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幽々自適な生活 第21回 境の巫女

―木楽町 上空
とんでもないスピードで町が後ろに流れていく。
目を閉じれば以前より濃く、明確に人以外の気配が感じ取れる。
町の人口の10%ほどは人間以外だと聞いていたけど、あんまり信用していなかった。
幽霊は目に見えていたけど妖怪はその気配すら感じさせなかったから。
けど、私も完全に『こちら側』に来てしまった今、はっきりわかってしまう。
「……クラスメイトにも何人かいそうね」
「ん? 何かいったかね?」
「いえ、何も」
とんでもないスピードで町の中を翔けているのに周囲の空気は動いていない。
結界の外の木々すら揺れていない。
これも結界の一つ。
性質は『隠蔽』と『隔絶』。
ちなみに作動させているのは私。
今も、富士の樹海で使ったような起点になる札もピンもない。
『境の巫女』。それが先祖の二つ名。

激痛で気絶した後、わりとすぐに意識は戻った。
戻ったといっても身体ごと目を覚ましたというわけではなく、ただ暗い場所に私が二人。
そう、一人ではなかった。顔は鏡に映したかのようで着ているものは白一色の簡素な着物。
おでこについている白い三角布があからさま過ぎて笑えない。
『元気? って、軽く死んでるわね』
一方でけらけら笑う私そっくりな別人。正直不気味すぎるし……。
「……誰?」
『ご先祖様』
「……まじ?」
『本当。しっかし、そっくりね。何代かに一度、隔世遺伝ってやつでこうなるけど……ここまでそっくりなのがいると気分悪いわね』
ソレはこっちのセリフだわ……。
『まあ、私はすぐにあっちに戻るからいいわ。あなたも河を渡らずに済んだみたいだし、さっさと用を済ませようかしら』
なぜかポキポキと拳を鳴らす自称ご先祖様。なんか嫌な雰囲気。
『だいぶ力を持ってるみたいだけど、代を重ねて薄くなった血では本来の力の重圧には耐えられない。けど、こちら側に来たあなたなら大丈夫でしょう、たぶん。どっちにしろ中立になれないでしょうし、完全に使いこなせないしょうけど……さて、覚悟を決めなさい』
「何がやりたいのかわからないんだけど?」
それゆえ拳を鳴らしながら近づく姿は怖い。ついでに似すぎているからなお怖い。
『簡単簡単。ショック療法ってヤツね。殴って思い出させる。魂に刻まれた力と業を引きずり出すわ。どうも子孫代々手が出るのが早いでしょ? 言ってわからない奴にはぐーで殴ってわからせるほうが早いし』
思わず共感してしまい頷き、アレ? っと気付く。
もう射程距離内。
『久しぶりにアイツの顔も見れたし、たっての頼みだから諦めなさい』
アイツって誰だとかなんで力とやらを引き出すために出てきたのだとか聞きたいことだらけだったけど……回避の間に合うタイミングではなかった。

で、再び気付いたら公園の中だった。身体には致命傷のあともなく。

「境の巫女、か……」
その昔、まだ人の住む場所とその他が住む場所に境界がなかった頃、衝突が増え始め多くの血が流れ、そんな折に生まれたのがさっきの初代。
彼女はありとあらゆる存在を仕切り分ける力を持っていた。今でも存在するソレ。
普通の人がいるあちら側と、そうでないものが住むこちら側。目に見えるものではないけれど、完全に二つの場所を仕切り切り分けた。
今この町を覆っているものはそれを一般化して術式さえ出来ていれば誰でも使えるようにしたもの。今の私や初代なら起点となる独鈷も無しに出来る。
そんな彼女はどちらからも祭り上げられたが、常に中立であり続けた。
人にも妖怪にも深く属さず。
だから後に『境の巫女』と呼ばれた。
そういえば母方の苗字が『坂井』だったことに今さら気付く。音だけとってそうなったのか、隠すためにそうなったのかまではわからないけれど。
ただ、一つ言えることは中立でなく、こちら側の詩乃により過ぎている私は初代の力の数%使うのがやっとみたい。業があっても技術が追いつかないってのもある。
正直、結界術1年生が中学に飛び級した程度かな。完全に掌握するにはさらに昇級しないといけない。

『マズイな。間に合わなかったか!』
「間に合わせてください。そうでないとここにいる意味が無いわ」
『違いない。跳ぶぞ』
銀の巨躯が宙を舞う。町を疾駆する白王の背中はなぜか懐かしかった。

――廃校
踏み込んだとたん思わず吐きそうになった。
瘴気とよんでもいいような悪意や敵意、失望、嫉み恨み。それらが実体化するような濃度で廃校内に満ちている。
普通の人間だったら触れただけで発狂してもおかしくない。
気休めにしかならないかも知れないけど『隔絶』の結界を周囲に張り巡らす。
「これは……融解直前だな。音夢君、急ぐぞ。なんとしても彼女を引き戻せ」
「もちろんです」
怨霊に堕ちた霊は最終的に自壊する。ソレは周囲から吸い寄せた負の感情に魂が耐え切れなくなるから。そして、自壊と同時に溜め込んだものを周囲にばら撒く。
今のコレはその前兆。とにかく時間がなかった。
「詩乃!! 返事して!!」
目を閉じてお互いのつながりを探る。だけど、闇に包まれておぼろげにしか感じ取れない。
浄化装置として私と魂をつなげたはずなのにこうなってしまった詩乃。
浄化がうまくいっていなかったのか、あるいは浄化を上回るスピードで侵食が進んだのか。
……そんなことは最早どうでもいい。
私は必死に呼びかける。
見えた。中庭の方。
「中庭!」
「乗れ!」
白王の背中に飛び乗る。そのまま跳躍。一瞬で校舎を飛び越し中庭へ。
中庭は一目でわかるほどやばい状態になっていた。
空中にいる詩乃。その身体には大きな丸い穴が開いていて、そこから瘴気があふれ出てきている。その下ではじじいとその部下が倒れていた。防御用の結界は破られ逃げる暇もなかったよう。
「じじい、生きてる?」
つま先でつつく。
「……ふん、年寄りは敬わんかい」
「とりあえず、詩乃を止めるけど。以後、この町に近づかないでくれる? あと、父さんと母さんを解放して」
「止められるのか? もうあそこまでなってしまったら止める手段なぞないわ」
「やってみないとわからないでしょ」
『隔絶』の結界を地面と平行に階段状に配置、駆け上がる。
詩乃との距離は2mほど。それ以上近づくと周囲に展開していた結界が侵食され融けて消えた。これ以上は厳しい。
「詩乃」
呼びかける。
だけど、詩乃はうつろな目で虚空を見るだけ。
「詩乃。……起きないと恥ずかしい過去を大声で叫ぶわよ」
ぴくん、と詩乃が反応した。
わりと冗談だったのだけど……。反応があるなら試す価値はあるかもしれない。
「起きないということは初えっちの時のことを大声で叫んでもかまわないのね?」
詩乃がふるふると震えだした。
もう一押し? ああ、けど、叫ぶのやだなぁ……。

ああ、早く出ないと非常にまずいです。
音夢ちゃんのあの目は本気です。大声で叫ぶといったなら実行します。
阻止しないといけません。それには『私』とのコミュニケーションが必須です。
身体に大穴開けられて、そのショックで『私』は私と完全に分離してしまいました。
もとより、嬉々として力を振るったのも私です。自分でも初めて知ったのですが、私の中には非常に残忍で暴力的な部分もあったのです。そして、私はそれを認めたくなかった。
あんな怖い笑みを浮かべる自分が嫌だった。だから、認めたくない部分を『私』に押し付けて、私はキレイなままでいるつもりだった。それこそ醜い考えなのに。
最初に音夢ちゃんを殺そうとしたあのヒトを消したのも『私』がやったこと。
大海蛇を消したのも『私』がやったこと。
猿の妖怪を惨殺したのも『私』がやったこと。
そうすれば、私が受ける罪悪感は軽くなった。それら全て私がこの手でやったことなのに。
罪悪感を押し付けられた『私』はそれに押しつぶされ歪んでいった。『私』は私から拒絶され続け、別の人格として形になりかけていた。きっと、あの黒い糸の影響も大きかったのでしょう。そこへさっきのショックが。
完全に分離して『私』が身体の主導権を握ったのに。
その直後に。
二人とも、気付いてしまったのです。
身体に開いた穴のように。
とてつもない喪失感が。
彼女は身体を使うことを放棄して泣き出してしまいました。
けど、私もニーアさんも閉じ込められたままです。
私も泣き出したいくらいですが、なにぶん時間が無いのです。
「戻りませんか?」
「……今さら」
檻越しに返ってくる声は私と同じです。
「私は自我を持ってしまった。もう、一人には戻れない」
「けど、彼方もなのでしょう? ぽっかりと空いた喪失感。まるで虚無に呑まれてしまうような嫌な感覚」
「自分から切り離したくせに」
「そうですね。けど、やっぱり彼方も私で、私も彼方なのです。互いに必要なモノ。こんなことになるまで気付かないなんてどうかしていました」
本当に。……どうかしていました。
「身勝手すぎる」
「わかっています。けど、このまま二人とも消えてしまうのは本意ではないはずです」
「……卑怯者。その言い方は……ずるい」
「ずるくても結構。私が目的のために手段を選ばないのは知っているでしょう」
「……一つの身体に二つの人格。どうやって維持する?」
「ああ、大丈夫ですよ」
前例がありますし。
2人が3人に増えても大して変わりは無いでしょう。
部屋の作りはまったく同じで、二つの部屋を並べてどうせなら行き来できるようにしてしまいましょう。
「こっちがニーアさんの部屋、こっちが彼方の部屋と言うことで」
あきれてぽかんとしている彼女の腕を取りニーアさんの部屋へ。
「こういうことになりましたのでよろしく」
「……まあ、そうじゃないかなと思ってた。……なんか不思議な気分だけど」
そうですね。ニーアさんも私そっくりですし、同じ顔の人間(?)が3人もいると変な気分です。大丈夫、すぐに慣れるでしょう。
「さて、早くしないと音夢ちゃんがえらいことをやらかしてしまいます」
「そうね」
扉をくぐるもう一人の私。あ、その前に。
腕をとり引き止めて。
「最後に少しだけ」
「なに?」
「ごめんなさい。あと、お帰りなさい」
お互い同じ顔で見つめあい、笑い。
「ただいま。って、何か変だけど」
こうして私たちは一つになりました。

「詩乃の弱点はとっても敏感なク――」
「わあああああああああっ」
飛びついて口をふさぎます。でも、素通り。あ、私は幽霊ですね。
でも、意図は伝わったようすです。
音夢ちゃんは何か言いたそうにしながら戸惑い、一言だけ。
「おかえり、詩乃」
「ただいま、です」
私も言葉にするのは一言だけ。
私は音夢ちゃんが生きていた事が何よりも嬉しくて、音夢ちゃんは私が戻ってきたことが何よりも嬉しくて、互いに抱き合いました。
大事な存在に触れている感覚。

意識の奥で音夢ちゃんと互いの情報を統合しつつ、ふと下を見るとおじいさんが生き残った部下を連れて引き上げていきます。
「どうします?」
「いいよ、放っておこう。父さんと母さんの監禁場所の予測はついているし、千尋さんにお願いして連れ出してもらうわ」
「憂いは絶った方がいいんじゃないかって、言ってますよ?」
「誰が?」
「もう一人の私が、です」
「いいの。どんなに気に入らない相手でも、一応祖父だし。それより、ややこしいわ、それ」
どれのことでしょう?
「詩乃が二人だとややこしいって言ってるの。別人格に分かれたなら名前を付けなさい」
まあ、確かにややこしいことこの上ないですね。私自身は困りませんが他の人からみたら最もな言い分です。それに、彼女も名前を欲しがっているようですし。
「では今決めちゃいましょう。何かいい候補はありませんか?」
「む、言われてみれば思いつかないわね。……こういう時は年長者に決めてもらいましょう」
「決めてもいいが、二人ともそろそろ降りておいで」
確かに、ずっと空中ですね。音夢ちゃんの場合は空中に浮いたガラスに乗っているような感覚ですから冷静になると怖いようです。
凄い力が使えても、最早人と呼べなくなってしまっても、中身は音夢ちゃんのままですね。
結局のところ、足がすくんで動けなくなってしまった音夢ちゃんは神主さんの背中に乗って地上に降りました。
「ふう、助かった……」
「良かったですね、無事に降りれて」
「1日に2回も転落死なんてゴメンよ」
そんなの誰だって嫌に決まってます。
「さて、名前だったね」
人型に戻った神主さんはちょっとだけ考え込んでから、素敵な名前を付けてくれました。
「詩乃と音夢、それぞれ一文字ずつもらって、夢乃でどうだろう?」
「なんとなく、私たちの子供みたいですね」
どうやっても出来ないですし。これはこれで、ちょっと幸せな気分です。
「で、本人はどういってるの?」
「大喜びですよ。白さんには夢乃に代わってお礼を」
「本人は出て来れないかい?」
不可能ではないのですけど。
『私は普段出ない。私に同化した黒い糸が周囲に悪影響を及ぼすといけないから』
ニーアさんと同じように、どうしても必要な時にだけ出てくるそうです。
二人に分かれたとき、私は糸を視る力を、夢乃は糸を切る力をそれぞれ持ちました。
私だけでは糸を視れても切ることは出来ず、夢乃だけでは切る糸が見えない。
二人が完全に同期してようやく使える力になったようです。
もともと大それた力なのでそれくらいでちょうどいいのでしょう。
「なんとかなったようだな」
ふと見ると千尋さんが戻ってきていました。
「白、ここを早く浄化して結界を張りなおそう。詩乃と音夢は飛雲丸を探してきてくれ。あいつのことだ、反撃のチャンスを狙って退魔師を追っているはずだ。捕まえて状況を知らせてやれ。残りは町中の独鈷の回収に当ってくれ」
そのままてきぱきと指示を出し私たちもそれに従い猫さんたちを探しに行きます。

隣の町へと続く県道目指して音夢ちゃんのおじいさんとその一団は進みます。
私たち二人は少し距離を置いてその後ろを、堂々と尾行しています。おじいさん達は白さんの勢力圏から離れることを第一に考えているのか、私たちのことを見てみぬふり。
「来たか、退魔師」
裏道を抜け、県道に交わる小路。腕を組み立ちはだかる小さな影が。
「今度は不意打ちにならんぞ。この毛皮に傷をつけた借りを返させて貰う」
「ふむ、獣が二本足で立つとはおかしなモノだ」
「末期の言葉はそれで十分か、老いぼれが」
「貴様ほど年を食ってはおらんぞ」
張り詰める緊張感。一触即発っていうやつですね。何がきっかけで戦いが始まってしまうかわかりません。かといって、このまま放置というわけにもいかず。
「ふとんが吹っ飛んだーーーー」
思いつくままに駄洒落を叫んでみました。
効果は劇的。張り詰めた空気は一瞬で白けました。ちょっと視線が痛いですケド。
「飛雲丸さん、事は収束しましたので戻って来いと白さん達が」
「……収束した、か。こいつらの敗走が何よりの証拠だな。命拾いしたな老いぼれ」
「命拾いをしたのは貴様やもしれんぞ?」
「いいかげんにしたら? 何を挑発しあってるの?」
今まで黙っていた音夢ちゃんが動きました。
……アレ、よけられないんですよ。
一瞬の後、小さな影と人型の影が宙を舞いました。
おじいさんと飛雲丸さんはダブルKOです。
「で、他はどうする?」
老人にも小動物にも容赦なかった音夢ちゃんを前に退魔師さん達はすでに逃げ腰でした。
けど、動けません。いうなれば蛇に睨まれた蛙でしょうか。
そんな状態ではイエスもノーも示せません。
音夢ちゃんを後ろから抱きとめストップを掛けます。
「脅しはソレくらいで。効果は最初の一撃だけで十分ですよ。さ、戻りましょう。もう夜が明けてしまいます。こちら側の時間は終わりですよ」
「……こちら側の時間、か。言葉にするとやっぱりショックよね。これは一つ詩乃にたっぷりと慰めてもらわないと」
ふふ、と浮かべるその笑みは妖艶とでも言いましょうか。
ゾクリときました。ついでにドキドキと胸が高鳴ります。
……私、どんどん音夢ちゃんに染められているような。

と、周囲に結界が。
『隔絶』で誰もそこを通れなくなり
『偏光』で誰もそこを見えなくなる。
念のためにその上からもう一重の『拒絶』で内側の結界ですら誰も認識できなくなりました。
えっと、音夢ちゃん、音夢ちゃん。
ここは道路の真ん中ですよ? 落ち着いてくださいね? むしろ正気ですか?
色々起こりすぎた後に、二人とも無事だと安心したら私が欲しくなった?
いやいやいやいや、ストップです。
気持ちは嬉しいのですよ?
気持ちは嬉しいのですが時と場合と場所とか色々考えてください。
それにですね。そもそも、こんな力の使い方は間違――あっ……う……

以下検閲、です。

あとがき

とりあえず、区切りですね。
この後どうなるかほぼ白紙です……w


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