第26回 呪いを解きにいきましょう

というわけで白狼神社につきました。
ちゃんと鳥居をくぐり目指す先は社務所裏の住宅部分。糸を辿ればどこにいるかもわかります。一番奥のほうにある白さんの私室。目標は勝手に入り込んでいるようです。
ふと、足を止めました。
……妙に静かなんです。朝の殺伐とした騒がしさがありません。
というよりも、妖怪さんの気配がしません。神社がほとんど空っぽなんです。
まさか、学校に百鬼夜行を繰り出してないでしょうね?
まあ、そうなったら音夢ちゃんが境界を敷いて何とかするでしょう。たぶん。
私は私で任務を遂行しましょうか。

―白さんの私室
壁面にずらりと並ぶ本棚を埋める年代物の書籍。
すごいです。糸で束ねた昔の製本もあります。古本屋さんが開けそうなくらいです。
「お姉ちゃんも本が好き?」
「はい、好きですね。昔はどこでも本を読んでしましたね。……ところで紅蓮さん、なんか雰囲気違いません?」
「コウは寝てるの。だから今は私」
目の前にいるゴスロリ美少女。改めて糸を見て納得です。
「彼方が洸ちゃんですね?」
「うん。はじめまして、になるのかな?」
「はい。はじめまして。……あれ、見えてるんですか?」
「コウが助けてくれた時からずっと。コウの力が強いから仕方が無いって。でも、いやじゃないよ?」
コウというのが紅蓮さんのことのようです。肉体の有無の差はありますが、洸ちゃんと紅蓮さんもひとつの体に二つの魂が共存しているようです。
「5年前に事故があったの。コウの乗る車と私の家族の乗る車を巻き込んだトラックの大事故が。生存者は唯一一人、私だけ。事故で唯一即死しなかった私に、体を失ったコウが提案してきたの」
このまま死ぬか、生きたいか。洸ちゃんは幼いながらに生きることを選んだのですね。
まあ、私の場合は選択の余地が無かったのですが。
『ちょっと。なんか、棘のある言い方ね?』
中でニーアさんが言ってますがスルーします。
「あれ、でも、ご両親が仕事で外泊だと紅蓮さんが言ってませんでした?」
「事故の原因となった会社の社長さんが今のお父さんとお母さん。やさしくしてくれるけど……忙しいから少し寂しい。……ここに来れたから今は大丈夫。ねえ、お姉ちゃんもお友達になって」
「はい。そんなことならお安い御用ですよ。ただ、普通の幽霊ですから一緒におしゃべりするくらいしかできませんが」
「そうか? ただの幽霊ならそのような力は持ち得まい」
思わず一歩下がりました。
……紅蓮さんが起きちゃったようです。
「世界の理を切るような危険極まりない力だ。まあ、無茶苦茶に振るうようなことはもうなさそうだからかまわんのだがな」
そうです。危険な力の事を知ってしまった今はよほどのことが無い限り使えません。
それが私たち3人の取り決めです。
「あふ……眠いの……。一ついいことを教えてやろう。その力を持つだけのポテンシャルをお前は秘めている。ならば力を使いこなせ。視て、切るだけではないだろう。その力の根源は因果を『認識』して『干渉』する事。まだできることはあるはずだ。……まあ、わからなければそれでもかまわんがな」
「正直ちんぷんかんぷんです。それよりですね。一つお尋ねしたいことが」
「眠い。あとにせい。今は洸の時間ゆえ我は眠い……」
その言葉を最後に紅蓮さんは引っ込んでしまいました。
どうしたものかと考えていると洸ちゃんが。
「いつもの事。コウは気まぐれだから」
付き合いの長さが図れる一言でした。

それからは色々お話してすごしました。
聞いた話は驚かされることばかり。紅蓮さんの知識も共有しているため学校で習うことは簡単すぎるとの事。今解いているのは大学でも国立の超難関校の入試問題集。それなりに成績も良かった私ですが何が何やらさっぱりです。が、洸ちゃんはスラスラ解いていきます。しかも、満点。ついで飛び出す一言。
「これが準備運動みたいなもの」
「はい?」
続いて取り出したのは分厚い紙の束。
「なんですか、それ?」
「偉い学者さんの論文。ためになるよ?」
ためになる以前に読めません。
えっと、何語? ラテン語とかそのあたり?
「説明要る?」
「たぶん、されてもわかりません」
「だよね……こんなだから……友達いないの」
たしかに、歳の近い子供たちから見たら異質です。そして、彼らは時に残酷なまでに異質な存在を排斥しようとします。糸から読み取れる洸ちゃんの悲しい過去。
……? あれ? ちょっと待ってくださいよ。
……あ〜。ダメですね、これ。
友達がいない最たる原因は別にありそうです。
本人は気づいていないみたいですが……。洸ちゃんが寝ていて意識が無い時に紅蓮さんが動いたようです。最大限に怖がらせて、謝らせています。なんとも酷い。
うん、でも、黙っておきましょうか。二人のためにも。

色々と楽しい時間はあっという間に過ぎました。
「あ、コウが起きるって」
その一言で雰囲気が激変。口元に少女らしからぬ笑みを湛えた紅蓮さんの時間です。
「めずらしく洸が饒舌だったな。普段は滅多にああなることは無いのだがな。まぁ、半ば我のせいでもあるが」
「わかってて続けていたんですね……」
「わっぱの共のやることとはいえ、この我の宿りし洸を傷つけたのだ。相応の報いといえよう」
「そのせいで、さらに洸ちゃんが孤立したんですね」
「ぬ……否定はせん。それよりも、我に用があって来たのではないのか?」
「洸ちゃんのことも気になるのですけど……とりあえず、本題に入りましょうか」
学校を離れてからだいぶ時間が経っています。何事も無ければいいのですけど……。
「何が聞きたい?」
「『朝薙』という家系に彼方がかけた呪いについて、です」
「ふむ、これはまた懐かしい名を聞いたな。あの一族は若き日の我をかなり追い詰めた退魔師の名家。党首は代々双子で生まれる奇妙な星の元に力を持ったやつらだった。だが、我は寿命を持たず、日々研鑽する。やつらは人ゆえに老い、次代に技と力を継承する。だが、そこには僅かに停滞が生じる。その差ゆえ、やつらの力は我にとって何の脅威でもなくなったのだ」
「で、それまでの意趣返しをしたと?」
「そうだな。当時九尾あった尾の内1本分丸ごとの妖力を血脈に呪いとしてくれてやったのだ。かの血脈はそれによりさらに退魔師としての力を手に入れたことだろう。むろん、代償はあるがな」
その代償。一族に生まれる双子が18になると発動してしまいます。
先に生まれたほうには体の内側から炎に焼かれる恐怖を、後に生まれた方には兄か姉かが受けるはずの苦痛だけを与えるというもの。
内側から徐々に焼ける身体。それに伴う苦痛は無く。
肉体的にはなんとも無いのに内側から炎に焼かれる苦痛。寝ている時もそれは止まず。
「名を響双呪。一族が絶えれば呪いの力も我に戻ってくるはずだったのだが……意外にもしぶといな。だが、そろそろ返してもらいに行こうか」
「殺して、呪いを強制解除ってのは無しですよ?」
「さて、どうかな? 朝薙の対応次第だな」
どこか楽しそうな紅蓮さん。
……私の選択は、間違ってなかったとおもいます。たぶん。

そのまま一路学校へ。
学校の雰囲気は朝となんら変わりなく、一安心です。
「詩乃。我は屋上にいる。音夢と共に朝薙の者を呼びだしてくれ」
「はい、わかりました。……おとなしくしておいて下さいね?」
「ああ、分かっている」
ちょっと不安でしたがまあ、いいでしょう。急いで二人を呼びだしにいきます。




「……いつまで隠れているつもりだ?」
「いつから気づいていた?」
「貴様が現れた時から。……この町に現れた異物は我を含めて4つ。一つは我を追ってきた朝薙。一つは貴様。もう一つは、貴様の追ってきた大陸の妖魔。大陸の妖魔は間もなく白と接触し庇護を受けるだろう。貴様らの手は届かなくなり貴様らがこの町にとどまる理由は無くなる。目障りだ。消えてくれ」
「なるほど。そこまで見えているのか。流石は極東の国の妖魔……。だが、我々の教義に引くという文字は無い!」
「ふむ、その方が助かる。我はその死肉の臭いがする御遣いが嫌いなのだ。……ソレを形作る信仰の欠片まで……ことごとく灰にしてやろう」


―屋上
待てど暮らせど紅蓮さんは現れません。
糸を辿ってみても不自然に切れています。というか、追えないように隠されたというか。
「で、いつくるの?」
「待ってるって言ってたんですけど?」
「貴方達、私を担いでる? もしそうなら容赦しないわよ」
「そんな無駄な事しませんよ」
でも、おかしいです。約束をたがえるような人だとは思えないのですけど……。
あ、人じゃないですね。元から。
とりあえず、もう少し待ってみましょう。

……。
…………。
………………あ、亜美さんが貧乏ゆすりを。
…………。
……。

「何分経ちました?」
「3分」
思ったよりこの空気、重くて時間が経ちません。
二人ともにらみ合って牽制しなくてもいいのに。

仕方ないのでもう一度糸を辿ります。先ほどより精度を上げて何も見逃さないように。
辿れるところまで糸をなぞり手を止めます。何かの境が。
「音夢ちゃん。ここに何かありますか?」
「何か? ……あ、巧妙に隠されてるけど……かなりの意味合いを秘めた境界線があるわ」
「私たちで越えられますか?」
この境界線の向こう側に紅蓮さんはいるようです。……たぶん、追ってくるなという意味で隠したのでしょうけど、これ以上待つのも難しそうです。主に二人が。
「はっきりと認識できれば越えられるかも。ちょっといじってみる」
音夢ちゃんは目を閉じて集中。亜美さんは……邪魔する気は無いようです。
「ん、いけそう。でも、たぶん、数秒が限界。認識できたらダッシュで」
ジワリと空間がゆがんで見え、境界線は境界面に形を変えます。
「急いで!」
広さは2mほどの円。開ききると同時にまた収縮していきます。円の向こう側は真っ暗。
飛び込むのは勇気がいります。でも、躊躇する時間はなく。
私たち3人はほぼ同時に境界を越えました。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。


「おう? なぜにこんな所に生きてる奴がいる?」
荒涼とした大地。妙に刺々しい山とかあきらかに水じゃない何かが沸き立っている池とか、虚ろな穴で空を見上げる髑髏があからさま過ぎて……。
「生きてる奴なら上にもいるやろが。あれの連れじゃねぇか?」
「ああ、なるほどな。どれ、お嬢ちゃんたち。立てるかい?」
言われるがままに差し出される手をとり。
認識。
「えっと、聞くまでも無いと思うのですが……ここは?」
「我らの職場、地獄さね」
ああ、やっぱり……

境界の向こうには、鬼が出ました。

あとがき

名前は亜美に統一します。
そもそも双子の姉妹で似た名前をと設定しながら別キャラの名前が書かれていると言う当時の私の頭の中を疑いたくなるような事態がががが。


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