第24回 マリオネットガール

―神社近くの路地
さてさて、どうしましょう?
前には物騒なお人形、後ろには物騒な修道女。
もう少しで神社についたのですけど……。
「音夢ちゃん、もう一度さっきの出来ます?」
「たぶん。でも、さっきより強固で複雑になってるから時間がかかるかも」
「今度はそう簡単に破られてたまるものか。ありったけの銀釘をばら撒いたから人外は逃げられない。……おかげで大赤字だわ」
「どうしてそこまでして私たちを追うのですか?」
さっきの話から察するに他の妖怪達とも会っているようです。人外が多いとか言っていましたから。何故人間以外を目の仇にしているのでしょうか。
「今の世は人の世界。そうでないものがいるのは不都合なのよ。事実、妖怪や八百万の神々は忘れ去られ弱体化している。そうにもかかわらずこの町は妖怪に支配されている。私達は町を開放し、アイツを探し出すために来たのよ」
妖怪に支配されている。まあ、確かにそうかもしれませんけど。
ソレのどの辺りが不都合なのかよくわかりません。誰もが普通に暮らしていて、妖怪も人も境はありません。それに、木楽町は人にとっても生活しやすい町だと思うのです。
税率は低いし、山に囲まれているわりにはインフラがきちんと整備されていて不便はないし施設のバリアフリー化も早くからすすんでいます。
「……開放される必要なんて無いとおもうのですが?」
「ソレはそちら側の言い分ね。人は異端を嫌う。皆が同じでないと不安なのよ」
「彼方もどちらかといえば異端ではないですか? こちら側の世界に触れているのでしょう? それこそ他の人は受け入れてくれないと思うのですが」
「今はそうかもしれないわね。けど、私は人であることをやめたりしない。必ず姉さんを普通の身体に戻して前の生活を取り戻す」
姉さん。人形と彼女を繋ぐ糸は強固な物。本当にアレが姉らしいです。
色々と込み入った事情がありそうですね。
まあ、でも付き合う気はありませんよ?
「音夢ちゃん?」
「バッチリよ」
一瞬の後結界が崩壊しました。続いて音夢ちゃんが長く太い針を投擲。
針は狙い通りに人形の額に突き刺さり、その針を起点に『隔絶』の結界で人形を覆い隔離します。
すでに逃走の手順を打ち合わせしていたのでその通りに。
針を受け、動きを封じられた人形を飛び越えて音夢ちゃんは美香さんを抱えてダッシュ。
私は殿でスタート。万が一の時は強硬手段で食い止めます。
「あっ、姉さん!! このっ、逃がさないわ!!」
取り出したのは拳銃。あまりの早抜きに反応が遅れてしまいました。
轟音。
「きゃっ!!」
命中はしなかったのですが弾は音夢ちゃんの足をかすめ音夢ちゃんは転倒しました。
ふくらはぎの辺りの靴下が裂け血にぬれています。
「……怪我、させましたね?」
私には無いはずの血液が一気に沸騰してしまいます。
「ふん、次は当てるわ」
「あら、それはありえませんよ?」
内なる部屋に呼びかけて彼女と同調開始。
私の腕、肘から先が黒い糸に覆われていきます。
「視えますか、夢乃」
『ええ、いつでも切れるわ』
どちらも私の口から出た言葉。けれど私達は二人。
私が糸を読み取り、夢乃が切る。二人で分担してそれぞれを特化することでニーアさんの能力とは少し変化しています。
「くっ、ただの幽霊じゃないの!?」
「さぁ、どうでしょうか? 彼方の対応次第では普通の幽霊ですよ?」
修道女は油断なく銃を構えたままです。
仕方ありませんね。恨まないで下さいよ?
……消えるということは恨むことも出来なくなりますが。
「万物を紡ぐは糸」
『解き、手繰り、自らの手に』
『「我、その全てを掌握す」』
私達の呪文を紡ぎ準備は万端。音夢ちゃんに危害を加えるなら私は容赦しません。
相手が何であろうと、いかなる理由があろうと。
彼女に繋がる糸を全て手にかけた時、小さな影が目の前に飛び出してきました。
針は刺さったままの人形。どうやったのか結界の戒めはありません。
直後、その目が強烈な閃光を放ちました。
「ひゃ!?」
思わず目を背けてしまいました。
「姉さん!? え、引くの? わ、わかったわ」
走り去る修道女と飛び去る人形。糸は掌握したままですが、逃げるなら切る必要は無いでしょう。それを悟ると夢乃は自分から部屋に戻りました。
悪意の塊のような黒い糸は周囲に少なからず悪影響を及ぼすらしいです。それを避けるため夢乃と同期しても表層に現れるのは腕だけと決めました。
「音夢ちゃん、美香さん、大丈夫ですか?」
「ん、ちょっと切れただけよ。もう治るわ」
「私の方は大丈夫。ごめんなさいね、二人とも。迷惑かけて」
「迷惑なんて。でもその前に……音夢ちゃん、今なんていいました?」
血が流れ靴下を赤く染めるほどの怪我がもう治った?
音夢ちゃんの目を見ると反らされました。
「大丈夫だって。それより早く神社へ行きましょう」
隠し事をするようなので強引に糸を視て情報を読み取ります。
しかし、何故でしょう? 怪我はもとより弾丸がかすったという事実でさえありません。
本当に治っていました。むしろ、最初から無かったように。
けれど、靴下は赤いままですし……。
何かがおかしいです。
あの時、音夢ちゃんが死に掛けた事が影響しているのでしょうか?
そういえば、人間でなくなって生き延びたとしか聞いていません。
「詩乃、先に行くわよ!」
気付けば音夢ちゃんと美香さんは神社の鳥居の前に。
私一人だけ置いてきぼりです。
むぅ、酷いです。
とりあえず、音夢ちゃんの事は保留しましょう。あまり聞いてほしくないようですし。

―社務所
入ったところで目に飛び込んできたのは衝撃的な光景でした。
「やっぱりロリコンなのですか?」
「違う……」
非常に疲れた表情の白さん。
その膝を取り合う二人の美少女。一人はゴスロリファッション、もう一人は着物。
二人の間にはバチバチと火花が散っています。
「紅蓮さん、帰ったのでは?」
「ん? ああ、今宵は洸の両親共に仕事で外泊になってな。幼子一人で家にいるのも物騒ゆえここに泊まることにした」
「誰も許した覚えは無いぞ!」
「誰がお前なんかに許しを請うか。白がすでに許可を出した。それに従え」
二人の気配は物騒ですが父親の膝を取り合う姉妹と見れば微笑ましい光景です。
……そういうことにしておきましょう。
「ところで白さん。お話があります」
「人形を遣うシスターの話だろう? また出たか」
「聞いていましたか」
「今週に入ってから5件。皆戦闘は回避したから被害は無い。今度は誰が襲われた?」
「昨夜、私が。池の中に入ってやり過ごしたんです。けれど、こちらに知らせに来る途中にまた……」
それを知らせに来て紅蓮さんと千尋さんのガチバトルに巻き込まれて報告どころじゃなかったのでした。で、気付いて戻ろうとした時に再び。
「……そろそろ対処しなくてはいけないね。他の町ならまだしもこの木楽町で暴れるのは捨て置けない」
ストレスも溜まってるし……。
という白さんの呟きは聞かなかったことに。
で、ストレスの原因たる二人はというと狭い膝の上で押し合いへし合い。
コレが父親と姉妹なら(以下略
「少々手荒でもかまわない、追い払ってしまおう」
白さんは立ち上がり美少女二人はその膝から転げ落ちました。
不満そうに見上げる二人。
その頭をくしゃくしゃと撫でる白さん。二人は子ども扱いの仕草に複雑そう。
「千尋、猫達を使って皆への注意喚起と主力への伝令を。紅蓮、今夜は部屋を用意するからそこで大人しくしていてくれないか?」
「わかった」
「うむ、白がそういうなら」
そうして三人はそれぞれ部屋を出て行きました。
怒涛の展開に乗り切れず、私と美香さんは取り残されました。
……あれれ? 音夢ちゃんはどこでしょう?
「美香さん、音夢ちゃんの姿が見えませんが、どこへ行ったか知りませんか?」
「音夢ならお風呂。さっきの怪我で汚れた服を洗ってくるって言ってたわ」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきますね」
「私は……ヤタさんと話でもしてくるわ。一人で池に帰るのイヤだし」
ヤタさんと話すと長くなります。時間つぶしにはもってこいでしょう。
たっぷり朝まで続けてくれるでしょう。

社務所から繋がっている住宅部分。
ここも不思議パワーが働いているのか外から見るより倍以上の広さを持ちます。
その一角、住人は二人しかいないのにある大浴場へ。
「音夢ちゃん、入りますよ?」
脱衣所に姿は見えず。お風呂の中を覗くとちゃんといました。
けど、様子が変です。
「あ、詩乃。来たの。ちょっと見て欲しいんだけどいいかな?」
もちろんお風呂の中なので裸な音夢ちゃん。見てくれといわれても目のやりどころに困ります。
「目を逸らさないでね」
「そんなことを言われても……」
改まって言われると気恥ずかしいものですよ?
「大丈夫、一瞬だから」
何が? と問おうとして、思わずフリーズします。
音夢ちゃんの手には小ぶりのナイフ。お風呂に持ち込むものではありません。
一瞬の停滞の後、音夢ちゃんはそれを自分の首に突き立てました。
「っ!!」
反射的にナイフを奪い取ろうと体が動き、音夢ちゃんの身体をすり抜け、勢いあまって壁まで透過。慌てて引き返すと洗い場の床は血まみれでした。
そこに座りこむ音夢ちゃん。
「音夢ちゃん!!」
「大丈夫。痛いだけだから」
「何を言っているんですか!! 明らかに死に至る傷です……よ?」
平然と血まみれの身体を流す音夢ちゃん。
恐る恐る首に目を向けると……あるはずの傷がありませんでした。
「あ、れ?」
「見ての通り、大丈夫だから。ごめん、驚かせた?」
「お、驚くに決まっています!!! 何を考えているんですか!! 服を着たらちゃんと説明してもらいますからね!!」
「ふふ、詩乃ったらお母さんみたい」
「ちゃかさないで下さい。私は今、かなり怒っていますから」
「ごめん。すぐに出るから」
まだまだ言いたいことはありますが、お風呂から上がるまでは待つことにします。
自分の身体を傷つけるなんて……身体を失った者から見れば無茶苦茶もいいところです。
けど、すぐに消えてしまった傷。
……音夢ちゃんの身体に何が起きているのでしょうか?
あれ? ちょっと前に同じような光景を見たような……?
焼け焦げたはずの身体。瞬きの後には何もなかったように立っていた千尋さん。
あの方も白さんに生かされたと……。
「詩乃? 客間を借りてあるから行きましょう」
脱衣所からの声に我に返ります。
音夢ちゃんはいつの間にか出ていたようです。慌てて後を追いました。

―客室
「さぁ、さっさと吐いて楽になっちまいな。お袋さんも心配してるぞ? どうだ、私がやりましたと一言言えばカツ丼出してやろう。美味いぞ、カツ丼」
「……ソレどこの刑事ドラマ?」
「……空気が重かったので和ませようとしました」
部屋に戻ったものの、音夢ちゃんはさっさと布団を布き、疲れたからともぐりこんでしまいました。その後は重い沈黙。
耐えかねた私の一言がようやく音夢ちゃんの言葉を引き出しました。
音夢ちゃんの表情を見る限り、ちょっと逆効果だったかもしれません。
「昼間さ、見たでしょう? ……座敷わらしがあの炎を受けて平然としていたのを」
「ええ、見ました。かなりショックな光景でした」
「この前、彼女に言われたの。自分が人を止めたことが未だに受け入れられないなら一度死んでみろって」
「それで、さっきの行動ですか?」
「……鉄砲で撃たれた傷がすぐ消えるのを目の当たりにして、実行せずにはいられなくなったの。自分の身体なのにどうなっているか理解できないのがいやだったから」
だからって……実際に死のうとするなんて……。
「万が一、本当に死んでしまったらどうするつもりだったのですか?」
「……考えてなかった」
ぱしん。
思わず手を上げてしまいました。
「残された者の悲しみを知っているはずの彼方が、それを考えていなかった? ふざけるのもいい加減にしてください!!!」
ほほを押さえている音夢ちゃんを私は怒鳴りつけていました。
「詩乃、痛い……」
「当たり前です。命を軽んじた罰です!」
「それもそうなんだけど、何で痛いの?」
「それは私が叩いたからで……??」
「……」
「……」
あれ?
手を何度か握ったり開いたり。
バッチリと叩いた感触が残っています。
恐る恐る音夢ちゃんの髪に手を伸ばします。
スカッと空振り。では、何でこの手に感触が??
「と、とりあえず、音夢ちゃんの話の続きです!」
「え、あ、うん」
お互い首を傾げるしかありませんでした。
後で白さんに聞いてみましょう。

「端的に言うとね、私の身体はあの時死ぬ直前で固定されているの」
今一言葉の意味が理解できません。
「健康だった死ぬ直前の状態から変化しようとする時を奪うことによって、その状態からの変化をなかったことにしてしまう。例え致命傷でも、どんな小さな怪我でも、病気でも。ただ、効果が出る前に少しタイムラグがあるから、苦痛はそのまま受けることになるし、効果は体内だけだから流れた血や衣服にまでは効果も及ばない。それが、私と座敷わらしと名乗るあの人にかけられた術の正体」
つまり、どんなにひどい怪我をしても、死ぬ直前に時間が戻るということでしょうか?
けど、痛みは受けたまま。……コレはコレで恐ろしい術です。
「ちなみに、成長も『変化』になるからコレも起こらない。正確には成長はしているけどすぐさまなかったことにされているのね。だから、私はずっとこのまま。師匠が術を解くか死なない限り私もあの人もずっとこの姿のままね」
思わず、音夢ちゃんを抱きしめていました。やはり感触は無いのですが。
「私も、ずっとこのままでいますから――」
できれば先ほどの奇跡をもう一度。
音夢ちゃんの涙を拭ってあげたいのです。
「泣かないで下さい」
やはり涙は私をすり抜けていきます。
そして、私も一緒になって泣き出しました。


 
あとがき

忘れられてそうだけど更新。
続きますよ?


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