第16回 温泉に行きましょう。 ―廃校 体育館 あれから1ヶ月ほど経ちました。これといった事件も無く、平穏で至って今までどおりな日常生活です。音夢ちゃんも廃校に住み着いたままですが捜索願も出されることは無く、お爺さんも何もしてきていません。 私とニーアさんが入れ替わったことはないけれどよく話しています。昔話から死神の生い立ち、この国の人々と人外の関わりなど彼女が見てきた知識と経験を少しずつ吸収させてもらっています。まあ、量が膨大すぎて遅々として進んでいないのが現実ですが。 それに伴って、私の中にある違和感がちょっとずつ大きくなってきています。 私と、ニーアさんと……、誰かさん。よくわかりません。 まあ、それは置いといて。 今日も今日とて大宴会です。 宴会の原因は佐々木小次郎さん(種族:子泣きじじい)が宝くじ当てたから。額面は1000万円也。 そんなわけで今日はいつもよりスゴイです。酒気に当てられて私や音夢ちゃんまで酔ってしまいそう。 「し〜の〜、うにゃ〜ん」 ……すでに酔っていますか。そーですか。 誰ですかね、音夢ちゃんに飲ませたの。どんちゃん騒ぎをしたいのは分からないでもないですが、未成年の女の子にお酒を飲ませるのはどうかと。 うにゃうにゃと猫っぽくなってる音夢ちゃんは私にすりより、み、耳や……あぅ……首筋なんかをなめ、はぅ……。 「ね、音夢ちゃん、落ち着いてください」 思わず離れました。 「嫌にゃ〜」 再度擦り寄り。あぅ……ちょ、ストップですよ。 もう、ダメダメです。明日二日酔いで苦しんでも介抱してあげません。 とりあえず、このままでは色々と危険なので音夢ちゃんを置いて離れます。代わりに美香さんを置いて。あの二人は気が合うので大丈夫でしょう。たぶん。音夢ちゃんは私にしか手を出さないので。……たぶん。 ふと見ると白さんや千尋さん、佐々木さんがなにやら顔を近づけて話しています。 外がどうのこうのとか。なんでしょうね? 首をつっこんでみましょう。 「おや、詩乃。どうしたんだい?」 「ちょっぴり貞操の危機を感じたので身代わりを置いて逃げてきました」 「貞操? あ……うん、とりあえず、目の毒だな。神隠ししておこう」 千尋さんは扇子を一振り。幽霊にもかかわらず剥かれていた美香さんとじゃれ付いていた音夢ちゃんは消えてしまいました。まあ、きっと保健室かどこかでしょう。 「ところで何のお話です?」 「なに、宝くじの使い道だ。この町の運営は白様がやっているから問題ないし、うちの店もおおむね繁盛しているしどうせならぱ〜っと使いたいと思ってな」 佐々木小次郎48歳。木楽町商店街の八百屋『花鳥風月』の店主。表向きの顔は、です。 中身は妖怪、子泣きじじい。赤子の鳴き声で人を引き寄せ油断して抱き上げた人間の生気を奪うという妖怪なのですが、今はわりと普通な2児の父親。男手一つで頑張るお父さんです。 「ぱ〜っと使っていいんですか? 子供が二人いるって聞きましたが?」 「あいつらはもう大丈夫だ。母親に似て旅立ちたくて仕方がないようだしな」 「奥さんも妖怪さんですか?」 「アイツは風妖。一箇所に留まるのが嫌いでふらふらどこかへ行っちまった。ガキ共もそろそろじゃないかな」 巣立ちが近いって事ですかね? 妖怪の生態はいまだよくわかりません。 「まあ、そういうわけでぱ〜っと使う方法にいい案はないか?」 と、急に言われましても。第一私は幽霊ですからあまり関係ないような。どこへ行っても見てるだけですからね。ああ、でもあったらいいなと思うものはあります。 「幽霊も入れる温泉……なんて――」 「あ、それはいいかもしれない」 ……あれ? 「そういえば久しく行っていないな。かれこれ300年くらい前だっけ?」 「白はそうかもしれないけど、私や町の者は10年ちょっと前に行ったよ」 「むぅ、立場上軽々しく町から離れられないから仕方ないんだけど……」 「えっと、幽霊も入れるような温泉なんてあるんですか?」 「あるよ。富士の地下空洞にあそこの水は霊気を濃密に含んでいてね。まあ、厳密に言うと直接水に触れるわけじゃないけど効能は似たようなものだよ」 さすが霊峰と呼ばれる富士山。なんでもアリですか。 「じゃあ、決まりですな。この際白様も一緒にみんなで行きましょう」 「さすがに町の妖怪全員とは行かないだろうからそこはくじでいいか。宿はいつもの所でいいとして、予算はこれくらいかな」 どこから取り出したのか、白さんは電卓を叩き計算中。 「まあ、そんなもんでしょうか。じゃあ、残金は宴会軍資金にプールしておきます」 「分かった。じゃあ、今からでも予約を入れておくよ。千尋と小次郎は温泉に行く者の選抜を頼む」 「ん、やっとく」 そのまま、白さんは席を外して、千尋さんと佐々木さんはくじを作り始めました。それも膨大な量。 「何人分作るのですか?」 「当たりは50人分。当る確立は1%ってところね。こういうのは平等にしないといけないし」 50人当たりで1%というと、約5千人妖怪変化がいることになります。 あ、そういえば町に住む人外はそれくらいでしたね。町の人口5万の1割。計算は合います。 「世帯主に引かせるとして――ぶつぶつ」 「すでに確定の者がこれだけいて――ぶつぶつ」 ……邪魔しちゃ悪いようなので再び場所を移動します。 と思ったのですがどこもかしこも酔っ払いばかりでどうにもなりません。 仕方ないので校務員室に戻りました。音夢ちゃんはまだ帰っていないようです。 ……探しに行くと巻き込まれることになるので放置。とりあえず、寝ましょうか。 どうにも宴会というのは雰囲気だけでも疲れるのです。おやすみなさい……。 ふと、目を覚まします。 時間は早朝5時半。まだもう少し寝ていたいのですが。 「いつ戻ってきました?」 いつの間にか音夢ちゃんの腕の中にいました。 「ん……30分くらい前。美香さんと勝負して勝ってから戻ってきたの。ちょっと疲れたからお休み……」 「おやすみなさい」 ここで何の勝負かを聞いてはダメです。最近の音夢ちゃんは容赦がないので。 ……とりあえず、身体の内側を優しく愛撫されては抵抗できません。 しかも一方的に。反則です。イエローカードです。 ああ、思い出しただけで顔が熱くなります。 音夢ちゃんに気づかれぬようにクールダウン。落ち着け、私。 ともかく、あれ以来寝るときはいつも抱き枕にされています。夜中に抜け出すと本気で泣かれたこともあり以来半ば諦めることに。おかげで1ヶ月前から比べると私の抵抗感も薄れてしまっています。というか、無いかもしれません。 お酒のせいか時々うなされる音夢ちゃんのおでこに軽くキスをして再び眠りの中へ。 朝起きると枕元に封筒がありました。 隣では音夢ちゃんが相変わらずうなされています。一体どれだけ飲んだのでしょう? ともかく、封筒を開けようとしてすり抜けました。 ……幽霊になって1ヶ月と半分くらい。いい加減に慣れてもいいものでしょうが……。 「音夢ちゃん、申し訳ないですけど起きてください」 「うぅ……頭痛い……今、何時?」 「土曜日の午前9時過ぎです。学校はお休みです。辛いのは分かるのですがちょっと頼まれてください」 「……じゃあ、今朝みたいにして」 あらら、起きていたのですか。これは失敗です。 「起きていたのですか」 「正確には寝つけていなかった、ね。だから、早く。してくれないと起きな――」 言い終わる前にちゃちゃっと。目を白黒させる音夢ちゃんがステキです。 「……不意打ちは卑怯」 「なんとでも。さ、ちょっとそれを読んでください」 ほとんどの場合言葉にしないでも伝わるのですが、習慣で言葉にするようにしています。 「んと、『二人は当たり。9時半までに白狼神社にこられたし。遅刻したら権利は消滅するので悪しからず』だって後は持ち物が書いてあるね。1泊旅行かな?」 ああ、なるほど。確定した方に私達も入っていたのですか。 嬉しいのは嬉しいのですが……9時半?? 「今、何時でしたっけ?」 「9時15分、かな」 あはは、ギリギリですね。私の用意は一瞬ですが、音夢ちゃんはそうも行きません。 「急いでください!」 とりあえず、着替えながら1泊分の着替え類をかばんに詰め込み、化粧しながら牛乳を一気飲みするという芸当をし、終り次第時計を確認。針は25分を指しています。 「く……、時よ止まれ!」 「そんなこと言ってる暇があるなら走ってください!」 目指すは白狼神社に繋がる扉。その部屋の名前は校長室。 大慌てで扉を蹴り開け駆け抜けます。 「あ、遅いぞ二人とも。さ、早く乗れ。出発するよ」 えっと、千尋さん。コレに『乗れ』、と? 音夢ちゃんも私も絶句です。 てっきり観光バスの貸切くらいするのかと思っていましたが……。 「早くして。地走りは時間にうるさいんだから」 そういって、入口に消える千尋さん。 ……でも、それ入口というより口そのものです。どこからどうみても。 「まあ、驚くのも無理はないけど……地走り、強制連行!」 暗がりから聞こえる千尋さんの声。直後、紅くて長いモノがそこから伸びてきて私達を巻き取り……。 ぱくん。 ……あ、あれ? どうも気を失っていたようです。 隣には同じように意識をなくしている音夢ちゃんが。ここはどこなんでしょう……? もしかしなくても天国? 「気づいたかい?」 振り向けば大人モードの千尋さんが。何故か服装はバスガイド。 「何ですか、その服?」 「見て分からんか? バスガイドだ」 「見て分かりますけど、色々足りてないのでは?」 「色々?」 「とりあえず、バスが無いのにバスガイドはちょっと」 「地走りがバスだ。他に足りない物は?」 「ぶっちゃけると胸囲と色気が――」 ぐーでぱ〜んちされました。 さて、今いる所はどう控えめに見てもバスの中には見えません。雰囲気は普通の部屋ですがどこと無く生物的な雰囲気が漂っていたり、壁が微妙に震えていたり、妙な熱気があったり。 「ああ、こいつは地走りといって地中を移動する妖怪でな。腹の中に色々なものを溜め込む習性を持つ。こいつの中では物の大きさや重さなどは無関係に縮小され保存される。まあ、それを利用して我々の長距離移動に使わせてもらっているわけだ。移動速度はかなりのものだからあっという間につくぞ。気分が悪いなら音夢と一緒に横になってるといい。他のものは隣の部屋にいるからいつでもおいで」 千尋さんが壁際に近づくと、うにょ〜んと壁に穴が開き隣の部屋への扉になりました。 千尋さんが通ると何事もなかったかのように元通り。……いろんな妖怪さんがいるんですね。驚きです。 こうして着いた場所は深い森の中です。時計を見ると2時間ほどしか経っていません。 新幹線並みの早さですか。しかも地中を移動とのこと。恐るべし。 「ご苦労、地走り。また明日の夕方にでも迎えに来てくれ」 地走りさんはモグラとミミズを足して割ったようなその姿で大きく頷き地面に溶けるように沈んでいきました。 ちなみに音夢ちゃんは二日酔い+乗り物酔いのためダウンしています。今は白さんに背負われてすやすやと。千尋さんが代われと視線で訴えていますが。 「さて、ここからは少し歩く。ついて来てくれ」 そういうと白さんは狼の姿に。千尋さんはその背中に飛び乗ります。 その後ろにぞろぞろと妖怪変化が。ここでは見られる心配が無いゆえかみなさんことごとく本性に戻っています。百鬼夜行ですか、これ? かく言う私もその構成員なわけですが。 主立った者を紹介すると、白狼神社の白さんと千尋さん、今回の出資者たる佐々木さん、玄さんにその部下二人の幽霊に私と美香さん。一反木綿さんに塗り壁さん。一つ目娘、一つ目小僧、一つ目お母さんに一つ目お父さん。反対側を見れば百目小僧に百目お母さんに百目お父さん。目だらけです。後はかまいたち3兄妹とか猫娘とかエトセトラ。総勢50人の百鬼夜行。って、今はお昼ですので五十鬼昼行が正解。いいにくいです。 ちなみに飛雲丸一家はお湯に入るのを嫌がり逃亡しました。 何年生きても猫は猫のようです。 そして、唯一の人間が音夢ちゃん。 最近は白さんに師事して何かを習っているようです。聞いた話だと結界系の術に対する素質があるとか。とりあえず、環境も音夢ちゃん自身も人間離れし始めています。 ……ちょっとだけ、止めるべきかなと思ったりもします。 でも、最終的に決めるのは音夢ちゃんなので口を出したことはありません。 「さて、着いた」 白さんが足を止めた場所。見た感じは普通の洞窟のようです。 地下に続く暗黒の穴です。 「この中ですか?」 「ここは宿泊施設。温泉はそこから更に奥にある。とりあえず、チェックインを済ませようか」 どう見ても岩むき出しの洞窟ですが……チェックインとはいかに? ああ、でも妖怪関係ってわりと底が知れないので期待できます。 洞窟に1歩踏み込むと……そこは煌びやかなホテルのロビーでした。 唖然。 「いらっしゃいませ、白様。ようこそおいでくださいました」 「ん、厄介になる。お父上は元気かな?」 「はい。隠居はしましたがまだまだ顕在。白様がこられるとの事で慌ててこちらへ飛んできております。後ほどご挨拶に伺うと申しておりました」 そんな話をしているのはびしっとスーツを着こなしたダンディーなおじ様。話の雰囲気からこのホテルのオーナーといった感じでしょうか? 「白、立ち話はその辺で。音夢を早く寝かせてやったほうがいいだろう」 「ああ、そうだった。この子を頼めるか」 「む、人間ですな。1日に二人も人間が訪れるとは何百年ぶりか……」 「まあ、色々あって廃校に住まわせてる。ちなみにダウンしているのは二日酔いのせいだがな」 「なるほど、宴会の犠牲者ですな。承りました。では、他の方はお部屋へ。最上階から3フロア分を貸切にしておきました。お好きなのをどうぞ」 ―最上階VIPルーム ……うわ〜。生きていた時には絶対泊まれないような部屋にいます。 というか、ホテルの一室なんですか、ここ? 一戸建て、しかもかなり豪華なモノに見えます。 寝室にあるベッドもキングサイズで、天蓋付。バスルームだけでも私の部屋くらいあります。広いリビングからは間近に富士山を一望でき、なんとも凄い光景です。 更にはキッチンからビリヤード台、ジュークボックスとか何から何まで。 一泊いくらなのか怖くて聞けません。 リビングのテーブルの上にはこのホテルの解説書が置いてありました。 それによるとこのホテルは『天狗ホテル とまり木』というのだとか。元々は旅をする習性を持つ妖怪向けに旅好きの天狗が開いた宿場だったそうです。地下の温泉が見つかった後は保養地としても有名になって現在に至る。建物は5年前に改築されて今の形に、と。 ちなみに30階建てで上から3Fは全てVIPルームになっています。 しかし、その巨大な建物にも関らず外からはまったく見えなかったのです。 凄いですね、ホントに。 「ん……ここは?」 あら、ようやくお姫様、もとい音夢ちゃんが起きました。 なんとも寝心地の良さそうな大きなベッドの真ん中で身体を起こしてきょろきょろしています。 「気分はどうですか?」 「気分? うん、大丈夫。ミミズとモグラを足して割ったようなものに喰われる悪夢を見た以外は」 ……帰りは大丈夫でしょうか? 「で、ここは?」 「富士の樹海の中にあるホテルです。ちなみに最上階のVIPルームですよ?」 「ああ、目的地に着いたんだ。……途中の記憶が無いんだけど」 「気にしちゃダメです」 「わかった」 「それでですね。温泉へは夜しかいけないとの事でして、それまではホテル内でのんびりしていてくれといわれています。というわけでどうします?」 個人的にはホテル内の探索に出かけたいのですが。 「たっぷり寝たし少し動きたいかな。詩乃の案を採用で」 こういう時は言葉にするまでも無く提案を共有します。慣れって怖いですね。 ―最上階 このフロアには部屋が4つだけ。白さんと千尋さんが一部屋、私達が一部屋、小次郎さんが一部屋、残りはジャンケンを勝ち抜いた鎌鼬3兄妹が使っています。 「それにしても凄いところね……。普通じゃどうやっても泊まりになんてこれないわ」 「そうですね。一泊どれだけするのでしょう?」 「……考えちゃダメよ」 「了解です」 フロアの中央にあるエレベーターに乗り他のフロアへ。VIPルームのある最上階から3Fは全て貸切になっているので他のフロアを。 あれこれ見て回って地上階に下ります。 ―1F エレベーターホール たまに見かける従業員さんは見た目普通の人間ですが、糸を見れば違うと分かります。みんな化けるのが達者なようで。 「……しかし、これほどまでに人外ばかりだと不安になるわ」 「たしかに、音夢ちゃんは唯一の人間ですからね」 「なんともないと分かっていても心の奥底で少しだけ不安になってる。……最近、慣れたつもりだったけど」 「部屋に戻りますか?」 「……そうね。そうしましょうか」 と、音夢ちゃんが振り返った時、すぐ後ろに誰かいました。 どちらも避けられるタイミングでもなく正面衝突。相手は男性で、体格差から音夢ちゃんだけがしりもちをつくことに。 「ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた」 その男性はそういいつつ音夢ちゃんに手を差し伸べます。音夢ちゃんはただただ、相手の顔を見つめてボーっとしています。 ……なんでしょうこのラブコメな展開は。 なんとなく邪魔しましょう。 「音夢ちゃん、大丈夫ですか?」 「あ、うん。大丈夫。それよりも……彼方、人間ですよね?」 音夢ちゃんの視線は相変わらず目の前の男性に。ちなみにどこからどう見ても普通の人間ですね。年齢は20代後半から30代の初めといったところ。身長の割りにガリガリに痩せています。まともな食事をしばらく取らなければこんな感じになりそうです。 ……あれ? そんな方が何でここに? とりあえず、音夢ちゃんとの間に立ってみましたが完全に私を見ていません。 「そういう君は……人間、でいいのかな?」 「はい」 「つまり、これは夢でも幻でもあの世でもない?」 「現実です。私も生きていますし」 音夢ちゃんの言葉と同時に男性は頭を抱えて座り込みました。 私達は顔を見合わせるしか出来ません。そのまま、なにやらぶつぶつ言っていましたが、音夢ちゃんが声をかけてもまともに反応すらしないのでそのまま放置しておきました。 ……なんだったのでしょう? 男性を放置したままロビーへ行くと千尋さんがいました。 「あ、二人とも良い所に」 「なんですか?」 「6時半から25Fの大ホールでバイキング形式の食事にするらしい。その事を他の者達に伝えておいてくれないか? 私と白は伊吹丸に挨拶に行くのでな」 「伊吹丸?」 「ホテルのオーナー疾風丸の父親だ。今は隠居の身だったのだけどわざわざ出向いてきたらしいから。じゃあ、頼んだよ」 「はい」 手短に会話を終え、私達は今来た道を戻ることに。 エレベーターホールの隅ではさっきの男性がまだぶつぶつ言っていましたが、やはり放置で。 VIPフロアに戻って他の方々に先ほどの話を伝え終えて部屋に戻ってみれば二人ともぐったりしていました。なんだかんだ言っても広いのです、このホテル。 「……汗かいた」 「広いですね、ホントに」 「シャワー浴びてくる」 「ついでに浴衣に着替えたらどうですか?」 「ん、そうするわ」 音夢ちゃんが浴室に行っている間に私も着替えます。いつまでも学校の制服では味気ないので。イメージを形にして私に重ねて。……まあ、こんな感じでしょう。 鏡にもガラスにも写りませんがとりあえず、ちゃんと音夢ちゃんとお揃いの浴衣姿になっているはずです。背後は見えませんから崩れてないといいですけど。ちゃんとなっているか音夢ちゃんに確認してもらいましょう。この辺りは幽霊の便利なところであり不便なところでもありますね。姿形は自由なのに、想像力が乏しいとそれすらままならないなんて。 ―25F 大ホール 1フロアの半分が一つの部屋になっています。そこにいるのは50人の客にほぼ同数の従業員。それでもかなり余裕があります。中央付近には古今東西のありとあらゆる料理が並べられています。……幽霊組には中々キツイ仕打ちです。さすがの玄さんも唸っています。 「大丈夫、詩乃には私が美味しさを伝えてあげるから」 笑顔でそんなことを言われても……。やはりモノに触れられる身体が欲しいです。 望んでも手に入らないことだと分かってはいるのですが。 こうして始まった豪華な夕飯。途中からお酒も入りだしいつもの宴会となんらかわらない様相になって行きます。まあ、場所が場所だけに節度は保たれていますが。 「きゃはははは、ちょっと暑いねぇ」 響き渡る馬鹿笑い。 あれ? ……保たれていませんね、節度。 しかも、一番危ない人が酔っています。直前まで静かだったのに。 あれですね、隠れてちびちび飲んで今や完全に回ってしまった、と。 馬鹿笑いの発生源、子供姿の千尋さん。ホテル備え付けの浴衣に袖を通しつつも帯もほどけていて肌蹴て見える肌も顔に劣らず真っ赤です。 天狗さんと杯を交わしていた白さんが慌てています。 おそらく白さんが天狗さんの相手ばかりするから憂さ晴らしに飲んだのでしょう。 アルコールにひたすら弱いくせにこういう時は飲みたがり、更には暴走する彼女。 その手には雅な扇子が。 白さんと天狗さんは千尋さんを取り押さえようとして。 それに気付いた者は真っ青になり。 我先に逃げ出します。 けど―― 「密度が下がれば涼しくなるね。しゃ〜て、みんにゃ。と〜んでけ〜〜っ!」 轟。 何もかもが遅すぎました。 ――??? 「……相変わらずやらかしてくれるわね、あの自称座敷わらし」 「飲まなければ良い人なんですが」 「で、どうしよう?」 「う〜ん」 前後左右全て密林。光はわずかに注ぐ月明かりのみ。3m先すら見えません。 「完全に迷子ですね」 「……木楽町なら問題ないのだけど」 「どこからどう見ても樹海のど真ん中です」 私はいいですけど、生身の人間である音夢ちゃんが着の身着のまま放り出されるには少し……いや、かなり危険な環境です。 空から見ても目印になるようなものは何もなく、樹海のどの辺りかも把握できません。 「下手に動かない方がいいわね。……というか。怖くて動けないわね」 人は根本的に闇を恐れます。幽霊になってもあまり好きではないのです。生身の音夢ちゃんの恐れが繋がっている意識から伝わってきます。 他の人には無い力を持っていてもやはりか弱い女の子なのですから。 「音夢ちゃん――」 倒木に腰掛けている音夢ちゃんを後ろから抱くように。私からの行動では触れることは出来ませんが、 「こうすれば少しは落ち着きますか?」 「……ありがとう」 何気ない動作で私の手に重ねられる音夢ちゃんの手の平には確かな重さと温かさを伝えてきます。 「夜は動けないから……ずっとこうしていて」 「はい」 あの勢いでは大ホールにいた者全て神隠しにあったでしょう。私と音夢ちゃんが同じ場所に飛ばされたのは不幸中の幸いといっていいかもしれません。でも、現状はなんも変わらず。 おそらくホテルでは捜索隊が組まれているでしょう。でも、この場所がホテルから遠ければ捜索が及ぶまで時間がかかります。きっと、朝まではこのまま。 そこで私は考えなければいけません。 私達を取り囲む敵意の輪をどうするか。 木々を渡り徐々に近づいてくる集団をいかにやり過ごすか。 音夢ちゃんに無事に朝を迎えてもらうためにどうすればよいかを。 |
あとがき 新章突入です。 まあ、代わり映えしませんが。 次回も幽々自適な生活になりそうです。悪しからず。 |