第17回 闇森の中から ―富士の樹海 「……気付いていますか?」 「うん。……妖怪が近くにいる。でも、知らない気配」 「先に言っちゃいます。狙われてますよ、私達」 「それは違うわ。狙われてるのは私だけね」 む、そこまで気付いていましたか。 木々を渡り近づいてくる気配。 人でも獣でもないその気配は最近身近になってきた妖怪の物。 さらには、向けられてくる害意。向ける先は音夢ちゃんだけ。 私は見えていないのか、あるいは見えていても問題視されていないのか? ふと見ると、音夢ちゃんがブラを外していました。 ……。 体勢が体勢なため色々と直撃です。 どきどきです。 最近少し大きくなりました? ……ではなくて! 「な、なにをしているので?」 「ん? ああ、ここに秘密兵器を少々……」 ブラのパッドを入れる部分、本来の部品の代わりに小さく畳まれた紙片が4枚ほど。 「それが秘密兵器ですか?」 「そ。最近の最高傑作。まあ、発動できるかは微妙だけど」 音夢ちゃんは下着を付け直し紙片を広げます。 それはなにやら難しい字が書き付けてある御札のような物。 さらに、髪を纏めていたヘアピンを外し、お札をそれに巻きつけます。 「最近、白さんに結界術を習ってるの。わりと筋はいいらしいよ?」 出来上がった4本のピンを自分を取り囲むように地面に刺します。 「詩乃、この四角からは出ないでね」 直後、森の闇から黒いものが飛び出し音夢ちゃんに襲い掛かります。ですが、4本のピンに囲まれた2畳ほどの空間に差し掛かると何かにぶつかったかのように弾き飛ばされてしまいました。 私は呆然と、音夢ちゃんは小さくガッツポーズを。 「これが結界ですか?」 「そう。これはお札を基点に境界の向うとこちらを隔絶するタイプね。外からの進入をシャットアウトするけど解除しない限り私たちも出入り不可能な点は要改良ね」 「どれくらい持ちます?」 「予定では朝までだけど……」 再び激突音。同時に御札の一枚が破れ燃え上がりました。 「……訂正、1時間も持たないわ」 つまり、私が何とかするしかないわけで。 『ニン……ゲン……』 森の中から響く声。害意は相変わらず。 『シ……コロ、ス』 「……私が何をしたというの?」 音夢ちゃんは毅然と言い返します。 『ワレワレ、ノ……スミカ、チカラ、ウバッタ。ダカラ、コロス』 「森を切り開いたって事? まあ、確かに人間が自分勝手にやったことかもしれないわね。だからって、私を殺したところで何も変らない。憂さ晴らしなら他をあたって」 『チカラ、モッタニンゲン、キケン……イヌドモニバレルマエニ……ケス』 犬共、ですか。な〜となく、白さんをイメージしました。 あの方は狼ですが。 そこから先は言葉など無く、ただ襲い掛かってきて壁に跳ね返されるのを繰り返すだけ。 でもそれは、何気に効果的でした。 4枚あった御札は後1枚。しかも、すでにボロボロ。1時間どころか10分持ちませんでした。唯一あった効果といえば、ぶつかった時の閃光で相手の姿が知れたことくらい。 体長2mくらいの大猿。数は20前後でしょうか。そのどれもが殺意にギラギラと光る目をしています。絡みつくそれが気持ち悪いくらい。 『代わろうか?』 私の中でニーアさんが語りかけてきます。 『10秒で皆殺しにするけど?』 「それは最後の手段で。出来れば私が何とかします」 『……詩乃、糸は全て切る必要などどこにも無い。相手を止めたければ相応の糸だけ切ればいい』 ニーアさんはそれだけ助言して沈黙しました。 でも、それはいい事を聞きました。 正直、倒れる覚悟で全ての糸を切ろうかと思っていたのですが……。 「お猿さん達、私が見えますか?」 声をかけると動きが止まりぎらついた視線が私に絡みつきます。不快です。 でも、まあ、見えていて、声も聞こえているということで。 「警告します。これ以上、音夢ちゃんに危害を加えるつもりなら痛い目をみます」 動きが止まったのは一瞬だけでした。繰り返される突撃。 御札は火花を散らし破けました。 「きゃっ……」 頭を抱え込み座り込む音夢ちゃん。その行動は私にとって好都合。音夢ちゃんにグログロなシーンを見せたくないですから。 迫る黒い巨体。 警告は……しましたよ? 糸を把握。視界をより鮮明に糸を視るように集中する。その全てを把握するのではなく部分的に、相手を行動不能にすることが出来る部分に集中。 肉体は細胞の集合体。全ての細胞が『そこにある』という因果の糸に縛られている。 ただ、私はそれを切る。身に余る力に頭の奥がギシギシと痛む。けど、怯んだら音夢ちゃんが危ない。 同時に飛び掛ってきた3体が同時に動きを止める。重力に引かれ転がり落ちようとする首を必死に押さえつけます。 そんなことをしても無駄なのに。 首と胴体を繋ぐ面にお互いを繋ぐ因果は無いのですから。 見苦しいので頭を押さえている手首も切り落とします。血が噴き出し手首と頭が転がり落ちました。あ、しまった。音夢ちゃんに彼らの血がかかってしまいました。 ふふ、次はもう少しうまくやらないといけません。 相手は何が起きたのか把握できず止まっています。今度は内側を、心臓から伸びる大動脈を切り離します。あと15体。急いで処理しなければ。 ようやく危険を悟ったお猿さん達が動き出します。11体が逃走開始、残り4体がついでとばかりに音夢ちゃんに飛び掛ります。逆だったらちょっと拙かったのですが。 ギシギシと痛む頭を押さえつつ糸を選別し把握。まとめて切ってお終いです。バラバラに切り離された4体分の残骸は飛び掛った慣性そのままに、音夢ちゃんを飛び越えベちゃりと地面を紅く染めました。 頭痛がまた酷くなります。 でも、これだけの数を相手にして意識があるのですからまだマシでしょう。 「……これ、詩乃がやったの?」 「はい。……音夢ちゃん、怪我は無いですか?」 「血で汚れただけ。怪我は無いから。……なんで、アイツに代わらなかったの?」 あ、会話を聞かれていたのでしょうか? そういえば、なぜなのでしょう? 「……黒い糸に触れた影響がまだあるのかしら? 詩乃、私のためだからってこんなことは止めて。詩乃に紅い色は似合わないから」 「……ごめんなさい」 私は……私の意志でお猿さん達を惨殺してしまいました。なんの抵抗も感じずに。 ……私はただ、音夢ちゃんを―― 正気に返って、手が震えていることに気付きます。 今になってないはずの心臓がバクバクと暴走し始めます。わずかに月の光が地面を照らし、私が繰り広げた惨状を浮かび上がらせます。 広がる赤と紅。 私は……こんなつもりじゃ……。 せいぜい、手足の腱を切って動けなくするとか、 ――でも、相手は妖怪。それで襲ってこなくなるのかわからない。 彼らと、音夢ちゃんを繋ぐ因果の糸を切ればそれで、 ――それだと、対処が間に合わなかった。 そして、一瞬、笑みすら浮かべていた。 ――そう、壊れていく様が滑稽だった。 ……一体何が、正解だったのでしょうか? 「詩乃、落ち着きなさい」 温かい体に抱き寄せられて震えが止まりました。 「苦痛を自分だけでどうにかしようなんて思わないで。私はそのためにいるのよ?」 「……ごめんなさい」 「さっきと逆だけど、朝までこうしててあげるから。何も考えず、眠なさい」 「……はい」 頭痛は限界に。色々思うことがあるけど、音夢ちゃんに触れられていることでどうでも良くなりました。……朝になればまた思い出すのでしょうけど、今は、少しだけ逃げていたいのです。……弱い私。 朝になって私達は会話も無いまま歩きます。 動かない方がいいのでしょうが、さすがにあの場所の留まるのは気が引けました。 バラバラ 転がり落ちる首 ばらばら 赤い池 バラばら 落ちる手首 ばらバラ 口元に張り付く紅い笑み みんな ばらばら 「っ……」 頭をよぎるイメージを必死に振り払います。 「詩乃、落ち着いて。もう忘れなさい。詩乃が力を振るって私は生き延びられた。それでいいから。助かった本人がそういってるのだからそう受け止めなさい」 分かってはいるのです。いえ、分かろうとしているのです。 でも、その度に血に染まる自分の手を幻視してしまうのです。 すでにいくつもの命を消して、奪ってきた罪人の手を―― ばしん、と。 思い切りほほを叩かれました。 「痛いですよ」 「痛くしてるの。詩乃、どこに罪人がいるの?」 「ここに。すでに、一人の人間を手にかけ、他の生き物の命もこの手で……」 「じゃあ、私より他を取るのね? 詩乃がやらなければ私はここにいないわ」 ……その言い方は……卑怯です。 「そうは言ったものの……荒事はアイツに任せるべきよ。詩乃がやる必要は無い」 ニーアさんに代われば能力行使の反動は無いでしょう。 でも、体は一つ。結局は私が手を汚すのとかわりが無い……。 「変わりがなくてもそうしなさい。罪悪感に押しつぶされそうになっているくせに四の五の言わないで」 「……はい」 「分かったならよろしい。ふう、ちょっと座りましょう。さすがに疲れたわ」 いつの間にか木々の隙間から見える太陽はほぼ真上に。 夏も近いためじんわりと暑くなってきます。更には森の湿気で不快指数は天井知らずでしょう。……幽霊には関係ないですが。 「ズルい」 「そう言われましてもこればかりはどうにもならないと思うのですが?」 「分かってるわよ。……でもズルい」 朝からほとんど歩き通しで来たのです汗もかいていることでしょう。そういえばまともに飲み食いもしていませんね。 私を心配させまいとひた隠してきたようです。 でも、これ以上は無理みたいですね。 う〜ん、どうしましょう? 『詩乃、代わってくれ』 突然ニーアさんに話しかけられました。ちょっと驚いたのは秘密です。 『……私と詩乃で秘密も何も無いでしょうに。それより早く代わって。音夢の状態かなり悪いわ。足も怪我だらけよ?』 言われてから初めて気付きました。音夢ちゃんが佩いていたのは屋内用の草履です。 どう考えてもこんな森の中を歩くのには適していません。 「音夢ちゃん! 足!」 「ん? ああ、気付いちゃった? ちょっと歩けそうにないのよ、実は」 浴衣の裾をつまみあげて見えるのは真っ赤になった足。切り傷やら何かが刺さっていたり。 「何で黙っていたんですか!」 「言っても代わりの履物が見つかるわけじゃないから。ああ、でも破傷風にでもなったら困るわね」 『私には羽がある。隠されたホテルを見通すことも可能だ。だから早く代わりなさい』 あ。そういえばそうでした。シキ君と同じくニーアさんも羽を持っていました。 ……もう少し早く言ってくれればいいのに。 『仕方がないでしょう? リスクが高いから最後の手段にしかならないのよ』 死神にニーアさんの存在を知られてはならないとか何とか。でも、このままでは音夢ちゃんがキケンなんでそのリスクを侵すしかないのですね。 ならば決まりです。善は急げです。 扉をノック。開いた扉をくぐり、もう一人の私とすれ違います。 『じゃあ、お願いしますね』 「詩乃の不利益になるようなことはしないわ。だから音夢も助けてあげる」 有無も言わさず抱き上げる。 「ひゃぁ!? ちょっと! いきなり入れ替わらないでって言ったでしょう!!」 「それだけ騒げる元気があるなら代わる必要なかったかしら?」 どこからどう見ても空元気。無理をしている。 「……いいえ、助かるわ。ちょっとピンチかなって思い始めたところだったから」 「素直じゃないね。まあ、いいけど。しっかり掴まっていなさい」 羽ばたき木々の間をすり抜ける。 と、思ったら邪魔者がいた。 猿共が気配を殺し狙っている。手には尖った木の枝。 獣の癖に道具を使う知恵はあるらしい。 だが、迎撃するにも両手に音夢を抱いている今は武器が使えない。 さらに、枝が密集するこの空間での回避行動は難しい。 と、要は荷物がなくなれば言いわけで。手っ取り早い方法を思いついた。 「音夢、飛んでみたい?」 「へ? 今飛んでるじゃない」 「違う、一人で」 「そうね、翼は欲しいと思ったことがあるわ」 「そう。翼は叶えられないけど飛ばせてあげる」 「ふ〜ん、どうやって――ええぇ〜〜〜〜〜〜〜!!??」 全力で真上に投げ上げた。 猿共も何が起きたか理解できず、呆然と上を見上げている。 これで10秒くらいは落ちてこないはず。つまり、その間私は武器を握れる。 中から詩乃が猛抗議してくるが聞く耳は持たない。 1秒。大鎌を取り出し一振りで大木を切り裂く。足場を失いとっさに飛び出した猿を真正面から切り裂く。 2秒。頭上で鎌を旋回、遠心力に身を任せて一回転。背後からの襲撃をカウンターで潰す。 3秒。鎌の勢いは殺さず、木の反対側に隠れた一匹を木ごと叩き斬る。 4秒。振り切った勢いで方向転換、同時に加速。地上に逃げ延びた一匹の頭を踏み砕く。 5秒。武器を振りかざし頭上から次々に飛び降りてくる10匹ほどの猿共。ぴくぴく震える屍骸を踏み台にし跳躍。 6秒〜7秒。加速し猿共のスキマを縫って飛行、上下の位置を変える。すれ違いざまに一匹掻っ捌く。 ああ、現世はやはりこうでないと。 8秒。翼を開いて急制動。正面で鎌を回転させ急降下。空中で動きが取れず、巻き込まれたものは細切れに。 9秒。猿より先に着地し、大鎌の柄を先の方に持ち替えて空中に向けて大振りな一閃。 それで全て片付いた。 10秒。木々が倒れ、開けた上空の空間に音夢が落ちてくる。 11秒。両手で受け止めておしまい。 「てっきり意識くらい無くしているかと思ったけど」 「ちょ、ちょっとちびっちゃったじゃないの!!!」 ……12秒。手形が付くくらいの張り手を喰らった。 一瞬、投げ捨てたい衝動に駆られたが思いとどまる。 「猿共がいてね。武器が使えなかったから仕方がなかった」 「猿……夜に来たあれ?」 「そう。もういないからさっさと戻ろうか」 「ええ、お願いするわ。……でも、絶対に放さないでね」 「詩乃と音夢が互いを必要とする限りは」 「なら、大丈夫ね」 安心しきった表情を見せる音夢。私の姿が詩乃のものだからなのか、あるいは? さておき、樹海の上空に出る。やはりかなり遠くに飛ばされたようで30階建ての建物も小さく見えるほど。歩いてなど度台無理な話だ。 ただし、翼を持つ今はたいした距離ではない。 「こら! ちょっと早い!」 ちなみにわざとだった。 「ほら、到着だ」 時間にして20分ほど。まやかしで隠されたホテルの入り口に降り立つ。 バカ犬は呆然と私の姿を見た。 「何、その呆けた顔は? バカっぽい顔が更にバカに見える」 「……帰ってくるなり失礼な。さっさと詩乃に出てきてもらうからおとなしくしろ」 「はいはい、抵抗なんかしないわ。詩乃に迷惑かけたくないからね」 結局のところ私の時間は30分に満たなかった。 「……ニーア」 沈んでいく意識の中抱いたままだった音夢の声を聞く。 「ありがとう、助かったわ」 出ていられた時間は短かったが、まあ、良しとしよう。 「まあ、色々あったみたいだがこれで全員無事に帰還か」 「無事じゃないです。すぐに音夢ちゃんの足の怪我を診てあげてください」 実際立っているのも辛いはずです。 「む、これは酷いですね。医務室へお連れします」 「あ、はい。お願いします。……詩乃、ついてきて」 もちろんそのつもりです。 そういうつもりだったのですが。 「も「大変です!!」す」 ホテルから走り出てきた天狗さんの声に打ち消されました。 思わず全員がそちらを見ます。 「どうした、騒々しい。お客様の前で取り乱すとは何事だ!」 「失礼しました。ですが、事は急を要します!」 なんだか顔色は真っ青、少々混乱気味のようです。 「とりあえず、落ち着いて話してくれないか?」 白さんも雰囲気から事態の深刻さを悟ったのかまじめな表情で天狗さんに詰め寄ります。 「そ、それが……白様の町からの通達なのですが……廃校が占拠されたとの事です……」 あれ、なんですかこの展開は? |
あとがき ……ランスシリーズで何か書こう。 幽々自適な生活書いている途中にそう思いました。 間が開きすぎるとなんだかもう……。 |