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第20回 堕ちちゃいました。

身体の奥底で何かが凍り付いていきます。
きっと、『良心』だとか『良識』とか『理性』などでしょう。
頭に血が上ったとかそんなレベルをすっ飛ばして逆に冷静です。
足元には頭から血を流し倒れている音夢ちゃん。
周囲には音夢ちゃんの怪我の原因達。正直目障りですよね?
「音夢ちゃん、大丈夫ですか?」
返事はありません。当たり前ですね。
この出血ですからいつ死んでしまってもおかしくない怪我です。
でも、触れられない私は見ていることしか出来ない。
因果を切ることしか出来ない私は音夢ちゃんを繋ぎとめることも出来ない。
抱き起こすことも救急車を呼ぶことも出来ない。
……無力な私。
「マズイぞ! この幽霊、怨霊になるぞ!」
「しかし、この力……師父に応援を要請しろ! 我々だけではどうにもならん!!」
煩わしい糸の塊が蠢く。もう、この場にいる人間の運命なんて決まっているのに。
すい、と糸を手繰り寄せそのままぷつんと。
『存在するはずの無いもの』は世界の持つ免疫機構に食べられて消えるだけ。
「!!」
顔面蒼白でこちらを向く彼ら。彼らを消して音夢ちゃんの傷が癒えるわけでは無いけれど。
「け、消された。今、誰かが消された……う、うわぁ!!」
何やら呪術効果の憑いた針が飛んできます。こういうのは煩わしいのでやっぱり消えていただきましょう。
針を掌握、続いてストーカー1号さんも一まとめに。
ぷつんと切るだけ。
「貴方達には死も、苦痛もこの場から逃れる希望も残っていません。ただ、消えるだけ」
面白いほどこの力が思い通りになります。
ちょっと前は怖がっていたから。受け入れようとしなかったから副作用があったのでしょうか。でも、今は違います。眩暈どころか軽い頭痛もありません。
むしろ普段よりいい気分。思わず声をあげて笑い出しそうなくらいに。
あ、でも音夢ちゃんを見るとどんより気分ですね。早くこの場をどうにかして誰かを呼びに行かないと。
決めたら即行動に移します。あの出血は危険っぽいです。もし、死んでしまってもこっちに留まれるとは限りませんし、やっぱり生きていてもらわないと困るのです。
さて、お片づけ開始ですね。

「そこまでだよ!!」
声と共に風を切り迫る大きな刃。普段なら絶対に避けられない自信がありますが、今の私は非常に冷静で落ち着いていました。糸から距離を読み取りギリギリまで下がります。
「なっ……避けた!?」
「声を掛けてこなければ真っ二つだったかも知れませんね。けど……シキ君。そんな物騒な物を振り回しちゃいけません。危ないでしょう」
「これより君の存在の方が危険だ。一度力に魅せられたらもう戻れない。後は堕ちるしかないんだ。だから、完全に堕ちる前に僕が消す!!」
どうしましょう、目がマジです。このままだと本当に消されかねません。あの大きな鎌で真っ二つなんてゴメンです。それに音夢ちゃんも……。
あ……。
「とりあえず、襲い掛かってくるのはいいですけど、先に音夢ちゃんを病院に運びませんか? その後でしたらちょっとだけ相手しますから」
「……無駄だよ。彼女は学校の裏庭で死ぬ運命にあった。それが少し遅れてしまっただけ。君が何度彼女を死の因果から切り離そうとも彼女の生はすぐに死へ向かって収束する」
「音夢ちゃんが死んでしまうのをただ見ていろと?」
「いや、心配する必要なんて無いよ。彼女の命が尽きる前に君はここから消える」
普段の可愛いシキ君とは違い返ってくるのは冷たい言葉ばかり。
手には魂と地上との因果を切り取る鎌を持ち、私に向かって一直線。
ホントに一瞬で終らせるつもりみたいです。目にも留まらぬ速さ、なのですが。
はいそうですかと真っ二つになる気は無かったので。
さっさと手を打ちました。
「……」
「……」
「何を……したの?」
「私に出来ることは因果の糸を切ることだけだと思うのですが」
「……っ! 鎌と自分の因果を!!」
「はい。正解です。その武器ではもう私を消すことはおろか触れることも出来ませんね。そんな糸はもう無いのですから」
殺意と共に振るわれる武器と私を繋ぐ糸。最初の一撃を回避した時に把握したそれを切ると私と武器の接点はなくなります。
『接点の無いもの』がぶつかり合うなんていう矛盾は世界が否定してくれます。
副作用としてアレがどんな武器なのかですら私にはわからなくなりますが。……えっと、たぶん、大きな鎌だったはず。
「さて、どうします? まだ続けます? 私としてはこれで終わりにしてさっさと助けを呼びに行きたいのですが?」
「……」
沈黙が答えと言うことにしておきましょう。時間が惜しいです。
町を包む結界を壊して妖怪さん達に来てもらうのが手っ取り早いでしょう。
空高くに浮遊し町を見下ろし結界の起点を掌握、そこへつながる因果を根こそぎに。
空気の質が普段の町のものになりました。成功ですね。
ふと、下を見下ろすとシキ君の介入で逃げていった退魔師達が廃校に向かって走っていきます。む~、ちょこまか動くので糸が掴みにくいですね。とりあえず、放置で早く妖怪さんたちと合流しましょう。

どんどん身体が冷たくなっていく。これを感じるのは2度目……。
1歩ずつ死に近づいていく感覚。身体は動かず意識も消えようとしているはずなのに、意識の端に映りこむ上空でのやり取り。
身体の半分くらいが真っ黒に染まった詩乃と大きな鎌を振り回す少年。
あれが死神なんだろう。詩乃を狩ろうとしているのか、はたまた私の魂を回収すべく来たのかわからないけれど二人が争っていた。
そして、よくわからないうちに着く決着。
詩乃は闇夜の消え、死神も何をするでもなくただそこに浮遊している。
と、近づいてきた。まっすぐに私を見ている。
と言うより視線が合っている?
死神少年は黙ったまま私に手を差し伸べ引き起こした。
「……って、身体はそのまま!?」
「幽体離脱に近い状態と思えばいいよ。一応はじめまして、かな」
不思議な感覚。幽霊になった詩乃は常にこんな感覚なのかな。
「彼方が、シキ?」
「そう」
「私の魂を回収に来たんじゃないの?」
「半分はそうで半分はそうじゃない。もし、僕に彼女を止められない場合は回収しない。いや、出来ないが正しいかな」
出来ないとはつまり、生き延びると言うこと? でも、正直なところあの出血で生きていられるとは思えない。頭部の出血だけでなく、たぶん、首も痛い事になってそうだ。
……客観的に自分の死に様を見ることになるなんて……。
「あそこまで壊れてしまった身体には魂も定着しない。だから、少々無理やり治す必要があるんだ。副作用があるけど」
「副作用?」
「そうだ。あの怪我は人の身体で耐えられるものではない」
声の主は上から。見上げると側の木の上に大きな白銀の狼がいた。月を背に神々しい、息を呑むくらいの美しさで。
白狼神社の神主にして周辺の地域を司る土地神、大妖狼白王。
……というか、いままでどこへ行っていたのだろう?
「人の身で無いなら耐えることも不可能ではないと言うことだよ」
白王、結界術の師匠でもあるあの人に見とれていてついでに別のことを考えていて、私はシキの言葉の意味を悟るのに少し時間がかかった。

人間の身体で無いならば生き延びる可能性がある。
人であることを止めるならこの世に留まれる。

そういわれているのだ。
言葉が出ない。なんて、選択肢……。
「詩乃のあの状態を見ただろう? あのままだともうすぐ完全に怨霊に堕ちて魂が磨耗しつくすまであの能力に振り回され多くの存在を巻き込み消し去る。そして、最期に壊れてさらなる災厄を撒き散らすことになる。それを避けるために彼女を消滅させようと思った。だけど詩乃の方が一枚上手だったんだ。あそこまで力を使いこなされるともう、手が出せない。残る手段は彼女自身の力で堕ちていくのを止めるしかない。だが、それにはきっかけが必要だと思う」
シキの目が私を見る。
……なんとなくわかってしまった。
詩乃が崖から踏み出したのは私が死に掛けているから。
もし、私が無事な姿を見せてあげれば、あるいは正気を取り戻すかもしれない。
……ダメなら殴ってでも正気に戻すけど。
そのためには……。
「君が失う代償は時間。そして、死だ。今の友人達も家族も皆君より先に命を落とす。今のまでと同じ生活も送れなくなる。死にもしなくなる。酷なことをいっているのはわかってい――」
「選択肢なんて他に選びようが無いんですから早くやってください。……ちょっとでも早く詩乃を正気に返さないと」
失う物が大きい。家族、今までの生活、夢。私はずっとこのままになるらしい。
確かに、そんなもの人間ではない。歳を取らない人間なんていない。
時間から切り離されたそれは真っ当な生物ですらない。
……すぐに答えを出していいようなものでもない。
でも、このまま何もせぬまま死ぬと言うのも嫌だった。
そして、あんなになった詩乃を一人にするのも。
「はぁ……白王、借りが増えたみたいだけど……僕は帰る。何とかごまかさないと……」
私が生を選ぶと魂の数が合わなくなるのだろうか。この地域を司る彼はそれをごまかすために奮闘することになるのだろう。頑張ってもらおう。
「ではやるぞ。少し苦しいだろうが我慢してくれ」
言うなり、白王は地面に横たわる私の体の中に、まるで水の中に飛び込むかのうように入っていった。
直後引き裂かれるような痛みに世界が暗転する。
最後に見えた月がやたらと白かった。

―町界線
「―と、言うわけで急いで公園に。出来れば同時に救急車をお願いします。私はやることがありますから」
「……ついててやらないのかい?」
「はい。音夢ちゃんが目覚めた時に気にしなくてもいいように、原因を消しに行きます」
「……そう、わかったわ」
森の中、結界が消えて町へ入ろうとしていた千尋さん達。
私が声をかけた時、非常に驚いていました。そして、私を見る視線には哀れみと畏怖。
……何故でしょう? 何も悪いことはしていないはずなのですが?
けど、問いただす暇も惜しいので気付いていないフリ。
再び空に上がり方向転換。
目標は廃校。意地悪なおじいさんに占拠された私たちの居場所。
みんなの為に、さっくりと消えていただきましょうね。

みおろす校庭にはリーダーらしき人物を中心に大きな陣形が敷かれています。
不用意に近づけば瞬きする間もなくこちらが消されてしまうのでしょう。
素人の私でも危険な匂いを感じ取れるほど。
まあ、それほど警戒されているのでしょうか? ならば期待に応えるべきでしょう。
ふらりと下りておじいさんの頭上へ。
ちなみに会ったことは無いので音夢ちゃんからの糸を辿りました。
「こんばんは。月が綺麗ですね」
「そうかな? 堕ちた怨霊が隠してしまって黒く濁って見えるが」
「残念ですね。末期の月がそんなモノにしか見えないなんて」
「背筋が寒くなるほどの殺気じゃな。力に流され堕ちるところまで堕ちた故か。元はそうではなかったと伝え聞いたが……最早、情をかけることもあるまい」
元はそうではなかった? おかしいですね? 私は私です。
死ぬ前も、幽霊になった後も。私は『私』です。
……あれ? 
私と、ニーアさんと……『私』……
ニタリと『ソレ』が笑いました。
「あ……あれ?」
激しい頭痛。気付いてはいけない。見てはいけない。
眩暈がして思わず額を押さえ、それを見てしまいました。
それに気付いてしまいました。
いつぞや見たあの糸。見ているだけで寒気がしたあの糸が。
半透明だった私の身体にびっしりと絡み付いています。
「……え……」
今の私は一人歩きする影のように黒い塊。
いつの……間に?
「あ……あぁ……うぅ……」
何か言葉にしようとしても何も言葉にならず、のどの震えが音になるだけ。
「……気付いたか。だが、もう遅い。成仏せよ」
おじいさんから向けられる視線は哀れみ。
凍りついたような身体はさらに硬直し――

おじいさんは長い数珠を巻いた腕を私に向かって突き出した。
ただ、それだけ。

ぼん。

と、身体に大きな穴が開きました。
消えてしまうんだという喪失感と、これで消えてしまえるんだという安堵感。
けれど、暗くなる視界に最期に見えたのは、背筋も凍るような笑みを浮かべる私でした。

あとがき

気づけば2月でした^^;
のんびり気ままに。お待たせして申し訳ないけれど、書きたい時にしかかけないのです。
で、その時に時間があるかもわからない。
仕事も何も無い日がもっとほしい。

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