、自分達が飛雲丸さんのそれに近い表情をしていると気づいていないようです。 飛雲丸さんが、言うなと目で合図を送ってきました。 なるほど、自分達で気づくまでそのままにという意図のようです。 「……これで我慢してくれ」 千尋さんはいつもの扇子を一振り。テーブル代わりの石の上に野菜の盛り合わせがどこからとも無く現れます。同時に、どこかの神社の社務所で大きな狼さんが涙をこぼしたとか。 「あら、彩りも良くなったし、栄養バランスもちょうど良さそうね」 さすがに海の幸だけでは千尋さんや飛雲丸さんたちは良いとしても、音夢ちゃんには良くないでしょう。さすが、千尋さん。ちゃんと考えて盗ってきてくれたのでしょう。 「詩乃、盗ってきたはないと思うが?」 あれ? どこか間違っているでしょうか? その後の食事は滞りなく終りました。 今はみんなで小さな焚き火を囲み星空を見上げています。 なんというか、もうすごいのです。 ここはプラネタリウム? とでも言ってしまいそうなくらいの星の数。 誰も一言も発しないまま時間だけが経過していきます。けど、今はそれでいいのです。 そもそも、この星空は言葉に出来ません。出来たとしてもそれは別物です。 ただただ、吸い込まれそうな星空をぼ〜っと眺めています。 あれ……今日はぼ〜っとしている時間がなんだか妙に長いようですが気にしません。気にしたら負けです。もったいないとか言わないで下さいね? これはこれで有意義な時間の使い方なのですから。 とにかく、そうしていると次第に夢と現の境があいまいになって……。 もう、夜ですし。時間は早いけど眠たくなるのは仕方ないことです。 本当はもう少し星空を眺めていたいけど、眠気には勝てません。人間三大欲求には抗えないのです。もっとも、肉体を持たない幽霊にとって関係ある欲求といえば睡眠だけですが。 ふぁ……おやすみなさい。 「さて、詩乃。夜釣りに行くわよ」 即起こされました。 しかし、唐突です。てっきり、音夢ちゃんも寝たと思っていました。 実際、他の方々は寝息を立てています。みんな一丸となって。 「みんな寝ていますよ?」 音夢ちゃんも寝ればいいのに。そう思わずにはいられません。 「さすがに8時に寝れるほど健康な生活はしてないわ」 時計は確かに20時過ぎ。……まあ、確かに早いかもしれません。 「それもそうですね。ですが、どうして夜釣り?」 「さすがに夜、水に入るのは寒いから。あと、夕飯採集の時に良さそうな釣り場を見つけたんだ」 食糧確保よ〜。と燃える音夢ちゃん。きっと止めても無駄でしょう。 ですので、音夢ちゃんの後ろを着いていきます。 向かう先は砂浜からちょうど島の反対側に位置する岩場。うまい具合に突き出た形は座って釣りをするには好都合な形をしています。 で、そこに座って意気揚々と糸をたらす音夢ちゃん。 ……その釣竿はどうしたのか聞いていいですか? 「あ、これ? 銛とかと一緒に持ってきたの。海に行くには必須でしょう?」 銛も自前ですか。学校以外の音夢ちゃんをあまり知らなかったとはいえ、驚くことは結構多いようです。 「あれ? 何、今の?」 しばらく経ってから聞こえた心底不思議そうな小さな呟き。 繋がっている思考は大きな蛇のイメージを伝えてきました。 それが何であるかを考えるより先に、海を割って出てきた長いソレは音夢ちゃんを巻き取ると瞬く間に海のそこへ消えました。 「音夢……ちゃん?」 ただ、呆然と呟く私の視界には、担い手を失った釣竿がただ、浮いているのでした。 |
あとがき 次回から話が一気に進むはずなんですが……いつになるのかなぁ(死 のんびりちまちま書いていると全然進んでいないことに中盤になってから気付きます。 うん、ダメすぎ。 とりあえず、今月来月をオリジナル強化月間にする予定。 実行できるかどうかはまた別の話ですがw |