第14回 続・こちら海です。

えっと、まだ何が起きたのか、頭が理解しません。
混乱している暇はないとわかってはいても素直に受け入れることを頭のどこかで否定します。
ええい、深呼吸を。
それでもダメなら人の字を手のひらに書いて呑み込めば……それは違いますね。
海には月が浮かび水面は何事も無かったかのように波打っています。
ですが、ソレは間違いなくいて音夢ちゃんを海の底へ。
糸を視ればまだ音夢ちゃんは無事です。けれど海の底で長い間無事でいられるわけがありません。私は幽霊だからなんとも無かっただけで。
ふと気づけば無意識に糸を辿っていました。海に飛び込み、私と大きな蛇のようなものを繋ぐ糸を手繰ります。
妖怪も幽霊もいるのです。今さら大きな蛇が出てこようと驚きはしません。
ただ、それが何であれ、どんな理由があるとしても私と音夢ちゃんの今を壊そうとするなら邪魔な存在です。
もう決めてしまいました。アレにどんな理由があれど、私はアレの存在を否定します。

辿る糸はさほど深くない場所にある海底洞窟へ繋がっています。ここがアレの巣穴のようです。中は入り組んでいますが糸を辿る私は迷いません。洞窟の壁すらすり抜けて一直線に。アレが最奥にたどり着く前に先回りします。
そこは水面より上にあるのか空気が通っています。きっと、島の中ほどにあった岩山の中なのでしょう。そこは小さなドーム状になっていて、なんと人間の生活空間がありました。
ベッドにクローゼット、テーブルの上には古ぼけたラジオまで。
ただ、見過ごせない物もいくつか。どす黒い色になっている平らな岩とその上に無造作に置かれている刃物、そして、横に転がる明らかに人間だったモノ。残っているのは光の無い眼窩で虚空を見つめる頭蓋骨とわずかに肉の残った片腕だけ。
背筋に寒い物を感じ固まっていると水音が。とっさに隠れて様子を伺ってみます。
すると海面からオレンジと黄色と黒の模様を持つカラフルで大きなウミヘビが這い上がってきました。その口には、ぐったりと意識を失った音夢ちゃんをくわえて。
よかった、今のところ無事のようです。
さっさと消えていただこうと糸を手繰ろうとして、思わず手を止めました。
なんと、脱皮したのです。
いや、まあ、蛇は脱皮して成長するものですが。
蛇の身体が萎んで、その口から人間が這い出してきたとしてもきっと、たぶん脱皮といえるのでしょう。うん、でも服を着ていないのはまずいでしょう。どこからどうみても男性ですし。もちろん、見たくて見たわけじゃないです。不可抗力です。
と、ともかく。
蛇から出てきた男性は音夢ちゃんを例の岩の上へ寝かせます。そして、刃物に手を伸ばします。つまり、今から音夢ちゃんを解体しようとしているのですね。もう、言い訳も聞きません。襲ってすぐに音夢ちゃんを飲み込まなかったことには感謝しますが今の状況を考慮してプラスにはなりえません。
即座に思考を切り替え糸を手繰ります。
音夢ちゃんを殺させるわけには行きません。私は今のまま過ごしたいだけ。私の居場所を奪われたくないだけ。それを誰にも邪魔されたくは無いのです。

なのに――

「あの人といい、貴方といいなぜ邪魔するのですか?」
「!? ◎×?」
とりあえず、日本語で無いので聞き取れませんでしたが誰何されたようです。
「名乗る必要はないです。貴方はもう存在しなくなるのですから。誰からも、あらゆる物からも因果の糸を切られ、誰の記憶に残ることもなき完膚なきまでに消えてしまうのですから」
大蛇男と目が合いました。その目は人のそれではなく蛇の目です。でも、もう遅いですよ?
貴方に繋がる糸、その全て、掌握しました。
ズキズキと頭が痛みます。同時に何かが砕けていきます。何が砕けていくのか、とても気になるのですが今はそれどころではないのです。
『万物を繋ぐは糸―』
これは私だけの言葉。私の今を守るために紡ぐ言葉。
『解き、手繰り、自らの手に―』
一瞬、砕けていく物のイメージがぼんやりと見えました。
……なんというか……鉄格子で囲まれた牢屋でしょうか? 砕ける音はその鉄格子。
ただ、一瞬なのでなんともいえません。
『我、その全てを掌握す』
数えるのも億劫になるくらいの糸を全て掌握し、把握します。
痛みがズキズキからギシギシに変わり、酷くなってきます。でも怯みません。
危険を感じ取ったのか、男性は腰から下を蛇に変えものすごいスピードで迫ってきます。
その手には音夢ちゃんに向けられそうになっていた刃物。
接近のスピードは目で追うのがやっとで、回避行動なんて取れません。
刃物は私の身体をすり抜け後ろの壁を砕きました。うわ、すごい威力ですね。実体があったら大きな穴が開いていたでしょう。でも、残念。
「ごめんなさいね。私は幽霊なんですよ」
「△――●■□!?」
急な接近に驚いて手元が狂ってしまいました。掌握した糸の大半を逃がしてしまい手に残った部分をとっさに切りました。
彼の身体を繋ぐ糸だったのでしょう。切ると同時に彼の腕が消えてなくなりました。
両の肩には鋭利な刃物で切られたような傷が出来、直後に血が噴出します。
実体があればそれももろに浴びていたかもしれません。

――あは

背筋に何か走って、同時に聞こえる誰かの笑い声。周囲を見回せど誰もいません。
いるのは気を失っている音夢ちゃんと、両肩から血を流してもだえ苦しんでいる蛇男だけ。
ああ、もうどちらにしても長くなさそうですが。これ以上、苦しまない方がいいでしょう。
……私の勝手なのでしょうけど。
改めて糸を掌握します。

――なんだ、もう終らせるの?

さっきの笑い声よりはっきりと。そして、声の主は鉄格子の中のに。
ああ、もう。黙ってください。これ以上は気が散ってしまう。
私と音夢ちゃんのために、彼を排除すると決めたのですから邪魔しないで下さい。

――あはは。つれないね。でも、もう少しは我慢してあげる。

声が聞こえなくなると同時に痛みが戻ってきます。でも、もう少しだけ。
「さようなら。音夢ちゃんを狙ったことを悔いて消えてください」
もう私なんて眼中になく、転げまわっている蛇男に別れを告げて糸を全て切りました。

「っ……」
くらくらします。でも、意識を失うのはまだ少し早いです。音夢ちゃんの無事を確認してから。もし、毒に蝕まれていたりでもしたら大変です。
「音夢ちゃん、起きてください」
糸を視るかぎり身体に異変はないようですが、起きてもらうまでは安心できません。
とはいえ、実体を持たない私はただただ、声をかけるだけしか出来ません。

あれから何度声をかけたでしょうか。
ついでに何度意識を失いそうになったかもわかりません。
頭痛と焦りから時間の感覚などとうに消えうせています。本当は一瞬なのかもしれませんが私にはわかりません。なんせ、ここは洞窟の中で外の様子など見えないのですから。
……急に頭が冷えました。外には頼もしい方々がいるじゃないですか!?
そうと決まればここでうろたえている理由などありません。洞窟の壁を透過して外へ飛び出します。方角が分からないでとりあえず、上へ。
思ったとおり島の中ほどにある大きな岩の上に出ました。そこから一直線に海岸へ。
「千尋さん! 起きてください!」
「むぅ〜。私は眠い。朝にしてくれ」
寝ぼけ眼をこすって見た目相応の反応を見せる千尋さん。ちょっと可愛いですが、ここで引くわけにも行きません。
「音夢ちゃんが大変なんです! お・き・て・下さい!」
「……や〜……にぅ……くぅ……」
ああもう、なんだか戦力外のようです。もはや声にも反応しません。
「……なんだ、さっきから騒がしい」
おお、飛雲丸さんを忘れていました。
慌てて状況を説明します。
「ふむ、とりあえず洞窟から出さねばならんな。やはり千尋の力を借りるのが手っ取り早いか」
そう結論付けた飛雲丸さんは無造作に前足を振り上げ――
「起きろ」
ガリッと千尋さんの腕を引っかきました。
「っ!? 飛雲丸、何をする!?」
これはさすがに効いたのか千尋さんは飛び起きました。少々やり方が荒っぽいですが起きたのでとりあえず、流します。
「目を覚ませ寝ぼすけ。そんなだからいつまでたっても白に子ども扱いをされ――ぐお!?」
小さい飛雲丸さんの身体が遠くへ飛んでいきました。
で、ざぱんと海に落ちる音。
……今の蹴りに躊躇はなかったようです。
「ふん、しばらくそこで頭を冷やすがいい」
ああ、目つきがとっても冷ややかです。この人は怒らせないようにしましょう。
「さて、音夢の姿が見えないようだが……」
すぐに事の次第を説明します。洞窟を抜け出してからそれなりに時間がたっています。もしかすると音夢ちゃんはすでに起きているかもしれません。あんな場所で一人目を覚ませば心細くなってしまいます。急がなくてはなりません。
「待ちなさい。こっちからいく必要はないよ」
いうなりどっからともなく取り出した扇子を一扇ぎ。目の前に音夢ちゃんが現れました。
「神隠しなら十八番でね。さて、音夢の様子は……毒も無し、呪詛も無し、水を飲んでるわけでもないね。なに、すぐに目を覚ます」
千尋さんが言うならそうなのでしょう。本当は音夢ちゃんが起きる時まで起きていたいのですが、安心したら一気にきました。
「む! 詩乃!」
千尋さんに名前を呼ばれたような気がしましたが、答える余裕はありませんでした。

『もう少し。頑張って、詩乃。早く私を解放して』

暗闇の中はっきり見える私の姿。
ああ、またこのイメージですか。でも、一つ前とは違います。
目の前には無限に広がる鉄格子が。そして、それの向こう側には闇の中で目立つぐらい黒く暗い人影が。

『もう少しよ。上出来よ。もうこんなに壊れてきている』

影は愛おしそうに鉄格子に触れています。その周辺の鉄格子は茶色く錆付きひび割れてボロボロです。直感でこれが壊れるのはマズイと感じました。といってもどうすればいいのかも分かりませんが。

『今は何も考えなくていい。今までどおりに好きなように存在すればいい』

ええ、いわれなくてもそうするつもりです。

『邪魔なやつは消してしまいましょ』

そう決めたはずなのに。他人に言われると迷いが生じます。
でも、迷うべきではないのです。音夢ちゃんを無くしたくない。今を壊したくない。お友達を失いたくない。私から何かを奪おうとするならば――

『そう、その調子』

黒い人が笑ったような気がしました。表情どころか口元すら見えないのにそれはクッとつりあがり邪な笑みを形作っていたような気がしたのです。
それを最後に何も見えなくなりました。
あとがき

わりといつもどおりなASOBU型ストーリー展開。
なんか毎度似通った感があるのでそろそろいっぱいいっぱいなのかもしれない。
そろそろ、引退かなぁww

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