第19回 夜の街を冒険します。 ―木楽町 住宅街 不気味なくらい人の気配がしません。まあ、時間が時間なのですがそれでも異常な程に。 コンビニの前を通ると普通に店員さんが働いていました。でも、その気配は無理やり隠されているかのよう。あるいは、隠されているのは外を歩く私達なのかもしれません。 まあ、原因はそこかしこに突き刺さっている独鈷と呼ばれる道具のせいなのでしょうが。 明らかにそれ自体異質な物にも関わらず誰もそれに気づいていません。歩道の真ん中に突き立っていても、コンビニの駐車場に刺さっていても誰もそれに気づいていないかのよう。 不気味です。 独鈷により施されている結界は普通の人々とそれ以外を分ける作用もあるのでしょう。 「……今コンビニに入って万引きしても気付かれないかしら」 「……寝言は寝てから言ってください」 「お腹減ったの」 ……確かに。気付かれないのでは買い物も出来ないですね。 けれど、犯罪はダメです。 「駅前にカップラーメンの自販機があるじゃないですか」 「あれって、動いてるの?」 「以前買った時は動いていましたよ? ……賞味期限はどうかしりませんけど」 「……まあ、いいわ。とりあえずそこに行きましょう。お腹が減っては何も出来ないわ」 その点、幽霊は睡眠さえそれなりにとれば問題ないので。 とはいえ、食べ物も食べられないわけですが。 この時間に駅前でカップラーメンをすする少女。 警察がきたら一発で補導されそうですが……。その警察もあちら側の住人のようなので音夢ちゃんが自販機側のベンチに座っていても素通りです。 「……なんか自分達の町じゃないみたい」 「B級ホラーにありそうな雰囲気ですね」 「ホントに。さて、お腹も膨れたし原因を究明に行きますか」 「あれ? ただの偵察でしょう?」 まあ、音夢ちゃんが最初からそう思っていなかったのは丸分かりだったのですが。 「偵察はもう終わり。……とりあえず、廃校に行きましょう。爺さんに会ってみる」 「退魔師の長、でしたっけ?」 「そ。だから詩乃は帰って。何されるか分からないから」 そういわれて帰る分けないですね。なおさら帰るわけには行きません。 「あのね、あの人は何年も妖怪や幽霊なんかを消し続けてきた人なの。成りたての詩乃なんて簡単に消されてしまうかもしれない。だから、お願い」 「嫌です。消される気もありませんが音夢ちゃんを一人で行かせるわけにも行きません」 「……頑固者」 「付き合いは長いですし、知っていると思いましたが? って、このやり取りは先ほどもやりました。何度言われても私は私の意志を曲げませんから」 「……じゃあ、勝手にして」 わざとらしくため息をつく音夢ちゃん。 やっぱりとか思っているあたり最初から無理だと判断していたようです。そんな思考の流出すら気付けていないほど音夢ちゃんは焦っているようです。 私がしっかりとサポートしないといけません。 そこから互いに言葉はなく。 不気味な町を歩きます。 市街地から山手の廃校へ。途中、私の家の側を通ることになり、覗いてみたい気もしましたが……。それはいつでもできるので後にします。 「今行ってきたらいいのに」 「両親にも会いたいですがこの時間は二人とも寝ているはずなので」 「枕元に立ってみたら? 夢に入れるかもよ?」 幽霊が夢に出たなんて話しはたまに聞きますが、実際できるのかは不明です。 今度玄さんに聞いて見ましょう。もちろん、可能なら即実行です。 さて、あちら側とこちら側に町が仕切られているせいで、こちら側の住人の気配は目立ちます。まあ、もちろん相手も承知の上であり私たちごときには何も出来ないと高をくくっているのでしょう。 「詩乃、後ろから見られてない?」 「見るどころか追跡されています。今流行のストーカーですね」 「……きっとそれは違う」 「でも、追跡はされていますよ?」 「うん。……じじいの部下だわ。見たことがある」 そういうと音夢ちゃんは立ち止まります。 それにあわせてストーカーさんも歩みを止めました。 「……これはこれはお嬢様、お気づきでしたか」 お嬢様? 「そう呼ばないで」 「しかし、貴方以外に師父の後を継ぐものはいません」 「継がない」 「残念ながらその選択肢はありません。もう定められていること。まあ、そんな考えを持つ原因を取り除けば理解していただけるものと我々一同思っております。……それゆえの今回です」 つまり、音夢ちゃんをあちら側に引き戻すために、邪魔な私達から離してしまおうということなのでしょうか? 「とりあえず、目障りな幽霊から消えていただきましょうか」 考えている間もなく何かが私めがけて飛んできました。 もちろん、幽霊に物理攻撃は無意味です。でも、嫌な予感がしたので避けました。 後ろの塀に刺さったのは妙に太くて長い針。それ自身の殺傷能力より付随する効果の方が怖そうです。 「ほう、ただの浮遊霊かと思ったがそうでもないのですか」 「ちょっと、何のつもり? 私の詩乃に怪我させるつもり!?」 「いえいえ、怪我などさせません。ただ、成仏していただくだけです」 そっちの方が酷いですよね? ああ、でも言っても無駄な人種のようです。さて、どうしましょう? 「逃げるわよ!」 まあ、それしかないでしょうね。音夢ちゃんと意識の中で話をつけて即座にダッシュです。 ホントは嫌なのですが音夢ちゃんが私をかばうように移動します。 狙いが私を消すだけならこれで攻撃しにくいはずです。 と、思ったのですが。 「きゃっ」 悲鳴と共に音夢ちゃんが倒れました。 振り返るとその足には先ほどの針が。 「……師父は少々の怪我はさせても良いと言われたのでそれでおとなしくしていただきます。以前から行動的なお嬢様だ、こうでもしないと何をされるか分かりませんからね」 「……ホントに嫌なじじいだわ。……傷が残ったらどうする気よ」 「私は気にしません。手足が腐り落ちても体が残っていれば子供は残せます」 なんだか会話がかみ合っていないような……。 「何言ってるの?」 「お嬢様を捕獲した者にこれを与える。師父はそうも言っておられたので。必要なモノは貴女自身ではなく、覚醒した力を宿した血ですから。貴女に子供を孕ませ次代の巫女を一から教育して育てる。それが師父の考えです。……ですから、先ほどの言葉は正確ではありませんね。師父の後を継ぐのは貴女ではなく貴女の子供だ。貴女が継ぐ必要はない」 なんというか、あきれるほど音夢ちゃんの意志は無視されています。 でも、それほどまでにして欲しがる覚醒した力ってなんなのでしょう? 「そうそう、ご両親にも納得していただきましたから」 その言葉に音夢ちゃんが弾かれるように立ち上がりました。 「二人に何をしたの!?」 「おそらく貴女の想像通りです」 「っ……!」 思考から直接流れてくる音夢ちゃんの想像。 言葉にするのも嫌なほど凄惨な光景。 『イエス』という言葉だけのそれを引き出すためだけの拷問。 ……これが本当に行われているなら……許せません。 あまりにも人の道を踏み外しています。 「どこに居るの?」 「そんなことはどうでもよろしい。今必要なのは貴女の身体です。その幽霊は邪魔者。のんびりしていると他の者まで貴女を狙って来てしまう」 空気を切り裂きまた針が。 本当に体だけあればいいとでも思っているのか針の狙いは音夢ちゃんの手足。 飛来する数は20近く。怪我していなくても回避は不可能です。 でも、共有部分から感じ取れる音夢ちゃんはいたって冷静。ちょっと不気味なほどに。 直後、甲高い金属音と共に針が全て地面に落ちました。 原因は音夢ちゃんが創ったアレ。結界というやつですね。 ……あれ? でも前みたいに御札はつかっていませんね?? 「おお、それです。その力。境界を司る境の巫女の力!!」 「境の巫女?」 「……先祖にそう呼ばれた人がいたんだって。……でも、私は私よ」 言葉ではそういって、共有意識からは逃走を提案。 やり取りは一瞬で、実行に移すのも一瞬です。 「む、まだ逃げきれると思っているのでペッ!?」 追いかけようとした男の人は音夢ちゃんが創った壁に顔から突っ込みのけぞりました。 さて、今のうちに距離を取りましょう。 「足の怪我は大丈夫ですか?」 「ちょっと痛いけど、これくらいなら大丈夫。でも、私たちだけじゃどうにもなりそうに無いわね……。正直ここまでやるとは思わなかった」 「ホントです。しかも、必要なのは音夢ちゃんの遺伝子だけって馬鹿げています。夢の邪魔をするだけでなく見ず知らずの男に与えるとまで言うなんて」 「安心して、私は詩乃だけが好きだから。男に抱かれるなんて死んでも嫌よ」 ……そういう横顔が普段より余計に綺麗に見えて、無い心臓が高鳴りました。 さて、これからどうしましょうか? 白さんも行方不明ですし、二人だけで廃校に行くのも危険な気がします。というか、無謀です。相手は荒事になれているようですし。 なら、やはり一度戻るしかないようですね。 「そうね。外の妖怪たちの力を借りれるならじじいの横っ面を張っ倒すくらいできるかも」 横っ面を張っ倒すって……。音夢ちゃんってこんな人だったのですね。意外な一面を見てしまったような気がしました。 町の外へ向かって走っていくといつの間にかストーカーさんが増えています。さっきの針師さん以外にもわらわらと。だいたい20人くらいでしょうか。 目当ては音夢ちゃんの身体。浅ましいことこの上ないです。 ギラギラした視線。雌を狙う雄の視線。 ……はぁ。 ……この場にいたことをちょっと後悔させちゃいましょうか。 「詩乃! 何で止まるの!?」 「いえ、あまりにも煩わしいので」 隠れても見えていますよストーカーさん? 本能か、あるいは幾多の死線を潜り抜け鍛えた勘でしょうか? まあ、それはそれで凄いのですが残念ながら無意味です。 彼方達を形作る糸は全て私の手の内に。 あまりにも他愛無さ過ぎて思わず笑みがこぼれます。 「そろそろ消えていただこうかと」 糸を切ろうとして実行する前に音夢ちゃんにぐーでぱ〜んちされました。 でも、幽霊を素手で殴るのはどうかと思います。 固めた拳で横っ面をぶん殴るのも女の子がそれをするのもちょっと絵的にマズイです。 ……正直助かりましたが。 「正気に戻った?」 「はい。……でも他にやり方はなかったのですか?」 「無いわ」 ……。 即答ですか。 思い立ったら即行動ですね。羨ましいまでの行動力です。 「褒めてる?」 「半分くらい」 「ありがとう」 お互い思考が繋がっていると皮肉も意味を成しません。 さて、それより今のうちに距離を稼がないと。お互い無言で頷いて移動を再開します。 さっきので私への警戒を強めたのかストーカー集団との距離が大きく開きました。 これ幸いと思ったのですが……。 「どうしましょう? 回りこまれていますよ?」 「商店街を突っ切る」 「残念、あの人たちのほうが先につきます」 「引き返す」 「さっきより後方の人が増えています」 「まずいわね」 「まずいです」 「ピンチ?」 「それなりに」 「どうしよう?」 「やっぱり強行突破します?」 冗談だったのですが凄い目で睨まれました。 「詩乃、彼方の力は危険すぎる。因果の否定なんて人が持ちえる力じゃないから」 ええ、分かっています。 でも……たまに。 黒い衝動が私を突き動かすのです。 私でもニーアさんでもない『私』が嬉々として力を行使しようとします。 口元に張り付く紅い笑み。ニーアさんだと思っていたけれど、本当は―― 『堕ちるなよ、詩乃』 内から聞こえる声。ニーアさんのモノ。 『堕ちる?』 『それ以上染まると怨霊に堕ちる。そうなると見境すらつかなくなるぞ』 見境がつかなくなる。 それはつまり敵対するモノだけでなく、音夢ちゃんや妖怪さん達も? 『そう。堕ちたら戻る手段は無い。堕ちた幽霊は周囲の死神が総力を上げて消す。私も詩乃も終る』 堕ちたらおしまい。つまり、私は怨霊とやらになりかかっているということでしょうか。 『それが不思議なんだが……怨霊になりかかっているのかと思えばそうでもない。時々怨霊そのものになったかのような気配にもなるけど霊体のくせに物理ショックで戻るし……』 ……なんだか要領を得ません。 「いつまで二人で話してるのよ?」 ふと見ると音夢ちゃんがこちらを睨んでいます。 かなり不機嫌そうで。 「詩乃がぼ〜っとしてる間にどうも追い詰められたみたい」 場所は大木楽公園。追い詰められたというか、広い場所に誘導されたような。 「ここなら少々派手にやっても問題ないでしょう、お嬢様」 あ、さっきのストーカー1号さん。 ざっと数えただけで30人ほど。全員が全員、音夢ちゃんの身体が目的なのですね。 「音夢ちゃん、モテモテですね?」 「男にもてても嬉しくない!」 ……断言しちゃいました。かっこいいです。 そして、動揺するストーカー一同。 「……それは残念だ。ご安心を男女の交わりと言うものを一から教えて差し上げます」 「お断り」 「しかし、この包囲から逃げ切れるとでも?」 「ええ。公園で輪姦される趣味なんて持ち合わせていないから」 まあ、きっと誰もそんな趣味は持ってないです。 そんなことより、音夢ちゃんが時間を稼いでいるうちに話を進めないと。 『そんなわけで、今回も空から行きましょう』 『……次から次へともう……。はぁ……このまま音夢が酷い目にあうのも見たくないし……』 扉を開けてニーアさんに交代です。 「こんな短時間に2回も……。ああ、もう。嫌な予感がひしひしとするわ」 ホントにこの二人は……。 「一気に街の外まで」 「分かってるわ。いっその事全滅させた方が手っ取り早いけど……これ以上厄介ごとは抱え込みたくない」 音夢を抱き上げる。周囲の有象無象が慌てだすが無視。 地上から空中へ。5mほどの高さから有象無象を見下ろして、自らの失策を知った。 轟音と共に腕が吹き飛ぶ。 私に代わった時に、実体化したのが仇になった。 音夢は耳元を通った弾丸に脳を揺さぶられ気絶、私の手から滑り落ちる。 手を伸ばす。 再び轟音。ひじから先が吹き飛ばされた。 音夢は頭から落ちて動かない。そして、じわりと地面に広がる赤い液体……。 「さすがの死神も不死殺しの印を刻んだ弾丸には耐えられませんか」 音夢の様子が気になる。 が、両手の再生にも少々時間がかかり、30近い銃口に狙われていては回避もままならない。 かといって、実体のない詩乃に入れ替わることも白がいない今出来ない。 そう、思った。 私たちの共有する部分。部屋の扉が内から外へ吹き飛ぶ。 呆然とする私の後ろにいつの間にか詩乃がいた。その浮かべる笑みは普段からは想像もできない薄く冷たい笑み。 声をかける間もなく突き飛ばされ私は部屋の中へ。 マズイ……。 詩乃が……堕ちる……。 |
あとがき 家の近くにもカップラーメンの自販機があります。 が、買っている人を見たことはありません。ちゃんと動いているけれど、中身、大丈夫なんでしょうかねぇ……。 |