第27回 地獄巡りツアー開催です

―???
「これが有名な針の山。近づいてみるとわかると思うがそれぞれの針が鋭く長い。さらに、足元には縫い針サイズの針がびっしり並んでいる。亡者はこの山を裸足で登らされるわけだ」
血だらけ傷だらけで痛々しい亡者を横目に私たちも針の山を登山中。
……エスカレーターで。
「なんでこんなものが付いてるんです?」
「ワシら獄卒用だよ。わりと頑丈なワシらでも1日いたら細切れだからな」
わっはっは、と赤鬼さん。
私たちは今、地獄にいます。
死後の世界。こうして見ることになるとはまったく予想だにしていませんでしたが。
視える糸すべてが死に直結していてあまり気持ちのいいものではありません。
音夢ちゃんや亜美さんはすでに顔色蒼白です。そもそも生きている二人がいていい場所でもないですし。
そうこうしているうちに頂上につきました。
「ここからはコイツで飛んでいけばすぐだ」
赤鬼さんが指差す先を見て。
……。
言葉が出ませんでした。
大きさは小型の飛行機くらいあるでしょうか? 
巨大な鳥の白骨がいました。
足元には小さなゴンドラが。これに乗れと言うことなのでしょう。
「ワシは職場から離れることはできんがコイツが連れてってくれる。歩いていくと3日はかかるからなぁ。ちょっと怖いだろうが我慢しな」
「ありがとうございます。正直早く帰りたいので……」
「わははは。そうだろうなぁ。早く川を渡るといい。嬢ちゃん達がくるのはもっと先でいい」
というか、来たくないです。
地獄の空気に当てられてずっと無言の二人をせかしてゴンドラへ。
どうやって飛べるのか非常に謎ですが、とりあえず、私たちは空の上へ。
はるか遠くに川が見えます。
目指すはその上空。紅蓮さんがいる場所へ。

そもそも、私たちが渡った境界は紅蓮さんのいる場所に繋がっていたのでしょう。けれど、音夢ちゃんの技量が足りなかったのか、だいぶ出現座標がずれたようで。
歩いて三日って、地獄も広いのですね。

「そろそろ落ち着きました?」
「うん、なんとか。下よりマシかな」
「やっぱり幽霊な彼方は影響すくないのかしら? 私なんか最悪な気分だって言うのに。こんなことなら待っていればよかったわ」
二人ともそれなりに持ち直したようです。
「こんな目にまであって呪いが解けなかったら彼方達、覚悟しなさいね」
「ふん、覚悟も何も私に何かあったら帰れないかもしれないのに?」
音夢ちゃんと亜美さんは又もや睨み合い。
少し元気になったからって早速それですか?
『かぁーーーっ』
「うひゃ!?」
妙にお腹に響く鳴き声。発生源はゴンドラをつるしている鳥さんでした。
『くわぁーーー』
「何が言いたいんでしょうか?」
「鳥の骸骨の言葉がわかるわけ無いでしょ。幽霊でもわからないならなおさら」
「詩乃、アレじゃない? もうすぐ着くよ、的なことが言いたいとか?」
音夢ちゃんが指差す方向には石の板が浮いていました。
かなり、距離があると思うのですが……かなりの大きさです。

本当にただの石の板。直径200mくらいはあるでしょうか。
そんなものが支えも無く空中に浮いているのです。下は巨大な河。
どうも有名な三途の川のようです。
ただ、地獄の対岸を見ても暗い空が続くだけ。そっちへ行けば現世へ戻れるわけでもなさそうで……。
「詩乃、あれ」
音夢ちゃんが指差す先には小さな人影。
が、二つ。そして、かなり大き目の影が一つ。
「どうもやり合ってるみたい……けど、何でだろ? あの狐が防戦一方じゃない?」
逃げ回る小さな影は紅蓮さん。追いかける大きいのはなんと言っていいのか。
ヨーロッパの中世の騎士鎧とでも言いましょうか。それの腰から上だけが動いています。背中には妙な翼。手には巨大な斧。あんな物当たれば死んでしまいます。
「……降りないほうがいいわよ。御使いが攻撃態勢に入っている以上、近づけば私達も巻き込まれる」
「ああ、やっぱりアレが御使いなんですか」
「コードネーム:サンクタムガード。御使いの中でも防御能力に特化したモノね。あの鎧には異教の力を跳ね返す概念が織り込まれている。打ち破ることは不可能だわ」
「詳しいですね?」
「……そうね。特にサンクタムガードについてはとことん調べたわ」
顔を伏せる亜美さん。これは訳ありですね?
では、ちょっと力を使いましょう。
過去を暴くようなことになりますがまあ、有事と言うことで気にしません。
亜美さんと御使いの繋がりを基点に糸の解析を開始します。
一方、骨鳥さんは石版の上を旋回中。下りる許可を待っているのか、あるいは御使いと紅蓮さんの戦闘に巻き込まれるのを避けようとしているのか。集中する私には好都合ですね。

ふむふむ。
アレの核が亜美さんのおねえさん……?
紅蓮さんの呪がかかった身体を『異教の全てを受け付けない』という概念で包み込み魂と身体を分断することによって呪を無効化。同時に行き先を失った呪の力をそのまま御使いの燃料に。分断した魂は人形に封入し消滅を防ぐ。
確かに、呪は無効化されています。けど、これでは……。

「鳥さん。降りてください」
「ちょっと、詩乃。降りたら巻き込まれるって」
不安そうな音夢ちゃん。それはそうでしょう。あの紅蓮さんですら防戦一方なのですから。
「大丈夫ですよ。全てがうまくいく方法を見出しましたから」
二人にかかった呪を解き、御使いには帰ってもらって、紅蓮さんも呪に使っている尻尾を取り戻すことが出来る、そんな方法。
「……本当なんでしょうね? 御使いの攻撃対象に設定されたら逃げ道はないのよ?」
「本当ですよ。ただし、彼方の協力が要ります。手に入るのは呪の解除とお姉さん。失うのは、今の立場です。もちろん、協力してくれますね?」
「今の、立場?」
「その服を着るのは本意ではないのでしょう? 身を焼く炎に正気を失いかけたお姉さんを助けるために教団に入ったのでしょう? なら、呪を解く手段が見つかった以上教団に身を置く必要も無い。あ、抜けた宣言はまだダメですよ?」
いぶかしげな亜美さん。私の考えが洩れた音夢ちゃんはなるほどなるほどとつぶやいています。
「何をやらせるの?」
「簡単ですよ。ゴニョゴニョゴニョ」
あまり意味は無いでしょうがあえて耳打ち。
「ね、簡単でしょう?」
「勝率は?」
まだ決めかねている様子。後押しが必要ですかね?
「100%ですよ。確実に上手くいきます」
「……どこからその自信が湧くのか気になるけど……その話――」
亜美さんはゴンドラの端に立つと手に銃を。
「乗ったわ!」
だいぶ高度を下げていたゴンドラからジャンプ。着地と同時に銃を構える。
私も追従して部屋をノックします。
「万物を紡ぐは糸」
『解き、手繰り、自らの手に』
『「我、その全てを掌握す」』
夢乃と同調。今回は周りに影響も少なそうなのと中途半端なシンクロではまずいかもと言うことで糸を視る目以外夢乃に委ねます。今の私は真っ黒な影のように見えることでしょう。
「準備はいいですか?」
『もちろん』
二人の乱入者のせいで一瞬の停滞が生まれます。
「後戻りは出来ないから。……任せたわよ、幽霊」
幽霊と呼ばれることはあまり好きじゃないですが、この際スルーで。
3連射。轟音と共に放たれた凶弾は狙い通り御使いの鎧に突き刺さります。
ほら、思ったとおり。紅蓮さんの炎すら受け付けなかった概念は『異教の全てを受け付けない』と言うもの。信仰の集合体である以上教会の力の付与された弾丸は、つまり裏切りはやはり想定されていませんでした。
想定外の攻撃で綻ぶ概念。視ることも出来なかった糸が浮き上がります。
あとは鎧と概念そのものの因果をつまんで切るだけ。
「ば、ばかな……」
御使いの後ろにいた神父服の人が呆然とつぶやき
「詩乃よくやった」
紅蓮さんが凶悪な笑みを浮かべます。
「我が力よ。あるべき場所に還れ」
鎧が内側から弾け飛びました。飛び出してきたのは全裸の女性。紅蓮さんはその人を軽々と受け止めその人の身体から何かを吸い込みました。
そして、ぽいっと投げ捨てます。
「ちょっと! 何すんのよ!」
寸でのところで亜美さんがキャッチ。
「詩乃の頼みで助けてやったんだ。礼の一つ言っても罰は当たらんぞ」
「くっ……」
「まあ、後でいいだろう。今は目障りなモノの排除を優先しようか」
御使いの鎧の内側。それは肉の塊でした。教義を守るために殉じた狂信者の身体をこね合わせて出来た肉のゴーレム。
なんて、醜悪なモノ……。
「御使いよ!! 私の身体を、力を取り込みたまえ!」
その醜悪なモノに開いた穴。亜美さんのお姉さんがいた場所に御使い憑きだった人が飛び込みました。
そして、響き渡る何かが潰れる音と一瞬の悲鳴。
動きを止めたはずの御使いの目に光が戻ります。
「狂っているな。貴様如き肉塊に喰わせても我の足元にも及ばぬと言うのに」
炎が揺らめき紅蓮さんの身体を包みます。そして徐々に形を変えていきます。
炎で形作られた九尾の狐……。
神々しいまでの炎はとてつもない威圧感を放ちます。
「目に焼き付けろ。これが我の本来の力だ」
9本の尻尾が龍のように伸び御使いを捕らえます。瞬く間に縛り上げ御使いは身動き一つとれず。先ほどまでの苦戦が嘘のように。
「詩乃、音夢、朝薙の。扉を開いてやる。現世へ帰るぞ」
いつの間にかいつもの姿の紅蓮さん。扉を開けるような動作で空間をつかむとガチャっと本当に開けてしまいました。向こうに見えるのは学校の屋上。
紅蓮さんに急かされて私達3人は扉をくぐりました。
「さて、幕にしようか」
パチンと指を鳴らすだけ。小さな太陽がそこに生まれて、5秒ほどで消えました。
後には何の痕跡も無く、因果の糸を辿ろうとしてもそれすら残っていませんでした。

―屋上
「ふう、やっぱりこっちの空気のほうがいいわ」
「そうですねー。私にはあんまり関係ないですけど」
振り返ってもそこは普通の光景。地獄に通じていた扉はすでになく。
「亜美さん、これで一件落着ですね」
「……どうする、姉さん。教会にはもう帰れないし、帰る理由も無い。あれだけ啖呵きって飛び出してきて今更だけど、家に帰る?」
「亜美。それを決める前に先にやることがあるでしょ?」
そういうとお姉さんはこちらに向き直り深々と頭を下げました。
「この身体でははじめまして。私は朝凪由美。亜美の双子の姉です。この度は血脈にかかった呪を解いてくださり本当にありがとうございます。呪の力がなくなったこの先朝凪の家は術師として衰退するでしょうけど……。あの苦痛を受けなくてすむとなった今気分は晴れています」
「私からもありがとう。……姉さんが元の身体に戻れて感謝してる」
「亜美が精魂こめて作ったあの人形も居心地良かったのだけど、やっぱり自分の身体がいいわ」
ん〜、と伸びする由美さんは何も着てなくて。
……かなり、均整の取れた身体でした。
「あの人形手作りだったんですね」
ドリルとか付いてましたが。
色々と拘りがありそうです。
「それより、なんか着たら?」
由美さんの裸体を面白くなさそうに見ていた音夢ちゃんのつぶやき。
大丈夫、音夢ちゃんも綺麗な身体ですよ。私が保証します。
「あ……」
「あ……」
この双子、今気づいたようです。由美さんは思わずしゃがみこみました。
「ちょっと待ってて。教室にジャージがあるからとってくるわ」
そういい残して音夢ちゃんは階下へ。
ふと、違和感が。
なにやら猛烈な熱気が背後から。私の背後には先ほどから無言の紅蓮さん。
「ちょっと、九尾狐。何かおかしいわよ?」
亜美さんは数歩距離をとりました。私も振り返り、数m逃げました。
「……まずい」
苦しそうに額を押さえる紅蓮さん。その周囲にはゆらゆらと陽炎が立ち上ります。
「とっても危ない雰囲気なのでが?」
「力が、制御できん」
「「「えっ!?」」」
双子と私の声が重なりました。そして、もう少し下がります。
「そもそも朝薙の呪は全盛期の、まだ我が肉体を持っていた時にかけたもの。当時の妖力は今と比べ物にならん。思いのほか許容量の大きかった洸の身体だが……くっ……御し切れんか」
「ど、どどうすれば?」
「返す」
「お断り!」
「いらない!」
何をされるのか、悟った双子は一目散に逃げ出しました。けど、ここは狭い屋上。しかも、一人は真っ裸で。
「安心しろ。今度の呪は命にはかかわらんようにしておいてやる」
「安心できるわけ無いでしょ!」
亜美さんの言い分はもっとも。
しかし、逃げようにも場所も手段も無いわけでして。
光が二人をつつみ、紅蓮さんから熱気が消えました。
「この狐め!! 何てことするの!!」
亜美さんは洸ちゃんにつかみかかります。そう、今は洸ちゃんが表に。
襟首をつかんでつるし上げようとして、雰囲気の違いに気づいたようです。
「ごめんなさい、コウ、疲れて寝ちゃったの」
「亜美、手を離しなさい。その子に罪は無いわ」
「あ……」
「ごめん……なさ、い……」
崩れ落ちる洸ちゃん。思ったより事態は深刻だったようです。


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