第18回 退魔師の登場です ―天狗ホテル前 「な、なんだって?」 「誰がそう言ってきた?」 腕を組み深刻そうに考え込む白さん。オーナーの疾風丸さんは若い天狗さんに詰め寄っています。 「怪我が酷かったので医務室に連れて行ってあります。若い化け猫です」 言葉を聴き終わるまでもなく白さんと疾風丸さんはダッシュ。残された私と音夢ちゃんと若い天狗さんは呆然と。 「って、医務室なら私も連れて行ってくれればいいのに!」 ごもっともで。 私では音夢ちゃんを運べないので若い天狗さんにお願いして連れて行ってもらうことにしました。 ―ホテル内 医務室 遅れて駆け込んでみると重苦しい空気でした。人型サイズ用のベッドには1匹の猫。毛皮は所々焼け焦げ血がにじみ、前の右足はおかしな方向に曲がっています。 「この子は確か……」 飛雲丸一党のアカハナ。片言ながら人語を理解する化け猫。 「ハイコウ……ウバワレタ、ニンゲン……タイマシ……ヒウンサマモ、ケガシテル」 息も絶え絶えに言葉を紡ぐアカハナさん。そして、傍らにはボロボロになった布が横たわっています。……一旦木綿さんでした。 ピクリとも動かず、あちこちに鉤裂きができていて今は本当にぼろ布にしか見えません。 「どうして、こんなことに?」 「廃校が襲撃されて一旦木綿がアカハナをつれてここまで知らせに来たようだ。だが、力尽き墜落、アカハナは一旦木綿を引きずって森を抜けてきた」 つまり、一反木綿さんがボロボロになったのはアカハナのせいですか……。 「この体で森を抜けるのは無茶もいいところだ。幸い常駐の医療スタッフは妖怪も動物も人間も治療できる者ばかり。白様、彼らはしばらくこちらでお預かりします」 「頼む。彼女の治療もな。私は町に戻る。旅行どころじゃなくなったな……」 白さんは渋い顔。 隣では足の裏に刺さった石の破片等を抜いてもらっている音夢ちゃんが痛みに耐えるためぎゅっと私にしがみ付いています。 この状態じゃ私も町へ、なんて言えませんね。 「あの飛雲丸も負傷したと聞きます。相手はただの退魔師ではありますまい。白様、お気をつけて」 「ああ、分かっている。……面倒なことにならないといいが」 白さんはとりあえず、一人で戻り様子を見てくるようです。 「ちょっと待ってください」 それを止めたのは音夢ちゃん。 「件の退魔師、私の祖父とその関係者なのでしょう? なら、私も行かないと」 「……おそらくそうだとしか。あの土地を狙う者は音夢の祖父だけじゃない。なにしろ人間の管轄に無い稀な霊地だからね。色々な人間も虎視眈々と狙っているはずだ」 「ならなおさら私も確かめに行きます」 「ダメだ。その怪我ではろくに動けない。君は私に術を習っている。師匠の言うことは聞きなさい」 「そうですよ、音夢ちゃん。師匠云々はどうでもいいとして一人で立てる状態じゃないでしょう?」 両足共に木の枝や石の破片などで穴だらけなのですから。天狗さんの秘薬とやらを塗り包帯を巻いただけな今歩くなんてもってのほかです。 「でも――」 「デモもストもないです。音夢ちゃんが動くのは白さんが戻ってきてからでも遅くは無いです。今は安静にしてください。じゃないと――」 たぶん、言うことなんて聞いてくれないでしょうから伝家の宝刀を持ち出すことに。 「今夜は一緒に寝てあげません」 「諦めた」 即答でした。白さんや疾風丸さんはずっこけています。ナイスリアクション。 「……ともかく、様子を見て怪我人がいれば回収してくる。疾風丸、千尋はどうしている?」 「まだ、二日酔いで寝込んでいます」 「そうか、千尋も頼む」 そういうなり白さんは大きな狼の姿に。そのまま、医務室の窓から飛び出して消えてしまいました。 ……えっと、走って帰るんですか。それなりに距離はあると思ったのですが。 「はぁ……待つしかないか……。詩乃、部屋に戻ろう」 音夢ちゃんは精神的にも肉体的にもそろそろ限界のようです。そりゃそうでしょうね。 その後、音夢ちゃんと私は疾風丸さんに連れられてVIPルームへ。 音夢ちゃんを寝かせた後は千尋さんの様子を見に行きます。 と思ったら、後ろから恨みがましい視線が。 「何でそんな目で見るんです?」 「私は安静にしてるよ?」 「そうですね。ゆっくりしてください」 「じゃなくて」 ああ、繋がった意識から言いたいことが駄々漏れですね。 「千尋さんの様子をみてからすぐに戻ってきますから。添い寝はその後に」 「……すぐに、戻ってきてよ?」 それはもちろんですよ? 色々と参っている音夢ちゃんをそう長いこと放置するわけには行きませんから。 ―お隣のVIPルーム キングサイズのベッドの上に寝息をたてるは幼い女の子。 ベッド、あまり過ぎですね。 枕を抱き寝る姿はとても騒ぎの元たる酒乱には見えません。なんだか、怒る気も失せました。 「ん……母様……」 誰かが側にいると言う気配を感じ取ったのか千尋さんの目がうっすらと開きます。 「千尋は……ちゃんとお役目を果たしました……」 妖怪も無から生まれるわけではないようなので、母親に関する発言はありえるでしょう。 でも、お役目? 半ば無意識のうちに因果の糸を辿ってしまいました。本来は糸を切る前の予備動作のような物。切るべき糸を見出すためにその糸に関する因果を情報として読み込む。そうすることでかなりの情報が得られます。……これを利用すれば、人の過去を盗み見ることも可能なようです。 『お役目』 ……その因果を辿り、後悔しました。 氾濫する川。蔓延する疫病。人身御供。泣き叫ぶ母。全てを諦めただ母だけを見つめ続ける幼子。暗い穴の底。徐々に埋められる恐怖。緩慢に迫る死の瞬間。 「つっ……!」 流れ込んでくる情報を遮断するため千尋さんから距離を取ります。 その間に千尋さんは完全に覚醒したようです。 「……見たか。出来れば忘れてくれ。座敷わらしなどと名乗ってはいるが元は人柱にされた人間。……私は、強くない。だから……過去とは距離を置きたい」 「ごめんなさい」 「……それより、また迷惑かけたようだな」 あ、自覚あったんですね。 「はい、それはもう」 「あのな、そこはもう少しオブラートに包んだ物言いをすべきではないか?」 「全面的に非は千尋さんにあると思いますが?」 と、千尋さんはそっぽ向いてぼそぼそと。 「……だって、白が……ちっとも相手してくれないから……」 二人の関係は気になりますが糸を読むつもりも、あえて聞く気もありません。 時が来れば話してもらえるような気がしたので。 「さて、酔いは完璧に消えたようですね」 「ああ。それより、何かあったのか? 空気がぴりぴりしている」 「はい。大まかに説明しますと(少女説明中。しばらくお待ちください)ということです」 話を聞いた千尋さんは真剣に考え事。 とてもじゃないですが声をかけられる様子ではありません。 それに早く戻らないと音夢ちゃんがむくれるので部屋を出ることにしました。 案の定、千尋さんは私が部屋を出たことも気にかけていない様子。 私たちの部屋に戻るとさっそく音夢ちゃんのお隣へ。 音夢ちゃんは待てずに眠りに落ちています。 とりあえず、また一騒動ありそうですからゆっくり休んでくださいね。 寝顔を見つつ、その顔にかかった前髪を避けてあげようとして空振り。 ……ずるいですね、一方的にしか触れられないなんて。 意識に直接伝わってくる好意。愛情。 私が死んで感じた喪失感。 私が地上に残っていると知って感じた安堵感。 もう、自分を偽るのは止めると決めた音夢ちゃん。 魂の一部をつなげてからはなおさら。 私が私でいるためにもなくてはならない存在。 もはや友情か愛情かなんて些細な違いです。 私たちがお互いを必要としている。それが重要。 暗い森での出来事で再認識しました。 寝顔を見つめ、一瞬だけ二人の距離をゼロにして、私も隣で目を閉じます。 きっと、起きた後はどたばたすることになるはずです。 進展が無い今のうちに休んでおくべき。 なんだかんだ言って私も結構疲れていましたから意識を手放すのはほんの一瞬でした。 ふと目を覚ますと外はすでに闇色の世界。 まあ、寝付いたのが朝方なので妥当な線です。 隣にはまだ寝ている音夢ちゃんが。 白さんは帰ってきたのでしょうか? とりあえず、体を起こしベッドから飛び立ちます。 最近は空中にいることにも違和感を覚えなくなりました。まあ、最大の原因は地に足をつけていてもその感触がないせいなのですが。 さておき、壁をすり抜け白さんと千尋さんの部屋へ。 ノックは出来ないので外から声をかけます。 「千尋さ〜ん、入っていいですか?」 「ちょ……ちょっと待て、入るな!」 どたばたと慌てて何かする音。 数瞬の後出てきた千尋さんは何故か大人の姿でした。 肌蹴かけた浴衣姿で、見える腕や首筋は淡いピンク色に。 「ああ、お風呂中でしたか?」 「ん、ああ、まあ、そんなところだ。ところでどうした? 音夢の容態でも悪化したか?」 濡れているようには見えませんけど……。 「いえ、白さんはお帰りかと聞こうと思って」 「まだ何も連絡すらしてこない。白の足なら往復で3時間ちょいのはず。何か、あったかもしれない」 「何か、ですか……」 「詩乃、悪いが疾風丸に皆を集めるように伝えてくれ。それからそろそろ地走りが迎えに来る頃合だ。あいつは時間に厳しいからな。事の次第を告げて帰還の準備をしてくれるように頼んでくれ」 う〜ん……あの妖怪さん、あんまりいい印象でないのですけど。 まあ、いやとは言いません。でも、誰だって初対面でみょ〜んと長い舌に巻き取られて飲み込まれたらトラウマになると思います。 「ところで、何でその姿のなのです?」 お風呂に入るなら小さいままでも問題ないですね? 「簡単だ。子供のままだと高い位置にあるシャワーヘッドを引っ掛けるところに手が届かない」 あはは、単純で明快な理由でした。私はてっきりGかと……。寂しくて。 G? GはGですよ? 反論は認めません。質問も突っ込みも不許可です。 「詩乃、なにかよからぬことを考えていないか?」 「いいえ、まったく」 「そうか。では頼んだぞ」 「はい」 それから言いつけ通りあちこち回って皆さんを呼び出していきます。 鎌鼬三兄妹は人型から本性に戻って3人一緒に丸まっていました。 寝姿は非常に可愛かったです。 一つ目一家は何故か大富豪で盛り上がっていました。 百目一家は猫娘さんと脱衣麻雀で盛り上がっていました。 ……なんでしょう、この俗っぽさ。 出資者たる小次郎さんは窓際で本を読んでいました。本のタイトルは『女房を連れ戻すには』。何も見なかったことにしました。 一反木綿さんの人型はかなりの美形で、生前お世話になったクリーニング屋のお兄さんでした。 ちょっと驚きです。 ぐるり回って最後は自室です。 相変わらず音夢ちゃんは眠ったままです。 「音夢ちゃん、起きてください」 「ん……ふぁふ……よく寝た……」 「木楽町に戻るそうです。帰る準備をしてください」 「……温泉は?」 「それどころじゃないでしょう?」 正直名残惜しいですけど、それどころじゃないのは私でも理解しています。 数秒の間をおいて、音夢ちゃんは完全に覚醒したみたいです。 「ごめん、すぐに準備するわ」 朝にするいつも通りの仕度を済ませて荷物を纏めます。とはいえ、1泊の予定だったのでそもそも荷物もばらすほど無いのですが。 「おしまいっと。ちょっとお腹減ってるけど……まあ、いいか」 「ルームサービスでもお願いします?」 「大丈夫。他の人たちも食べてないと思うから早く出ましょう」 「分かりました」 ―ホテル前 アレを前にして音夢ちゃんが私の後ろに隠れてしまいました。私を盾にしても物理的に視覚を妨げることは出来ないと思うのですが……。 「ミミズが……にゅるん……ぱくん……」 なにやらうわ言も言っています。完全にトラウマですね。 妖怪さんたちは平然と地走りの口に入っていきます。私も意を決していざ鎌倉、と思ったら引き止められました。ああ、でもそろそろ入らないと出発の時間ですね。 またもやバスガイドに扮した千尋さんがニヤニヤ笑っています。 「音夢ちゃん、急がないと――」 「地走り、強制連行!」 最後まで言わせてもらえませんでした。 にゅるん。 赤い物が二人を絡め取り―― ぱくん、と。 喰われました。 「いっ……やぁぁぁーーーーー!!??」 こうして、音夢ちゃんのトラウマは更に酷くなったのでした。 ほとんど、泣き喚く音夢ちゃんを落ち着かせるのに費やした2時間の後、私達は木楽町に帰ってきました。と思ったのですが、実際はそうではなく。 目の前には町境線。普段ならなんとも無いですが今はちょっと違いました。 いうなれば高圧線の引かれた国境のようなものです。そこを人間以外が通ろうとすればビリビリしびれて動けなくなるという境界線。相手は、もうこんな手の込んだ仕掛けを施せるまでに町を制圧しつつあるのでしょう。 「くっ……結界の解析は出来ても解除までは今のメンバーでは無理か……」 相手の戦力も分からない今こちらを捕捉されるのはまずいのです。 「仕方ない、一旦森に引くよ」 こちら側は山と森。一応、隣町の領域なのですが見渡す限り深い森と山しか見えません。黒い巨人が住んでいるとか西洋風のお城があるだとか妙な噂がある場所ですがとりあえずの仮設キャンプとします。それぞれみんな小単位に分かれて火を起こし暖を取っています。 けど、会話はほとんどありません。 誰もが不安なのでしょう。 自分達の町を前にして戻ることの出来ない苛立ち。 長たる白さんが未だに連絡すらよこさない事実。 私だって不安です。 そんな中徐々に起きている人が少なくなっていきます。起きていても考え込めば不安になるから寝てしまおうということなのでしょうか。 そして、皆が寝静まるのを待って彼女は行動を開始しました。 「何のつもりですか、音夢ちゃん?」 「詩乃……」 考えることは筒抜けなのです。ただ、私が寝たふりをしても音夢ちゃんは気付かないぐらい考え込んでいました。 「何のつもりって……偵察よ。あの結界は人外に作用するの。人間の私は引っかからずに抜けられる。適任でしょ?」 「じゃあ、私もついていきます」 「それじゃあ、ばれるわ」 「大丈夫ですよ。ちょんちょんと切っちゃいますから」 結界が存在する因果を部分的に切ってしまいましょう。全部切っちゃえば手っ取り早いでしょうが、それだと相手に違和感を抱かせることになるでしょう。だから小さく部分的に。私が通り抜けられるくらいだけ。 「ダメ。行くのは私だけ」 「止められると思ってるのですか?」 私の意志は固いです。 「……頑固者」 「付き合いは長いですし、知っていると思いましたが?」 「知っていたけど痛感しているの。……さて、みんなに気付かれないうちに行きましょう」 こうして二人の隠密行動が始まりました。 普段見知った町なのですが、草木も眠る丑三つ時。 漂う空気も違います。普段魑魅魍魎が跋扈する時間は結界に浄化されピリピリと身体を刺激します。正直、というかかなり苦しいです。 もちろんそんな様は見せませんがなにぶん思考は筒抜けですのでこの距離だと気にしただけでもアウト。 「町のあちこちに独鈷が刺さっているでしょう? あれを基点にして対妖怪、対霊体の結界が施されているわ。強力な物ではないみたいだけど……詩乃は戻った方がいいわ」 「いいえ、音夢ちゃん一人行かせるとどんな無茶をするかわかりませんから」 「……偵察に行くだけよ」 そうは思えないので苦しくても憑いていきます。 これは決定事項なのです。 何とか音夢ちゃんを丸め込み私たちは夜の街を進みます。 |
あとがき GはGですよ? 反論は認めません。却下です。 ……読み返してから書いた時のテンションに疑問を感じる。 でもそのままw |