5回 学校に行きました。 おはようございます。 今日も一日が始まります。いつもとほとんど変わらない一日が。 些細な違いといえば私の部屋に遺影が増えたということくらい。 昨日は早くから休息をとったので元気ハツラツです。疲れはまったく残っていません。 さて、今日はどうしましょうか? 美香さんと呪いの掛け方についての研究をしましょうか? 町のいろんな場所を1人で探検するのもいいかもしれません。 あ、そうです。あそこへ行きましょう。 そういうわけで、今日は久しぶりに学校へ行くことにしました。 幽霊になってから初めてですね。音夢ちゃんがどういう反応をするのか楽しみです。 驚くでしょうか? あきれるでしょうか? 怒るかもしれませんけど。 「中尉、お迎えにあがりました」 窓の外から声がしました。声の主は西山軍曹です。 「お迎え、ですか?」 「はい。少佐殿からのご命令で中尉の周辺を護衛するようにと。自分と田中と交代で行う事になりました。よろしくお願いします」 ということだそうですが、一体何から護衛するつもりなのでしょう? 私には護衛の必要性がわかりません。 まだ、朝なので頭がぼけているせいではありませんよ? けれど、側に誰かがいるのはいいことです。 誰かと話すことで自分という存在が証明できるのですから。 それから軍曹さんには少し待ってもらって、両親に聞こえないのはわかっていますが挨拶を。けれど、一言も話さず朝食をとる二人の側に居づらくて、私はすぐにリビングを抜け玄関へ。 「いってきます」 当然答えはありません。あと、幽霊に壁は意味を成しませんが、習慣でドアをくぐります。 後は服装を一応学校の制服にして外へ出ます。 「おはようございます、軍曹さん」 「はい、おはようございます。今日はどちらへ向かわれますか?」 「今日は学校へいきます。お友達に会いに」 「……私もお供してよろしいのですか?」 護衛といっても友達の会話に踏み込むのは気が引けたようです。 「う〜ん、じゃあ、下校の時にまた学校に迎えに来てください。それまでは自由時間です」 「はっ、了解しました」 軍曹さんがピシッと敬礼。私も、見よう見まねで返します。 でも、護衛の命令が遂行できないのではないでしょうか? 私が黙っていればばれないでしょうけど。 家を出発したあとはお互いの生前のことを話したりしながら学校まで。 何人も生徒が同じ道を歩きますが誰一人気づく人はいません。音夢ちゃんの家は私の家から学校を挟んで反対側にあります。登下校で会うことはありません。 そうそう、私の通っていた学校は西木楽高等学校といいます。 文字通り木楽町の西側にある学校で、実は大木楽公園と接した土地にあります。 大きくもなし、小さくもなしというありきたりな学校ですが、グランドは大木楽公園のものを使用するため広く、近隣高校で唯一プール有りの学校でもあります。プールについては女子からの人気はありません。体を見られるのが嫌なのだそうで。 ……私は気にしませんよ? 同年代に体を見られても何も感じませんから。 やっぱり男の子は15歳までが華です。 具体的に言うと、12歳から15歳でしょうか。 まあ、見た目がそれくらいなら私の一つ下までは大目に見ます。 ―西木楽高等学校 さて、学校に着きました。門のところで軍曹さんと別れて校舎に足を進めます。 時間はかなり早いので生徒もまだまばらです。あ、クラスの男子が走っています。彼は陸上部のエースだったはずです。入学当初は線の細いちょっと好みの方だったのですが、最近は無駄に筋肉が付き過去の面影は欠片もありません。もったいない。 昇降口に着きました。とりあえず、ここで音夢ちゃんを待ちましょう。靴箱の上に腰掛けて周囲を見回します。ほんのちょっと前までは私もみていた、いつもの風景です。 ……あ、あれ? どうしてでしょう? 涙が……止まりません……。 気が付けば始業のチャイムが聞こえます。 音夢ちゃんには会っていません。泣き顔を見られたくなかったので近くの女子トイレに駆け込みました。一番奥の開かずのトイレと呼ばれる場所です。誰もあけようとしないのでちょうどいいと考えたのですが、そもそも私は見えないのを忘れていました。 今は泣いてすっきりです。さて、教室へ行きましょう。天井を抜けて2階へ、もう一度天井を抜けて私の教室があるフロアへ。ちなみに年次が上がるごとに教室も上がります。 私の教室はその中でも階段から一番離れた場所にあります。そのせいでしょうか、遅刻者が多いと先生方には注意されます。けれど幽霊には関係ないですね。 教室の後ろの扉から中を覗いてみます。中ではいつもと同じ数学の授業が始まっていました。 「aがbとの関係はこーなって、あ〜なって、あら不思議なんとこうなります」 数学の先生がなにやら熱く語っていますが、大半の生徒は聞いていません。大学受験という大きな壁が目前に来ている生徒にとってはすでに塾や家庭教師に習ったことなのでしょうか。みなさん、難しそうな問題集を解いていたり、夜勉強するためか寝ていたりします。 音夢ちゃんは……すごく眠たそうです。舟を漕いでいます。 ここは親友として起こしてあげましょう。 扉をすり抜けクラスメイトの間を通り、音夢ちゃんの後ろに立ちます。 後は耳元に息を吹きかけるだけ。普通の人なら何も感じはしないでしょうが、音夢ちゃんは幽霊をみて、気配を感じます。 それ、ふ〜〜〜〜。 「ひっ!? きゃーーーーーーーーーーーーー!?」 思わず下の階に逃げ込みました。すごい悲鳴です。立ち上がって、椅子を倒したようでそんな音も聞こえてきます。恐る恐る教室に顔だけ出してみます。 あ、真下に出てしまいました。……大人な黒い下着が見えます。音夢ちゃんの勝負下着でしょうか? 「まったく……受験勉強で夜更かしするのは勝手だが授業もキチンと受けなさい」 「ごめんなさい……」 ……あ、先生に怒られてうつむいた音夢ちゃんと目が合いました。鬼の形相です。 すごすごと引っ込むことにしました。 かなり怒らせてしまったようです。会うためには怒られる心の準備をしなければいけません。とにかく、しばらくは時間を空けます。お昼休みに謝りましょう。 それまでは校内を散歩です。 廊下には授業中のため誰もいません。不思議な感じです。 でも、誰もいない廊下はつまらないので教室を覗いて回りましょう。 隣のクラスから順繰りに。先生の横に立ってみれば私のことを見える人が反応を見せるかもしれません。あちらこちらの教室を覗いて回ります。 と、いうわけで全クラス回ってみたのですが収穫なし。やはり、幽霊を見れる人はレアなようです。全校生徒約700人中1人しかいませんでした。なおさら、音夢ちゃんを大事にしなくてはなりませんね。ホントに友達でよかったです。 さて、あれから校内を探索して学校に住み着く幽霊を探してみたりしたのですが、出来て10年ほどの若い学校なため見つけることは出来ませんでした。 普段立ち入り禁止の場所まで入ったのですが収穫は無し。 今度、玄さんに聞いてみましょうか。 どこかに恥ずかしがり屋な幽霊さんがいるかもしれませんから。 だいぶ時間も経ったので教室に戻ってみます。きっと怒りは収まっていないでしょうが、さっきよりましです。きっと。たぶん。……なんだか自信がなくなってきました。 ああ、でも行きます。虎穴に入らずば虎児を得ずです。……ちょっと違いますね。 教室後ろのドアから中を覗いてみます。今は世界史の時間ですね。 「1095年のクレルモン宗教会議の翌年に第1回十字軍が派遣され―」 相変わらず教師と生徒の温度差が激しいです。熱心に聴いている生徒はほとんどいません。 客観的に見ると不思議な空間ですね。 さて、音夢ちゃんは……教科書に雑誌を隠して読んでいます。古典的なやり方ですが、かなりバレバレな気がします。とはいえ、先生も注意するそぶりを見せません。 今度は驚かせないように教室の前に回りこんで近づきます。ふと、視線を上げた音夢ちゃんが一瞬驚いた表情を見せました。けど、変化はそれだけで私を見えていないようなそぶりを見せます。 その後は急にノートをとり始めました。 「音夢ちゃん?」 声にも無反応。ノートを覗き込むとなにやら書いてあります。音夢ちゃんはそこをシャーペンでトントン、と。 『放課後いつものところにいて』 筆談というやつですね。私は実体がないので一方通行ですが。 指示されたいつもの所、それは屋上です。本当は鍵がかかって立ち入り禁止なのですが、私と音夢ちゃんは屋上の扉のスペアキーを持っています。去年までいた用務員の方と仲良くなった時にこっそりと。それ以来私たちの秘密の場所です。 今は六時間目が半分過ぎたくらい。大して待たずに済みそうです。その後の音夢ちゃんは真剣に授業を受け始めたので私はさっさと退散します。邪魔しちゃ悪いですから。 ―屋上 待つこと30分ほど、多くの生徒がクラブ活動に移動し始める頃、音を立てないようにゆっくりと屋上の扉が開きます。 「待った?」 「30分くらいは」 「そう。で、何か私に言うことは?」 目が怖いです。ここは素直に謝ります。 「ごめんなさい」 「よろしい。まったく、いらぬ恥をかいちゃったじゃないの」 正直あそこまで反応するとは思わなかったですよ? 「もう二度としないでね。あと、学校では私が1人でいるとき以外極力話しかけないで。学校では普通の子でいたいから」 確かに証明のしようが無い『幽霊が見える』という能力は普通ではないのでしょう。でも、話しかけるなといわれるのはそれなりにショックです。 「……あ、ごめん。言い換える。話しかけてもいいけど、答えるときは何かの紙に書くから。さっきみたいにさ」 ちょっと顔に出ていたようで、音夢ちゃんはばつが悪そうに言い直しました。 「そのさ、今の私たちだって他人から見れば私の1人芝居じゃない? 昔ね、そのせいでいじめられたりしたの。だから高校は通った小、中学校とは離れたここなのよ」 よく分かりました。学校で話しかけるのはひかえます。大切な友達を辛い目に合わせたくは無いですから。 その後は日が暮れるまで話し、非常階段からこっそり帰ることにしました。 それで、なんと、今日は音夢ちゃんが1人で暮らしている家にお邪魔することになったのです。私生まれてこのかた友達の家に行くのは初めてなのです。初体験ですよ? 「……なに浮かれてるの?」 もろバレだったようで。 「いえ、別に」 「詩乃がそういう態度をとる時は何か隠している時かごまかそうとしている時」 そこまで読まれているんですか? なら隠しても意味が無いですね。 「えっと、私生まれて初めてなんです。お友達の家にお邪魔するのは」 「……幽霊なのに『生まれて初めて』ってなんか変な感じね」 「私もそう思います」 そんな話をしながら校門のところにいくと西山軍曹がいました。 「お疲れ様です、中尉。この後はどうされますか?」 音夢ちゃんは軍曹を見て目を細めます。 「……この人確か公園の史跡にいた人、だよね?」 「そうですよ」 「はじめまして。自分は姓は西山、階級は軍曹であります。現在は八津基中尉の護衛を……あの、つかぬ事をお伺いしますが……」 軍曹はどうも音夢ちゃんも幽霊だと思ったみたいです。 「彼女は生きてますよ?」 「わ、我々が見えるので?」 「昔からね。……言葉を交わしたのはつい最近―」 近くに人が来たので音夢ちゃんは言葉を切りました。その後は人の多い地域を通るので音夢ちゃんとの会話は無しです。そのかわり軍曹にいろいろと教えてあげました。 音夢ちゃんは幽霊が見えること、お話できること、それは隠して生活しているということもなどなどです。 その話が終る頃、ちょうど音夢ちゃんが足を止めました。 そこは小さなアパートの2階、一番奥の部屋。裏は小さな空き地で窓は南向きです。 「さ、入って。軍曹さんもどうぞ」 「お邪魔します」 「自分も入ってよろしいのですか?」 「幽霊に見られて困るものなんて……ストップ! 5分待って!!」 なにやら見られるとマズイ物があるようです。音夢ちゃんは大慌てで部屋に駆け込みドアを閉めますが幽霊にドアは意味を成しません。 するりとすり抜けて音夢ちゃんの後ろを進みます。 もちろん隠れたままで。 中は小さなキッチンと8畳のお部屋が一つ。お風呂とトイレもちゃんと付いているようです。高校生の1人暮らしにしてはいいお部屋なのではないでしょうか? ……まあ、私の部屋はもう少し大きいですが。 ふと見ると、音夢ちゃんはベッドの上に置いてあった雑誌のようなものを抱きかかえて右往左往しています。見れば女の人同士が裸で抱き合っている写真が。 決めました。……見なかったフリをしましょう。そういうわけで音夢ちゃんに気づかれないように壁をすり抜け外へ出ます。 「中尉、自分は少佐に召喚を受けたので戻ります」 「そうですか。あれ、護衛をするんじゃ?」 そういう名目だったはずですよね? 「少佐によると、彼女が近くにいる時は安全だとのことです。後もう一つ、少佐より中尉への伝言を受けております。明朝8時に山の廃校へ出頭せよと」 「はい、分かりました。じゃあ、ご苦労様です」 「では」 敬礼の後、西山軍曹はふよふよと飛んで姿を消しました。 それにしても、私はなにから護衛されていたのでしょう? 音夢ちゃんの側にいるなら安全とはどういう意味なのでしょう? う〜ん、まったくわかりません。わからないので明日の朝、玄さんに聞いて見ましょう。 ―幕間― 非常に不味いことに色々と出しっぱなしだった。詩乃も初めてだといったけど、私も誰かを部屋に招き入れることは初めてだった。だから、失念していた。 見られては困るものに優先順位をつけて即座に隠していく。 もとより、詩乃は好奇心旺盛なタイプ。きっとドアをすり抜けて見に来る。 だから優先順位が低く、尚且つ詩乃の諦めてくれそうなモノで見られたくないモノをカモフラージュ。 案の定、覗きに来た詩乃は右往左往している私を見て引き返した。とりあえず、優先順位が低いとはいえあんまり見られていいものでもなかったそれをベッドの下へ。こういう本の隠し場所では定番でしょう。そして、より優先順位の高いモノをクローゼットの奥に戻す。そこには普通の女子高生には似つかわしくない物がまとめてある。 古い語り物の書物から怪異を記した古文書、祖父の家からくすねてきた護符や御札の類、果ては結界用の針まで。 正直、独学とはいえ『視える』世界にここまで踏み込んでいるなどと詩乃には知られたくない。まあ、『視える』からこうなってしまったのだけど。 全て隠し終え、もう一度部屋の中を確認。 ん、大丈夫ね。 「詩乃、入っていいよ。お待たせ」 と、音夢ちゃんはわざわざドアを開けてくれました。本当は意味が無いのですが、私はドアをくぐります。 「あ、そうか……開ける意味ないんだっけ」 「そんなこと無いです。気持ちはうれしいですよ?」 今のような扱いをしてもらうと自分の存在をちゃんと確認できます。浮遊霊は自分の存在が実感できなくなると消えてしまうそうです。自分という存在をキチンと持っていなければ消えてしまうと。地縛霊と違い縛るもののない存在なため靄のようなものと玄さんが言っていました。誰かと話したり何か存在する目的を見つけることで自分を繋ぎとめておかないと消えてしまうと。その点私は恵まれています。 幽霊のお友達が数人いるうえに、生きているのに私のことを見える友達がいるのですから。 まだまだ、楽しい幽霊ライフは始まったばかりです。 こうなってからの経験もあります。消えたくありません。 どんなことがあろうとも。 |
あとがき 詩乃以外の視点で1シーンだけ入れてみました。 外伝っぽい物はまだ書く予定ないですので試験的に入れてみることに。 う〜ん、微妙。 |